信じる光は闇を裂いて
「僕は……逃げない!」
声が震えているのが、自分でもわかる。
それでも、言葉だけははっきりしていた。
アレスさんの剣先が僕に向けられる。
冷たい光を放つ刃が、森の薄闇の中で一筋の線を描いた。
「それ以上、近寄るな。子どもを斬る趣味はない……だが、邪魔をするなら容赦はしない」
怖い。
心臓がバクバクいって、足が勝手に震える。
でも、それでも――。
「セシルドはブラックじゃないんです!」
僕は叫んだ。
「ブラックは……もういません。セシルドは、僕を助けてくれた人なんです!」
アレスの眉がわずかに動いた。
けれど、その蒼い瞳にはまだ怒りが宿っていた。
「何を言う。こいつの内に流れているのは、確かにブラックの魔力だ。オレはその闇に呑まれ、苦しみ、すべてを失った……!」
言葉のたびに剣が震える。
怒りと悲しみが混じったような声。
――この人も、傷付いてるんだ。
「でも……それでも」
僕は息を吸い、胸の奥から言葉を絞り出した。
「セシルドは、僕の名前を呼んでくれた。
傷だらけでも、僕を守ってくれた。
そんな人が“あの時のブラック”のままなわけない!」
一歩、踏み出す。
アレスの剣先が、クラウダの目の前でピタリと止まった。
「……お前、恐くないのか?」
「恐いです。すごく。でも、それ以上に――信じたいんです」
短い沈黙。
その隙を、セシルドの声が破った。
「クラウダ、下がれ!」
鋭い声。すぐそばで剣の音が鳴る。
セシルドはアレスへ飛びかかっていた。
「セシルド……!」
「いいから隠れろ!」
必死に言い放ち、セシルドは剣を受け止める。
しかしアレスの一撃は重く、弾かれたセシルドの体が地面を滑った。
防戦一方。
それでも、目は決して逸らさない。
「どうした、ブラック。貴様の力はそんなものか!」
「俺はブラックじゃない!」
アレスが歯を食いしばる。
「言い訳は聞き飽きた!」
剣が閃き、セシルドの腕を裂いた。
血が舞う――その一瞬。
空気が凍る。
セシルドの瞳が、ゆっくりと赤に沈む。
血のような光が宿り、森の影がざわめいた。
「……まさか」
アレスが一歩退く。
「ぐっ……出るな……!」
セシルドが胸を押さえるが、もう止まらない。
やがてソレは嗤った。
「ハハハ……懐かしいな、この感覚。俺様の体を勝手に使っていたのは誰だ?」
声が低く響く。
セシルドとは違う――圧倒的な存在感。
「ブラック……!」
「そうだ、俺様だよ。久しぶりだな、アレス?」
アレスの蒼い瞳が怒りに燃えた。
「やはり、お前かッ!」
二人がぶつかる。
音ではなく、空気そのものが爆ぜた。
ぼくは茂みの中で息を止める。
怖い。でも、目を逸らせなかった。
アレスさんが防戦に回る。
「ぐっ……やはり、完全には……!」
「苦しいか?」
ブラックが嗤う。
「意思があろうと、お前はもう俺様の一部だ。俺様から離れては生きられないんだよ……ククッ」
「それでいい……」
アレスさんが剣を構える。
「オレはここで、お前と戦い……戦士として消える」
「笑わせるな!」
黒い腕が地を薙ぐ。
アレスが弾かれ、木に叩きつけられた。
「アレスさん!!」
僕の叫びが森に響く。
ブラックが振り向き、
鋭い赤い目が、僕を見た。
「またお前か……鬱陶しい小僧だ」
黒い腕が瞬時に変化して、
恐ろしい黒竜の頭に変わる。
その瞬間――
「ッ、!……させるか!」
アレスがクラウダを突き飛ばした。
襲いかかった竜の頭が、アレスの体を飲み込む。
「やめて……やめてぇッ!!!」
叫びが祈りに変わった。
右手が勝手に動く。
紋章から溢れんばかりの、まばゆい光が迸る。
その光がブラックを貫いた瞬間、
セシルドの瞳がかすかに戻る。
「……クラウダ……!」
力が抜ける様に、その体は地面へと倒れ込む。
その名を呼んだ声は、確かにセシルドのものだった。
辺りに散らばった赤が黒い液体へ変わり、セシルドの体に瞬時に集まるが。
そこに闇に呑まれたアレスの姿は無かった。
「セシルドー!」
倒れたセシルドへ、クラウダは急いで駆け寄った。
薄っすらと目を開くセシルド。
「ありがとな、クラウダ……助かった」
「良かった、セシルド……」
上半身を起こしたセシルドを、
クラウダは、ぎゅうと強く抱き締めた。
「アレスさんは……?」
「まだ俺の中で意思は残っている様だが……随分と弱っているな……」
その言葉にクラウダは、少し俯いてボソリと呟いた。
「アレスさん、このまま消えてしまうの……?」
心配するクラウダの頭をポンポンと叩く。
「お前がアイツを守ったんだ。クラウダが俺の意識を取り戻してくれたお陰で俺はアイツを消さずに済んだ」
「僕が……?」
「ああ。
あとはアイツ次第だろう。
この時代までしぶとく残ってた消化の悪い野郎だ、心配いらねぇよ」
その言葉に、僕はただ頷いた。
蒼と黒の羽が、空へと舞い上がる。
「大丈夫だよね、セシルド……」
その問いに答えるように、風が優しく頬を撫でた。




