第五話 照れを求めて、旅に出ます!
翌朝、村は昨日とはまるで違う空気に包まれていた。
「感情が戻った!」
「昨日、久しぶりに笑えた気がする!」
あちこちからそんな声が聞こえてくる。
村の広場に集まった人々は、口々に喜びを語り合っていた。悲しい話をしていた老婆は涙を流し、いつも大人しかった青年は誰かとささいなことで言い合いを始めている。
喜怒哀楽が、ちゃんと村に戻ってきていた。
「よかった……」
わたしは広場の隅からその様子を眺めながら、小さく息をついた。
そこへ、白髪混じりの髭を蓄えた恰幅のいい初老の村長、ガルドが、慌てた様子で駆け寄ってきた。わたしの前で深々と頭を下げる。
「ルヴィナ殿。疑ってしまい、本当にすまなかった」
「分かればいいのよ!」
わたしは腕を組み、ふんぞり返るように胸を張った。
「魔族が住んでるからって理由だけで疑うなんて、本当に失礼な話だったんだから」
「まったくもってその通りだ」
ガルドは何度もうなずいたあと、ふと、しみじみとした様子でわたしを見下ろした。
「しかし、本当に小さいな」
「最後の一言いる!?」
せっかく格好よく決まりかけていた場面が、一瞬で台無しである。
肩の上でピピが「ぴ」と鳴いた。笑っているのか、慰めているのか、判断がつかない。
「あんたも笑うな!」
だが今回ばかりは、村長を怒鳴りつける気力もあまり湧かなかった。事件は解決し、村人の感情も戻った。あとは――。
(これで、村人たちがわたしに感謝して、照れまくってくれるはず……!)
わたしは頭の中で、これからの明るい未来を思い描いていた。
事件を解決した恩人として崇められ、村人たちが次々とわたしの前で頬を赤らめる。毎日食事に困らない、夢のような生活。
わたしは肩のピピに得意げな顔を向けた。
「見た? これからは食事に困ることなんて――」
だが現実は、そう甘くはなかった。
「ルヴィナさん、パン食べます?」
ミーナが焼きたてのパンを差し出しながら、屈託のない笑顔でそう聞いてくる。
「わたしの主食は照れよ!」
「あはは、ルヴィナさんったら面白い!」
子どもたちが駆け寄ってきて、わたしの周りをぐるぐると回り始めた。
「ルヴィナー!」
「呼び捨てにするなー!」
「ルヴィナちゃん、また遊びに来てね!」
「ちゃん付けもやめて!!」
完全になめられている。それも、恐れられるどころか、すっかり親しまれてしまっている。
村人たちの中で、わたしの立ち位置はすでに固まっていた。
――「威張ってるけど、放っておけない、かわいい魔族のお嬢ちゃん」。
それが、村中に共有された、わたしへの共通認識だった。
誰一人として、わたしを見て照れてくれない。
「なんでよぉぉぉ!!」
空に向かって叫んだところで、何かが変わるわけでもない。
傍らでその様子を眺めていたエリシアが、静かに口を開いた。
「ルヴィナは村人に好かれているようですね」
「好かれてる場合じゃないのよ! わたしが欲しいのは尊敬と照れなの!」
「両立は難しいかもしれません」
「他人事みたいに言わないで!!」
だが、いくら叫んだところで、状況は動かない。
わたしはがっくりと肩を落としながら、ため息をついた。
「……結局、事件を解決しても、食事事情は何も変わらなかったってわけね」
「そうとも言えますね」
「あんた、もう少し慰めてくれてもいいんじゃない?」
「では、ルヴィナは頑張りました」
「棒読みすぎるでしょ!!」
村の広場でひとしきり騒いだあと、エリシアがふと表情を改めた。
「ルヴィナ。実は、お伝えしなければならないことがあります」
「なによ、改まって」
「私は、これから旅を続けます」
その言葉に、わたしは少しだけ手を止めた。
「今回の遺跡と同じような魔道具が、他の地域でも見つかっているとの報告があります。それに――」
エリシアは遺跡の壁画のことを思い出しているのか、少し考えるような間を置いた。
「〈感情種〉についても、もっと詳しく調べたいと考えています。神殿にも、まだ記録が残っていない部分が多いので」
「ふーん。勝手にすれば?」
わたしはそっぽを向いて答えた。
だが、口ではそう言いながらも、胸の奥にほんの少し、ちくりとした感覚があった。
この数日間、散々振り回されたはずなのに、いなくなると聞いた途端に妙な寂しさを覚えるとは、我ながら現金なものである。
(別に、寂しいわけじゃないんだからね)
誰に向けたわけでもない言い訳を、心の中で呟く。
エリシアはそんなわたしの様子には気づいていないのか、いないふりをしているのか、いつもの調子で尋ねてきた。
「ルヴィナも来ますか?」
「行かないわよ」
即答だった。
自分でも驚くほど、迷いなく口から出た。
「そうですか」
エリシアは特に食い下がることもなく、小さく頷いた。
「では、私はこれで」
そう言い残し、旅支度を整えるべく、エリシアは村の宿へと戻っていった。
その後ろ姿を見送りながら、わたしはしばらくその場に立ち尽くしていた。
「……ぴ?」
ピピが心配そうにわたしの頬をつつく。
「な、なによ。別に何とも思ってないわよ」
「ぴぃ」
「疑わしそうな顔しないで!」
その夜、わたしは古城には戻らず、村はずれの宿でぼんやりと天井を見つめていた。
――世界中には、わたしを見たことのない人間がいっぱいいるんでしょ?
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
この村では、もうわたしは「面白いお嬢ちゃん」として認識されてしまった。だが、まだ見ぬ土地には、わたしのことを何も知らない人間がたくさんいるはずだ。
(そういう相手なら、まだ照れさせられる余地があるんじゃない……?)
考え始めると、止まらなくなった。
(それに――)
脳裏に浮かんだのは、あの地下遺跡での、エリシアのわずかに赤らんだ頬だった。
(あれが、まぐれだったのか、本当にあいつの本心だったのか……確かめないと、気になって仕方ないじゃない。それから、あの遺跡に描かれていた〈感情種〉のことも気になる)
羞恥喰い以外にも、感情を食べる種族がいる。
今まで一度も聞かされなかった。
(うちの一族が知らないことが、世界にはまだあるってことよね)
そう考えると、城に一人で籠もっているのが、急につまらないことのように思えてきた。
気づけば、わたしは荷造りを始めていた。
☆
翌朝。
村の出口に、エリシアの姿があった。旅支度を整え、これから出発しようとしているところだった。
「……何をしているんですか?」
わたしの姿を見て、エリシアが目を丸くする。
わたしの傍らには、パンパンに膨れ上がった巨大な旅行鞄。肩にはピピ。
「旅に出るのよ」
「昨日は、来ないと言っていましたが」
「気が変わったの!」
わたしは胸を張り、堂々と宣言した。
「世界中には、わたしを見たことのない人間がいっぱいいるんでしょ?」
「そうですね」
「だったら、そいつらを片っ端から照れさせれば、食べ放題じゃない!」
我ながら、実に分かりやすい動機である。食欲一直線、他に理由などない。
……ないはずだった。
「随分、大きな荷物ですね」
「旅なんだから当然でしょ!」
「何が入っているんですか?」
「着替えと、お菓子と、予備の服と、ティーセットと――」
「旅行にティーセットは必要ですか?」
「魔族の令嬢には必要なの!」
エリシアはわたしの旅行鞄を一瞥したあと、穏やかにこう告げた。
「私は嬉しいです」
「…………」
その一言に、思わず言葉を失った。
肩の上のピピの耳が、ぽっと赤く光る。
「ぴ!」
「光るなぁぁぁ!」
結局、朝から取り乱すことになったが、それも含めていつも通りと言えばいつも通りだった。
二人と一匹は、朝日に照らされた街道を並んで歩き出した。
わたしはその途中、隣を歩くエリシアを指差し、高らかに宣言する。
「覚悟しなさい! 旅が終わるまでに、絶対あんたを真っ赤にしてやるんだから!」
「頑張ってください」
「その余裕、今に見てなさい!」
少し歩いたところで、エリシアがふと思い出したように口を開いた。
「でも、昨日のルヴィナは格好よかったですよ」
「…………っ!」
「顔が赤いですよ」
「うるさーい!!」
ピピが楽しそうに鳴いた。
「ぴぃ!!」
照れを食べたい魔族さまと、なぜか彼女ばかりを赤くしてしまう聖女。
二人の旅は、まだ始まったばかりだった。
(漫画原作第一巻相当 完)




