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第六章 第四話


「どうした、グリーン。

 そんなに慌てて」


 突如、部屋に乱入してきた自らの右腕とも言える部下を見て、ゴールドは少しだけ驚く。

 実際、人間味が欠けているのではと疑われるほど冷徹極まりない、このグリーンがここまで慌てるということは……それだけの事態が起こったということだ。

 いや、部屋に駆け込んできたのは彼だけでなかった。


「おい、シェラ。

 お前まで、一体……」


 開いたままのドアから、二人の少女が飛び込んできたのだ。

 ゴールドの実の娘と……グリーンの義理の娘の、良く見慣れた二人が。


「……こ、これを」


 そう言ってグリーンが差し出してきたのは、少し昔の報告書だった。

 訝しんだグリーンがその日付を見ると……それは四年ほど前の、神聖王国西部の土地を守るために配属されている、西方軍からの報告書の一つだった。


「……ああ? 羽兎の密猟団摘発だ?

 これから悪魔の拠点を潰すってのにこんな昔の報告書を持って来るだなんて……」


 そう吐き捨てたところで、近衛騎士団長の瞳が、ふと止まる。


「……ウェストエンド領主が密猟団と裏取引、か」


 その報告書に目を通したゴールドは、拍子抜けしたような声でそう呟く。

 実際……その類の事件など、王国内では『よくある話』だった。

 貴族と言えど、生計を立てねば生活は出来ない。

 だが、平和になれば平和になったで、面目や体面など……色々と要らないものが付きまとってしまう。

 その結果、収入よりも出費が大きくなり過ぎてしまい、生計を維持できず……こういう下種な真似をやらかす貴族が出てきても……


「……ん?」


 ……だけど。

 不意に彼の目は報告書の一点で止まる。

 読み進めていた報告書の中の一文に……どうしても見逃せない文字が出て来ていたのだ。


「……おい?」


 目を瞑り、再び開いてその一文をじっくりと眺め、自分が読んだ文字に、頭に入った内容に間違いがないのを確認し終えた後、ゴールドは再び尋ね直していた。


「……何だ?

 この、僅か十二歳の少年によって領主が引退、とは?」


「……どうやら、軍役につけなくなったとのことで」


 ゴールド団長のその問いに、ようやく冷静さを取り戻したのか、グリーン副団長が平静極まりない声で答えを返す。

 ……貴族である以上、戦場に出なければならない。

 故に……戦場で出られなくなった貴族は、引退するしかない。

 それが、この神聖王国において、領地からの税収を得て生計を立てる貴族に課せられる、唯一にして絶対の義務、なのだから。


「……待て。

 待て待て待て」


 ──領主を殺しかけたその少年は、西方軍に捕えられ……

 ──領地からの追放処分にされた、だと?


 そうして報告書を読み進めていたゴールドは、今度こそ本当に見過ごせない文字を見い出す。


「……あの学園の学費って、結構な額だったよな?」


「ええ。

 貴族か、裕福な商人くらいしか払えない程度には」


 シェラの学費を思い出したゴールドの呟きに、義理の娘を神聖王国立サウスタ聖騎士学園へと潜入させているグリーンは静かに頷いていた。

 実際、シェラの学費は、近衛騎士団団長であるゴールドでも『ちょっと痛い』くらいの金額である。

 少なくとも……領地から追放された十二歳くらいの餓鬼が、ほいほいと払える額じゃない。


「あの餓鬼……一体何処から金を出したんだ?」


「それ以前に……僅か十二歳の少年がどうやって領主を引退させたんですか?

 相手は、貴族……一応、軍人ですよ?」


 報告書を手にしたまま、近衛騎士団の二人は目を見合わせる。

 状況の大変さを理解しているのか、シェラもリスも……そして、さっきまで不平を零していた魔術科の学生さえも、何一つ言葉を発しない。


「……西部と言ったな」


「ええ。

 ……ウェストエンド。

 王国の西の端にある領地です」


 ──西には嫌な思い出があるな。


 親友の言葉に、ゴールドは呟きを零す。

 ……いや、違う。

 王都にも北部にも南部にも東部にも嫌な思い出がある。

 あの、たった聖剣一本で王国を救いやがった……そして、別れを言うこともなく立ち去って行った、最悪の悪友の思い出が……

 その悪友の顔を思い出したゴールドは、ふと思い出す。


「……前の、女王暗殺未遂は、確か、西部で起こったよな?」


 何気なく放たれたゴールドのその一言は……周囲を凍りつかせるのに、十分過ぎるほどの威力を持っていた。


「ちょ、ちょっと、父上っ!

 それは、セブンスが……っ」


 流石に黙っていられなくなったのだろう。

 シェラが唾を飛ばしながら、実の父親に詰め寄っていた。

 ……いや、殺気を思いっきり放ちつつ、魔剣に手をかけて間合いを計る行為を「詰め寄る」などと可愛く表現出来るならばであるが……


「……勿論、まだ確証はないが、な」


 即断即決が代名詞のゴールドとしては珍しく、流石の彼も断言を避けていた。

 だが……嫌な予感がするのは確かである。

 そして……彼の嫌な予感は往々にして良く当たるものだ。


「……そんな。

 セブンスが『反逆者』なんて、そんなこと……ありませんわ」


 ……『反逆者』。

 人間の中にも、金や女・力・死者の復活を求め、悪魔に魂を売る連中が存在するのは、紛れもない事実であった。

 そして、人々は最大限の悪意と蔑視を向け……その連中を『反逆者』と呼ぶのだ。


 ──何か、兆候はないのか?


 ゴールドはそう問う視線を、あのクソ生意気な少年の級友へと向けていた。

 基本的に『反逆者』という輩には、決まって一定の『変化』が見られる傾向にあった。

 ある日を境に、突如として強くなる。

 突然、何の前触れもなく良い女を侍らせ始める。

 死んだ家族が蘇ったと言い始める。

 膨大な金を何処からともなく手に入れ始める。

 ……近衛騎士団が摘発した『反逆者』という連中は、近しい人間ならばすぐに分かるような……そういう兆候を必ず見出すことが出来る。


「だが……用意できないほどの金でもないよな?」


「ああ。

 セブンスの、あの強さだ。

 十二歳の頃ならば、父親を倒すくらいは……」


 ゴーレムを商売に使うことで大金持ちになっているセントラル家のボンボンと、生まれながらにして稀有な才能を持ち合わせたエイジス家の天才がそう援護する。

 ……『反逆者』。

 学園の風紀を度々乱してきた彼らであっても……共に戦った仲間を『反逆者』である等と疑うことは……「魔術科ナンバー2」を自称する問題児と評判の彼らであっても、流石にしたくないのだろう。

 その彼らの必死の声を聞いて……僅かな疑念を抱いていた少女たちは、自分を恥じて口を噤んでしまう。

 と、その時だった。


「……まて。

 確か羽兎の密猟団とか言っていたな?」


 この団長室に詰めている男女数名の中で、最も頭が切れると評判のフレア=ガーデンが、何かを思いついたように不意にそう呟いた。


「……そうです、わね」


 シェラも、魔術科で女神と呼ばれている少女の声を聞いて……とある一つの事実を思いついたのだろう。

 ……顔に苦渋の色が現れ始める。


「「……死者の復活?」」


 その瞬間。

 二人の少女の脳内で……最悪の可能性が繋がった。

 父親の密猟団。

 羽兎の死。

 悪魔との契約。

 父親を撃退。

 セブンスという少年を良く見ていた彼女たちの脳内では……その可能性は何の違和感もなく、驚くほどしっくりと繋がってしまう。


「「……っ!」」


 次の瞬間には、二人の少女は弾かれたように走り出していた。

 自分たちの胸にある懸念など、所詮は懸念でしかなく……本人に問い質さないと気が済まないと気付いたのだろう。

 それを見た瞬間、リスも慌てて後を追い始めていた。

 ……彼女の任務は、シェラの護衛が最優先なのだから。


「ああ、畜生っ!

 俺は、仕事が、ええい!

 こん、畜生!」


 リスに続いて後ろを追いかけようとしたゴールドは、不意に思いとどまり……葛藤に歯を食いしばったかと思うと、髪の毛をかき乱しながら……それでも、何とか立ち止まる。

 流石のゴールドも……実の娘の恋愛事情より仕事を優先したのだ。


「お前達!」


「「は、はい!」」


 結局、二度三度と右往左往していたゴールド近衛騎士団長は、視界の淵に、ようやく妥協点を見い出していた。

 ……そう。

 団長室でまだ事態が呑みこめず、固まっていたままの魔術科の男子学生二人を見つけ出し……猫なで声で話しかけていたのだ。


「なぁ、お前たち。

 この、悪魔の欠片を、取り戻したい、よなぁ?」


 近衛騎士団長は、さっき没収した体となっていた……実際は没収できるレベルの範囲を超えている悪魔の欠片を見せびらかすと、そう笑う。


「……え?

 これ、は?」


「……でも、さっき、え?」


 突然の近衛騎士団団長が豹変したことに……そして眼前にさっきまで欲しくて溜まらなかった垂涎の品が突き出されたことに、二人の少年は混乱の極みに達し、目を白黒させるばかりだった。

 そんな二人の少年の様子を見て、後一押しだと思ったのだろう。

 ゴールド近衛騎士団長は悪魔の欠片を彼らに手渡したその瞬間、さっきまでの嘘くさい笑みを取っ払うと、少年たちに向けて大声を放っていた。


「受け取ったら、回れ右っ!

 さっさと奔れっ!

 良いか、お前らっ!

 命に代えても俺のシェラを守れっ!

 さもなきゃ、生まれてきたことを後悔させてやるからなっ!」


「「は、はいっ!」」


 ゴールドの怒鳴り声一つで、あっさりと自称「魔術科ナンバー2」の少年二人は悪魔の欠片を手に取り、回れ右をすると……慌てて仲間達の後を追いかけ始めていた。

 平然と職権を振りかざし、学生相手に飴と鞭を活用して思う通りに動かしたゴールド=イーストポートは、次の瞬間には親の顔から近衛騎士団長の顔へと変貌を遂げていた。

 すぐに学生たちから視線を逸らすと……隣の、親友であり最も信頼できる部下でもあるグリーン副団長と、そしてその隣に控える部下たちへと視線を向ける。


「おい!

 前にリスの報告書でセブンスがうろついていた辺りがあるだろう?

 そこを重点的に探らせろっ!」


「了解、団長っ!」


「騎士団の準備は出来ているかっ!」


「二個中隊と、三個小隊の準備が出来ています!

 ゴールド団長っ!」


「よし、全部隊、出撃用意!

 今日一日で全てに片をつけるぞっ!」


「了解しました! 団長っ!」


 近衛騎士団詰め所はゴールドの命令であっさりと活気付き始めた。

 だが、そんな訓練の行き届いた頼もしい部下達の動きを見ても……それでも、ゴールドの顔色は一向に晴れなかった。


 ──くそったれ。

 ──こんな気分は、久々だぞ、畜生。


 数多もの激戦と、少なくない悲劇を乗り越えてきた彼の直感は、未だにピリピリと警鐘を鳴らし続けていて……

 彼は……未だに、嫌な予感を振り払えずにいたのだった。


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