第5章 魔王国の医療【1】
『どうしてこんなことを……妹は実験体なんかじゃない!』
怒りと悲哀に震える声。涙を流し、苦痛に顔を歪めている。
『感謝するよ。我が国の医療の発展にとって素晴らしい貢献をしてくれたね』
高らかな笑い。罪を罪とも思わぬ嘲笑は、その苦しみを踏みつける。
――ああ、これは僕だ。
腹の底から湧き上がる笑い声が、無情に響き渡る。不快さすら感じさせた。
『こんなことのために、あなたに仕えていたわけではない……!』
『私の役に立つことが何よりも歓びだろう? これで多くの民を救えるんだから』
残虐さを湛えた瞳は輝き、その言葉が心から溢れ出るものだと証明している。
――そう、未来の僕だ。
顔にかかっていたもやが消える。その顔は確かに自分だった。
『あなただって同じように妹を失ったはずだ!』
『私と同じ気持ちを味わえてよかったね。これで深く私を理解できただろう?』
そっと手を握る。優しい指先は、まるで温もりを伝えるようだった。
『私を理解してもらえたことを心から嬉しく思うよ、フィリベルト』
なんとしても、この未来を変えなければならない。
誰も絶望しなくて済む魔王国を。小さな光を。
* * *
薄っすらと開いた目がカーテンの隙間から射し込む陽の光を認識すると、ようやく解放されたような気分になった。ベッドに体を起こし、リベルは大きく伸びをする。
(フィリベルトか……)
王に忠誠を誓う騎士フィリベルトは、病気の妹を人質に取られ、厳しい任務を課される。しかし、無事に任務を遂行して帰還した頃には、妹は治験に利用されて亡くなっていたのだ。
悪の大魔王は、誰に対しでも、いつでも絶望させる準備をしている。誰かの絶望が、レクスの心の糧だった。
(キングがいないから、好き勝手にやるんだろうなあ……)
姉の原作では、すでに現時点でキングは勇者に討伐されている。最大と言える歯止めがないことで、魔王の暴走は止まらなかったことだろう。
ベッドから降りてまた伸びをしていると、寝室のドアがノックされた。静かに顔を覗かせるのはイーリスだった。
「おはようございます、リベル様」
「おはよう、イーリス」
挨拶を終えると、イーリスの手付きは急激に加速する。あっという間にリベルの着替えは済み、あとはイーリスが満足するまでリベルの髪を整えれば朝の身支度は万端だ。リベルは特に気にしていないが、イーリスはリベルの浅葱色の髪をつやつやに整えることに心血を注いでいた。
その優しい手付きをぼんやりと眺めながら、リベルはなんの気なしに言う。
「フィリベルトの妹の病気は治療が進んでるの?」
リベルの言葉を聞いた瞬間、イーリスは目を見開いた。
「なぜそのことをご存知なのですか?」
その意味を悟り、しまった、とリベルは心の中で呟く。城に来たばかりのリベルが、フィリベルトの妹のことを知っているはずがないのだ。それでもイーリスはすぐに冷静な表情に戻る。
「それも“未来視”ですか……。確かに、フィリベルトの妹は難病を患っています。その病気の治療法は、王宮の医療機関が研究を続けていますが、いまだ特効薬はありません。病気の進行を食い止めるだけの対処療法しかないのが現状です」
「そう……。うーん……」
リベルは首を捻る。もしかしたら、前世の頃の現代医療が何か役に立てることができたかもしれない。と言っても、リベルは医療とは無縁だった。知識は当てにできないだろう。
「その病気について知りたいんだけど……」
「では、研究室に報告書の提出を依頼しておきます。難病はこの国に長く根付くものです。それを知れば、民に対して支援できることもありますね」
「うん」
リベルの妹も、同じ病気だった。長い闘病の末、妹は亡くなっている。それが、リベルの心を壊したのかもしれない。




