その名は久我なの
その宣言に驚いたのは私だけじゃない。
いつも椅子に座ったままの姫さんすら立ち上がって驚いている。
「ちょっと! どこで走っているのよ!」
『今は嘆きの森近くですね。今は私がリードしているので、このまま引き離して街の中までゴールしてみせましょう!』
「何! 久我君は既に決闘中なのか!」
『そうですね。腕が伸びたと思えば、そのまま6本足になったりと手強い相手です』
6本足?
あの背中についていた腕みたいなのは、足代わりにもできるってこと?
私が遭遇した時はまともに直視しなかったけど、アレは幽霊みたいに浮いて追ってきていたような。
私が考えている間にも、久我の実況は止まらない。
『おおっーと! 谷底に差し掛かって、アカバンの囚人のスピードが加速したぁ! 岩壁を物ともせずに壁走りだぁ!』
『上空からトップを狙うつもりなのか? こちらの足場が悪いことを利用して、一気に距離を詰めてきた! だが足りない! 足りないぞ――ッ!』
『お前に足りないものっ! それはっ!』
『攻撃・レベル・体力・魔力・防御・精神・技スキル! そして何よりもォ――!』
『AGIが足りない!』
「いや知能でしょ」
仮にも魔法職なら、INTで勝負しなさいと。
ま、相手も運営に捕まらなかったり、人気のない場所でプレイヤーを襲う手口から賢そうなAIだけどね。
「久我君からそのセリフを聞けるとは。彼も本気のようだ」
「ええ。久我の本気はお兄ちゃんくらいしか引き出せなかったから、久々の強敵に盛り上がっているみたい」
「そうなの?」
「ああ。久我は流星の次に速い。まともに走ってさえいれば、だが」
実況中、久我のマイクからドカッ! やゴスッ! といった鈍い音も響いてくるので、走っているだけじゃないわよね……。
久我って本当に魔法職なの?
『ハッ、後方へ吹き飛ばしたので、あとはスキップしてでもゴールできますよ』
「やったの?」
『ええ。蹴り飛ばした感触が不気味でしたが、そのまま消えたみたいで――ぁ』
姫さんに決闘中に蹴り飛ばすのアリ? と視線で問いかけると、黙って頷かれた。
リアルファイトを推奨するだけあってルールもあってないようなものだ。
もしレイドボスが相手だったら、ルールとか言ってられないだけだと思うけど。
「結局何だったのかしら?」
「さあ? 勝手に消えてまた出てくるから、いい迷惑よね!」
「ふむ。これで奴から逃げ切れた2人目がでてきたわけか。我がギルドも安泰だな」
何が安泰なのかはわからないけど、久我は私と違って実力で逃げ切って見せた。
リアルファイトを実力といっていいのか疑問だけど、戦って勝ったことには間違いない。
さすが、ギルド2位の実力者ね。
「久我って凄い人だったんだ……」
「ふむ。決着がついたなら迅速に帰還したまえ」
「……おかしいわ。さっきから久我の反応がない」
そういえば、いつもならうるさいくらい勝利宣言する久我が大人しい。
決闘は終わったはずなのに珍しい。
「まだログインはしているようだが、反応がないな」
「返事がない。こんなの久我じゃないわ」
「どういった評価よ」
しかし、こうも無反応だと心配になってくる。
例えば、倒したと思った相手が、まだ居たとしたら?
そして、最後の悪あがきで死角から攻撃されでもしたら――。
「ま、久我だしそのうち来るでしょ」
「ああ。君たちはレベリングでもしてくるといい」
「わかったわ。行くわよ、タカマチ」
「え、久我はもういいの?」
「そんなの勝手に戻ってくるでしょ。今はSPを貯めるためレベリングが先!」
そして、いつものように姫さんだけ残して私たちもアジトから出る。
ギルドメッセージが入ったのは、そんなタイミングだった。
『すみません。敗北しました。皆さんお元気で』
「え?」
「久我の冗談でしょ、行くわよ」
「でも」
「あとは姫様とお兄ちゃんに任せるわよ」
ちらっとアジトの方角を振り返ったけど、デス子ちゃんは何事もなかったかのようにフィールドへ走っていく。
……私は後ろ髪を引かれる思いで、その背中を追いかけていった。
次にログインしたとき、久我の姿はなかった。
たまたまかもしれないけど、あんな出来事があった後なら不安にもなる。
アジトには既に久我を除いた4人が……久我と、草を抜いた3人が集まって何やら話し合っていた。
「ちょうど良いところに来た。タカマチ君は長期連休に予定はあるかい?」
「えっ!」
まだ予定はなかったけど、ここは高校生らしく予定があるって言ったほうがいいのかしら?
「と、友達とカラオケでも――」
「なら問題ない。そのまま予定をあけとけ」
「人の話聞きなさいよ!」
予定を聞いてもお構いなしってどういうこと?
でも驚いたのは、次に姫さんから伝えられた言葉に、だった。
「久我君はアカバンの囚人に敗北したらしい。さて、我らでリベンジマッチとでもいこうか」
「私の家に来い。第一回、記念すべきアジシャンズのオフ会を開催する」
……まず、皆がどこに住んでるか聞くべきよね?




