第4章 三人の公爵 22
ルーアンは石畳の上に佇んで、扉が消えるのを見守った。
場違いな明るいアイスグリーンが消滅すると、そこには再び静かな遺跡の風景が戻ってくる。
「ナナト。セレウスが自分の出生の秘密を知ったとき……。そして、あなたがそのことを承知していながら、ずっと黙っていたことをも彼が知ったとき……彼は相当悲しい思いをするのではありませんか? 信用をなくしませんか?」
ルーアンは呟いた。
「そうよね。中途半端に言わないほうがいいわよねえ。黙っておくなら、姉弟二人共に黙っておく。魔神族としては、あずかり知らぬことだわ。それがオトナの対応ってものよね」
背後から声が聞こえた。
ルーアンは振り返る。
幼い少女の姿に戻ったサラが、遺跡の柱の下に腰をかけていた。頬杖をついたかわいらしいポーズで、ルーアンを見上げている。
ルーアンは膝をつき、彼女に頭を下げた。
「サーライエルさま。お帰りになったのでは……」
「今から帰るわよ。私もあなたと少しだけお話したくてね」
サラが、にっこりと微笑んだ。
「何でしょうか?」
「ミウゼリルのこと。まあ、私もかなりおせっかいだとは思うけど。でも、彼女は今、自分から何か言える立場じゃないもの。おせっかいしちゃうことにした」
「ミウゼリルの?」
ルーアンは、訝しげに顔を上げる。
「彼女は、もう知っているの。あなたが沈黙し、隠し続けていた秘密をね。自分で捜し当ててしまったわ」
サラが言う。
「そうですか……」
ルーアンは、短く呟いた。
サラは、ルーアンの反応を伺うように、彼の顔を覗き込む。
ルーアンは魔王への礼儀として、その視線から顔をそむけ、目を伏せた。
「彼女は、あなたと話したがってる。何だかんだ言っても、あなたを慕っているの。でも、あなたには彼女の姿は見えない。歯がゆいわ」
「真実を知っても、私を慕ってくれていると? そうなのですか?」
ルーアンは、意外そうに言った。
「当然でしょ。あなたたち二人は、ちゃんと会って、話をすべきだと思うわ」
「しかし、それは無理です。あなたもおっしゃったように、私には彼女が見えません」
「そうね。彼女の姿が見えるのは、魔王たちだけ。ナナトは、夢の中とかで見えるみたいだけど、これは例外ね。なら、あなたも魔王になっちゃえばいいんじゃない? そうすれば彼女の姿が見えるし、思う存分お話もできてよ」
「風の魔王になるのはナナトです。ミウゼリルも、そのことは了承しているはずですから」
ルーアンが言うと、サラは呆れたように肩をすくめる。
「あなたもナナトに似て、頑固よねえ。ううん、ナナトのほうが、あなたに似てるのかしらね」
「年齢的には、そうですね」
「年齢的じゃなくてね。まあ、これ以上弄るのはやめておいてあげるけど」
サラは、ふふっと笑って立ち上がる。
「とっとと、どっちかがリシュフィンになればいいのよ。そうしたら、私も遠慮なく風の都に遊びに行けるのに。お忍びにしても、公式にしても」
「先ほどのお心遣いは感謝いたします。そのお言葉は、ぜひナナトに。ところで、サーライエルさま。ヴォルフラム・リンドグレット公爵のことは……」
ルーアンが言うと、サラは真面目な顔をした。
「ああ、彼のことでは迷惑をかけたようね。七都に酷いことをした。ごめんなさい。私の管理不行き届きだわ。もう二度とあんなことがないよう、厳重に警戒しなきゃね。いけない、ナナトにちゃんと謝るの、忘れちゃった……」
「私のほうから伝えておきます」
「そう。じゃ、お願いね。では、また、ルーアン」
そして、サーライエルの姿は、柱から消え去った。
ルーアンは頭を上げ、その透明なワインレッドの目を周囲に漂わせる。
朝の気配を含んだ風が、彼の髪を乱して石畳を通って行く。
空はますます明るくなり、薄く靄のかかった遺跡が次第に本来の色を帯びた。
ルーアンは、その景色の中にそっと声をかける。
「ミウゼリル……。どこか近くにいるのですか?」 【続く】




