第1話 働きたくないでござる
それは、満月の夜の事だ。
凍てつくような寒波に覆われ、農作物に大打撃を受けた大国。そのことをニュースで耳に流したことだっただろうか。
人生100年時代と謳われていた世界で、僕はその四分の一を消費したところだった。ピザで例えるならクオーターまで食べた所だ。
・・・・そんな言い方しないか。
まぁともかく。僕の人生はあと4分の3ほど残っていた。
これを長いとみるか、短いとみるかは人それぞれだ。どっちが悪いかとかはない。その人の好みだと僕は思う。
でも当時の僕の考えは圧倒的に前者だった。
「おい!!今日の仕事は終わったのか!!」
「・・・・まだです。」
「何で終わってねえんだああ!?一日あってできてねえってどういうことだよ!!」
「…すみません。」
降り注ぐ怒号に僕はただただ頭を下げる。周囲の人間も同情的な目で見てくるだけ。それもそうか。巻き込まれたくないものね。
「お前の頭は飾りか!?飾りなのか!?それともお前の腕は蝋でも詰まっているのか!!」
「すみません。」
「人間の屑じゃねえのかお前は!!いやそれだと屑にすら失礼だな!!」
「‥‥すみません。」
その時の僕は善良なる歯車として社畜人生を歩んでいたものだ。ゆっくりと、けれども着実かつ確実に。気付かないまま奴隷としての人生を強制されていた。
「すみませんじゃ済まねえんだよ!!あと二日で終わるのかよ!!」
だってそれは。。。。。それは一ヶ月分の仕事だったじゃないか。それを見栄張って三日で終わらせるなんて直前で取引先に言ってしまったからじゃないか。
「こんなの終わる訳ないのに。。。」
「ああ!?何か言ったか!!」
「・・・・言ってないです。」
つい口に出してしまった僕を真っ直ぐ見据える上司。
「いいやお前は言ったね。俺は確かに聴いた。」
「いや言ってないで」
「いいや言った。俺が聞き間違えるわけが無い。」
参ったな。普段は決してこんなことを口に出すヘマはしないのに。
彼はこうやって当たり散らす。口答えできない部下を。疲弊した若人を。自分の優位性を他者に見せて、自分を大きく見せるため、彼はこうやって当たり散らすのだ。
それで仕事が捗るわけでもないというのに。
「お前は確かこう言ったな。『これで終わらなかったら俺が責任もって首を吊ります』てな。」
ズキズキと腹が痛む。
「だからそんなこと言ってないで」
「いーや言ったねお前は!俺はそれを聞いて感心したもんだ!俺はお前の漢気に惚れちまったよ!」
足が鉛のように重い。
「でもそんなこと言って」
「よし今日のところは不問にしてやるよ!明日までに全て終わらせればそれで俺は水に流してやる!」
脳を蝕むような頭痛がする。
「でもそんなことできるわけな」
「出来ないって決めつけるから出来ないんだよ!!お前はできるさ!」
話を聞いてくれ。
耳を傾けてくれ。
「寝るな!食うな!喋るな!息をする時間すらも惜しめ!そうすればお前はできる!俺はお前を信じているぞ!」
口が焼けるように熱い。
「でも明日って。。。そんなの無理ですよ。まだ半分も終わってないんですよ・・・」
「煩い!俺に口答えしてんじゃねえ!手前みたいな役立たずを雇っている会社に報いようと思う心意気が、お前にはねえのか!!」
耳鳴りがする。
「てめえら若い者はいっつもそうだ!簡単にあきらめる!俺がお前らの時は徹夜なんて当たり前!サビ残だっていつものことだ!24時から仕事が始まって、24時に仕事が終わるんだよ!」
目眩がする。
視点が中に浮いたかのように。ふわふわとした気分に見舞われる。
「それが今の軟弱者たちはどうなっているんだ!そもそもこんな猿でもできるようなことをお前は出来ないという事自体が。。。。。。」
僕の視界はゆっくりと暗くなる。それに伴い今まで堰き止めていたせきとめていた疲労を放流するかのように、脳内に鈍い痛みが走る。
ドスン、と何か重たいものが地面に倒れる音がする。
一体なんだろう‥‥あぁ、僕か。
動かないといけないのに動けない。眼を閉じちゃいけないのに開けれない。羊水に浸かる胎児のように、ただゆっくりと、ゆっくりと意識と無意識の境界線が曖昧になっていく。
「おい!?下手な芝居はよせ!そんなことで納期は縮まらないぞ!!甘えるな!」
その時僕は分かったんだ。
ああ、死ぬんだって。こんな経験初めてだったけれど(なにせ死んだことないし。)、人間死ぬ前はお迎えが来るって分かるんだね。
ここで一言。
満月。。。。関係ねぇ。。。。。
走馬灯は見なかった。
見る価値も無い、薄い人生だと言われた気がした。




