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第六章 第二話



「……随分、しぼられたな」


 近衛騎士団の詰め所を出てすぐのところで、セブンスは誰ともなしにそう呟いた。

 彼の目が細められているのは、怒りでも後悔でもなく……単に朝日が目に染みたからである。

 ……早い話、彼らは一晩中、延々と説教を喰らい、反省文と報告書を書かされていたのだった。


「……ま、仕方ないですわ」


 実の父親の理解のなさに、さっきまで顔を真っ赤にして怒号を上げていたシェラは、『学園最強』の少年の呟きに、取りあえずそう答える。

 現実問題として、①神聖王国立サウスタ聖騎士学園を無断で抜け出し、②近衛騎士団の情報にさえなかった迷宮に勝手に突入、③妖魔との戦いの為とは言え、王都の施設を破壊し、④近衛騎士団の倒すべき悪魔を横取りした。

 彼らが『悪魔殺し』の栄誉を勝ち得た一方で、それだけの問題を起こしたのもまた疑いようのない事実だったのだ。

 そして何より……近衛騎士団長曰く「娘を誘惑し、身の保障もないまま危険な任務につかせ、実際にその命を危険に晒した」という最悪の罪状があり……彼らはこってりと絞られることになったのだ。


「……だけどさ、僕達は悪魔を倒したんだぜ?

 あんなに責めること、ないだろうに」


「ま、俺達は囮しかしてないがな」


 未だに納得いかないという声で放たれたクレイの反論に、横合いからトレスが茶々を入れる。

 その召喚士の横槍に、ゴーレムマスターの少年は小さく一瞥をくれると、憤りを隠そうともせず、言葉を続ける。


「近衛騎士団の仕事を無償で手伝ったんだ。

 俺たちが、文句を言われる筋合いはない筈だ」


 それがクレイの言い分だった。

 彼の言い分も尤もである。

 少なくとも……彼らがその身を危険に晒した分、近衛騎士団の面々が身体を張る必要もなくなったのだ。

 褒められはしても、怒られる筋合いはない、と思っているのだろう。

 ……だけど。


「それでも、王都を壊したのは事実だからな」


 静かに同じ魔術科の少女……フレアが、彼を眼で睨みながら、そう呟く。

 その呟きによって、クレイは反論の言葉全てを封じられてしまう。

 何しろ、王都の施設を破壊したのは……彼とトレスの二人が戦ったその結果だったからだ。


「ははは。

 ま、壊れたのは仕方ないな」


 しかしながら、施設を壊した当の本人は、一晩中怒られたというのに特に反省することもなく、あっけらかんとそう笑う始末である。

 隣で笑う全ての元凶に向けて、クレイは渾身の右拳を叩きこみたい衝動を、必死に押し殺していた。

 ……ついでに、「壊したのは主に貴様だっ!」という叫びを放ちたい衝動も、同時に押し殺す。

 この自称「魔術科ナンバー2」の召喚士が無茶苦茶をやらかしたとは言え……その暴挙によってクレイが救われたのは紛れもない事実だったのだから。


「ま、手柄と罪状で相殺ってのは、そう悪くない取引だろう?」


「……何か、近衛騎士団に手柄を取られたみたいで、気に食わないんだよ」


 ゴーレム使いの少年が、随分と腹に据えかねているのを気にしたのだろう。

 同じ魔術科のフレアが、そうゆっくりと宥める声を出すものの……クレイはまだ不平があるらしい。

 そんな魔術科の面々が徐々に険悪になっていくのを見て、いい加減このままでは収拾がつかないと判断したのだろう。

 シェラは先頭を歩く、『学園最強』の少年に問いかけてみる。


「……セブンス、貴方は何か意見はおありですか?」


「いや、取りあえず、帰ってミミちゃんにご飯をだな」


「「「……はぁっ」」」


 その言葉に、セブンス以外の全員がため息を吐いていた。

 この少年にとっては、『悪魔殺し』の名誉よりも、近衛騎士団に一晩中絞られたことよりも……ペットの方が大事だというのだから。

 だけど、それを誰も茶化さない。

 ……いや、茶化そうとすら思いつかない。

 彼らはセブンス相手に、あのペットの羽兎に関する悪口を言えばどうなるか、よく知っていたのだ。

 特に、クレイとトレスの二人は……その身をもって思い知っている。


「じゃあ、俺は先に帰る。

 手に入った悪魔の欠片は、お前らで勝手に使って良いからな」


 口に出したことで、ますます気になったのだろう。

 セブンスはそう声を出すと、呆然としている仲間達を置いて、とんでもない速度で走り始めていた。


「まさか、走って帰る気か、アイツ?」


「それこそ、まさかだろう?

 だって馬車で数十分かかるぞ?」


「魔術の道具もなしにだろ?

 幾らなんでもそりゃ無茶だ」


「……けど、やりかねませんわ」


 どんどん小さくなっていくセブンスの背中を見ながら、仲間達は呟くものの……その問いに答えてくれる奇特な人物など、その場には存在していない。

 唯一、セブンスの足を知っているリスは……義父からの命令により、詰め所内で書類と格闘し続けていたし。


「しかし……悪魔の欠片を自由にしろと言われてもな」


 何気なくフレアがそう呟いた途端、魔術師達の目の色が変わる。

 事実……魔術師にとって悪魔の欠片というのは、希少極まりない魔力の源であり、最大の加工原料である。

 その金銭的な価値は兎も角、これほどの品となると……如何なる手段を行使してでも手に入れたい、まさに垂涎の一品なのである。


「私は別に要りませんから、ご自由に」


 魔術科の生徒達の様子を見て、これ以上会話にはならないと判断したシェラは、そう断ってあっさりと魔術科の面々から離れていた。

 事実、シェラの装備は現状でも既に、悪魔の欠片や聖なる武具を用いた最高級品であり、彼女は悪魔の欠片など必要としていない。

 その上……彼女の父親は必要にして十分な仕送りを送ってくるので、金銭の類も特に必要としていなかったのだ。


「……さて。私はちょっと用がありますので」


 シェラはまだ悪魔の欠片の配当を争っている仲間達に一言声をかけると、近衛騎士団の詰め所の方に歩いていく。

 本当は近衛騎士団にまだ用があったのだが……セブンスがさっさと外へ出たので、彼女は空気を読んでそちらを優先したのだった。


「何故、あの娘があの場所にいたか……教えてもらわないと」


 理由はどうあれ……あの戦いのとき、シェラは背後からの一閃に助けられたのだ。

 このまま放置しても目覚めが悪い。


 ──ま、何となく理由は分かりますけれど。


 内心でそう呟いたシェラは一つため息を吐いて、詰め所に向かって歩き出す。

 一歩を前に踏み出すごとに、彼女の着込んでいる趣味の悪い全身鎧は、派手な金属音を響かせる。

 そして……既に、朝日が昇ってから随分な時間が経過していて、王都はそれなりに活気溢れる様相を見せていた。

 そんな街中を、とてつもなく悪趣味な鎧を着た美少女が堂々と歩くのだ。

 ……王都の住民たちは皆が皆、彼女の姿を見た途端に己の目を疑うような、痛ましいものを見るような視線を向けてくる。

 尤も、衆目の注意を集め慣れている彼女は、そんなことなど意に介することもなく……ただまっすぐに父親の職場目掛け、歩を進めるのだった。





「俺が、ここからここまでだろ?」


「まて、それではこの私の取り分がなくなる」


「フレア、お前は既にセブンスから一つ貰っているだろう?」


 シェラが近衛騎士団の詰所のドアを開こうという頃。

 集団観衆の中……神聖王国立サウスタ聖騎士学園魔術科の生徒達三人は、まだ取り分を言い争っていた。


「待て。

 僕はこの外装を重点的に貰いたいのだが」


「おい。

 ……そうすると俺の分がなくなるだろう?」


「……だから、私の取り分がだな」


 話は平行線のまま、決着がつきそうになかった。

 当たり前と言えば、当たり前だろう。

 この機会を逃せば二度と手に入るか分からないような、超高級の、しかも魔術的に重要な逸品である。

 上手く活用すれば……一生王国史に名を残せるかもしれない魔剣が、召喚術が、ゴーレムを創り出せるかもしれない。

 ……そういう、一生レベルの話なのだ。

 それを、譲れる、訳がない。


「いい加減、俺の言い分を聞きやがれってんだっ!」


 結局、交渉に飽きたトレス=エイジスが召喚魔術を放つ。

 交渉のドサクサに紛れ、地団駄を踏んでいるように見せかけて足で魔法陣を描くその器用さは……正直、神がかっていると言っても過言ではないだろう。

 尤も……普段からその技能を活用しろと言いたくはなるが。


「面白いっ!

 どちらが本当の魔術科ナンバー2か、思い知らせてやるっ!」


 それに対抗したクレイ=セントラルがゴーレムを作成する。

 この天才ゴーレム使いにしてみれば、素材されあれば簡易なゴーレムくらいなら、説教をされている間に創れてしまうのだ。

 説教されている間に手作業でゴーレムを作ってしまうその器用さは、普段から彼が『説教され慣れている』ことを意味していて……全くもって褒められたことではない。


「お前たち、此処は、王都のど真ん中だぞっ!

 何を考えているっ?」


 そんな二人を止めるため、フレア=ガーデンが業火の大規模魔術を振るい始め……

 街中で暴れ始めた彼らが仲良く近衛騎士団詰め所にしょっ引かれたのは……ある意味、当然の結果なのだった。


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