第5話 のその次
カチカチ。カチカチ。カチカチ。
ナイフとナイフがぶつかる音がする。
カチカチ。カチカチ。カチカチ。
そんな無機質な音が部屋中に響き渡り、ランランはリンリンとぎゅっと抱きしめる。リンリンを守ると同時に、妹の温もりを肌で感じる為に。
「なぁ‥‥もう一度聞くぞ?誰がやった??」
「私です。」
ランランは間髪無く答える。
カチカチと、ナイフを響かせてた男はランランを見る。ナイフの様に無機質で鋭利な目。その眼光に内心怯えながらも、ランランは毅然と立つ。
「お前の名前は?ランランだよな?」
「はい。ランランです。苗字はありません。貧民です。」
先ほどから何度も繰り広げられた言葉を、ランランはもう一度言う。
「そうか‥‥、じゃあランラン。俺はそこまで難しい質問をしたいわけじゃない。お前みたいな齢の子を困らせたいわけでもないんだ。」
その男は、まるで困った大人のような顔をしていた。それだけ見れば、どこにでもいる、女児の我儘に振り回された大人のようだった。
カマセの骸の上に座っていて、まるでモノを見るかのような目でランランを見ていなければ。
男は、カマセが死んで直ぐに部屋に入ってきた。まるでカマセの死が分かっていたみたいに。そして、冷たい目でカマセを一瞥するとその上に座り、先ほどの質問を問いかけてきたのだ。
そして今、男は再度ランランに問いかける。
「どうやってカマセを殺った?アイツはお前みたいな嬢ちゃんがどうこうできる程弱くないと思うんだけどな??」
「それは、私も分からない。でも私がやった。」
カチカチ。カチカチ。
彼の苛立ちを現わすかのように、ナイフとナイフがぶつかる音が大きく早くなっていく。銀色のナイフがぶつかると、数回に一度火花が散っていく。
カチカチ。カチカチ。カチカチ。
「じゃあ、何だ??お前の言う事を纏めるとだ、『ランランは、何故か格上のカマセを殺しました。手段は分かりません』て事だよな?」
「はい。」
「‥‥そうか。」
カチカチ。カチカチ。
「ランラン。お前は付いてこい。」
「…は?」
カチカチと鳴るナイフが体に刺さるとばかり思っていたランランは、思わず目を見開く。そんなランランの様子を苛立たしげに見る男。
「聞こえなかったか?付いてこいと言ったんだ。」
「‥‥分かりました。」
この男の目的は理解ができないけれど、ランランには従うしか他が無かった。少なくとも、あの力が他の人間にばれるわけにはいかないのだ。
檻がある部屋から外に出ると、そこにはもう一人見張りがいた。別の部屋の扉の前にはいない所を見ると、複数の部屋をまとめて見ているのだろうか。
その見張りの男にナイフの男は声をかける。
「おい。」
「はい!!」
「B-2の監視は俺がする。」
「え。」
「駄目なのか?」
「い、いえ!!承知しました!ボス!!」
ボス。
ランランは驚きのあまり思考が纏まらなかった。何故こんなところに?何故?どうして?カマセはボスにとってどういう??
混乱の中ランランが連れてこられたのは、一際豪華な部屋。その中でもまたフカフカで座り心地のよさそうなソファに腰掛けた男は、ニコリと笑ってランランを見つめる。
「それでランラン。さっきの話を詳しく聴こう。」
「…で、でも、私が話せるのはそこまでで‥。それ以上は私も‥。」
「ああ、大丈夫だ。お前が知っていようと知らなかろうと、お前の妹の力の概要はカマセから報告を受けている。」
「え…。」
ランランはその日、組織の名前『バルビツール』と、ボス『スイートビ』を知った。
カチカチ。カチカチ。カチカチと。
その日からずっと。この音がランランの耳に残っている。
カチカチ。カチカチ。カチカチ。
カチカチ。カチカチ。
カチカチ。
「‥‥は!?」
目が覚める。目が覚めたランランは慌てて隣を見る。するとそこには愛する妹、リンリンがいる。
「‥‥良かった。」
安堵の溜息を吐きながら、ランランはリンリンの髪を梳く。リンリンの存在を確かめるように。
あの後、カマセが自死した後。ランランはスイートビと呼ばれるボスからの教育を受けた。楽しくはなかった。辛かった。けれど他の子から見れば天国といっても良い待遇。現に他の組員からは『ボスの愛人』とまで揶揄されたほどだ。
けれどあの男は。バルビツールという組織を率いるスイートビという男は、そんな生易しい男じゃなかった。彼はきっとカマセから報告を受けていたのだろう。
カマセも、ランランが思っていたよりずっと狡猾で頭のキレる男だった。
だからこそ、ランランにあの対応ができた。
だからこそ、リンリンの力を知っていた。
あれからスイートビという男がランランに望んだのは、リンリンの制御。あのカマセを屠ったリンリンの力の司令塔として、ランランは選ばれたのだ。
ランランがスイートビから聞いた話によると、リンリンの声には『他者に言う事を聞かせる』魅了の効果を持っているらしい。ある民族の血筋を受け継ぐ者のみが持つ、魔術とは体系が異なる『言霊』と言う効能なのだそうだ。
ランランはそんな話を聞いたことが無かった。しかしスイートビに言わせるとそれは当たり前のことらしい。
「そんな強力なモノじゃねえ。『魅了』と言うように、普通は自分の意見を正しいと信じ込ませる『カリスマ』のような物の一種だ。ましてや今の学術で証明できねえんだから、誰も知る由もねえよ。」
「証明できずとも、知っているものは私には数多くあります。」
「言ったろ?普通はそんな強力なモノじゃねえんだよ。『話上手』と見分けがつかねえのよ。お前の妹が異常なんだ。相手に命令して自死させるなんて聞いたことがねえ。」
その当たり前と異常を教えてくれるほど、ランランはスイートビに従順で。そして彼の信用を勝ち取っていた。
「くくくくく。。。これを上手く使えば、王族だって怖くねえぜ。この国どころかこの大陸全てが、俺の思うがままだ。」
「そう、、、、ですか。」
「これを使えば、王国の人間も。帝国の馬鹿どもも、皆俺の駒になる。お前にだって悪い話じゃねえぜ?貧民街の民から一気に裏の頂点だ。」
推測だが、スイートビは帝国に所縁のある人間だったようだ。一度その逆鱗に触れて処刑された人間を見て詳しく聞いてはいないが、彼には帝国に並々ならぬ思いがあったらしい。
だからこそ、スイートビはその力を利用しようとした。リンリンをランランに依存させて、リンリンの力を思うが儘に操ろうとした。
だからこそ、スイートビはあの事態に対応できなかった。
リンリンに口輪を嵌めて、安心してしまった。
だから二人は、逃げることができた。
(大丈夫、大丈夫。スリー様も、ジアゼパムも、ローズちゃんも。誰もあのことに気付いていない。これなら誤魔化しきれる。)
バルビツールは解体。スイートビという巨悪は依然として存命だが、こちらが派手な事をしない限り捕まることはないだろう。ジアゼパムから逃げた言い訳も考えてある。
最善ではない。かといって最悪ではない。どころか、当初のプランよりも良い方向に転がりつつある。
早まる鼓動を抑えるように、ランランはリンリンを抱きしめる。
事態はランランとリンリンに好転している。それは確かだ。
なのにナイフの音が、いつまでたってもランランの耳から離れなかった。
カチカチ。カチカチ。カチカチと。
ランランに耳にはずっとこの音が鳴り響いている。
あの日からずっと。
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