2話
官邸に届く「参考情報」は、基本的に読まれない。正確には、**読まれる前提で扱われない**。三浦 恒一の机に積まれていくそれらの資料も、例外ではなかった。
「また、似たのが来ています」
内閣官房の若い職員が、控えめに言う。
「どこから」
「警察庁です。地方の医療機関での対応事案」
三浦は受け取り、ページをめくった。
病院。暴力行為。鎮静に時間を要す。薬物使用の可能性。
見慣れた言葉が並んでいる。
「前のと同じ整理でいいですね」
「ええ」
それで済む話だ。違和感があるとすれば、**この種の報告が増えていること**だけだった。
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数日後、官邸地下の小会議室で、非公式の打ち合わせが開かれた。正式な議題ではない。だからこそ、集まる顔ぶれも限定されている。
「国内の件ですが」
警察庁警備局の担当者が切り出す。
「薬物事案として整理していますが、鑑定で該当物質が出ないケースが増えています」
「未検出、ということですか」
三浦が確認する。
「ええ。既存の違法薬物には当たりません」
「新規の可能性は」
「否定できません。ただ、共通点が見えない」
三浦は頷いた。新規ドラッグであれば、説明はつく。時間が経てば、名前も付く。
「厚労省は」
「医療現場からは、警察対応への照会が増えています」
厚労省の課長補佐が答える。
「鎮静が効かない、暴力性が強い、といった内容です」
「精神疾患で説明できる?」
「可能です」
課長補佐はそう言い切った後、少し言葉を足した。
「ただ、既往歴が確認できない例もあります」
「初発、ということですね」
「そういう整理になります」
整理、という言葉が、また使われる。
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その場では、それ以上踏み込まなかった。
踏み込む理由が、まだない。
だが、三浦は気づいていた。警察庁も、厚労省も、
**同じ言葉を使い始めている**。
鎮静が効かない。
興奮が長引く。
原因は特定できない。
誰も「異常」とは言わない。ただ、説明に一行ずつ補足が増えていく。
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その週の終わり、三浦は副長官補に呼ばれた。
「最近の国内事案、どう見ている」
「現時点では、治安案件で整理可能です」
三浦は即答した。そう答えるしかない。
「海外の件と結びつける声は」
「ありません」
それも事実だ。結びつける根拠が、まだない。
「ならいい」
副長官補はそれ以上聞かなかった。官邸は、
**今は困っていない**。
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だが、その夜、三浦は自席で資料を見返していた。
国内事案の発生間隔が、確実に短くなっている。地域も、施設の種類も、ばらばらだ。それなのに、報告の文言だけが似通ってきている。
「偶然にしては……」
言いかけて、三浦は口を閉じた。偶然でないと判断する基準を、彼は持っていない。
翌朝、さらに一件、共有が入る。
*留置場内で被留置者が暴れ、複数人で対応。意識障害あり。薬物反応なし。*
三浦はその文面を、しばらく見つめていた。
国内では、まだ感染は存在しない。
国内では、まだ危機は起きていない。
そう整理できる限り、官邸は動かない。
だが整理とは、事実を消すことではない。
**ただ、見えなくするだけだ。**
三浦は資料を閉じ、「参考情報」のフォルダに移した。
そこにはすでに、同じような事案が静かに積み重なっていた。




