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第4章 三人の公爵 21

「サーライエルさまとは、以前から知り合いだったの?」


 七都が訊ねると、ルーアンは頷いた。


「ええ。風の王族にとって火の王族は、古来より最も親しい王族ですので」


「そうだよね。あなたは火の王族から何人もの人たちを風の都に連れてって、冠を乗っけて、風の魔王にしたんだものね。。私のおじいさまも含めて。当然、よく知ってるよね」


「そういうことです。ところで、お話というのは?」


 ルーアンが、さりげなく話題を替えて訊ねた。


「ええっと。明るくなってきてるから、手短に話すね。ゼフィーアとセレウスのことだよ」


「あのアヌヴィム姉弟の……?」


「そう。彼らに言わないでほしいんだ。実は姉弟じゃなくて親子だってこと。それから、リンドグレット公爵のことも」


「言うつもりはありませんよ。言う機会もありません。あの扉を使うためにあの館に行っても、必要最小限のことしか話しませんしね」


 ルーアンは、そっけなく言った。


「そ、そうなんだ。じゃ、別に頼まなくてもよかったってことね」


「彼らはあなたのことを心配していましたので、その報告ぐらいは軽く致しますが。我々はアヌヴィムの出生や過去について、たとえ情報を知っていても、教えるようなことや詮索するようなことは話題には致しません」


「そうか。総じて魔神族は、そういう感じなんだよね。アヌヴィムには無関心なんだ」


「一般的には、もちろんそうですよ。中には、例外もあるでしょうけど。その魔神族がおせっかいな性格とか、そのアヌヴィムに対して何らかの恋愛感情を持っているとか」


「恋愛感情は持ってないけど、おせっかいは当たってるかも……」


 七都は、呟く。


「彼らに話すおつもりですか? 今回あなたが体験したことを? ゼフィーアがそれに関して沈黙を守ってきた、そして、セレウスが思いもよらないであろう真実を?」


「セレウスには言わない。お姉さんが実はお母さんなんて、ショックすぎるよ。自分が生まれた経緯も、知らないほうがいいと思う。でも、ゼフィーアには話したいの。ディートリヒのこと、わたしが彼に会ったこと、彼が最後までゼフィーアのことを気にかけてたってこと、そして、彼の死もね。ディートリヒには話すなって言われたけど、そんなの悲しすぎるよ。だって、セレウスの実のお父さんなんだもの。少なくとも、ゼフィーアには伝える必要はあると思う。あと、私がそういうことを知ってるってことを、彼女に知っていてほしいんだ」


「それは、やはり自己満足のおせっかい以外のものではありませんね。しかも、危険を伴うという」


 ルーアンが、眉を寄せた。


「危険? なんで?」


「セレウスはともかく、ゼフィーアはあなたのアヌヴィムではありません。風の魔神族のアヌヴィムでもない」


「火の王族の誰かのアヌヴィムなんでしょ」


「それがリンドグレット公爵に通じる者ではないと言い切れません。それどころか、彼の友人の一人ではないかという推測も成り立ちますよ」


「でも、公爵は罪人として幽閉されてるんでしょう」


「幽閉されてるのに異世界に行って、あなたをさらおうとしました。彼の力を侮ってはなりません。ゆえに、彼と関係のありそうな者に近づき、親しくなってはなりません」


 七都の記憶の中から、ゼフィーアの言葉が蘇る。

 七都が魔の領域へと旅立つ前に、彼女が口にした言葉が。


<アヌヴィムは、自分の主人の意向には従わねばならぬのです。例えば、もしナナトさまと私の主人が敵対したなら、私はナナトさまと戦わねばなりません。ですから、どんなに親しくなろうとも、ご自分のアヌヴィム以外のアヌヴィムには、心をお許しになりませんように>


 七都は首を振る。

 杞憂だ。そんなこと、あり得ない。

 あれだけ世話になった彼女と敵対して戦うなんて。


「わたしは彼女を信じてる。というか、信じたいんだ。自分が知ってることを彼女に言うのも、そのためだよ。彼女にわたしを信用してほしいんだ。知ってることを黙って隠してたら、信用を失うよね?」


「知ってることを黙って隠していたら、信用を失う……ですか」


 ルーアンがゆっくりと七都の言葉を繰り返した。


「もちろんじゃない。その人に対する裏切りだよ」


「信用を得るために、黙っていなければならないこともありますよ」


「だけど、それ、ばれたときにまずくない? 一気に信用をなくすよ。っていうか、嫌われて憎悪されるかもしれないよ。最悪、絶縁されちゃうかも?」


「そうですね。しかし、そうしなければ、壊れてしまうものもあるのです。それを明らかにすることによって、誰かを傷つけたり、悲しませたり、不幸にしてしまうこともあります。自分が守りたいもののために、自分が知っていることを心の奥底に仕舞い込まねばならぬこともあるのですよ」


「そういう場合もあるかもしれない。でも、わたしはディートリヒのことは、彼女に伝えたい。セレウスの出生を知ってることがばれちゃうけど、それは仕方がない。ゼフィーアと秘密を共有するよ」


「そうですか。ならば、あなたのお好きなように。そういう信念がおありなら、私はもう何も申しません。では、私はこれにて。あなたは扉の中にお戻りください。それを確認してから、私はアヌヴィムの館に参りますので」


 ルーアンは、丁寧過ぎるぐらいに七都に頭を下げた。


「うん。じゃあ。夏休みが終わって、学校のほうが落ちついたら、またお城に行くからね」


「いつでもお待ちしております」


 七都は、頭を下げたままのルーアンを一瞥して、扉を開けた。

 リビングの床にしっかりと足を下ろすと、途端に体が重くなり、眠気を伴う眩暈を感じる。

 数分いただけだというのに、もうこんな状態なんて。

 七都は、自分の体にあきれながら、扉のレバーに手をかける。

 

(ねえ、ルーアン。あなたはわたしに何かを隠しているの? それを知ったら、わたしはあなたを嫌って憎悪してしまう? それぐらいの大変な秘密をあなたは心の底に仕舞い込んでいるの?)


 本当は、そんな質問を彼に投げかけたかった。

 けれども、七都の唇からその質問は発せられることはなく、扉はそのまま閉まってしまう。

 ルーアンの姿は、朝を迎える異世界の美しい景色と共に、白緑の木製のドアに閉ざされてしまった。


「お帰り。七都、ふらついてるが、だいじょうぶか?」

「ナナちゃん、何か食べる?」


 振り向くと、心配そうな顔をした父と果林さんが、並んで立っていた。

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