17話
三浦はスマホをテーブルに置き、静かにメモ帳を開いた。
ペンを握り、これまでの報告を順に書き出していく。
現在報告されている案件は、暴動ではない。
原因は未知の感染症で、接触、特に噛まれた場合に感染する強い感染力を持つ。
現場は制御不能の混乱状態にあり、このままでは医療崩壊を招く。
医療崩壊が進めば、最終的には国家機能にも影響が及ぶ。
タイムリミットは数日しかない。
短く息をつき、三浦はペンを置いた。
情報の断片を整理するたびに、事態の深刻さが静かに迫ってくる。
官邸は、まだ動かない。
報告の枠組みの中では、何も決定されず、会議も開かれない。
だが、三浦自身は動くしかない。
椅子に深く腰を下ろし、天井を見上げることもなく、机上のメモだけを見つめた。
時間はない。だが、権限もない。
それでも、**できることはある**。
まず、情報の集約だ。
警察庁、厚労省、外務省――それぞれが持っている断片を、同じ枠で並べる。
「暴動」「薬物」「精神疾患」という整理を外し、**感染症という仮説で再整理**する。
公式文書ではなく、内部メモとしてだ。
意思決定の材料ではなく、「違和感の共有」を目的にする。
次に、警察庁との非公式ライン。
村上が動いているルートを、正面から承認はできない。
だが、止めもしない。
警備局の担当者に、あくまで「最近の国内事案の傾向確認」という形で接触する。
拘置所、留置施設、医療機関――
**噛みつき、制御不能、鎮静が効かない**という共通項だけを抽出する。
三つ目は、厚労省への揺さぶり。
感染症と断定はしない。
だが、「薬物でも精神疾患でも説明しきれない症例が増えている」
その一点だけを、医系技官クラスに投げる。
正式な検査や実験ではなく、**症例の横断的共有**を促す。
倫理審査を通す話ではない。
ただの「情報交換」だ。
そして、官邸内部。
会議は開かせない。
その代わり、副長官補の机に、**数字を使わない一枚紙**を滑り込ませる。
・噛まれた職員が同様の症状を呈した
・薬物反応なし
・現場が制御不能になりつつある
結論は書かない。
判断も書かない。
ただ、「整理が崩れ始めている事実」だけを置く。
三浦はペンを止めた。
これ以上は、越権だ。
だが、ここまでは――
**まだ、職務の延長線上にある。**
官邸は動かない。
だが、官邸にいる人間が、動かないとは限らない。
三浦は静かに立ち上がり、メモを一枚抜き取った。
表題は書かない。
「参考情報」とも書かない。
それでも、確実に誰かの目に入る場所へ、運ぶつもりだった。
数日。
それ以上は、許されない。




