第4話 は次の章
****ランランサイド
その日は満月でも新月でもなく。いつも通りの夜だった。
「ひひひっ。ここが今日からお前が暮らすお家だよ。」
そしてそれは、ランランにとって間違いなく最悪の日だった。
下卑た笑いを受かべる男に連れてこられた部屋には、絶望した少年少女がいる大きな檻があった。全部で16人ほど。齢は皆15を超えず、一番若いので2歳もいるだろうか。
貧民街で生活していたランランとリンリン。その日から彼女達の住処は貧民街から檻になった。
二人は気を付けていたつもりだった。何分彼女達は貧民。拉致して売ろうという人間はごまんといる。憂さ晴らしで斬り付けてくる人間だっている。だから気を抜かず、襲われない様に警戒して生きてきた。
だけど結果から言うと、彼女達は油断していたのだろう。もしくは子供の浅知恵だったのだろうか。二人は特に大した抵抗もできず、連れられてしまった。
ランランもリンリンも、檻を見ても大して恐怖は感じなかった。檻の中の生活というのは現実離れしていて、イメージしづらかったのだ。それよりも二人が気味悪く感じていたものがある。
「ひひひ、良い家だろう?」
それはこの男だ。カマセと呼ばれたこの男が自分達を見る目が、ランランとリンリンにとっては気持ち悪くて仕方が無かった。花売りの娘達を買う男の中に稀にいる、危ない奴の目だった。
檻の中の子供達も、男を見る目には決まって怯えが入っていた。
「いい檻だよなぁ???」
「ひぃっ!?」
突如、長い舌を延ばしリンリンの右頬を舐めるカマセ。
「辞めて!?辞めてよぉ!?」
気持ち悪くて仕方がないと言わんばかりに声を挙げるリンリン。何が起きたか分からず呆けていたランランは、その声で我に返る。
「リンリンを放して!!」
しかしランランの声に返ってきたのは揶揄うような声。
「おうおう、愛されてるねぇ。」
「五月蝿い変態!!」
「その変態にお前の妹はどういう目に遭うのだろうかねぇ??ひひひひ…。」
「この!!今すぐ妹から離れないとっっ!!??」
刹那。衝撃とともに景色が反転し、追いつくように頬から発せられる熱と痛み。自分が殴られたのだと気付いた時には、カマセは既にランランの腹に跨っていた。
「はっっ!?いや!!放して!!」
「けひひひひ。」
「辞めて!!」
ニタニタと笑うカマセ。ランランは溢れ出る恐怖と嫌悪を感じながらカマセをどかそうと力を込めるも、びくともしない。
慣れた手つきでランランの服を千切り、体を舐め回すように見てくるカマセ。
「きひひひひ!!!!」
「辞めろ!!辞めて!!!辞めてよこの糞野郎!!」
「きひひひひひっひ!!!!」
必死で脇腹を叩き、爪を立てるもカマセは動かない。まるで大岩のように動かないカマセとその目に、ランランの声は怒りから恐怖へ変わっていく。
「やめて…!!やめっ‥‥!!」
「きひひひひ!!!そういう声が一番好きだなぁ…!!」
「この‥‥!!やめ…!!辞めてよ…!!」
「『ヤ』!『メ』!『テ』!!!」
ぴたりと。これまでのカマセが嘘のように止まった。
ランランは、何が起きたのか理解できずにリンリンを見るも、リンリンも何が起きたのか分かっていないように目をパチクリとさせている。
皮肉にも、事態を一番早く把握したのはカマセだった。
「あ゛‥‥???」
「ひっ!?」
今までの薄汚い顔が嘘のように刃物のように冷徹な顔に変わっていて。ランランにはもう理解ができなかった。
「‥‥チッ。萎えた。」
「えっ。」
「おら!!」
「ベグブグベグ!?」
「おらおらおら!!!はははは!!!!」
ランランが彼の言葉を理解するよりも前に、彼はそのままランランの顔を殴り、殴り、殴る。一通りランランの顔を殴って満足したのか。それともピクピクと痙攣しかしなくなったランランの反応に飽きたのか。カマセはつまらなさそうな表情とともにランランを乱雑に檻に放り込んだ。そしてリンリンの顔を見たかと思うと、始めとは逆の左頬を舐める。
「いやっ!!辞めて!!!」
「ひひひっ。勿論だよ。」
リンリンの声に呼応するかのように、ぴたりと舐めるのを辞めるカマセ。
そして優しくリンリンの頭を撫でながら、猫撫で声でリンリンに囁く。
「お前は俺の獲物だよ。ひひひ、たった今、それが確定したんだ。」
そういってリンリンを檻に入れたカマセは、上機嫌にスキップしながら姿を消した。
「リンリン…?だい…じょうぶ??」
「お姉ちゃん!…お姉ちゃん!?大丈夫なのお姉ちゃん!!??」
ランランとリンリンの最悪の一日は、こうして始まった。
それからランランとリンリンは、檻での日々を過ごした。そこで色々な事を学んだ。
カマセは毎日、味見と称して一人の子供を皆の前で凌辱していた。性別は関係無かった。男児も女児も皆等しく、彼の犠牲となった。
ランランがこの檻牢にいて気付いたことは、カマセは自分が想像していたよりも屑ということ。そして彼が自分が想像していたよりも優秀であるという点だ。勿論、悪事という面においては、だ。
カマセは味見の時にいつも檻の鍵を開けていた。「逃げたら自分の玩具にする」と宣言し、鍵を開きっぱなしにしていた。ランランは後で気付いた事だが、それは罠だったようだ。こうして逃がれられる環境下でも逃げない様に。反抗する意志を徹底的に挫く為の躾けだった。
「あっ。。。」
ランランがそれに気づく前、一人の少年が逃げ出した。カマセが味見を始めた瞬間、檻を開けて部屋を駆け抜けたのだ。
「ぎゃぁぁぁぁ!!!!????」
ランランとリンリンが次に見たのは、両脚を折られた少年だった。少年が部屋のを抜け出す前に、カマセは少年を脚を掴み、握り潰したのだ。
噂によると、カマセはそこそこ名のある冒険者だったのだとか。少なくとも貧民街の子供よりかは余程身体能力に長けていたようだ。
「ひひひひひひひ!!!」
そこから先の光景は、あまり覚えていない。リンリンの耳を塞ぐことに必死だったからだ。けれど次の日からその少年は首輪を嵌められ、文字通り犬になっていた。犬のように吼えることしか許されず、服を着ることも、立つ事も禁じられた。
そして次の週には消えていた。その週の終わりには、骨になって帰ってきた。
ランランとリンリンはまだ味見の被害に遭ってなかった。檻の中の子はそれを幸運だといった。良かったねと慰めてくれた。けれどランランにとってそれが却って、気味が悪かった。
「ひひひ、明日はお前だよ。」
カマセがそう言ってきた日もあったが、その次の日は違う子が味見されていた。ランランにはこれも、気味が悪くて仕方が無かった。
夜になると、必ず誰か泣いていた。そしてその誰かの中にはリンリンも入っていた。
ランランはそんなリンリンの泣き声を聴いて、彼女を抱きしめる、リンリンはそんな彼女の胸に飛び込んだかと思うと、赤子のように泣きじゃくる。
そんな妹の様子を見て、ランランは始めの日に起きた事態を振り返る。
(あれは、明らかに私が犯される所だった。周りの反応から見ても、カマセがそれを辞めたのは異常。今までの行動を見ても、そう。けれどあの日だけは異常が起きた。その異常を引き起こしたのは誰?‥私?いいや違う。リンリンだ。リンリンの声にカマセは従ったんだ。)
何故か?そんなことが可能なのか?それはランランには分からない。ただ、彼女は一つだけ思った。
自分がそれに気づいているという事は、カマセもそれに気づいていると。
そして檻の中で暮らして一ヶ月と少し。
カマセは死んだ。
絞殺死だった。彼は自分の首を両手で絞めて自死したのだった。
その日の味見の対象は、リンリンだった。
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