13 進む決意
カルメンの家で過ごす三日間は穏やかで、ヴォルフがいない寂しさも紛らわすことができた。
そうして、カルメンの家で二回目の朝食を食べて片付けをした後。
「おい、キアラ! おまえの同居人が来たぞ!」
キッチンでカルメンと並んで食後の片付けをしていると、庭で薪割りをしていたカルメンの兄の一人がそう教えてくれた。
(同居人……ヴォルフね!)
「行ってきなよ。あいつも、あんたのおかえりのキスを楽しみにしているだろうし」
「しないからね!」
ケケケ、と笑うカルメンに布巾を渡し、キアラは急ぎ玄関の方に向かった。
カルメンの兄はもう作業に戻ったようで、玄関を出たところには柱に寄り掛かるヴォルフの姿だけがあった。家を出発したときにはいつもの黒いコート姿だった彼だが、今は人前に出ているからかあのキアラの父の遺品のコート姿だった。
「ヴォルフ、おかえりなさい!」
「ああ、あんたも元気そうで――」
そう言いながらこちらを見たヴォルフの動きが、止まる。
(……え、何?)
どうにも彼はキアラの下半身あたりを見ているようで、そちらに視線を落とすと――
「あっ」
「……あんた、そんなのを持っていたのか」
「こ、これはカルメンから借りたの!」
ヴォルフがじっと見ていたのは、キアラが着ていたエプロン――それも、ピンク色で白のフリフリレースがついたものだった。
最初にこれを渡されたときは笑顔をこわばらせてしまったが、何事も慣れるものだ。カルメンのゆるふわ趣味を知っているらしい彼女の父や兄たちが何も言わないこともあり、キアラはこのフリフリエプロンにすっかり慣れていた。
慌ててエプロンを外そうとするキアラだが、「まあ、いい」とヴォルフは片手を上げた。
「ひとまず、やるべきことはやった。それについての報告会を行うべきだと思うのだが……帰宅はもう少し待った方がいいか?」
「あ、こっちのことならいいわよ」
キアラの代わりに答えたのは、玄関の方に出てきたカルメンだった。
キアラとおそろいのエプロン姿のカルメンは手を拭きつつやってきて、ヴォルフを見てにっと笑った。
「キアラと過ごせて、本当に楽しかったわ。ありがとうね、ヴォルフ」
「……あんたに礼を言われる筋合いはないと思う。むしろ、こいつのことを見てくれて助かった。ありがとう」
そう言ってヴォルフが軽く頭を下げると、カルメンはにっこり笑ってからそっとキアラに耳打ちした。
「……なんか、あんたがあいつのことを好きになる気持ち、分かった気がするわ。予想以上のいい男だね」
「もう……」
「……さ。それじゃあキアラは帰る仕度をしなよ。話があるんでしょう?」
「……うん。ありがとう、カルメン」
カルメンが言ってくれたので、キアラは急いで帰り仕度を始めた。カルメンの父や兄たちは「またいつでも来いよ!」と言い、荷造りも手伝ってくれた。
「……何だかんだ言って、いい時間を過ごせたんだな」
カルメンの家から帰る途中、ヴォルフがつぶやいたのでキアラはうなずいた。
「うん。カルメンたちのおかげで、安心して過ごせたわ」
「……。……その気持ちに水を差すようで、俺の話をするのが申し訳なくなってくるな」
「そんなことはないわ。……ひとまず、うまくいったのね?」
まだ屋外なので声をひそめ、どきどきしつつ尋ねると、ヴォルフはうなずいた。
「ああ。ほとんどは俺の予想どおりに物事が動いた」
「よかった……ありがとう」
「どういたしまして……ってのは、まだ早いかもな」
ヴォルフは「ひとまずは、作戦会議だ」とわずかに目を細めて言った。
どうやらヴォルフはまだ朝食を食べていないようなので、鶏たちが産んでくれた卵をゆでて、昨日の夕食の残りをカルメンが持たせてくれたものを温め直して出した。
「どうぞ。今日の卵はとろゆでにしたわ」
「ありがとう。……ここ三日間は粗食生活に戻っていたから、あんたの飯がありがたいよ」
「……それはどうも」
何気なく礼を言ってくれるヴォルフだが、キアラはちょっとどきっとしてしまった。
カルメンの家に滞在している間、キアラはカルメンからヴォルフのことをすっかり聞き出されてしまった。おかげで、ヴォルフが自分の手料理を褒めてくれるだけで嬉しいだけでなく……愛おしいとも思えてしまう。
(……だめだめ。ヴォルフに、こんな気持ちを気づかれるわけにはいかないわ)
キアラとしては食後でもよかったのだが、ヴォルフは「早い方がいいだろう」ということで、食事をしながら報告を始めてくれた。
「まず俺はあんたとの計画どおり、王都にある――フィーニ公爵邸に行ってきた。そして、ターゲットとも無事に会うことができた」
「……イザイア様ね。どうやって接触したの?」
キアラはごくっとつばを呑む。
キアラがかつてヴォルフに相談したのは、フィーニ公爵から守ってもらう後ろ盾としてイザイア・フィーニを頼ることだった。
イザイアは、フィーニ公爵の息子だ。本来ならば近寄るべきではない相手なのだが、公爵自慢の息子であるイザイアだからこそ危険を冒してでも近づく価値があった。
厳格で知られるフィーニ公爵と違い、イザイアは亡き公爵夫人譲りのおっとりとした好青年らしい。物腰柔らかだが芯は強く、一気に継承順位を駆け上がった自分にすり寄ろうとする者たちも軽くいなすだけの胆力もあるそうだ。
「窓から侵入した。ちょうど、あんたと出会った夜みたいな感じだな」
「よく捕まらなかったわね……」
「最初は警備兵を呼ばれそうになったが、俺があんたとの関係性を明かしたりすると興味を持ってくれた。軽く突けば倒れそうななよなよしい男に見えたが、あれはかなり肝が据わっているし強かだ。信用を得るには少し時間を要したが、最終的には部屋に招き入れてくれた」
なるほど……とキアラはヴォルフが語る内容に、舌を巻いた。
これはやはり、身軽でかつ口も達者なヴォルフ一人に任せて正解だったようだ。キアラがついていけば間違いなく足手まといになったし、余計なことを言って交渉を台無しにしてしまっただろう。
「それで、話ができたの?」
「イザイアは国王となることを自ら望んでいるようだが、父親があんたを排除したがっていることには心を痛めていたようだ。あいつはあんたの……ええと、何だったか。再従甥とかいう関係にあるんだろう? あいつとしても遠縁のあんたを気に掛けていたようだし、罪を犯しているわけでもないあんたを死なせるのは忍びないと思っていたようだ。死なせなくて済むのならそれがいいと、あんたを保護する方針を固めてくれた」
「ヴォルフ……ありがとう」
キアラがほっと息を吐き出して礼を言うと、ヴォルフは静かにうなずいた。
「そういうことだから、あんたが公爵のもとに行くとなってもイザイアが後ろ盾になってくれる。……むしろあいつとしては自分の遠い縁者であるあんたに、国王になる上での後援者になってもらいたがっているくらいだったな」
「……縁者といっても本当に遠い関係だけれどね」
「それでもあんたが王家の血統であるのは確かだ。……まあそういうことで、イザイアの方からすると誕生日間近になるよりはさっさと事を進めたいらしいから、明日にでも王都に来てほしいとのことだった」
「ちょっと待って。私の身の安全は分かったけれど、あなたはどうするの?」
すぐに次の話を進めようとするヴォルフを遮って問うと、彼は一瞬戸惑ったようにこちらを見てから一つ咳払いをした。
「……そのことだが。俺はイザイアが即位するまでは、あんたの夫でいるべきだと思っている。イザイアが即位すればあいつの鶴の一声で、あんたを王家の系譜から除名することだってできるからな」
「……ええ。それじゃあ、その後は? それに、私が守られている間は?」
「安心しろ。俺はあんたとの契約を反故にするつもりはない。俺の方は俺の方で、イザイア即位までの身の振り方を考えている」
「私と離ればなれになったりしないわよね?」
キアラが重ねて問うと、ヴォルフははっきりとした狼狽の色を瞳に浮かべ、視線をそらした。
「……あんた、そこまで俺に離れてほしくないのか?」
「えっ、いや、そういうのじゃなくて……」
しまった、とキアラはついつい顔を覗かせそうになった自分の恋心をねじ伏せ、困惑気味のヴォルフに微笑みかけた。
「あなたは私の夫で護衛でもあるのだから、離れていたら仕事にならないでしょう? でもそのあたりもイザイア様は納得されているのかと思っただけよ」
「……ああ、問題ない。そのあたりも考えている」
少し考えながらではあるがヴォルフが答えたので、ひとまずキアラはほっとできた。
(よかった。もしイザイア様に守ってもらえたとしても、ヴォルフがいなかったら……心細いし、寂しい)
ヴォルフの方は仕事だからキアラの側にいるのだろうが、キアラは彼が側にいることで安心できる。
「……頼ってばかりでごめんね、ヴォルフ」
「なに、これも俺の仕事だ。……だがまあ、今回の交渉は後ほど追加料金をもらうかもしれないな」
「ええ、言い値を払うわ」
「あんたはもう少し、俺を疑え」
ヴォルフはそう言うが、口元は笑っている。
(……うん、大丈夫)
ヴォルフはキアラのために、ここまで動いてくれた。
ここからは、キアラが動かなければ。




