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14 戦闘着の準備①

 翌日、キアラとヴォルフは家のことを知人にお願いし、二人で王都に向かった。


 真冬は過ぎているため、ヴォルフがさっと雪かきをすればすぐに家を出ることができた。鶏たちも、先ほど見たときはぬくぬくとしていた。


 これから二人は王都に行くが、すぐに公爵邸を訪問するわけにはいかない。


「前回のイザイアとの交渉時は半ば侵入状態だったからいいものの、今回は公爵邸の正面から訪問する。となると、それ相応の衣装は必要だ」

「……私が持っている一張羅では、門前払いされるだけよね」


 ヴォルフが言うように、今回はキアラが公爵と対面することになるのだから、みすぼらしい格好だとそれだけで舐められてしまう。

 キアラの母の遺品である絹のドレスがあるが、虫に食われないように丁寧に手入れをしてきたそのドレスでも、公爵邸の訪問時に着るのは少し難しいだろう、とヴォルフは言っていた。


(……お金にそれほど困っているわけではないし、ここぞというときにはケチらないようにしないとね)


 家からはお金を持ってきているので、王都の宿で一泊する料金と衣装代は十分にあるはずだ。

 ……もし全てがうまくいけば、公爵との交渉が終わった後にヴォルフと一緒に作戦成功打ち上げでおしゃれな店で食事でもできれば、とこっそり考えていた。


 そういうことで二人は王都に入るとまず、高級服飾店を訪れた。


「わ、わ……! なんかすごい場所……!」


 店の入り口に立ったキアラは、内観に呆然としていた。


 天井は高くまるで貴族の屋敷かのようで、立派なシャンデリアがぶら下がっている。店員たちも礼服やドレスを着用しており、「らっしゃーせー」と迎えられるのが当たり前の町の衣料品店しか訪問したことのないキアラは、気後れしてしまった。


 だが固まるキアラとは対照的に、ヴォルフはさっさと店員のもとに向かって何やら話し掛けていた。

 最初はヴォルフの身なりを見て怪訝そうな顔をしていた店員も、話を聞くと何やら納得した表情でうなずき、キアラを見て微笑んだ。


「ようこそ、キアラ・リナルディ様。どうぞこちらへ」

「あ、ありがとうございます……。……ありがとう、ヴォルフ」

「こういうのは俺に任せておけ。……じゃ、いってこい」

「うん。……ヴォルフは?」

「俺はこっちでどうにかするからいい。時間が掛かるのはあんたの方だろう」


 ヴォルフがあっさり言うのは気になるが、自分の準備の方が手間も時間も掛かるのは事実なので、「後でね」と彼に言って女性店員の案内に従って奥の部屋に向かった。


 キアラの知る衣料品店は、店のドアをくぐるとすぐ目の前にたくさんの衣類が並んでいた。

 だがこの店は玄関ホールから廊下に入り、さらにその先に進んでやっと多くのドレスが並ぶ部屋にたどり着くことができた。防犯上の意味も、あるのかもしれない。


 まず店員の指示で服を全て脱ぎ体のサイズを測ってもらってから、ドレスを選ぶことになった。


「お連れ様より、キアラ様に一番似合うお召し物を準備するようにと申しつけられております。キアラ様は何か、ご希望がございますか?」

「希望、ですか……」


 尋ねられたキアラはふと、先ほど別れた夫の顔を思い出す。


(ヴォルフなら、どんなドレスだったら喜んでくれるかな)


 自分の好みよりもヴォルフの反応を気にしてしまうあたり、自分は本当にっヴォルフに惚れ込んでしまったのだと自覚する。


 とはいえヴォルフは何事においてもなかなか鋭いので、彼の好み見合わせようなんて媚びたことをしてもばれてしまうかもしれない。


(……そもそもヴォルフがどんなドレスを好きかなんて、分かりっこないわね)


 ならばやはり、自分の好みを希望した方がよさそうだ。


「ええと。ピンクや赤より、青系の方が好きです」

「かしこまりました。今の季節だとあまりに薄い青だと寒々しい印象を与えかねないので……こちらのお色なんていかがですか?」


 そう言って店員が持ってきたのは、濃い青色のドレスだった。なるほど、同じ青でもこれくらい濃くて透け感のないものだったら寒々しくないし、公爵邸に行く戦闘着としてもふさわしいかもしれない……が。


「……できればもう少し、襟ぐりの浅いものがいいです」

「さようですか? キアラ様は鎖骨周りのラインがとてもお美しいので、そちらを魅せた方がこれから訪問なさる先でも好印象かと思われますが」


 ……どうやらヴォルフは「これからやんごとない家を訪問する」のようなことだけを伝えてくれたため、店員はパーティーなどに出向くと解釈してしまったようだ。実際にはパーティーどころか、最悪その場で首を落とされるかもしれない戦地へ赴くというのに。


 だが店員もキアラの表情を見てすぐに心情を理解してくれたようで、「ではこちらを」と詰め襟のドレスを見せてくれた。先ほどのドレスより古風な感じがするが、これくらいがいいだろう。


(これから公爵邸に行くという目的がなければ、もっと楽しんで服を選べたかもしれないけれど……)


 店員のおすすめを受けてグローブやコートなども選びながら、キアラはそんなことを思っていた。

 これがそれこそパーティー用の準備などであれば、ヴォルフの意見を聞きつついろいろ試着できていたかもしれない。


(こればっかりは、仕方がないわね)


 キアラが購入するドレス一式を決めて玄関ホールに戻ると、別れたときとほぼ変わらない位置にヴォルフが立っていた。


「ただいま。……あなたも服、選んだの?」

「……いや、俺はこれでいい」


 そう言う彼は、キアラの父の遺品のコートの袖口を摘まんだ。

 ……なんとなくそんな予感はしていたので、キアラは肩を落とした。


「あなたが本当に自分用の服を買うのかと思っていたけれど……やっぱり買わないのね」

「なんだ、俺のことをよく分かっているじゃないか。……俺はあんたの従者のような立場で行けばいいから、きらきらしい服なんて買う必要はない」

「……」

「それより、このまますぐに公爵邸に行くのだから、もうドレスとかも着てこい」


 ヴォルフに言われたので、キアラは少し迷いつつもうなずいた。

 一晩王都の宿で泊まって明日公爵邸に行くという手もあるのだが、それだとキアラが一人であの豪華なドレスを着なければならない。そんなのできるわけがないし、ましてやヴォルフに手伝わせるわけにもいかないので、今日ここで着付けとメイクもしてもらっていくのが一番よかった。


「そうするわ。……あの、ヴォルフ、先にドレス見ておく?」

「……。……いや、いい」

「そう……」

「一層きれいになったあんたの姿を想像しながら待つから、問題ない。……ゆっくり仕度してこい」


 やはりこういうことに興味はないか……と思ってからの、予想外の追撃。


 キアラがはっと顔を上げるが既にヴォルフは顔を背けており、「早く行け」と素っ気なく言われてしまった。


 先ほどの女性店員に連れられて更衣室に向かいつつ、キアラの頭の中では先ほどのヴォルフの言葉がぐるぐるしていた。


(一層きれいに……一層、きれい? それってつまり、いつも以上にきれいってことだから……ヴォルフは普段から私のことを、きれいだと思ってくれているってこと……?)


 あの発言をしたときのヴォルフの表情は見られなかったが……なんとなく、ついうっかり口走ってしまったのではないかと思われた。

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