第3話 はじまりはじまり
思えば、人の心を慮れと幼い頃から言われてきた。
ずっと。ずっっと。ずっっっと。
今世ではずぅっと、言われてきたっけ。
「いいかいファイーブ。」
「何ですか姉上。」
「お前は優秀だよ。何故か知らんが私より早く魔言を覚えたらしいし、今の私は5歳のお前に剣術で歯が立たないし、算術なんかは学士と同等の知恵を持っている。お前はまごうことなき天才だ。」
「そ、そんなことありませんよ姉上。僕は凡人で「そこだよ。」…え?」
僕の言葉に、姉上はため息とつきながら遮る。そして決まって、呆れと憐みの籠った目で僕を見ていたものだ。
「そこだけがお前の欠点だ。お前は相手のことを考えようとしていない。」
「な!!それこそありえません!僕はいつだって相手の事を愚考しております!」
つい姉上に口答えしてしまったが、それでも彼女は表情を崩さない。
「うん、考えてはいるんだろうね。お前は聡いし優しい子だもの。」
「なら!!」
「でもお前は、それをお前の価値観で測ろうとする。そこだけはいつまでたっても直らないよねぇ。。。。」
「‥…それは、相手の意見に迎合しろということですか?」
そんなイエスマンみたいな人間になれと?前世のようなつまらない人間になれと?非難の意を込めて姉上を見れば呆れたような目つきで僕を見ている。
「…違うよの。まったくもってそういうことを言いたいわけじゃないのよファイーブ。自分の意見を捨てろ言う意味でも、他者に合わせろと言っている意味でも無いのよ。」
「…じゃあ、どういう意味なんですか?」
少しの間が空く。僕の疑問に姉上は応えるべく、ゆっくりと、けれど確実に。はっきりと言葉を紡いでいく。
「いいかい、ファイーブ。人の気持ちを知ろうとしなさい。犯罪者の在り方を知りたいのなら、犯罪者の気持ちを理解するしか無いのよ。」
「その例えでは犯罪者に同調しろということになるではないですか!!」
「…理解しても、共感する必要は無いでしょう?共感できない相手だから、理解できないから、だから相手が間違っている。この図式から進歩がない。それが貴方の唯一にして最大の欠点なのよね。」
「・・・・。」
「あ、いや、色恋話やニガニガ草、娼婦の裸体に労働意欲の欠如。他にも色々と欠点や弱点はあるわね。」
「姉上!!」
相手の生き方、人生から得た矜持。持ち上げすぎても貶しすぎても痛めてしまう繊細で傲慢な自尊心。それをいち早く把握し、順応して言葉をかける。
もっと分かり易く言うならば、『空気を読む』という能力だろうか。
僕にはそれが著しく欠けているらしい。
エアリーディング能力至上主義のジパング出身の僕がそんなことを言われるとは思いもしなかったが、根本的にそこが僕には欠けているそうだ。
人に気を遣って何が楽しいんだ、とか顔色を窺う人生に何の価値があるんだって思うだろうけど、そうではない。これは計算高いとか腹黒いとかそういうことでは決してないのだ。
これができないからこそ、僕は人の気持ちを理解できないのだそう。姉上と兄上曰く、僕は負の感情を消化できていないだとか。自分と相手の価値観の違いを許容できていないだとか。原因は色々あるらしい。
自分が喜ばしたいときに相手を喜ばし、自分が怒らせたいときに相手を怒らせる。これができない人間は、相手の為に行動できていないということ。そしてそれが出来ずに相手にそれを望む己の行動を、只の自己満足といわず何と言うのか。
自分が相手を喜ばせたいと思うのなら、『自分がされて喜ぶこと』ではなく、『相手が喜ぶこと』をするべし。その為には、相手の心を把捉するのが最重要。
そんな事を次兄と次姉は言っていたっけ。
「ファイーブ。聞いているのか?」
「あ、ああ。勿論だよペル。僕が懐いてくれて嬉しいて話でしょ?」
「いや、違うじゃろ。。。。満点はおかしいって話じゃ。」
「ああ、そうとも言うね。」
「そうとしか言わんじゃろ。。。。。坊は本気で教会に行くか?」
「そこまで言う?」
さっきも言った通り、僕には相手の心が分からない。
僕の『喜び』と、相手の『逸楽』はベクトルが異なるらしい。
長さも、向きも、何もかも。
だから。。。。。。
ペル、僕には君が必要なんだよ。
これは、そんな僕の物語。
どうかご清聴下さいな。




