七 エレノラとマキグサマモル
七 エレノラとマキグサマモル
ファクスパーナ大陸 レーゼバルト首長国首都 専用詰所 中隊長室
今、この部屋は緊張でいっぱいになっている。
中隊長室には私とトリ、マモルさんと『霧城王』、そして緊張の元凶たる『叡智』こと学園長。そしてもう一人。
「どうも。『円卓の管理者』……だけど、長いからエレノラって呼んで。」
『円卓の管理者』は頭をポリポリかきながらそう言った。
前言撤回。この人には緊張感がない。
学園長が咳を一つうつと、しかしながら『円卓の管理者』も背筋をピンと伸ばした。
「コレがここにいるのは他でもない。今回の作戦の、いわば水先案内人となるからだ。」
学園長が『霧城王』の方を見やる。応じるように『霧城王』が一歩前に出た。
「第一小隊に任を与える。ソントララにある共和国連邦首都に向かい、その地で『希望』を討て。」
つばをゴクリと飲む。ついに相手に攻め込むことになるとは。
と、トリが手を上げる。
「何だ。」
「ソントララの海岸線には警備が敷かれているのではないですか?いくら我々とはいえ、そこを抜けるのは至難の業かと。」
『霧城王』はゆっくりと頷いた。
そして、その質問に答えたのはマモルさんだった。
「道は空にあります。」
「空……は、海を渡るのにはまあ当然ですよね。」
魔女で空を飛ばずに海を渡るのは、魔力を節約したいかよほどの物好きかのどちらかだ。
しかし、マモルさんは首を振った。
「僕が言っているのは空を飛ぶことではありません。もっと言えば、海を渡る必要もないんです。」
マモルさんの言葉に首をかしげる。トリも、その言葉の意味を掴み切れていない様子だ。
「……つまり、どういうことですか?」
マモルは、上を指さした。あるいは、天井と言ってもいい。しかし、本当はその上を指したいように見えた。
「僕たちが目指すのは空の上……『空の切れ目』です。」
「『空の切れ目』って、あの太陽を隠す?」
マモルさんは頷く。
『空の切れ目』とは、空の暗い部分で、太陽や星、月の光を遮る輪状の模様だ。
「『空の切れ目』の正体は別大陸……という話ですか?」
トリの言葉の通り、その正体は、なんということはない、私たちの住むこの星アルソレメーノが続いているというだけのことで、言うなればアレは影、あるいは車輪の上側とでもいえるかもなものだ。
「そういうことです。つまり、僕たちは空を飛んで、あの『空の切れ目』に着陸する。それだけで僕たちはコビルガ……ソントララにたどり着ける、というわけです。」
理屈は分かる。うん、それはそうだ。
「ですが、『空の切れ目』までの空路は、途中宇宙空間があるはずです。耐えられるとは思いませんが。」
トリがもっともなことを言っているのを聞いて、マモルさんは複雑そうな顔でゆっくりと頷いた。
「分かります。僕もそう思っていました。ですが。」
『円卓の管理者』の方をチラリと見て、また私たちの方に視線を戻した。
「トリさんはおそらくご存じでしょう。ユノさんは……どうですかね。なんせ十三年ほど前の話ですから。」
十三年という言葉を聞いて、トリさんは何か合点がいった様子だ。
「それで『円卓の管理者』がいるのですか。」
「エレノラね。」
トリは『円卓の管理者』の言葉をあまり気にしていないようだ。苦笑しながらもマモルさんが続ける。
「ここにいるエレノラさんとレミさん……『最強』は、十三年前にある実験に参加したそうです。そのとき僕はまだこの世界にいなかったから、聞いただけですけど。」
曰く、昔『最強』と『円卓の管理者』は瞬間移動魔術の実験に付き合うことになり、とある魔術を受けてソントララまで行くことになったらしい。
どうして彼女たちがソントララにたどり着いたのか。ぜんぜん分からない状態だったらしいけど、二人がファクスパーナに帰ってきたところで、どうもそれが解決したらしい。
「要するに、その魔術は他の『瞬間移動魔術』と同じで、速度を持って対象を打ち飛ばすというっだけのものだったんです。偶然にもそれが上向きになっていただけで。」
それで、偶然にもその直上に『空の切れ目』があって、その上陸地にたどり着いた、という話らしい。何というか豪快で、すごい話だ。
「それで、今度は計画的にその魔術を使ってコビルガに渡ろう、という話なわけです。」
マモルさんはそこで一呼吸置いて、握りこぶしをぐっと固めた。
「そう!いうなれば宇宙渡航魔術です!皆さんには、宇宙という名の海を渡って――。」
言葉に熱が入ったところで『霧城王』の咳が入った。
「す、すみません。」
「いい。……まあ話すことはほぼすべて出た。付け加えるべきことがあるとすれば、行けば、戦争が終わるまでは戻ってこれはせん、ということだ。」
『霧城王』の言葉にドキリとする。戻ってこれない……というのは、まあ分かる話ではある。単純に、戻る方法がないんだろう。海は通れないし、同じ魔術が向こうでは使えない、ということなんだろう。何でかは分からないけど。
そこで、ずいと学園長が出てきた。
「再度任を伝える。顔無し中隊第一小隊、そこな『円卓の管理者』およびマキグサマモルとともに敵国本拠地に忍び、我が名をもって『希望』を討て。」
「了解!」
私とトリは声を合わせ返事をした。
この後、小隊のみんなに伝えて、作戦開始日まで哨戒、といったところだ。
「それにしても、もう私がついて行く必要もなさそうだね。」
その道すがら、トリからなんだか褒められた。
「あ、い、いえいえ。なんといいますか。私なんかまだまだです。」
「謙遜はあまり過ぎると嫌みになるよ。」
苦笑いからそう言われると、なんともいえない。
後ろをチラリと見ると、『円卓の管理者』とマモルさんが、何やら話しながら着いてきている。
「そういえば、エレノラさんはレミさんから離れても大丈夫なんですか?」
「まあ大丈夫じゃない?サイカだって大丈夫だったわけだし。この星にいるなら問題なし、というわけなんでしょ。」
なんとなく、私は『円卓の管理者』が苦手だ。いや、苦手、というより顔を合わせづらい。それに、理由だって分かってる。
と、肩を叩かれた。そっちを向くと、ほっぺたに指がささった。
「ふぁっ。」
つい変な声が出てしまった。目の前にはものすごいニヤニヤした顔をしている『円卓の管理者』。
「ぷっふふ、『ふぁっ』って。」
「いやエレノラさん、アナタ何歳ですか。」
「魔女に年齢を聞くなっていったでしょ、マモル。」
「あの、『円卓の管理者』……。」
「エレノラね。」
……二つ名に何かイヤな思い出でもあるんだろうか。
「あの、エレノラさん。」
「なに?」
「えと、その。すみません。」
なんかつい謝ってしまった。エレノラさんも困惑した表情だ。
「いや、謝らないでよ。変なことしたのは私なんだし。」
「いえ、そうじゃなくて。……その、私、エレノラさんに選ばれてないのに小隊長なんかやって。」
だんだんと下を向いて、声もぼそぼそになってしまった。うぅ、こんなつもりでは。
と、ぽんと頭をなでられた。
「そんなつまらないこと気にしてたの?」
「つまらない?」
「そうよ。あの大婆様が私の意見を鵜呑みにするわけがないんだから、そんなの想定通りよ。むしろたった一人だけっていうのにびっくりしたくらい。」
「はぁ。」
エレノラさんはにっこり笑った。余裕のある、大人の笑み。
「それより、あなたはわざわざあの大婆様が選んだ子なんだから、もっと自信もって。ほら、背筋も伸ばして!」
今度は背中をばんと叩かれ、無理矢理に顔を上げさせられる。
何というか、思ったよりおおらかな人だ。
「相変わらずだね、『円卓の管理者』。」
「だからエレ……まあいいか。お久しぶり、えー、『星見』?ぴったりな名前ね。」
「君の言葉は相変わらず本心か皮肉か分からないね。」
「本心よ。あなたがそう思うならね。」
二人ともニコニコ笑って会話しているが、楽しげな雰囲気は皆無だ。
恐る恐るマモルさんの方による。
「あの二人って仲悪いんですか?」
「さぁ……。僕はこっちに来てからまだ日が浅いから。」
それもそうだ。
*****
小隊のみんなの元に着くと、かなりかしこまった様子でディーとズィーが迎えてくれた。
「お会いできて光栄です、『円卓の管理者』。」
「そんなにかたくならないで。私そういう扱いされるの嫌いだから。それと、エレノラって呼んで。召喚獣にもちゃんと伝えておいてね。」
エレノラさんは視線をあちこちに向けて、誰かを探しているようだった。
「あの、どうしました?」
「えーっと、第一小隊はコレで全部?」
「はい。あ、召喚獣はいませんけど。」
「そう……。じゃあ、明日からよろしく。」
エレノラさんはもう用は済んだといわんばかりにさっと出て行った。自由だ。
「小隊長?」
「あ、はい。えーっと、明日からの話ですが。」
私もみんなに学園長からの任務の説明をして、それでお開きにした。
「何かしたいことがあれば、この数日中にしておいてください。しばらく帰れなくなるかもしれませんから。それじゃあ、以上です。」
三々五々自室に戻っていく。私ももう今日は寝よう。
*****
ファクスパーナ 某地 某所
作戦開始の日。私たち小隊の四人と、エレノラさんとマモルさんを合わせた全部で六人が、一つの魔方陣の上に乗っている。周りには第二小隊の人たちと『霧城王』、それに『現実複製者』と『鳴き虫ヒヨドリ』アキ、『叡智』こと学園長。それとクア。
と、クアが寄ってきた。
「コレ。」
差し出されたのは植物の種のようだった。少し大きく、クルミみたいな大きさだ。
「これは?」
「魔方陣を書いた。盾になる、と思う。私にできるの、これくらいだから。」
クアから種を受け取る。
「ありがとうございます。また、お会いしましょう。」
「うん。また、小隊長。」
次に会うときには、きっともう小隊長じゃないはずだ。
クアが離れていったところで、学園長が口を開いた。
「準備は良いな。」
「はい。」
「魔方陣は持ったな?『円卓の管理者』。」
「子供じゃないんだから。ちゃんと持ってます。」
エレノラさんが胸の谷間に手を突っ込みながら応える。まさかあそこに入れてるの……?
学園長は気にしなかったようで、ゆっくりと頷いた。
「よろしい。では行ってもらう。」
六人がぎゅっとひとまとまりになって、小さく固まる。
クアの種と、ウェブのカードをぎゅっと握りしめて目を閉じる。当たり前だけど、真っ暗闇。
その暗闇が心なしか明るくなっていく。胸の鼓動が高まる。呼吸が浅い。
瞬間。
体が一回転した気分。膜を破る感覚。思い切って水に飛び込んだような音。風が吹いている。体がどこにも接していない。寒い、いや暑い、刺すように痛い。
衝撃が体中に走る。手には土の感触。
頭がふらふらする。とりあえず立ち上がろう。
「うっ……ん。」
立ち上がってみたものの、立ちくらみがひどい。召喚術を受けた後ってこんな感じなのかもしれない。
周りを見ると、トリとエレノラさんがもう立ち上がっている。ディーは頭を抱えているから意識はありそうだ。ズィーも程なくして立ち上がった。
マモルさんは……いた。すごい。魔女でも、魔術を受けたわけでもないのに。
と、こちらに気づいたようだ。
「ああ、僕はこういうの慣れてるんで。」
……慣れるって、どうやってるんだろう。
エレノラさんがパンと手を打った。
「はい、これからひとまず森に行きます。飛んでくから準備して?」
エレノラさんはそう言って胸元からカードを出して、杖に変えた。エレノラさんが得意とするという、無機物召喚だ。
少し意外なことに、一番食いついたのはマモルさんだった。
「……それは?」
「あれ?マモルには見せたことなかったっけ?」
気分良さそうにポンポンと胸元からスプーンやらカップやらナイフやら、どうでも良いものを出してはしまう。なんだか手品みたいだ。
それをじっくりと見るマモルさん。……よく考えたら、胸元をじっくり見ているようにも見える。
「……アキさんに言いますよ?」
「え!?い、いや、違う!そうじゃなくて。ちょっと考え事を。」
「な~に~?見たけりゃ見ても良いわよ?」
「だから違いますって!」
ほれほれと服の胸元を引っ張る。この人、ほんとにあの『無機物の長』といわれてる人なんだよね……?ディーも幻滅したって感じで見てる。ズィーは……ニコニコしてる。なんでニコニコしてるかは分からないけど。
……というか、なに食べたらあんなに大きくなるんだろう。
やがて飽きたかのように胸元を見せるのをやめて、杖にまたがった。
「さ、若い子をからかうのはこれくらいにして行きましょう。私たちがグズグズして、みんなが苦しむのも寝覚めが悪いってね。」
いや、グズグズさせたのはエレノラさんなんだけど。まあいい。
「そういえば、マモルさんはどうするんですか?」
「僕は……。」
さっと見回す。が、みんな二人乗るには小さなほうきや杖だった。
「すみません、エレノラさん。」
「ま、そうなるわよね。」
エレノラさんはカードを一枚取り出し、グリフォンを召喚した。
召喚されたグリフォンはエレノラさんの方へ寄って、身をスリスリと寄せた。
「はいはい、ゴメンね。よろしくお願い。」
グリフォンはやがてエレノラさんから離れ、マモルさんの方へ寄っていった。
「えーっと、初めまして?」
グリフォンは素っ気なくも首を振って、「乗れよ」って言ってるみたいだ。
それでマモルさんはグリフォンに乗って、私たちは森の方へ飛んでいった。
*****
ソントララ大陸 共和国連邦 首都近くの森 魔女の館
しばらく森の上を飛んでいると、やがて森に穴が開いたかのように、木のない部分にたどり着いた。
「あそこが、私たちの拠点になるところ。この人数だからちょっと改造しなきゃだけど。」
「あそこって……エーリャさんのところですよね。懐かしいな。」
「そう。あの後私たちがもらい受けて、それでそのままだから誰も使ってないはず。」
どうもエレノラさん達がコッチにいた頃に使っていた家らしい。
降りていったところにあったのは、動物よけの柵で囲まれた、木造の家だった。見かけが古くさく、二階部分がややいびつなのが目立った。
エレノラさんがひいふうと人数を数える。
「あ、召喚獣はそろそろ出してあげて。今日はひとまずここに泊まるから。」
いわれて各々召喚していく。事前に伝えていたとはいえ、みんなちょっと驚いた風だ。
「なかなか……古いな。」
「ウェブ……いえ、何でもないです。」
いさめようと思ったけど、私もちょっと思ったから何も言えなかった。
召喚された人も数えて、エレノラさんは家の中に入っていった。
「あ、みんなもどうぞ。狭い家だけど。」
言われるがままに入っていく。こんな人数はいるんだろうか。
家の中は案の定というか、十人がゆっくりするにはかなり狭かった。
「『円卓の管理者』、ここに十人は無理があるように思えるけど。」
「それならあなたは外で寝てもらってもいいのよ?『星見』。」
やれやれといった風に肩をすくめている。
「それに……えーっと、確かここだったかしら。」
エレノラさんが何やら壁のあたりをごそごそすると、やがて緑色の光で壁を包み込んだ。何やら魔方陣を発動させたらしい。
と、壁際に立てかけられていた木板がひとりでに動いて、壁が剥がれ、そこから壁が伸びていって、すぐさま十人でもなんとかできそうな広さにまで大きくなった。
すごい。魔術で家を建てるっていう考えか。
「すごいっすねぇ、ユノちゃん。」
レーレと一緒に感嘆の声を漏らす。
「ええ。本当に。」
「ユノちゃんはああいうのはできるんですか?」
……痛いところを突かれた。
「まあ、多分。魔方陣があるなら、できるんじゃないですかね。」
本当はちょっと自信がない。魔術を扱うのはあまりうまくないのだ。
「じゃあ、私は二階の準備してくるからみんなはここでゆっくりしてて。」
エレノラさんは言葉通りに二階に上がっていった。それでゆっくりしようと思ったものの、改めて部屋を見渡すと広くはあるが、四人がけの机とそれに合った四つの椅子、それにキッチンしかない。
トリがため息をついて、何やら魔方陣を書き出した。
「あの人は相変わらずそそっかしいらしい。」
できた魔方陣に力を込めると、ずずっと椅子が伸び上がってきた。
「ディーも手伝ってくれるかな。あと五つだ。」
「は。もちろんです。」
二人がかりでポンポンと椅子とテーブルができていく。それで、ひとまずはゆっくりできそうな感じになった。
ゆっくりムードができたところで、ウェブとエケー、あとズィーの召喚獣の……何だっけ。
あ、そうそう。ネシーだった。ともあれその三人が、何やら物色している。
「妙にほこりっぽいな。」
「んまあ、しばらく使ってなかったっつってたし、そんなもんじゃね?」
「それより、今日のご飯はどうするんですかね。」
ご飯。そうだ。こんな大所帯、食べるご飯をとってくるのも大変だろう。
まあ、最悪召喚獣の四人、いやエレノラさんも召喚獣だから五人か、ともあれ召喚獣は食べなくても問題にはならないはずだ。
けど、気分的にはやっぱり食べてもらいたい。
と、無造作にドアが開いた。全員が一斉に身構える。まさか敵襲?
……しかし、現れたのはエレノラさんだった。
「はい、今日のご飯。」
そう言って抱えていたイノシシをどんと下ろした。
「……これ、今取ってきたのですか?」
「というより、エレノラさん二階に行ってたんじゃ……。」
驚きを隠せない。
「まあ、なんだかんだ長年旅してないからね。こういうのはお手のものってね。あ、言っておくけど私は絶対食べるから。」
「いやまあ、そこに文句をつけるつもりはないけれど。」
エレノラさんは慣れた手つきでイノシシをさばいていく。……ちょっとグロテスクだ。
「あ、俺こういうの無理。」
早々にネシーが脱落。窓から逃げていった。ズィーがやれやれといった風に見ている。私もちょっと。見た目だけならともかく、匂いまで来ると。
「大丈夫か?」
「あ、すみません。大丈夫です。……大丈夫、大丈夫。」
今更動物の死体見たからって何だっていうんだ。とは思うけど。
周りを見ると、マモルさんもちょっとキているみたい。エケーは相変わらずのニコニコ。線が細い割にこういうのは大丈夫らしい。ディーが鼻を覆っているのはちょっと意外だ。
「別にここで解体ショーを始めなくても良かったんじゃないか?匂いもこもるわけだし。」
トリが文句をつけると、エレノラさんは舌打ちをして、
「|匂いよ立ち消えよ《faparat fanuma fadico》。」
エレノラさんの詠唱とともに、解体時の血なまぐささはどこかへ消え、どこかすがすがしい空気になった。
「これでご満足?」
「いや、そういうことでは……まあいいか。」
トリは諦めたようで、椅子に深く座りこんだ。
レーレは……目をキラキラさせている。エレノラさんの方へ近づいて、汗を拭うその手を取った。
「……何?」
「姐さんって呼んでも良いっすか?」
「……え、ええ。まあ別にいいけど。どうして?」
「大将が大将って感じなのとおんなじで、姐さんは姐さんって感じがするんですよ!」
エレノラさんは動きを止めて目をぱちくりする。
「『星見』、この子面白いわね。」
「作戦行動中はトリと。レーレ、『円卓の管理者』は美少女好きのシスコンだ。気をつけた方がいいよ。」
「なんとでも言いなさい。」
エレノラさん相手だと、トリは何というか遠慮がない感じがする。やっぱり同年代だから気が合うのかな。
「小隊長、何か今変なこと考えなかったかい?」
「い、いえ。とんでも。」
トリの笑顔が怖い。
ともあれ、エレノラさんは解体を終えて料理までしてくれた。とはいっても、焼いたイノシシ肉と、塩と草と肝のスープってところだけど。
「うーん、保存食系は結構ダメになってるっぽいなぁ。とりあえず残りは塩漬けにしてるけど、肉ばっかりだとさすがに飽きるわよね。」
「肉を食べないと筋肉はつきませんけどね。」
早々に食事を終え、今後に関わる大事なことを考えているエレノラさんと、よく分からない茶々を入れるズィー。お肉にこだわりがあるのかもしれない。
だけど、それ以外にも大事なことがある。
他のみんなも食べ終えた頃、トリが頷いたところで口を開いた。
「それでは、明日からの行動についてですけど。改めて最終目標を確認しておくと、私たちは『希望』を殺さなければいけません。」
「そのために決めなければいけないのは、場所、時間、方法、といったところだろう。場所や時間については、明日から首都を偵察して最適なものを探るとしよう。我々は、今度こそ失敗できない。」
ぐっと胸が詰まるが、その通りだ。私たちにはもう後はない。
「というわけで、明日はひとまず全員首都に出向き、街の状況と、できれば『希望』の行動パターンを探りたい。」
「あ、ごめん、多分私はやめておいた方がいい。確か指名手配されてるから。」
突然エレノラさんから物騒なことが聞こえた。
「一体全体なんでそんなことに。」
「いや、ちょっと前にビルを爆破して。その後評議会にもご挨拶に伺ったから、多分ヤバい。」
「ああ、あのときの。」
マモルさんは何か知っている風だけど、トリは開いた口がふさがらないといった風だ。
「あ、一応いっておくと、ちゃんと死傷者が出ないように計算してやったから、その辺は大丈夫。だったはず。」
エレノラさんの言葉に、さらに眉間をピクピクさせているが、気にしてないかのようにトリは続けた。
「で、では九人で行こう。『円卓の管理者』は食材の調達をお願いする。」
「ま、そうなるわよね。了解了解。」
エレノラさんがあっさりと引き下がったところで、トリは一息ついていた。
と、ズィーが手を上げる。
「私たちは普通に街に行っても大丈夫なのですか?」
トリはマモルさんの方を見る。
「それについては、ダメ、というのが答えです。現状、首都は基本的に魔女がふらふらしていいところではなくなっています。そのために、一つ魔方陣を持ってきています。エレノラさん。」
エレノラさんはまた胸に手を入れると、一枚のスクロールを取り出した。
「これが、魔力隠蔽の魔方陣。上に乗っている魔女から出る魔力を無色化?するらしいわ。要するに、二つ名を隠す魔術。魔法や魔術を使えば効果が切れるから気をつけて。」
「なるほど。了解しました。」
ズィーがまた聞く姿勢に戻る。
「召喚獣に魔力を与えるのはいいのですか?」
今度はディーからの質問。しかし、これにはエレノラさんがうなる。
「うーん、微妙ね。召喚した後に魔術をかければ、ひとまず問題はないけど。」
「理論上はダメなはずだ。何なら試してみよう。」
エレノラさんがスクロールを敷いて、その上にトリが立つ。
魔術を発動させると、本当にトリの二つ名である『星見』が読めなくなった。
「じゃあ、まずは単純に魔力を。」
特に変化は見られない。
「じゃあ、腕に意識的に。」
と、じんわりと浮かび上がるように『星見』の名前が頭に浮かび上がってくる。
「ふむ。指向性を持たせるというのが、一種の魔力付与になるから、それでダメになるのか。」
トリは椅子に座り直した。
「まあ、そういうことらしい。そもそも荒事に巻き込まれないように気をつけるところからよろしく頼む。」
それもそうだ。私たちは何も首都を破壊するために来たわけじゃないのだし。
「あ、そういえば、よそ者が入ってきても不自然じゃないんですか?」
「それは問題ないと思います。僕が首都を離れる頃でも人の出入りは割とあったので。」
それならまあ安心だ。周りを見るに、特に他に質問もなさそうだ。
「それじゃあ、今日はこれくらいに――。」
といったところでレーレが手を上げた。
「部屋割りは?」
二階部分は、明らかに来たときにはなかっただろう部屋がいくつもあって、十部屋きちんとあった。階段は廊下に直角に出て、右に四部屋、左に六部屋といった感じ。
「まあ、各々好きなところに行きなさいな。私は疲れたからもう寝るわ。」
あくびをしながらエレノラさんは右から二番目の奥の部屋に入る。
「……奥から詰めるとか……まあいいか。ではまた明日。」
トリは一番左の手前に。エレノラさんから離れたかったんだろうか。
「じゃあ俺は。」
「まぁーってください、大将。」
レーレがウェブを制止して、眉間に手を当てる。
「私はそこ、ユノちゃんはそこ、大将はその隣。マモルんはここで、後は好きにして良し!」
レーレはバシバシ部屋割りを決めて、そのままじゃっと言って部屋に入っていった。
「多分、守らないと明日グチグチ言われますね。」
エケーは諦観の笑みを浮かべて、指名されなかった左側の部屋に入っていった。
「……じゃあ、おやすみなさい。」
私もなんか疲れた。もう休もう。言われたとおり、一番右の手前側の部屋に入る。ベッドがあったので、そのまま入って眠ってしまおう。
*****
ソントララ大陸 共和国連邦 首都
翌日。用意してもらった朝ご飯を食べ、各々ペアで一時間かけて首都にたどり着いた。
近隣国からの旅人を装えば簡単とは聞いていたが、本当にすんなりと首都に入ることができた。
そこにあったのは、夢と見まごうような景色だった。
「これは……。」
「すごい……。」
空が狭い。そんなの初めて思った。
目の前の建物は、とても人が住んでるとは思えないものだった。なんか枝分かれしてるし、ギラギラ日を反射してるし。
「大丈夫ですか?」
諸々話し合った結果、マモルさんは私とウェブに同行することになっていた。
「これ、全部人が住んでるんですか?」
「まあこのあたりは住宅街じゃないんで住んではいませんけど、まあ中に人はいますね。」
ほとんどガラスしかないような壁。あんな丸見えで生活してるのか。
「建物の中で迷子になりそうですね。」
「遠くに行くなら自動歩行具に乗るんでその辺は心配ないですね。」
「アレはなぜ折れんのだ。」
「アレは魔術による補強と、浮遊の魔術の合わせ技ですね。……あの、ちょっとはしゃぎすぎじゃないですかね。」
マモルさんに言われてはっとした。私たち、ひょっとしてすごく目立ってる?
「あんんたら、よそから来たんかい?」
「ひぇっ!」
突然脇から話しかけられたと思ったら、屋台をやっているらしいおばちゃんだ。
「ええ、そうなんです。僕はこっちの人ですけど、遠い友人で。」
「へぇそうなんかい。やっぱり演説目当てで?」
演説?
「ええそうです。まあ放送はありますけど、やっぱり生は違うって。ついでに久しぶりに会って観光もどうかと。」
「はーっはっは。そうだよねぇ。あんた、良い友達を持ったねぇ。」
急に話を振られたので適当に笑ってごまかす。しかし、普通に話を合わせてるのはすごい。
何やら買って屋台のおばちゃんと別れる。
「とっかかりができましたね。」
「いや、えーっと、すごいですね。」
心からすっと出た言葉に、マモルさんはちょっと照れているみたいだった。
「いや、まあ、ね。ああいうおばちゃんは大体話したいこと話すだけで、こっちの話あまり聞いてないからやりやすいし。」
「俺も一瞬招待された気持ちになった。」
……それはそれでどうなんだろう。ともあれ。
「演説、っていうのは誰によるものなんでしょう。」
ちょっと小声にする。
「多分『希望』ですね。そうでなければ評議会の誰かだとは思いますけど、それならそこまで注目度は高くないはずです。」
「『希望』は人気なんですね。」
マモルさんがこくりと頷く。名前通りというわけだ。
「しかし、いつ演説をするんだ?」
「それはですね……。ちょっと待っててください。」
マモルさんはその辺の建物にすんと入っていった。ノックもせずに、自動で開いたドアの中に。そんなの、マナー違反じゃないんだろうか。
程なくして本を一冊持って帰ってきた。
「さっきあのおばちゃんは僕が適当に言った『放送がある』っていう言葉を否定しませんでした。ということは、多分近いうちに。」
言いながらパラパラと本をめくっていく、と、あるページで止めた。何かの表のようだ。
「ありました。『希望』による出征演説。明後日のお昼過ぎ、エンデリウス公園にて。」
この一瞬で時と場所がそろった。単なる会話から。
「マモルさん、頭良いんですね。」
「え?い、いや、ちょっと鍛えられてたから。それに運も良かったよ。こんなにすぐに公の場に出てくるなんて。」
確かに。どこかの建物に忍び込むっていうのよりは、開けた公園の方が入りやすそうだし。
「とにかく、エンデリウス公園に行ってみましょう。」
「ああ。」
「あ、道案内します。」
途中ご飯を食べてから、エンデリウス公園にたどり着いた。
エンデリウス公園というのは、私もよく知っている公園をしていた。宙に浮いたりもしていないし、上を見上げれば青い空が広がっている。なんだかちょっと安心する。
「ここは良いところですね。」
「そうですね。僕ももうちょっと来ても良かったかな。」
そういえば、普通に話してるけど本当はマモルさんはこっちに亡命しているわけだから、ここの人たちからしたら裏切り者なのか。もう二度とここの土を踏むこともないのかもしれない。
「どうした?」
「あ、いいえ、何でもありません。」
「そうか。」
顔に出ていたか。
少し先に進むと、何やら大きな建造物が目に入る。ここで言う大きいは、横の大きさで、あまり上には伸びていない。それでも、アカデミアがすっぽり入って、塔がちょこんと突き出るくらいになりそうだけど。
私たちは、これと戦争をしていたのか。そう思うとゾッとした。
「これ、全員で戦ってたら普通に私たち負けてたんじゃないですかね?」
小さな声でマモルさんに聞くと、
「僕ら魔法工学院の意見としては、総力戦となれば五分五分と見ていました。そちらには『叡智』と『最強』がいますからね。この二人に出られた戦場で勝つことはない。総力戦で、同時攻撃を加えることで、ギリギリ勝つ目があるだろう。というのが大まかな予想ですね。」
まあ、その予想も無駄になりましたけどと笑って言う。五分五分で攻めてきたということにもまた驚く。
もしかすると、そこまで追い詰められていたのだろうか。
ともあれ会場の下見である。数人の警備員が見回りをして、中に入ろうとする人を止めていた。まあまさか当日はこんなものではないだろう。
「うーん、普通に中に入るのは難しそうですね。」
「なぜだ。あれくらいなら突破できる。」
無茶を言うが、ウェブなら本当にできそうだ。
しかし、マモルさんは首を振る。
「無理ですね。入り口の先にあるのは魔素をカットした検査室です。ウェブさんはもちろん、ユノさんもきっと入った途端に魔術がカットされて魔女であることがばれます。そして、そのままその部屋に閉じ込めれば、干上がって終わりです。」
うう、あまり想像したくない。魔女も魔素がなければすぐに死んでしまうものなぁ。
「じゃ、じゃあ上からですかね?」
「うーん、まあそういうことになりますが、そうなると魔女としてここに来ることになるので危険度は高いです。あと、おそらくドーム状に魔力的防御がされるでしょうから、それをどう突破するか、というところですね。」
「それに、たとえ『希望』の前にたどり着いたところで、やつを殺す準備が整わなければ意味もない。」
全くだ。ウェブも言っていたけど、前に戦ったときには殺しても死ななさそうな感じだった。
「まあ、ひとまずは戻りましょう。まずは情報共有です。一応、明日も時間はありますし。」
不本意そうに二人が頷く。まあ、しょうがないと思う。
*****
ソントララ大陸 共和国連邦 首都近くの森 魔女の館
館に戻ると、どうやら私たちが一番乗りのようで、家の中にはエレノラさんしかいなかった。
「あらお帰り。早かったのね。」
「ええ、一応場所と時間が取れたので。」
「……早かったのね。」
さすがのエレノラさんも少し驚いた様子だ。まあ、実際はついてすぐといったところだったから、エレノラさんが思っているよりもさらに早い。
「で?」
「明後日の昼です。」
「……はい?」
「そのときに出征演説があるそうです。」
「そう……そう。」
エレノラさんはため息を一つ。
「あの大婆様、分かってたってわけね。」
「どういうことですか?」
「出征演説は、どうして行われるの?」
エレノラさんは椅子に座って不服そうに頬杖をかいている。
「それは、まあ兵を出兵するから……あ。」
「なるほど。その上『希望』が演説するほどとなると、それは大軍勢なんでしょうね。」
それほどに大きな軍事的な動きなら、学園長が見逃すわけがない、と。
「しかも、このチャンスを逃せばまたレーゼバルトが襲われる。実質のデッドラインね。」
「なら教えてくれても。」
良いと思ったんですけど。しかし、エレノラさんはため息を一つ。
「うーん、大方そこで襲っても勝率が低いとみてるんでしょうね。あの人、ああ見えて無理は基本させない人だし。下手に教えるとそれ以外の道ができないと思ったんでしょう。」
でも、それでもそれ以外の道はやっぱりないように思う。
「ま、とにかく全員そろってからにしましょう。私はご飯の用意をするわ。」
「あ、私も手伝えることがあれば手伝います。」
そう言って立ち上がるが、制せられた。
「いいの。これは私の仕事。」
そこまで言われると、手伝うのもちょっと良くない気がしてきた。言われたとおりに座り直して、おとなしく待つことにしよう。
*****
全員が揃い、食事も終えたところで情報を共有していく。
みんな遠かれ近かれ明後日にエンデリウス公園、ということにはたどり着いていた。
警備についてはやはり今日見たのの数倍規模で多くなるということらしい。場合によっては十倍も見ておいた方が良いそうだ。その上、出征演説を聞くのは兵士達だ。
「あと、そこで仕出しされるお昼ご飯はすんっごい豪勢らしいですよ。」
とはレーレの談。これはどうでもいい。
「ともあれ、しかしながらその日を逃せば他に良い日が無いのも事実。そこで、どうするかだね。」
トリの言葉にみんなうーんとうなる。
「やっぱり空からですかね。」
「仮に気づかれずに上空に着いたとして、障壁を破るのにもたついしまえば格好の的でしょうね。」
う、まあそうだよね。
「壁を登るのはどうですか?そこのウェブが前にやってましたけど。」
そういえばそんなこともしていた。ズィーもよく覚えているものだ。
「いや、結局は同じ問題に引っかかるだろうね。特にユノはそのあたりは苦手だろう。」
う、はい。
と、ずっと何やら考えていた様子だったマモルさんが口を開いた。
「そうか。もしかすると。」
「どうしました?」
「エレノラさん、エレノラさんの使ってる召喚は、誰でもできるものなんですか?」
「え?無機物召喚のこと?まあ、コツさえつかめれば一応誰でもできるはずだけど。」
「その無機物に魔力がこもっていれば。」
「魔力のこもった状態で召喚されるけど。」
「なるほど……。いやこれは革命になるかも。」
「あの、どういうことですか?」
マモルさんは自分の世界から戻ってきたようだ。
「つまりですね、魔滅弾を使いましょう。」
物騒な上に話のつながりが全く見えない。
「なるほど。確かに魔滅弾によってあの『最強』の結界も壊されていたね。」
マモルさんは頷き返す。
「そして、一度だけなら、バングルによって召喚獣さん達も守れる。」
「だがどうやって『希望』を殺す。」
ウェブの問いかけに、よくぞ聞いてくれたといった風だ。
「そこでも魔滅弾を使うんです。魔滅弾はあらゆる魔法をいったん無効にし、どんな魔女でも一般人と同じようにします。」
つまり、魔滅弾の効果中なら。
「あの『希望』も殺せる、というわけですね。」
何度殴ってもなんてことの無いようにしていた、あの『希望』を。
「それで、無機物召喚との関係は?」
「ああ、すみません。魔滅弾を二回使用する関係上、バングルも二個以上必要になります。が、普通につけていると、おそらく一度目にどちらも発動してしまいます。」
「なるほど、それでカードにしちゃってやり過ごそうってわけね。」
……すごい。うまくいく気がしてきた。
「うん。方法はそれで良さそうだ。後は、誰がそれをするか、だけど。」
「私の調べでは、『希望』の立つ舞台は、例の建造物の中央だそうです。」
「そうすると、やはり飛んでいくのが良さそうだね。」
ひとまずウェブしかできないことではなくなった。けど。
「私達にやらせてください。」
トリにそう言う。と、ちょっと笑われた。
「これじゃどっちが小隊長か分からないね。」
「あ、す、すみません。私達がやります。」
ディーが心配そうな顔でこちらを見る。
「……大丈夫なんでしょうね。」
その心配ももっともだ。何せ一度失敗している。
「大丈夫です。やり遂げます。」
学園長から指名された理由は正直分からない。でも、これは私の任務だ。レリースに頼まれたのが何かも分からない。でも、これはあのときにやりそびれたことなんだ。
トリは満足そうに笑った。
「もとよりお願いするつもりだったけどね。」
「もったいぶらずに言ってあげれば良かったのに。」
茶々を入れたエレノラさんをひと睨みして。
「そもそも、前の戦線離脱事件を鑑みると、実は飛行速度は小隊長が一番速そうだ。気付かれてからの降下はなるべく早いほうがいいから、その点で小隊長が向いているように思う。その上中隊長からは『鳥』に『希望』を殺すようにとのオーダーが出ていた。今も継続するのかは分からないけど、取り下げるよう言われていないことを考えればできる限り守るべきだろう。」
全員頷いた。異論も反論もない。
「それじゃあ、私達は陽動に努めることにしよう。で、明日だけど。」
「ユノは私と無機物召喚の特訓ね。」
「はい。よろしくお願いします。」
召喚は正直言ってあまり得意じゃないけど、頑張ろう。
「で、次に魔滅弾だけど、これはどうにかなるのかな?」
「はい。アテはあります。二個は必ず手に入れてきます。」
マモルさんが胸をどんと叩く。なんだか本物のスパイみたいだ。
「で、私達はもうちょっと下調べして、陽動に最適な地点を割りだそう。そんなところかな。」
といったところでレーレがあくびをした。
「それじゃあ、もう休むとしよう。」
その言葉で、この日は解散となった。
*****
次の日、私とエレノラさんの無機物召喚は一筋縄ではいかなかった。けど、なんとか一日で、バングル三つをカードにすることはできた。
「でも、ちゃんとカードに戻りますかね?」
「なあに、どうせ使い切るしかないでしょ?」
まあそうか。そんな何枚も使わなきゃいけない場面だと、多分再召喚には時間が足りないか。
マモルさんも無事魔滅弾を二個手に入れてきた。思ったよりも小さく、小さな砲弾位のサイズだ。
「障壁の方は、ただぶつければ発動すると思います。ウェブさんなら殴っても発動できると思います。気をつけて運んでください。」
この日はたいしたことを話し合わず、翌日の予定あわせだけして早めに寝ることになった。
*****
ソントララ大陸 共和国連邦 首都 エンデリウス公園
近くの建物の屋上に失礼して、そのときを待つ。
演説は映像中継が行われ、その際に発言者が、例の建造物の、魔法障壁のドームの上の方にも映し出されるらしい。ちょうど私が前にウェブを映したようなものだろう。
つまり、それが見えたときが合図。ほうきを持ち、ウェブのカードを握りしめる。
心臓の鼓動が早まる。映し出されているのはちょびひげの偉そうな男。前に見た、あのうさんくさい笑顔ではない。
やがてその男も挨拶を済ませ、どこかへ歩いて行く。
そして、出てきた。あの、いかにも人畜無害といったような顔。
鼓動がはやる。でもまだ。陽動が出てから。仮面をつける。
と、周りにサイレンの音が鳴り響く。動き出した。
ほうきにまたがって深呼吸。そして、詠唱を始める。
「飛べ《vamov》、飛べ《vaxpan》、もっと速く《vamutar faparata uni faparata》。音を超え《qunum faparatoto suri vadicono》、光さえも追い抜くように《fantrat faparato odi sodicono》。」
そして、私は飛び立った。
一瞬でドームの上。すでに警備兵が私の方を見ている。早いものだ。
でも、こっちの方が早い。はず。
「ウェブ。」
「おう。」
光が出るとともに、ウェブが下に向かって落ちていく。
そして私は即座に上空へ退避。魔滅弾に巻き込まれて落ちていったらなんともいえない。
それよりも、さっきいたところに銃撃が降り注いでいる。危ない。
シタのドームは、ウェブがたどり着くと同時に割れた。ウェブの耳を通して驚きの声が聞こえる。
降下地点は完璧だった。すぐそばに『希望』がいる。
「君は……久しぶりだね。」
『希望』は全く取り乱していない。やがてウェブは取り囲まれる。が、気にしない。
「すまんが死んでもらう。」
「無駄だよ。きっとね。」
しかし、その笑みが固まる。ウェブがもう一つの魔滅弾を見せたからだ。
「それは。」
今。私はウェブを通してバングルを召喚する。とほぼ同時に、ウェブが魔滅弾越しに『希望』を殴る。魔滅弾の衝撃で、希望の体が吹き飛棒とする。逃さず『希望』を掴み、その首を取る。
「『自由』の象徴たる『鳥』が『希望』を啄むか。でも、これで終わりじゃない。」
『希望』がウェブを体を掴む。しかし気にせず、ウェブが『希望』の首をひねり、希望はそれで動かなくなった。そのまま首を引きちぎり、血を浴びながら上に掲げる。
「見せよ《sodic》。現れよ《sosciat》。召喚その姿をすべてに見せよ《sodic sogloro odi allemeno》 。目をこちらに向けられるよう《sodomat alsosciatamo suri covirgo》、その偉大な姿をこの地に下ろせ《sovirg sodomato odi solemeno》。」
詠唱で、学園長の姿を映す。
「この首、ファクスパーナが魔女、『叡智』の名の下に奪い取った。恨みたくばこの名を恨め、憎みたくばこの顔を憎むがよい!」
ウェブが学園長の名をあげた直後、ウェブに砲弾が飛ぶ。慌ててもう一枚召喚して、防ぐ。そして、ウェブをカードに……あれ?
ウェブをカードに戻せない。
「どうした。」
『すみません、ウェブがカードに、あれ?』
まさか、『希望』の言った終わりじゃないって、これのこと?
と、私も狙われ出した。とりあえず最後のバングルを召喚して、何か無いか。何か。
と、ふと手に当たるものがあった。
とにもかくにもウェブに向かって投げる。
「ウェブ、受け取って!」
ウェブの元に再度魔滅弾が行く。これで、もう一発来ればウェブは雲散霧消してしまう。
いや、そんなことはさせない。
ウェブが受け取った、クアからの種に魔力を込める。
魔力の込められた種は魔術を発動し、地面に根を下ろしみるみるうちに大きくなっていく。
「おおおおおおおおお!」
ウェブをツタに絡ませたままどんどん上がり、建造物よりも育ち、ついには私の高度まで上がってきた。
「ウェブ!」
手を伸ばす。とんでるからかなかなかつかめない。けど、三度目にようやくつなげた。
「行きます!早く。高く!」
もう言葉もわちゃくちゃになりながら、とにかく飛んで逃げる。合流地点も分からず。ウェブをひっさげたまま。
ようやく落ち着いたのは、森の上だった。
「お、終わった。」
「いやまだだ。」
急にウェブの重みを腕に感じる。でも、さすがに私も魔女の端くれ、これくらいなら魔力で持ち上げられる。
「どういうことです?」
「いつか言っていただろう。戦争を終わらせるのは俺たちじゃないと。」
そうか。これで、ようやく交渉のテーブルに着ける、という話だった。
となれば、後は祈るしかない。
アクセ条約
レーゼバルト首長国および共和国連邦、ファクスパーナ=バパラタ魔女連合は、両国およびその人民に平和をもたらし、領国の連携による恩恵にあずかるところとするために、平和条約を締結することを決定し、以下に挙げる者を全権委員に任命し、その委任状を示し合いそれが良好であることを確認した後にて以下の規定を協議決定した。
全権委員
レーゼバルト首長国 外務大臣 アクスト・ゲール侯爵
共和国連邦 連邦評議会代表 エストワッツ・アスワン
ファクスパーナ=バパラタ魔女連合 学園長代行 『現実複製者』 ダイク・アインヘルツ
第一条
共和国連邦は軍隊をファクスパーナ=バパラタ大陸全土から退き、レーゼバルト首長国およびファクスパーナ=バパラタ魔女連合との戦闘状態を解除する。
第二条
1.レーゼバルト首長国はイノスフィア条約を採択し、両国および両大陸の関係を良好な者とする。
2.共和国連邦は、イノスフィア条約から魔女に関する条項および領事裁判に関する条項を破棄し、ファクスパーナ=バパラタの魔女の完全な人権およびファクスパーナ各国の主権を認める。
第三条
1.ファクスパーナ=バパラタ魔女連合は召喚に関する技術を文書化し、公開する。共和国連邦は魔滅弾および魔術回路に関する技術を公開し共有する。
2.人型に対する召喚契約および魔滅弾の使用に関しては、研究用とを除いてこれを禁止する。
第四条
戦争賠償金として共和国連邦はレーゼバルト首長国に対し、5600テグレスを金で三年に分けて支払う。初年に600テグレスを支払い、次年度に2400テグレス、三年目に2600テグレスを支払う。
第五条
自らの理想のみを主張し交渉の座すら用意せず、今回の戦争の発端となった『叡智』を法の場に置き、理知と客観によって一切の否定がなされなかった場合、全ての禍根をなきものとする為に極刑に処する。
第六条
以上の内容に一切の誤解をもたらさぬ為に、両国およびアカデミア、並びにアクセ王国にこの条約の写しおよび全権委員の署名を保管する。
以上