第6話 すごく不自由なのでチート能力を返却してもいいですか?
目が覚めると知らない天井を見上げていた。
片方の耳からは女子達の声が聞こえる。眠気眼をこすりながら学校で居眠りしている感覚に似ているとぼんやり考えてしまった。ベッドの傍にあるステンドグラスの窓は開けられてそよ風が入り込んでくる。青空を眺めていい天気だなと呑気に思った。
「目が覚めたか流星」
声の方へ向くと神様が無垢な瞳で僕を見上げている。風で艶のある黒髪と白いワンピースを揺らしていた。
「神様……おはようございます……え! は!? 神様!?」
そうだ。たしか神様は銃で撃たれたはずだ。
急激に記憶が蘇る。ベッドから飛び出した僕は床に膝を付いて神様に抱き着いた。
ちゃんと生きている。神様は死んでいない。安堵から自然と涙が溢れた。
「痛いッ! 痛いッ! 骨が折れるだろうがッ!」
神様の体温を感じる。本当に生きているのだと実感できた。
「すみません! 神様が生きているのが嬉しくて!」
「俺は神様だぞ? 銃で撃たれたぐらいで死なないから安心しろ」
「良かった……本当に良かった……心配しましたよ……」
「めそめそ泣くな。まぁ、泣くほど俺を心配してくれたのは嬉しいけど――」
「心配するに決まっているでしょうが!? そもそも神様はいつも強引なのですよッ!?」
そもそも銃を持って興奮した男性に無防備に近づくなんて自殺行為だ。油断した神様が全面的に悪い。他に手はあったはずだ。
僕が説教を始めると「神に説教するな!」と拗ねた神様が逆ギレしてくる。これはいつもの事だった。神様は自分の非を基本的に認めない面倒くさい性格なのだ。でも逆ギレされるのも今は嬉しかった。いつも通りの神様が僕の傍にいる。
「感動の再会中に悪いんだけどー。次は女神様の番だよー」
椅子に座っていたのは僕に剣を突き立てた少女だった。
赤い髪を後ろで結んでおりワイン色のローブを羽織っていた。短いスカートで足を組んでいるので太ももが顕わとなっている。知らない少女は口を尖らせて机に頬杖を付いていた。
「俺のターン! カエル!」
「カエルはもう言ったからダメー。これで女神さまの十連敗。女神様しりとり弱すぎ。これなら小さい子供の方が強いと思うけどー?」
「待て! 俺はカエル化現象と言いたかっただけなのだ!」
「カエル化現象って何? 初耳なんですけど?」
「俺も意味は知らん。生物の進化についての記述か何かじゃないのか?」
「理解してない言葉ならダメじゃん」
「ぐぬぬ……卑怯だぞ小娘ッ! 神様を負かそうなど恥を知れッ!」
「負け惜しみは恥ずかしいですよー?」
「流星もこの小娘に何とか言ってやれッ!」
訳が分からない状況で話に混ぜられるのは困る。そもそもこの少女がここに居る理由が分からない。というか何者なのだろうか。軽薄な態度は別に構わない。だけれど普通の女の子とは違う雰囲気が警戒心を掻き立てる。
「えっと……とりあえず君は誰なのかな?」
「私はエリス。女神様に選ばれし第三神姫だよー。よろしくね。異世界の天津流星君」
僕は神様の表情を伺うと小さく頷かれた。どうやら僕達の状況は僕がすでに説明しているのだろう。異世界から迷い込んだという話を信じてくれているのだろうか? というか第三神姫って何だろう? 神姫って言葉はゲームとかで聞いた事があるけれども。
「あらら。第三神姫を名乗っても反応なしかー。流星は本当に異世界人なんだねー。面白い」
勝手に面白がれても困るなと考えていると神様が「落ち着いて聞け」と前置きしてくる。
どうやら僕と神様は何者かの力によって異世界に転移させられたようだ。
この異世界は女神を崇拝しており女神に与えられた力を持つ女性が存在するようだ。剣と魔法のファンタジー世界らしいと神様に説明されても現実味が全くなかった。
「信じられない……神様。これからどうするのですか? 元の世界に帰れるのでしょうか?」
「とにかく俺達を異世界に連れ込んだ奴を探すのが先決だな。この俺を異世界に飛ばした相手だ。相当やっかいな奴かも知れない……それに流星の異変も何か理由があるだろう」
「僕の異変ですか?」
「自分で気が付いていないのか?」
僕は自分の腕や足、胸などを見る。白いシャツにお気に入りの黒のTシャツ。黒いズボンも汚れていない。身体に痛みはない。少しだけ頭がぼんやりしているぐらいだ。身なりを確認した僕は「異常はありませんが?」と答えると神様とエリスが顔を合わせる。
すると神様が机の上に置かれた取っ手付きのティーカップを差し出してくる。中には赤い液体が入っている。香りから紅茶だと分かった。
「持ってみろ」
「飲んでいいのですか?」
「普通に飲めたらな」
「どういう意味ですか……もしかして毒とか入れてます?」
「流星は俺を何だと思っているのだ! 俺って信用ゼロか!? 哀しいぞコノヤロー!」
「冗談ですよ。じゃあ遠慮なくいただきま……え?」
僕がカップの取っ手を持った瞬間に取っ手が壊れて紅茶を床にぶちまけた。白いカップも粉々だ。
「すみません! 手元が狂ったのかな!? すぐに掃除します!」
僕はベッドから離れて拭くものを探す。すると部屋の隅にモップがあるのに気が付いた。僕はモップと掴んで持ち上げようとする。しかしモップの持ち手が真っ二つに折れてしまい壊してしまった。僕はようやく自分の異変に気が付く。
「流星は単純な力が人間の領域を超えている」
「え?」
「つまり俗に言うチート能力を手に入れたという事だ」
「えっと……チート能力って最強的なやつですか?」
「全国の少年が羨ましがる能力を手に入れて良かったな」
神様は親指を立てながら瞳を片方閉じる。可愛らしいけれども今はどうでも良かった。
僕は零れた紅茶が広がった床や折れたモップを交互に見つめる。チート能力かどうか知らないけれどこの力は確実に日常生活に支障が出る。物を普通に持てない腕力なんて全く必要ないのだ。僕は勇者や英雄になりたい訳じゃない。普通に元の世界に元の身体で帰りたいのだ。
僕は心の底から思った事を真顔で口にする。
「いや……すごく不自由なのでチート能力を返却してもいいですか?」
すると神様と僕とのやりとりを黙って聞いていたエリスが腹を抱えて笑い出した。




