第6話 なれそーめ
その後僕が必死に平謝りとご機嫌取りに努めたからか、それとも一通り怒りをぶつけ終えたからか。彼女の機嫌は無事おさまったようで、僕の首に後ろから腕を回してゴロリとベッドに寝転んだ。
「まったく。。。。。まあ坊の生れを考えれば仕方のないことかのぉ。。」
「まぁそうだねえ。。。こんなでも僕、偉いから。」
「その言い方めちゃ腹立つな。」
「知ってる。」
「こやつ…。」
「ちょ!?頭!?頭痛いから!?」
僕の生れ。
そこには薄着の人なんていない。淑女は妄りに肌を見せず、男は常に紳士たれ。それが当たり前でそれをこなしてやっとスタートラインに立てるような世界。
王国五子、王位継承権5位の第5王子。今年で13歳になる学園二年生。
それが僕、ファイーブの肩書だ。
そして今僕と話しているのがペルセポネ。娼館『ヤーマ』の主で、娼婦で、踊り子で、鑑定士で、占い師。ペルセポネなんていうギリシャ神話の大仰な名前は、所謂源氏名というやつなんだろう。本名は僕も知らない。
僕はぺルって呼んでいる。
ペェ、とか。オーナーなんて呼ばれていたりもするらしい。
サファイアのような蒼い瞳。日に焼けた健康的な肌。黒曜石のような吸い込まれる漆黒の艶やかな髪。誰もが羨むような魅惑的なボディラインに、色香と神聖さの調和した衣装。
まるで美の神を体現したような彼女。そんな彼女を独り占めしている僕は、世界一幸福な男と言ってもいいだろう。
見れば、彼女は溜息を吐きながら僕を見返した。失礼じゃない?
「話は戻すが、もし蜜の罠だった今の状況はどうするんじゃ?」
「どうって?」
「はぁ。。。」
再びの溜息で理解した。これは僕の事を心配して故の溜息だ。それでも傷つくものは傷つくのだけれどね。いやほんと溜息って人のHPを削るよ。
そんな僕の様子に気付かず、彼女はため息を再度吐く。三回目だ。
「もし本当に色仕掛けだとしたら、坊は悪女の巣に絡め取られておる真っ最中ということになるんじゃが、てことよ。」
「‥‥ははは、確かに。こんなにもペルにべったりだもんね。」
ペルセポネは著名な踊り子として様々な場に入り込み、その手練手管で男を惑わし、占いと鑑定の力で権力者と対等な立場を作り上げている女傑。この王都の顔役の1人として数えられている。
そんな彼女だからこそ、この関係に不安を抱いているのだろう。なにせ王子である僕を利用すれば何億という富が転がり込んでくる。
「優しいねえ、ペルは。」
「うっさい。そんなもんじゃないわい。他の組織に利用されるのが心配なだけじゃ。」
照れてる照れてる。
裏町だけじゃなくて、王都全体の顔役になったていう彼女は何度か王宮でその力を遺憾なく発揮し、また王家に連なる貴族の相談役として幾度となく貴族街へ足を運んでいる。
彼女が王都の裏表両方で指折りのドンとして噂される由縁でもあったりする。
凄いよね。
そしてそれが僕の想い人だ。
にしても、心配かぁ。。。
僕はニンマリ笑って彼女に笑いかける。
「僕の力を一人で享受しているっていうペルの優位性が無くなっちゃうもんね?そりゃ心配だよね??」
「‥‥にししし、バレたか。」
女傑が返したのは滅多に見せない悪戯娘のような笑顔。僕にだけ見せてくれるこの笑顔。これを見るのに、僕は何年かけたことか。
「でも大丈夫だよペル。」
「なぜじゃ?」
「僕の権力はたいして大きくないからそもそも濫用できないし、実際に悪用したら人間の首は即座に飛ぶだろうからねぇ。」
王族の巨大な権力にはにはそれ相応の枷がある。それを無理矢理外して利用しようとすれば、処分されるのは当たり前のこと。
逆に言えばまだ首が飛んでいないペルは、僕の威光を笠に好き勝手しているわけじゃないということ。あんだけ僕の力を利用するなんて言っといて。。。
いい奴かよ。
そんな僕の生暖かい視線に何かを感じ取ったのか、誰かに弁明するかのように早口で喋るペル。
「いやいやそれでも王子の寵愛を独り占めしとるなんて結構なメリットじゃからな?他の娘っ子どもが聞けば羨まし妬まし憎しで妾は刺されてしまうわい。」
ペルが周囲に妬まれて刺されている姿なんて想像できないな。むしろそんな娘達の相談に乗っていそう。
当然そんなことを口には出さず、僕は言葉通りに受け取ったふりをして話を続ける。
「確かに僕を独り占めすれば色々と融通は聞くようになるだろけど、汚職だと判断されれば議会で断罪一直線。王家の威徳を固守するため一層厳しく締め付けられると思うよ。」
僕の興味を反らせたことに安心したのか。安堵の表情を浮かべて彼女は一言。
「怖いのぉ。」
そう思っている風には全く見えないんだが??
まあいいか。
「王子だもの。王国の権威と面子の塊を簡単に使えると思っちゃいけないよ。」
ニューヨークの町を駆ける蜘蛛男も言っていた。大いなる力は大いなる責任を持つって。王子の力を十全に使えるのは、それ相応の責任を担ってからだ。
そんな僕の最高にクサイ台詞を聞いて目をパチクリとさせたぺルは、ニマニマ笑ってこう言ったね。
「いやいや、ここまで儂に惚れておきながら、ちゃんと先を考えて居る坊が怖かったのじゃよ。」
つまり僕は捉え違いをしていたと。中二台詞を吐いてことよりこっちの方がめちゃ恥かしい。
当然そんなことに気取られない様にキリッと凛々しい顔で僕は話を続ける。
…だからニマニマするの辞めてくださいお願いだから。
「勿論分かっていたよ?」
「嘘つけ。」
一瞬で看破された。無念。
それにしてもさっきの言葉が気にかかる。。。確か。。。
「…色ボケしつつも冷静な判断が出来ているってことが怖いってことなの?」
「そうじゃよ。」
「変なの。快楽に溺れることとリスク管理を怠ることは同一じゃないのに。」
「クスクス。。。」
僕の言葉に何か面白かったのか。笑い声を漏らしながら人形のように白く美しい指で僕の髪を漉くペルは、鈴の音のように言葉を転がす。
「そういうものなのじゃよ。」
「そういうものか。まぁぺルがそう言うのなら。。。」
ペルがそう言うのならきっとそうなのだろう。そう思ってしまうぐらい僕は彼女にベタぼれだ。
もう自分の身分を投げ出してもいいぐらい好きだ。
…分かっている、分かっているよ?
相手は何万という男を相手に金を貢がせ、腹の中に化け物を買っている貴族や商人相手に交渉してきた百戦錬磨の女傑。
きっと僕なんてカモにしか見えていないだろう。
キャバ嬢に貢ぐ財布Aと変わらない。
それでもやっぱり。僕はこの恋を諦められないんだ。
「愛しているよペル。」
「ほぇ?」
その事を素直にペルに告げると、彼女は困惑した顔で僕を見返す。急に何言ってんだコイツって顔だね。うん、ですよね。今のは自分でもナイわ、て思う。
「いつもそれ言っとるが、本気なのか?」
「うん。」
寧ろこれだけ言って正気を疑われていることが悲しいな。
「…妾は職業柄こういうのに慣れ取るんじゃが。坊はええのかえ?妾は坊を愛することはあっても恋することは無いんじゃよ?」
真面目な顔で告げる彼女が、嘘を言っているとは思わない。
けれど。
「それはどうだかね。愛を力に世界を救う戦士だって、愛の為に地球を滅ぼす男だっているんだよ?女の子一人の心ぐらい簡単に傾かせてみせるさ。」
僕だって戯れで言っている訳じゃないんだよ。
「チキュウ?どこの国じゃそれは?」
…ああそっか。この世界はそういう風に言わないんだっけ?
「愛は世界を変えるんだから、一人の女の子の気持ちを変えるぐらい余裕だよってこと。」
最高にクールな顔でキメ台詞を放つ僕に、ペルの顔は変化する。む、これは。。青色?僕の予定だと熟れた林檎よりも紅くなる予定だったのに。
「無理。」
え?
「そのセリフ気持ち悪くて吐きそう。。。。。」
ええええ。。。。
「本に載ってたのに。。。。」
「13歳の王族にそんな本薦めるとか正気の沙汰じゃないのぉ。。。」
本当に気分が悪そうな顔で僕を見るペル。マジかよ。
「でも『ヤーマ』の女の子たちから借りたんだよ?」
「あいつらは後でシバく。」
「ふふふ。」
「何笑っているんじゃ。」
「いやいや、面白くてさ。」
「妾が吐きそうなのがか?」
「さぁね~。」
僕にはペルが必要だ。
ペルと話していると落ち着くし、何より重圧を忘れることが出来る。
心が安らぐんだ。
薬物の効果なのかと調べた事があるけれど、何も出てこなかった。
これはペルだからこそなせる業。
人を魅入らせる話術。力ある占いと鑑定。恋慕を誘う色気に、苦悩を察し救う経験値。それがペルの武器であり、実力。これに僕は救われた。
だから好きなんだ。
単純すぎて、口には出せないよ。




