16話
村上は庁舎の廊下の隅に立ち、スマホを取り出した。
呼び出し音が短く響く。
「……もしもし」
「村上か」
「三浦、拘置所の件だ。状況、思ったよりヤバい」
「……」
「最初は収監者の暴動として処理されてたけど、違う」
「……違う?」
「薬物でも精神疾患でもない。これは、明確に感染症だ」
三浦は短く息をのむ。声は出さずとも、耳の向こうで静かに驚きが伝わる。
「感染症……か」
「そう。しかも普通の感染症じゃない。接触、具体的には噛まれたら感染する。未知の感染症だ」
「……」
「職員も感染した。体調不良、意識障害、そして症状は収監者と同じ。医療担当者から聞いた話だと、最初は薬物の影響かと思ったらしい。でも、職員まで同じ症状になったことで、感染症の疑いが強まった」
三浦は短く息をつく。
言葉は少ないが、内心で驚きと焦燥が渦巻く。
噛まれたら感染――この単純なルールだけで、被害は爆発的に広がる。都市部の密集度、人口、接触頻度を考えれば、数日で手に負えない状況になる可能性がある。
「……で、どうするつもりだ」
村上は一息つき、言葉を選んだ。
「俺は警察庁ルートで動かすことにした。公式には無理でも、内密に手配できる方法がある。現場の医療担当者も協力してくれる」
「……なるほど」
「数日以内に拡大を抑えなきゃ、日本全体が危ない。噛まれたら感染する未知の感染症だ。これを放置したら、被害は爆発的に広がる」
三浦は短く息をつき、静かに頷いた。
寡黙な彼の声はないが、目の奥には緊張と焦燥が宿る。
理解した。事態の重大さも、時間的猶予の短さも、逃げられない現実も。
「……村上、わかった。俺も動く。ただ、官邸としては……」
「官邸?」
「お前からの情報がなければ、官邸は動かない。俺を含め、整理されていない断片だけじゃ、会議は開かれず、決定もされない」
「……そうか」
「でも、独自で動く。お前のルートも使って、俺たちができることはやる」
村上は頷き、スマホを握り締めた。
行動は、すでに始まっている。
公式の手順では間に合わない。だからこそ、
**私的な手段で、迅速に動くしかない**。




