15話
刑事は村上の前に立ち、声を落としたまま言った。
「確認だ。お前、どこまで分かっている」
村上は即答しなかった。
整理された言葉ではなく、事実だけを並べる。
「拘置所内で、収監者が制御不能な暴力行為を起こしています」
一拍置く。
「最初は暴動として処理されました。薬物や精神疾患の可能性で説明されています」
刑事は黙って聞いている。
「ですが、対応に入った拘置所職員が噛まれました」
刑事の視線が鋭くなる。
「噛まれたあと、しばらくして体調不良を訴え、意識障害を起こした」
村上は続ける。
「回復したように見えた後、同様の激しい興奮状態と暴力行為を示しました。収監者と、同じ症状です」
刑事は小さく舌打ちした。
「……そこまでか」
「医療担当者は、薬の可能性を否定しています。拘置所職員が薬物を使用しているはずがないからです」
村上ははっきり言った。
「その時点で、**感染症の疑い**が示されました」
刑事は腕を組み、低く唸る。
「噛まれたあとに発症、か」
「はい」
村上は一歩踏み出した。
「もし、接触――特に噛傷が感染経路だとした場合、この事案は暴動ではありません」
刑事の目が細くなる。
「人が人を止めに入るたびに、次の当事者になる」
「そうです」
村上の声は震えていない。
だが、言葉の重さははっきりしていた。
「医療も行政も、現行の枠組みでは動けません。検査も強制できない。意思疎通が困難な相手に対する医療行為は、法律上できない」
刑事は静かに頷いた。
「だから、公式にはやらない」
その言葉は、確認だった。
「記録に残さず、命令系統にも載せない。現場確認と称した、私的な動きだ」
村上は答える。
「それで構いません。事態を把握できるなら」
刑事は一瞬だけ笑った。
「変わった役人だな」
そして、声をさらに低くする。
「いいか。これは警察庁が動いた話じゃない。俺が勝手に現場を見に行く。それだけだ」
「理解しています」
刑事は踵を返し、歩き出しながら言った。
「準備は俺がやる。人も絞る。連絡は一本化だ」
村上はその背中を見つめた。
公式には、何も起きていない。
だが、水面下ではすでに一線を越えている。
噛まれたら感染する。
この経路が事実なら、拡大は制御不能だ。
村上は確信していた。
**これは、もう医療や行政の問題ではない。**




