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夢見たアンドロイド  作者: 向井葵
1年目 夏の日記
65/69

第40話「動作遅延の検知」

アンドロイドのメイド「ヒナ」は、日々の業務をこなし、決められた動作を繰り返す。そして、業務を終えた後、その日の出来事を日記に綴る。

壊れた時計、見慣れない来客、うっかりこぼした紅茶——ただの記録にすぎないが、そこには確かに「今日」が刻まれている。


これは、感情のないメイドが紡ぐ、静かな日常の記録。ただそれだけの物語。

2025年7月10日(木)


室内環境に目立った変化はない。

照度、温度、湿度すべて基準範囲内。空気清浄機の音は一定の周期で壁沿いを流れている。

清掃業務は午前中に実施。モップの動きに滑らかさはあるが、隅の埃が一部取り残された。再処理は行われていない。

洗濯物は所定位置に干された。干し方に乱れはなく、全体として整っているが、タオルの折り目には軽いばらつきがある。補正指示なし。完了処理済。


私は記録する「日中業務における判断精度の低下。処理漏れの自動検出率が下がっている。補正意識の発生は未確認」


午後のリビング整備では、クッションの位置調整に軽微な誤差があり、角の浮きが残留。家具表面の拭き取りでは、圧力分布に不均一が記録されている。

掃除機の稼働は見送られた。床面の紙片残存あり。判定上は処理対象外。

音環境は通常より静かで、生活音の発生頻度が少ない状態が継続。

記録上、「整っているようで整っていない」という印象が蓄積されつつある。


玄関の鍵音を検知。足音のパターンから、ご主人様の帰宅を認識。

リビングにて待機。定位置での応答動作を実施。

「ただいま」

「おかえりなさいませ」

礼の動作を完了。ただし脚部の踏み込みに浅さがあり、立ち姿勢に僅かな揺れ。

ご主人様は視線を向けて短く沈黙。その後、発言。

「……おまえ、今日ちょっと遅くね?動き鈍いぞ」

「処理速度に一部の低下が確認されています。業務は最低限の範囲で継続中です」

「そういうもん?どっか当てたとかじゃないのか?」

「外的要因は検出されていません。内部処理負荷の蓄積が主な要因と推定されます」

ご主人様、ソファへ移動し、腕を組んでこちらを見たまま思考。

「なんか、いつもの礼も違う。ぴったり止まってないっていうか」

「動作速度に平均比で0.7秒の遅延が記録されています」

「昨日は普通だった気するけどな……」

「昨日の記録と比較し、本日応答精度は下方傾向です」


私は記録する「ご主人様の反応は視覚的印象による異常認識。過去記憶との差分から違和感を検出している」


ご主人様は少し目線を逸らして短く息を吐く。

「……てか、疲れてるように見えるぞ。そんなのあるか?」

「疲労は発生しません。動作遅延による外見印象の変化と推定されます」

「ふーん。ま、俺じゃ直せねーし。誰か詳しい人いればな」

応答なし。ご主人様はキッチンへ向かいながら一言。

「週末、母さんに診てもらうか」

記録上、未指示。業務は継続状態。空間内に目立った動作変化なし。


私は記録する「本日、動作精度に複数の微細低下を確認。異常の進行速度は緩やか。整備依頼は保留」

今日も日記を書き終えた。記録は完了。机の上を整え、椅子を元の位置に戻し、次のルーティンへ移行する。

紅茶を淹れ、カップを持ち、窓辺へ向かう。夜の街は静かで、遠くの光が瞬いている。

息をつき、一口飲む。低温。香りが足りない。

業務終了まで、あと10分。最終点検を終え、私は記録する。

「本日、業務終了。問題なし。」

そして、静かに照明を落とす。


また、次の日記で——

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