第0話 金銭欲も一種の愛だと思うんだ
ソレは、金を愛していた。
病的なまでに金を愛していた。
別に金が足りなくて苦労したわけでもない。
両親が金に異様に執着する人間であったわけでも無い。
ただ少し裕福な家に生まれ、少し金と接する機会が多かっただけの、普通の家庭だった。
ただ、音楽家の親が必ずしも音楽家でないように。
平凡な家庭の子が、何故か一流の料理人になるように。
個人の執着と好みは、必ずしも親に起因しない。
家族と個人の嗜好は、必ずしも相関しない。
そしてソレは、金に酷く惹かれたのだった。
その音、質感、匂い、役割。
ソレはカネの全てを愛した。
やがてソレがもつ全ての欲は蒐金に収斂されていた。
そのためになんでもやった。
母を陥れて、父の信頼を得た。
父を傀儡にして、手段を得た。
親友を蹴落として、豪商となった。
ソレにとって金が積まれていく光景は極楽浄土よりも眩くて。何よりも耽美的で快楽的だった。
ソレにとって腹を痛めて産んだ子供よりも、愛と夢を語らった恋人よりも、金の方が大切だった。
だから恋人が独占している市場を乗っ取りたかった。
そのために体を契り、関係を経て市場に浸食していった。
そのためだけに子供を作った。自分が一からデザインできる、理想の神輿を育むために。
全てが順調だった。
だが一つだけ誤算があった。
それは産んだ駒が優秀すぎたこと。
ソレの駒は優秀すぎて、ソレの機嫌が損なわれないギリギリの財だけ納め、後は他者の為国民の為と働く唾棄すべき偽善者に成り果てた。
駒たちの行為には反吐が出たが、切り捨てるわけにも行かなかった。かといって駒に多額の金と関わらせることはできない。
あの賢しい蠅虫は、ソレが得る筈だった金の一部を掠め取るに違いないからだ。例えそれが極々少量だとしても、金に狂愛を捧げるソレにとっては断固として回避すべき事態だった。
ソレは必死に祈り、唸り、そして考えた。
すると天が味方した。
愚鈍で、無知で、その割に高価で箔のある人形が現れたのだった。
それは市場の浸食が一気に進むマジックアイテムだった。
ソレは狂気乱舞し、自らの幸運に感謝した。
時は満ちた。
幸運は未だ止まらなかった。
他の金集めが終わり、財源が増えた。
仕事が終わり、労力が浮いた。
それに伴い自由に動かせる道具が増えた。
優秀な人間も雇えることが出来た。
全てはソレに味方しているかのようだった。
だから後は実行に移すだけ。
その人形を買い取り、積年の夢に一歩近づく。
コンコン
ソレは酷く軽やかな足取りで、部屋へ入っていった。
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