6話
三浦は資料の山を前に机に座った。国内の症例は増えているが、官邸は数字だけを見て静かだ。危機感はない。自分で現場の状況を補うしかないと三浦は思った。夜、三浦は都内のカフェで旧知の友人、村上と会った。村上は厚生労働省医政局の課長補佐で、現場にはいないが、全国の医療機関からの断片的な報告を知る立場にある。
「村上、最近の国内事例、何か変わったことはある?」
村上はカップを手に取り、少し間を置いた。
「断片的だけど……各地の病院で異常に興奮している患者が出ているらしい。鎮静が効かないこともある。症状はばらばらで、数字には表れないけど、現場は混乱している」
「具体的には?」
「職員やほかの患者に手を出すこともあるらしい。噛み付いたり、押し倒したり。都市部も地方も関係なく、対応に手を焼いている病院もある」
三浦はメモを取りながら頷いた。数字だけでは理解できない行動。現場の混乱は確かに存在する。そしてその異常性は、医学常識では説明できないものだった。制御できない興奮、理性が通じない行動――頭の片隅に、説明のつかない異常の影が、ちらりと見えた。
「やはり、全体像はまだ掴めないな」
「ええ。でも現場の医療関係者は、感覚として異常を感じている。ただ整理できる段階ではないだけだ」
三浦は深く息をついた。官邸の静けさとは裏腹に、現場は確実に混乱している。予測不能の行動、制御できない興奮、それを間接的に知れる村上の話は重かった。カフェを出た三浦は、夜風に当たりながら断片情報を頭の中で整理した。国内も海外もまだ線にはなっていない。点が増えるほど胸の奥のざわつきは大きくなる。誰も整理できない。それでも事態は確実に理解の外側へ進みつつあった。三浦だけが、確かな危機を感じていた。




