↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
照れを食べたい魔族さまは、無表情な聖女を赤くできない  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/5

第一話 聖女なら、少しくらい照れなさいよ!

 魔族には、威厳というものが必要だ。

 少なくとも、由緒正しき〈羞恥喰い〉の一族に生まれたわたし、ルヴィナ・ヴァーミリオンは、そう教えられて育った。

 だから今日も、森の奥にそびえる古城、その玉座の上で優雅に脚を組み、いかにも魔族の令嬢らしく頬杖をついている。

 完璧だ。

 どこからどう見ても、気高く美しい魔族のお嬢様である。

 ――ぐぅぅぅ。

「…………」

 静まり返った広間に、あまりにも気高くない音が響いた。

 わたしの肩に止まっていた黒い小さな魔獣、ピピが、ぴくりと大きな耳を動かす。

「ぴぃ」

「聞こえてないわよね?」

「ぴ」

「聞こえてるじゃない!」

 思わず玉座から立ち上がる。

「しょうがないでしょ! もう三日もまともに『照れ』を食べてないんだから!」

 そう。

 人間が赤面したときに生まれる羞恥の感情――それこそが、わたしたち〈羞恥喰い〉にとって何よりのごちそうなのだ。

 なのに最近、この城には人間がまったく来ない。

「まったく……魔族が住んでるってだけで怖がるなんて、失礼しちゃうわ」

 そのときだった。

 ぎぃぃ――。

 何年も開かれていなかった城の大扉が、ゆっくりと開いた。

「……!」

 人間の気配。

 しかも、女の子。

 わたしは勢いよく玉座へ座り直し、髪を整えた。

 ――ごはんが来た。

 扉の向こうから現れたのは、銀髪をきっちり切りそろえた少女だった。青灰色の瞳は落ち着き払っていて、身にまとった白い法衣には、見覚えのある神殿の紋章が刻まれている。

「魔族ルヴィナ・ヴァーミリオンですね」

 声にすら緊張がない。

 こちらはこの数分で完璧な決め顔を作り上げたというのに、随分と余裕な態度である。

「そうよ。それがどうかしたの」

「私はエリシア・ルーンと申します。神殿から派遣された見習い聖女です」

 聖女。

 その単語に、わたしの食欲はますます加速した。

(聖女ってことは、清らかで、真面目で、きっと簡単に照れるタイプ!)

「近隣の村で奇妙な事件が起きています。村人たちから、少しずつ感情が失われているという報告が」

「へえ」

 正直、話などまったく頭に入ってこない。

「その原因を調べるうちに、この城の存在にたどり着きました。魔族が近くに住んでいるとなれば、無関係とは言い切れません」

「はいはい、事件ね。分かった分かった」

 わたしはゆっくりと玉座から立ち上がり、エリシアへ歩み寄る。

 髪をかき上げ、目を細める。

 我ながら、様になっている自信がある。

「ふふん。聖女だかなんだか知らないけど、わたしを前に平然としていられるのも今のうちよ」

 顔を近づける。

「さあ。わたしを見て――照れなさい!」

 エリシアは黙ってわたしを見る。

 わたしも見つめ返す。

 しばし、沈黙。

「お腹が空いているんですか?」

「なんで分かったのよぉぉぉ!」

 思わず飛びのいた。

 なぜバレた。表情には出していないはずだ。

「お腹の音が、先ほどからずっと聞こえていましたので」

「聞かなかったふりをする優しさはないの!?」

「ありません」

 即答だった。清々しいほど。

 肩の上で、手のひらサイズの黒いコウモリ風魔獣ピピが「ぴ」と鳴く。まるで笑っているようだ。

「あんたまで『ない』みたいな顔するな!」

「ぴ」

「二対一で責めるのやめてくれる!?」

 だが、ここで引くわけにはいかない。羞恥喰いの誇りにかけて。

「い、今のは前哨戦よ。本番はこれから」

 わたしはエリシアの手をぱっと握った。

「な――なんてね。ちょっと触れてみただけよ。どう? 照れた?」

 エリシアは自分の手とわたしの手を見比べる。

「ルヴィナの手、小さいですね」

「うるさい! 小さくないわよ!」

「でも温かいです」

「…………!」

 一瞬、心臓が跳ねた。

 肩の上のピピの耳が、ぽっと赤く光る。

「ちょっ、ピピ!」

「ぴぃ」

「そっちじゃない! わたしの照れを検知するんじゃない!」

 これでは形勢逆転どころか、わたしが照れさせられている側になってしまう。

 いや、そんなはずはない。まだ本気を出していないだけだ。

「次はこれよ」

 今度は耳元に口を寄せ、声を落として囁く。

「近い、でしょ……?」

 エリシアはわずかに首をかしげただけだった。

「近いですね」

「そこで照れなさいよ!!」

「なぜ照れる必要があるんですか?」

「なぜって、普通は……ええと……」

 説明しようとして、逆にこちらが赤面しそうになった。

 これはまずい。相手が照れないせいで、こちらの羞恥心ばかりが行き場をなくしている。

「なら、これはどう」

 わたしはエリシアを壁際まで追い込むように距離を詰め、腕をどん、と壁につく。いわゆる壁ドンというやつだ。人間の本や噂で聞きかじった技だが、決まれば効果は絶大なはずである。

「わたしのこと――かわいいと思わないわけ?!」

 我ながら渾身の決め台詞だった。

 しかしその直後、足元の絨毯がわずかにめくれていたことに気づかず、わたしはバランスを崩し、盛大に自分から壁へ激突した。

「――ぶふっ!」

「大丈夫ですか」

「だ、大丈夫よ! 今のはノーカン!」

 鼻を押さえながら立ち上がる。

 威厳など、もはやどこにもない。

 だがエリシアは表情を変えないまま、こう続けた。

「先ほどの質問ですが」

「な、なによ」

「とてもかわいいと思います」

「…………」

 時が止まった。

「ルヴィナ?」

「い、いきなり真正面から言うなぁぁぁ!」

 顔が一気に熱くなる。ピピの耳が眩しいくらいに赤く光った。

「ぴぃぃ!!」

「照れを食べたいはずのわたしが、なんでこんなに照れてるのよ……!!」

 しかも厄介なことに、自分自身の羞恥心は、いくら生まれても絶対に食べられない。魔力にもならない。ただ無駄に恥ずかしいだけの、何の得もない現象である。

 三日間の空腹に加えて、この理不尽。

 わたしはがっくりと膝から崩れ落ちそうになった。

「……あんた、絶対わざとでしょ」

「いいえ。思ったことを言っただけです」

「それが一番タチ悪いのよ!!」

 ひとしきり叫んだあと、わたしは深呼吸をして気を取り直した。

 これ以上格好悪いところを見せるわけにはいかない。魔族の――いや、羞恥喰いとしての誇りがある。

「……コホン。それで、事件の話だったわね」

 わたしは何とか玉座に座り直し、脚を組んだ。

「あなたたちの村で、村人の感情が薄れているんだっけ」

「はい。喜怒哀楽が徐々に鈍くなっているという報告が複数あります」

「ふぅん」

 わたしは顎に指を当てて考えるふりをした。実際には空腹で頭が回っていない。

「で、わたしを疑ってるってわけ」

「近くに感情を糧とする魔族が住んでいれば、無関係とは考えにくいので」

「あのねえ」

 わたしはため息をついた。

「わたしたち羞恥喰いが食べられるのは『照れ』だけよ。喜びも怒りも悲しみも、そんな器用に何でも食べられるわけないでしょ」

「では、ルヴィナは犯人ではありませんね」

「信じるの早くない!?」

 あまりにあっさり手のひらを返され、こちらのほうが拍子抜けした。

「ルヴィナが照れ以外の感情を扱えないというのは、事実として筋が通っています。嘘をつく理由もありません」

「そ、そう……。まあ、分かってもらえたのは助かるけど」

 少しくらい疑って粘るものではないのか。聖女という職業への信頼が、わずかに揺らいだ気がする。

 だがエリシアはそのまま、思いもよらぬ提案をしてきた。

「では、一緒に本当の犯人を探しましょう」

「はい?」

「事件の原因を突き止めるまで、私はこの周辺に留まる予定です。ルヴィナも協力してください」

「な、なんでわたしまで巻き込まれるのよ! わたしには関係ない話でしょ!」

「いいえ、関係はあります」

 エリシアは相変わらず表情を変えないまま、淡々と続けた。

「事件が解決すれば、村人が魔族を怖がる理由もなくなります。そうすれば、また人がこの城を訪れるようになるかもしれません」

「……それって、つまり」

「照れてくれる人間が増えるということです」

 わたしはぴたりと動きを止めた。

 その一言で、頭の中の天秤があっさり傾いた。

「行くわよ! 今すぐ!」

 考えるより先に、わたしは玉座から飛び降りていた。

 肩の上でピピが「ぴ」と一声鳴く。呆れているのか、面白がっているのか、判断がつかない。

「準備は必要ないんですか」

「食欲の前に準備なんていらないのよ!」

 我ながら、羞恥喰いの令嬢として褒められた台詞ではない気がする。だが今さら取り繕っても遅い。

 エリシアは小さくうなずいた。

「では、村までご案内します」

「その前に一つだけ言っておくけど」

 わたしは扉へ向かいながら、振り返って人差し指を突きつけた。

「別にあんたに協力してあげるんじゃないから。あくまで、ごはんのためよ」

「分かりました」

「……本当に分かってるの、それ」

「はい。ルヴィナの食事のための協力ということですね」

「そういう身も蓋もない言い方しないでよ!!」

 結局、最後まで調子が狂わされたまま、わたしたちは城をあとにした。

 森の向こうには、これから向かう村の屋根がぽつぽつと見えている。

 あの村のどこかに、事件の原因があり――そして、わたしを腹の底から照れさせてくれる誰かも、きっといるはずだ。

 肩の上でピピの耳が、なぜだかまだ少しだけ赤い。

「……ねえ、ピピ。まだ光ってるじゃない」

「ぴ」

「だから誰の照れを検知してるのよ!」

 こうして、聖女と魔族の、どうにもかみ合わない共同捜査が幕を開けたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。