五 『希望』
アルフィール環島 中心島 顔無し中隊休眠所 作戦室
『叡智』こと学園長が口を閉じてから、誰も何も話さなかった。
質問も無し。
反論も無し。
同意の声も無かった。
やがて学園長は去り、脇にいた『霧城王』が前に立った。
「聞いた通り、これより我々は重大な作戦を執り行う。敵のトップの一人を亡き者とし、ソントララを交渉のテーブルにつかせる。」
息を飲む。しかし、交渉のテーブルにつかせる、という言葉が重い。
あたりまえなんだけど、私たちの力だけでは戦争というものは終わらないようだ。
「では作戦の概要について話す。我々はこれまで、基本的には一日に二か所で作戦を行った。そして、例外の一日を除いて、一度去った島にはその日に再度現れることをしなかった。」
このことがソントララの人にも何となく伝わっているらしいことは、捕虜、つまりマキグサマモルと『なき虫ヒヨドリ』からも確認しているらしい。
「そして明日、第一島に『希望』が現れるという情報が入った。そこで、我々は朝に第一島と第六島を襲い、集合の後夜に再度第一島を襲撃する。」
『霧城王』はそれぞれの小隊に目を向けながら話す。そして魔法陣を起動して、男の顔を浮かび上がらせる。細目で、どこかうさん臭そうな顔つきをしている。
「各小隊に命じる。第一小隊、夜まで力を温存し、『希望』を殺せ。第二小隊、第一島を二度襲撃し、混乱をもたらせ。第六島は私と五班が受け持つ。」
「ちょ、ちょっと待ってください。」
「お待ちください。」
私と第二小隊長が同時に立ち上がったのを『霧城王』は辟易した目で見た。
「話せ。」
シエに先に譲る。……たぶん、同じ話だとは思うけど。
「なぜそのような割り振りなのでしょう。『概念』を相手とするならば、召喚士にしろ召喚獣にしろ、正直我々の方が向いていると思うのですが。」
やっぱりその話だった。皮肉だとか嫉妬だとかじゃない。シエは本気でそう思っている。そして、それは私達も同じだ。……レーレを除いて。
『霧城王』はシエの話に顔色一つ変えず、唇をゆがませることもしなかった。
「俺は提案をしているわけでも、貴様らにお伺いを立てているわけでもない。これは命令だ。」
シエはそれで何も言わずに座った。『霧城王』は私の方を見る。
「で、そっちは。」
「あ、いえ。なんでもありません……。」
『霧城王』は今度はため息をついた。
「ひとつ、追加で命令を与える。ユノかクアが『希望』を殺せ。『鳥』が『希望』を殺すことに意味があると思え。」
『霧城王』は作戦開始の日時を伝えて、去っていった。
*****
なんとなく付けている仮面が気になる。こめかみを抑えるように、仮面を掴んで外す。
「どうした。」
ウェブが仮面を付けた顔をこちらに向ける。
「……いえ。」
目をこすり、もう一度仮面を付ける。
「そうか。」
ウェブはまた前を向いて、屋敷の外への扉を開いた。扉の向こうは一昨日からの霧模様。
ウェブをカードに戻して、先に出ていた三人と合流する。
「大丈夫?」
クアが首をかしげている。
頬に力を入れて口角を上げる。これは、この感覚は緊張なのだろうか。
「トリ。」
「はい。」
「『霧城王』の命令と、私が小隊長となったこと、関係あると思いますか?」
トリは顔色一つ変えない。仮面の下の表情を伺わせない。
「さあ。ただ、やることは一つ。」
私は首を上下に動かし、ほうきに魔法をかけて浮かび上がらせ、地面を蹴って座り込む。
他三人も併せるようにそれぞれ地面から離れる。
「第二小隊は一度目の襲撃を終え、島司令部で休息中、第五班は未だ第六島で作戦行動中です。」
ディーが現状を報告すると同時に、トリが中空に魔法陣を描いて霧に穴を開けた。
「了解。第一小隊、出撃します。」
「了解。」
そうして私たちは屋敷を飛び去った。
*****
アルフィール環島 第一島 島司令部
第一島は、他の島と大きく違う点がある。
一つは位置的な問題で、この島は最もソントララに近い。だから、敵の攻勢が最も激しいとされている。
もう一つは、先の話と被る部分もあるが、島の見た目だ。
ここと第六島は、今となってはかなり植物が刈り取られ、代わりに種々雑多な建造物が目に入る。
ソントララは多分石壁、こちらは木と土の練り物でできた壁でそれぞれ点在しており、空から見るとボードゲームの駒が陣をなしているようにも見える。
このまま空から島司令部に入るほどの間抜けはない。敵に集中砲火を浴びせてくれというようなものだ。
いつものように、自陣側の岸で降りて、召喚してから、蛇行しつつ島司令部へと向かった。
島司令部は静かだった。人がいないわけではない。誰も彼もが押し黙っている。そうして、耐えるように時々訪れる揺れを受け流す。
第二小隊の面々はそろって難しい顔をしている。が、ひとまずは司令官に顔を通しておこう。
『現実複製者』はこれまで会った司令官の中でも変わり者のように思えた。まずもって軍人らしくない体型。いや、魔女で体を鍛えている人の方が珍しいのだけど、それにしても細い。
そして目が隠れるほどの髪の長さ。まあ、とはいえ私にとっては研究室を持つ魔法使いとしては大先輩だ。
『現実複製者』は、指で「歓迎する」とだけ、空中に描いた。そして、口に指をあてる。
どうも静かにしろというわけらしい。そしてしっしと追い払われた。
……別に嫌われているわけではなく、大変忙しいからのようだ。私たちが離れた後も、空中筆記で部下の人たちと受け答えをしてはしっしと追い払っている。
そして振動。振動が入ると、必ず壁側についた魔術師たちの様子を伺っている。
そして問題なさそうであることを確認して、また部下たちとの筆談に戻っている。
そんな彼らを横目に、第二小隊の面々と合流。私達も同じく筆談を行う。
『状況は悪いのですか?』
『ここはコレがふつうらしい。魔力で二度、音で一度司令部の位置が割られたそうだ。』
シエが慣れた手つきで返してくる。
『それでは「現実複製者」は四代目の隊長?』
『いや、彼は三度防ぎ切ったらしい。』
驚きを隠せない。普通は司令部の位置が割れたとたんに総攻撃を受けて壊滅する、という話を聞く。私達も少数といえ、大体同じようなことをやって来た。
『ともあれ、魔力はともかく音、特に人の声は欺瞞を利かせにくい。不便だが、声は出さないように。』
こくこく頷く。
まあ、ウェブたちとの会話には関係ないから、出来るだけあっち側で会話するようにしたい。
ともあれ、四人固まって座り、ウェブたちと接続する。
見たところ、どこかの施設内にいるようだった。木の壁が見える。
『ウェブ、大丈夫ですか?』
「ん?ああ、問題ない。が、見晴らしが良いうえに敵が多い。」
もう一方の目に、ディーが『浸透できないそうだ』と書いている。なるほど。この辺りもいつもと違うらしい。
トリが地図を取り出して、位置を確認して地図に示す。同時に、第二小隊の位置も確認した。
どうやら、私たちは島中央の下側、第二小隊は上側にいるらしい。
『第二小隊に暴れてもらう間に私たちが下から向かうというのは?』
そう書くと、トリに首を振られた。
「その程度で開くようなら、ここで膠着状態にはなっていないはずです。』
むう、なるほど。
『それに加えて、我々も分離するのはいかがでしょう。』
全員がディーの方を見る。ディーはさらに書き続ける。
『見つからずの突破は難しくとも、奥側の戦力はおそらくは第二小隊側に向かうと思われます。遅れてこちら側からも攻め込み、煙幕を張って数を確認できなくするのです。その上で、我々の半分が逃げる姿を見せれば、敵側も勘違いを起こす可能性があります。』
なるほどと頷いていると、いつの間にか第二小隊の面々が後ろに立っていた。
『悪くなさそうだ。こちらも二名で事に当たろう。我々が姿を見せるのは多くて四名だった。多少なりとも欺瞞になるだろう。』
シエが書いたのを見て、トリも頷いている。
『私からも特に言うことはありません。ただ、一度限りの作戦になるということは覚えておいてください。』
つばを飲む。
『分かりました。それで行きましょう。第二小隊の方々もお願いします。それでは、分け方を考えましょう。』
『了解した。そちらが決まり次第動く。』
シエと頷き合い、音が出ないように息をつく。
しかしながら、この人選というのもなかなか悩む所だった。
最も悩まなかったのはレーレで、彼女はどう考えても陽動側だということで満場一致だった。
問題は誰が『希望』の襲撃に向かうか、というところで、班構成を優先するか、『霧城王』からの命令を優先するかですこしもめた。
要するにどちらが殺してもいい体制で行くのか、役割を決めて動くようにするのか、というところだ。
結局私たちだけでは話がまとまらず、本人たちにも聞いてみることにした。
「今となっては私よりもレリースさんの方がウェブさんの動きをよく知っていると思います。いつも組手されてましたし。」
というエケーの声によって、決まった。初めから聞いておけばよかった。
ともあれ、ウェブとレリースで攻め入り、エケーとレーレで気を引いてもらうことになった。
*****
魔女の位置取りを表す、地図に浮かぶいくつもの光点を見続ける。このうちのいくつかは偽物の光点だ。じぃっと見るが、見分けはつかない。
どうも待機になったらしい、スィーがこっちに来て陽動開始のタイミングを教えてくれることになった。
向こうの隊の人たちには、ウェブたちから連絡をやって、後追いで『現実複製者』の裁可が届くことになった。届くと同時に作戦開始となる。
緊張で喉が渇く。光点に動きらしい動きはない。
『もうすぐ始めます。』
スィーの書いたのを見て、空を見上げる。空の切れ目に太陽が掛かり出している。
『隠れるのを待つのは?』
そう尋ねると、トリは首を振った。
『陽が隠れた時は、普通警戒が強くなります。無駄に待つことは、通信に気付かれる可能性も高めます。』
なるほど。やはりそのままで行くのがよさそうだ。逆に言うと、警戒し始める前の今が攻め時、ということか。
『始めます。』
スィーはそう書いて、指でカウントを始める。
さん、に、いち。
地図上でにわかに第二小隊のいる辺りが騒がしくなった。スィーは挨拶をして、第二小隊の方に戻っていった。
『奥側の光点に動きが見え次第動きます。少々待機を。』
そう書くと、三人は頷いて、地図を注視する。
動きが見えた。奥側の大きな光が、小さな粒になって上側に流れ出したのだ。
顔をあげると、トリが首を振った。
『囮。』
そしてトリとシエが目を合わせて頷き合う。それで意思疎通ができているらしい。
すぐに小さな粒は出るのをやめた。出ていた粒は第二小隊の辺りについて、そして消えた。
それからちょっと経って、また粒が出始める。
今度はどうだ?トリが頷いている。
『動きます。』
書いてから、深呼吸をする。声にしないことにもメリットはあった。
片目を閉じる。激しく動き出した。
爆発音が聞こえる。複数だ。どうもレーレだけじゃなく、周りの魔女たちも土煙を上げたり霧を張ったりして、視界不良を作り出してくれているらしい。
そうしてすぐに右目は光の洪水に入った。種々雑多な色合いが水滴や土埃で乱反射を起こして、ただの光の輪に見せる。
その輪に当たらないようにして視界が進んでいく。振り返ると、ぎりぎりで人影が視認できる。
「二人倒していく。」
へ?とおもったら、すぐに人が見え、そしてそのまま掴み上げ、首をひねった。そのままその体を抱えて動く。
振り返ると、後ろの影も何かを担いでいるようだった。さらに後ろの光はだんだんと弱くなっていく。
そうして、完全に霧が晴れた。
目の前には建物群があるだけで、木が一本もない。草もほとんど刈られているようだった。
ウェブとレリースは道中殺した兵士たちから服を奪い、兵士たちを建物の影に埋め、別の影で休んでいた。
「ひとまずは通り抜けた。」
『そうみたいですね。魔女はその辺りにはいなさそうなので、人影にだけ注意してください。』
「分かった。」
ひとまずは息をつく。ちらりと第二小隊の方を見るが、慌てているような節はなさそうだ。
うまくいった。、といえる。
けど、ここからだ。
*****
「しかし、なぜこれ程までに死角があるのか。」
ウェブとレリースはあっちの制服に着替え、不自然にならないように、建物に身を隠しながら動いている。仮面を付けているから、変装はあまり意味は無いようにも思えるけど、気が大きくなっているのかレリースも普通にウェブと話している。曰く「無口で歩く方が不気味なよう」らしい。
『あちらは「攻める」側ですから、なるべく身を隠しているんですよ。』
窓から外を眺める。一面の平地。遠くに立っている人も目に入りそう。
魔術魔法っていうのは基本的に遠距離攻撃になる。特に魔法にとって、目で見れる範囲に攻撃を飛ばすのは容易い。まあ私は例外として。
ともあれ、レリースはなんとなく納得したらしい。
「それで陣を広げるとともに視界を狭めるようにするというわけか。」
「だが、例の地図があるのだろう?」
多分魔術の地図のことだろう。確かに魔女の位置が映るようにはなっている。
『ですが、この地図には魔女しか映りませんし、欺瞞も映してしまいます。』
だから、魔女のいないところは分かっても、魔女のいる所や、一般兵の居るところは分からない。
と、ちょうど敵兵とすれ違った。レリースが大きくくしゃみをして、ウェブがそちらに顔を向けて敵兵に顔を見せないようにする。
「大丈夫か?」
「問題ない。警備を続けられよ。」
「あ、ああ。」
そうしてすぐに曲がり角で曲がる。
背中から「そういえば」なんて声が聞こえるけど、それだけだ。
ニ、三の当てを探してみるが、『希望』のいそうな所は見当たらない。
ウェブにも見回らせてはみるが、それっぽい建物が多すぎる。なんでこんなにソントララの建物は厳重なんだろう。
そうして時間が経ち、私の心の中の焦りにも気づき出した。
焦っちゃいけないと思うけど、やがて夜となると、何も成果がないことが不安を呼ぶ。
学園長の話は本当なのか。また何か別の意図が隠されているんじゃないだろうか。
向こうの二人が陰に隠れているときに、そんな考えまで浮かんできてしまう。
「恐らくは、この辺りだろう。」
レリースの声にハッとする。
『なぜ、そう思われるんですか?』
「敵の見回りが増えている。ここは自陣の中心のはずだろう?明らかに何かがある。」
そう言われてみれば、ウェブたちは適当にやり過ごすのではなく、隠れるようになっている。
この鈍重さこそが、進んでいる証なのか。
『気を付けて。』
開いた目に可愛い文字が目に入る。クアの文字だ。
『分かっています。より慎重に。』
そしてトリに、この辺りのめぼしい建物を聞く。
ニ、三か所の地点を指さされ、ウェブにその方角を見させる。
「月の方角、奥三つに一つ、そちらの方角、手前一つに二つ。」
地図に合わせれば、ウェブの言う「月の方角」が当たりのようだ。
『それでは、月の方に向かいます。準備は――。』
「誰だ!?」
「光を《sodic》!」
ウェブは光に当てられて視界を隠す。何とか同時に向こうにも光を当ててたので、こちら側も見られていない……はずだ。
「……その服は、どうやらお味方のようだ。電灯を下げてくれないか?」
「そちらが下げるのが先だろう。」
向こうの人が謝りながら光を下げる。それに合わせて、私も魔法を解く。
ふと見ると、周りに睨まれている。そうか、声に出てたのか。そう思うと急に心臓の鼓動が大きくなったが、すぐさま何かが起きるようではなさそうだった。
「それで、そちらは何をしている。」
「見回りだ。そちらこそ、こんなところで二人きりで何をしているんだ。」
「小用だ。」
「こんなところでか!?」
そうしている間にも、私の手の届かないところで話が進んでいく。ウェブはごまかすのが苦手なようだ。まあ知ってはいたけど、そのせいであっちも何やらヤバそうだ。
「あー、つまり、大した用ではない。お前の思っているようなこともしてはいない。」
レリースがなんとかフォローしようとしてるけど、向こうはかなり怪しんでいる様子だ。
「まあいい。所属と階級は?」
「あー、えー。」
ウェブは何も言わず、両手を広げて相手に近づいていく。相手は手に持っていた銃器をこちらに構えるが、ウェブはひるまずにそのまま相手の頭を持つ。
「お、お前、まさか。」
そして自分の頭を相手に打ち付けた。鈍い音が響き、一撃で相手は倒れた。
「おい、何か鳴らなかったか。」
遠くからさらに声が聞こえる。
「む。」
「む、ではない。やり方が荒いぞ。」
全くその通りだ。
『ひとまずそこから離れてください。』
言う前から二人は動いていたが、まあ言っておくべきだろう。
『あ、倒れた人は。』
「放って置けばいいだろう。」
いや、駄目じゃないかな。ばれちゃうわけだし。
そう思っていたんだけど、目当ての建物に向かう道中、さっきのが騒ぎになったのか、敵兵が私達と逆方向に向かっていっている。
まさか計算してやったとは思えないけど、どうやらさっきの人を放しておいたことが功を奏したらしい。
もちろん直進できたわけではなかったけど、逆に言うと少し遠回りをすることでかなり見張りの人員が減ったように思える。
「だが、我々のことはばれたぞ。」
「遅かれ早かれ気付かれる話だ。」
「まあそうか。急ごう。」
くだんの建物にはかなり近づいている。もうあと二、三個向こう、といったところだった。
私たちは屋上に上がって、その建物を外側から眺める。
その建物はかなり立派なもので、ここから見るに四階建てはある。コの字型になっていて、入り口は門で閉ざされ、そこから前庭を越えて建物の玄関、といった風だ。
敵兵は門に二名、前庭にそこそこいるように見える。もちろん、建物内にも巡回している人はいるようだし、地図にもいくつもの点が見えている。
「さて、どうやって浸入するか。」
「窓だろう。敵が少ない。」
ウェブの声に同意する。まさか正面きっては行けないのは、まさにウェブでもわかる話だ。
「だが、空いている窓はなさそうだ。」
まさか鍵のかかっていないドアがあるとは思えない。
『私には開けられないと思います。こういう建物には普通鍵開けの魔法に対する防護が張られていると思います。』
それでクアの方を見るけど、クアも首を振っている。
トリやディーに聞いたら防護を突破する魔法陣を教えてはくれないだろうか。そう聞くと、こちらも首を振られた。
『実際に魔術に触れなければ、反意魔法陣も組めない。そうでなければかなりの大掛かりなものになってしまう。それではばれるだろう。』
なるほど。厄介だ。
「では正面突破か。」
『無茶です。そんなことをすれば返り討ちに会うか、よくても逃げられます。』
でも、それじゃあどうしよう。
いっそ仮面を……いやいや。それをしていいのかいまいちわからないし。
と、クアが袖をつかんできた。
『任せて。』
クアの言葉と同時にレリースが動き出した。この辺りは草木もないから、クアの魔術もあまり効果がなさそうだけど。
後ろ側から塀を登って、
『待ってください!』
超える直前で二人が止まる。よかった。
『その塀を越えるのはかなり危ないと思います。普通に考えれば、警報とかあるはずです。』
ウェブは周りを見渡して、塀の端に立っていた柱を叩き壊した。
「これで良いか。」
良い……のか?まあ、多分魔法的な防御しかしていなかったんだろう。そう思おう。どちらにせよ急がなければいけなさそうだ。
塀を越えたところでレリースを見ると、窓に棍棒を当てている。そうして振りかぶって、え?
思わず耳をふさぐが、音はならなかった。
目を閉じると、割れた窓には草木がびっしりと張り付いていた。
「入るぞ。」
入るときにも、割れたガラスから守ってくれている。なるほど、こういう使い方もあるのか。
*****
建物の中は無味乾燥としていた。一面真っ白で、タイル?で敷き詰められている。
部屋を一つ一つ開けるけど、どれも同じ部屋に見える。
「どこにいる?」
「分からん。」
一応部屋には部屋の名前がついたりしているけど、それにしてもどこにいるかは分からない。
『希望』のいそうな所。指令室……いや、『希望』はここの指令ではないのか。であればなんだろう。貴賓室とか?
いや、そもそも『希望』はここまで何しに来たんだろう。普通に考えたら一番偉い人は一番安全なところにいるべきなんじゃないのか?
つまり、
「おい、まて。」
急いで部屋に戻された。
レリースは何やらジェスチャーをしている。どうも外に敵がいたらしい。指を見るに二人だ。
ウェブは頷いて、さっとドアを開いた。
「!だ……。」
声を上げようとした人の口をふさぎ、そのまま部屋に連れ込む。いつの間にかレリースの腕にも敵兵がいる。
「やるならやると言え。」
「だがうまくいった。だろう?」
レリースは肩をおろし、軽く敵の肩を掴んで引いた。それと同時に口をふさいだ。
「同じことをされたくなければおとなしくしろ。」
暗い視界の中で後頭部が上下に動く。
「貴様らの指令はどこにいる。」
「二階の隅に。」
『待って、司令じゃない。彼はずっとここにいる人たちじゃないんです。』
「む、そうか。」
ウェブが考えている間にレリースがさっと話し始めた。
「最近この基地に訪れた者は?」
「三人、三人だ!」
「どこにいる?この基地に居る者だけでいい。」
「それは……。」
「言いづらいようだ。大変だな。」
レリースは自分の手元の男のもう一方の肩も軽くひねった。肩ってひねれるんだ。
「どうだ。」
「地下だ!地下の四号室に居る!」
「そうか。」
「助かった。」
ウェブとレリースは両者の捕虜の頭をかち合わせ、気絶させた。鈍い音が響く。
*****
しかし、地下か。
「逃げ道は少ないな。」
「いざとなれば掘ればいいだろう。」
『それは無理かと。』
「無理だろう。クアも同意見だ。」
「む、そうか。」
しかしまあ、確かに危険だろう。
「逃げ道は二か所は用意するべきだろう。」
そう言ってレリースはちょっと廊下を見渡すけど、やがてやめた。
「どうした。」
『あなた達はどこからでも戻ってこれますから。召喚を解けば。』
ウェブもふむと言って、部屋の前に立つ。
「どう出る。」
「二発だ。無言で入り込んで一発、吹き飛んだところにもう一発。足りなければさらに一発。名のるのは全て終わってからでいいだろう。」
実に単純。ウェブらしい。まあ、でも確かに突然のことには対応しづらいだろう。
「よし、三つ数えたら行くぞ。」
レリースが指でカウントを示す。
三、二、
「やあ、いらっしゃい。」
扉が開かれ、そこから顔を出しているのは『希望』だった。
目の前にある微笑み顔にパンチが飛ぶが、顔はさらりと避けた。
「ひどいもんだ。お相手は蛮族だったか。」
追いかけるように蹴り上げに行くが、『希望』は二歩下がってそのままウェブを部屋に入れた。
部屋の中には椅子が三つあって、『希望』はその一つに座った。
「さあ、話をしようか。」
「必要ない。」
レリースが棍棒を投げ飛ばすが、それもなんてこともないように避けられた。
しかしながらそこから棍棒は青く光り出し、草木が生えだして椅子に座ったままの『希望』を縛り付けた。
「ふむ、面白いな、『種食い鳥』。」
『希望』は笑いながらにっこりとしている。変な言葉だと思うけど、本当にそんな感じ。
うさん臭いというよりも、ウソにまみれた笑みという感じだ。
「それで、次は?」
言うや否やウェブはその細目に向かって殴り掛かった。というより、殴った。
『希望』の体は椅子ごと吹き飛んだ。クアの蔓をぶちぶちと引きちぎりながら、壁まで吹っ飛んで、椅子はそのまま壊れた。
だが、『希望』の笑い顔は崩れることはなかった。
「良いパンチだ。だけど、私だって魔術師の端くれだよ?」
「ふむ。打たれ強いな。」
そういう問題ではない。魔術で肉体強化をしているか、あるいは衝撃を減らしているか。ともあれ、ただ殴るだけじゃあうまくはいかないだろう。
それでもウェブは殴り掛かった。それしかできない。私も、それ以上のことはできない。
「ウェブ。」
レリースの声に反応して、左手で『希望』を殴りながらも右手でレリースから何かを受け取ったようだ。
それは枝の折れ端だった。慌ててエンチャントする。
『鋭さを増し、力を増し、とにかく硬くなって!』
ウェブは半身になり、槍のように枝の折れ端で『希望』に襲い掛かる。
彼の右わきを狙い、左ももを狙い、頭を狙うが、どれも軽く手ではねてぎりぎりにずらしている。
横からレリースも棍棒で殴り掛かりに行く。が、そこで一歩下がり、そのままウェブの後ろに回り込む。
「さて、それで、多分だと思うけれど君たちは『叡智』からの使者なんだろう?」
ウェブは否定せずに、枝を持ち直して振り向きざまに横刺しにしに行く。が、これもさっと避けられる。
私だってちょっとは役に立たなくちゃ。
『集まれ《vacongr》、留まれ《vavirg》、その顔を照らせ《fadic fantaro falemeno》。』
『希望』の顔を隠すように光が出始める。『希望』は攻撃を避けながらも顔を振るけど、光がそのままくっついている。
「『一羽飛雁』、なかなかこれは面白い。だが、」
『希望』はそのままでも二人からの上下の攻撃を跳びながらもさばいて避けている。
「魔力を読めばこの程度、何てことはない。」
「なるほど。」
ウェブは右手で槍を投げる。『希望』はそれも軽く避けるが、同時に繰り出した左手は、『希望』の腹に突き刺さり、浮かび上がった。
しかし、『希望』は天井をまるで床のように横に二回転してから、優雅に地面に降り立った。
「ふむ、その応用力も悪くない。それで、僕の質問にはいつ答えてくれる?」
二人は反応を返さず、もう一度木の槍をもって『希望』に襲い掛かる。
「まあいいさ。それで、君たちは一体何を目指しているんだ。」
「話しても無駄だ。」
「君たちに話してはいない。君たちの先に、『種食い鳥』と『一羽飛雁』がいるのだろう?彼らに話しているんだ。」
不思議なことを言う。私達に話したって答えなんか帰ってこないのに。
それに、知っているはずだ。この戦争の始まりに、『叡智』と話をしたはずだ。
私たちが望むもの、それは平穏と自由。
ウェブたちの攻撃はだんだんと当たるようにはなったが、無駄に吹き飛ばすだけで、『希望』の顔をゆがめることにはつながっていないようだった。
「そう、自由だ。僕たち魔女はいつだってそれを求めている。だが、君たちは自分たちの自由だけを求めている。そうだろう?」
何の話だというんだろう。
ウェブが左胸を狙い、槍を着く。『希望』がまたそれを左手で受け流すが、その左手をレリースが突き刺した。
それでも、『希望』は顔色を変えなかった。
その手を撫でると、流れた血がまた止まる。
「悪くはなさそうだ。それで、自由の話だ。」
ウェブはその辺にあった椅子を投げ飛ばす。『希望』はそれもすっと避ける。
「僕は違う。君たちは僕らのことをどれだけ知っている?僕たちの国は、もう限界だ。」
「関係ない。」
そう言いながら殴り掛かるウェブに、『希望』は笑いかける。
「僕たちも異世界人を使っていた。僕たちの使う魔法工学には大量に魔力が必要だったんだ。その魔力を、異世界人から無理やり取り出していた。その頃は、僕たちにも自由があった。まあ、すぐにそれは終わったが。当然ながら。」
ウェブもレリースも気にせずに攻撃しているようだが、私には少し心に来る。私たちは、同じことをしているのではないだろうか。
ウェブが足技手技を駆使して『希望』を壁際に追い詰め、レリースが折れ枝を飛ばす。
『希望』は壁をとんと叩くと、壁が黄色く光って風が吹いて槍を受け流した。
「危ないところだった。次は?」
『魔法陣は形を崩せば使えません。』
「なるほど。」
ウェブは壁を殴り、床を踏み抜いた。
「なるほど。魔法陣を壊す、と。それで、私達の話ですが。」
レリースは枝を持ったまま『希望』に飛び掛かる。『希望』はしゃがみこんでレリースを避け、そのままレリースを体ごと払いのけた。
「何!?」
レリースは受け身を取ってすぐに立ち上がるが、やや動揺している。
「大丈夫か。」
「ああ。だが、あの体のどこに片手で人を飛ばす力が。」
「魔法だろう。」
「そうか。」
『希望』は立ち上がり、咳をひとつ鳴らす。
「さて、それでどこまで話したかな。」
ウェブたちは『希望』の話を聞いていない様で、顔も併せず相談し合っている。
「次はどうする。」
「点でダメなら、面だ。」
ウェブは頷き、また床を踏み抜く。
「次に使われたのが魔法使いだった。彼らの犠牲のおかげで、僕たちの魔法工学は終わらずに済んだ。」
踏み抜いた床は、タイル状に浮かび上がり、それをレリースが突き飛ばした。
この話はちょうど昨日聞いた所だ。
「だが、これも当然ながら、魔法使いたちはかなり弱ってきている。」
『希望』に飛んでいった床は、『希望』のいた当たりの手前で砕け散った。でも、その後ろで走りこんでいだウェブは避けられなかったようだ。右の脇腹に枝が深く刺さる。
「そんな状況ならその魔法工学とやらを棄てればいいだろう。」
「なるほど。だが、それは難しい相談だ。」
『希望』は二、三歩下がったところで枝を抜いて、また傷をふさぐ。
「もはや人々の間に魔法工学は行き渡ってしまった。その利便さに慣れてしまえば捨てられないだろう。」
ウェブはまたレリースと肩を並べ、部屋を見渡す。
「相手もどうも不死身のようだな。」
「頭を潰せばどうにかなるだろう。」
「そうだな。」
話だけ聞いていると、こちらが悪者に思えてくる。
ウェブたちは頭を中心に殴り掛かっているが、狙いが定まった分簡単に避けられている。
「そこで、君たちの助けがいる。君たちの助けがあれば、彼らの奴隷じみた扱いを、税金の程に抑えられる計算だ。だが、君たちはあいにくにも応じてくれないらしい。」
ウェブとレリースは『希望』の話に耳を傾けず、ひたすらに攻撃を続ける。急所に気が行っているのかだんだんとももや腹への打撃なら当たるようになってきた。
「うん、聞いてないみたいだ。では、話を変えよう。君たちは、自分のことをどれだけ知っている?君たちの部隊の秘密、最期の時については?」
『待ってください。あ、ウェブ。』
『希望』の言葉に、つい言葉が出る。
私たちの隊の秘密?なんでそんなことを知っているっていうんだ?
「む、なぜ。」
言いながらもウェブは止まってくれる。『希望』は例の嫌な笑みを浮かべる。
「ようやく話を聞いてくれる気になったか。嬉しいね。話しながら動くのは大変だった。」
レリースもクアも困惑した様子だけど、ひとまずは止まってくれた。
「そちらもありがとう。そうだ、君たちにはもう一つ礼を言わなければいけないんだった。君たちのおかげで僕たちの魔法使いが奴隷から解放され、こうやって自分たちの自由のために戦うことができるようになった。」
聞きたいことがある。けど、何とも話しづらい。
「では話を戻そう、君たちは自分の立場についてどれだけ知っている?ひょっとしたら僕の方がよく知っているかもしれない。」
『希望』が指をひとつ鳴らすと、また椅子が三つ出てきた。その一つに『希望』が座る。
「まず、どうやってこの戦争を終わらせるつもりだと聞いているんだい?」
「お前を殺す。」
ウェブは椅子に座りながらそう言った。レリースは立ったまま、すごい顔でウェブを見ている。
『希望』もさすがに少し笑みを崩したようだった。が、すぐに持ち直した。
「まあ、君たちにとってはそうだろう。だが、それだけでは戦争は終わらない。」
どこから取り出したのか、『希望』はお茶を飲んでいた。
「次の質問だ。どうして君たちにだけ、殺しが許されているんだ?」
何で知っているんだ?と思ったけれど、まあそれが知られるように動いてるんだから当然か。
だけど、抽象的ながらも聞いた話だ。「穢れをひとつに留める為」、つまるところ魔女への恨みを私たち個人に向ける為という話なはずだ。だけど、
「お前に話す必要はない。」
「まあ、そうだね。」
『希望』が飲み干したお茶のカップをその場に落とすと、カップは割れることなく消えた。
「ところで、その二つを重ねると、何が見える?」
クアと目を合わせる。ウェブはレリースの方を見るが、レリースは何やら考えている風だ。
「……取引材料、か。」
『希望』はにっこりと笑った。
「そう。僕の出した、魔女の登録制と同じくらい魅力的な条件として、君たちの排除を出せるようにする。これが君たちにだけ殺しを許し、僕を殺させようとする理由だ。」
なるほど。でも、
「君たちの戦争の終わりは、君たちの終わりでもあるだろうね。」
「そうか。話は終わりか。」
ウェブは立ち上がることもしないでそのまま飛び掛かって『希望』を殴った。
さすがの『希望』もかなり驚いた様子だ。
「……すごいな。」
「俺には関係のない話だ。」
「そう言い切るのがすごい。才能だね。」
そもそもまったくもって関係のない話ではないはずだ。
「でも、君は大丈夫でも君の後ろの人は大丈夫かな?」
声をかけられて、ドキッとする。
大丈夫かって、何が大丈夫でないというのだろう。
「レリース。」
レリースから枝を受け取り、『希望』の頭に突き刺そうとするが、首をひねって避けられる。
そのまま体をひねって立ち上がり、どこから時計を取り出した。
「うん、まあこんな所か。」
もう一度、今度はレリースと一緒に『希望』を襲うが、さらりとかわされてウェブの体を掴まれた。
「む。」
ウェブに魔力を渡すけど、なかなか振りほどけない。
と、背中、いや体中に何かがぞくりと流れ込む感覚に襲われる。
思わず立ち上がって、周りに変な目で見られる。
『どうしました。』
『何でもありま――。』
と、基地が揺れた。
二度、三度。何度も揺れる。
「ありがとう。これで、ここの戦いも終わりだろう。正直、もっと人が来るものだと思っていたが、どうやら僕は舐められているらしい。」
まだ揺れる、いや、地面まで揺れている。
『現実複製者』が立ち上がる。
「皆さん、口を開いていただいて構いません。敵にこの位置が知れました。じきに敵がやってくるでしょう。」
そんな、目を見開く。
確かに地図を見ると、中央からものすごい勢いで光点が此方に向かってやって来ている。
「この多少の犠牲を顧みない様子、なるほど確かにここがばれているようですね。」
トリも同意する。
もしかして、
「わたしの……せい?」
あの時感じたのは、『希望』の魔術?
「ユノ!」
と、耳の中で大きな音が響く。目を閉じると、いつの間にかウェブとレリースが敵に囲まれている。
えっと、あれ?どうするんだっけ。
また大きな音が鳴る。窓から空を見ると、結界が割れている。
「小隊長、早く逃げますよ。私たちはしんがりを務めます。」
トリに言われて立ち上がる。シエ達第二小隊は『現実複製者』の方に向かっている。
「我らが護衛となりましょう、『現実複製者』」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
瞼の向こうでは、ウェブ達は『希望』を盾にしている。
『ウェブ、大丈夫ですか?』
「大丈夫ではない、早く――。」
指を鳴らす音が響く。
視界が斜めに動く。
レリースがこちらを押し出しているのが見える。
なんだかゆっくりだ。
レリースの口が動く。
た・の・む?
レリースの体の前に弾が飛んでくる。でも、召喚獣 は死ぬことはない。
そう、死ぬことは。
『希望』の笑みが見える。
あの、嘘のようにしか見えない笑みが。
弾が破裂し、収縮し、爆発する。
いや、爆発ではない。
何もないのが弾ける。
レリースの体と一緒に。消え飛んだ。
まるで、霧が散り飛ばされるかのように。
女の子の叫び声が聞こえる。
瞼の向こうの視界が消し飛ぶ。
引きずられるように体を運ばれる。
ここは地下だ。陽の当たらない地下。
誰にも会えないような。
途中何度か曲がったように思うけど、あまりうまく覚えていない。
気が付けば休眠所に戻っていて、クアの泣いている顔が頭から離れない。
カードを見る。
ウェブの絵柄はまだ描かれている。
またクアの顔を思い出す。
*****
アルフィール環島 中心島 顔無し中隊休眠所 作戦室
いまここに居るのは、私とシエ、『霧城王』と二人の召喚獣。
『霧城王』はいらいらしたように、机をこつこつと鳴らしている。
「損害を報告しろ。」
シエは苦々しく口を開いた。
「召喚獣一体、……召喚士一名。別のペアです」
『霧城王』が此方を見る。
「……召喚獣が1人、です。」
なんとか口から絞り出す。
『霧城王』は机をたたくのをやめて、代わりに大きなため息をついた。
「三割減か。厳しいな。」
「いえ、二割です。死んだ召喚士のペアは、セーテが引き受けると。」
シエの発言に、『霧城王』が眉間に手を当てる。
「……死んだのは誰だ。」
「オートです。」
『霧城王』はまたため息をついて、了承した。
「第五班の二人をそれぞれに入れる。これから休みはないものと思え。以上。」
「あ、あの!」
帰ろうとしていた『霧城王』を引き留める。
色々聞きたいことはあるが、まずは一つ。
「シエ……召喚獣を失った召喚士の扱いは、どうするのですか?」
『霧城王』は顎を少し触った。
「使えるなら使う。使えんようなら使わん。それだけだ。」
冷たいようにも思えるその言葉に、私は何も言えなかった。
『霧城王』が今度こそ部屋を出ようとしたところで、先にドアが開いて第五班のズィーが現れた。
「何だ。」
「すみません、急務です。」
「能書きはいい。早く言え。」
ズィーはこちらをちらりと見て、また視線を戻した。
「本国より出撃要請です。首都が襲われました。」
首都って、つまり、避難先のこと?
つまり、
「パパとママは……?」
おまけ
茫然自失のままに戦場から帰ったユノは、部屋に戻るなりそのまま寝た。
日も落ちていたことから、俺も特に気にせずに寝ることにした。
今度の戦は、全員が疲労のままに倒れた。
聞いた話だが、退却の際に第二小隊が殿を務めたそうだ。
それによって、二人の犠牲が出たことも聞いた。これが戦であることを考えれば、むしろこれまで犠牲がなかったことがあり得ないというべきだろう。
しかし、だからといって俺の目の前で人が消えたことを気に留めずにいられるほど、俺は人間ができていないようだ。
床に着いても眠れず、気晴らしについ壁を叩いてしまう。
*****
アルフィール環島 中心島 顔無し中隊休眠所 第一小隊長室
翌朝。ユノは起きて来なかった。
疲れているのだとは思うが、一応声をかけに行く。
「ユノ、起きてるか!」
返事がない。仕方がない。部屋に入る。
ユノは静かに眠っている。ひとまず呼吸はしているようで安心した。
「おい、起きろ。朝だぞ。」
反応は多少返ってくるが、起き上がってくる様子はない。
「ふむ。」
どうしたものか。まあ、死んでいるわけではないようだし、起きるまで俺ができることもないだろう。
戻ろう。
「ユノさ……。」
「ゆーのちゃーん!あれ?」
ドアを開けようとすると、あちらから開き、レーレと捕虜――アキとやらがいた。
「す、すみません。お邪魔しました!」
「いやいい。俺も出て行くところだ。」
そう言って出て行こうとすると、レーレに止められた。
「……なんだ。」
「そっちこそ、何帰ろうとしているんですか。」
「いや、やることもないし、帰ろうかと。」
「ダメです。」
「何故。」
「何故って……ほら、アキちゃんからも何か言ってくださいよ。」
「え、えっと……。」
何やらアキも困っているようだ。まあいいか。戻ろう。
レーレが準備したらしいお茶を飲みながら、時々ユノの様子を見る。
特に変わったところはない。
「あ、ちょっと汗かいてますかね。」
レーレが立って、ユノの顔に手ぬぐいを当てる。
「あ、だ、駄目!」
と、アキに視界を隠された。
「おーっと、ありがとーアキちゃん。大将、覗きはダメですよ!」
まあ覗くつもりもなかったから構わない。アキに問題ないと伝えて顔をユノの方からそむける。
しかし、二人が世話をするならなおさら俺がここに居てもやることはないではないか。
体をふき終わり、着替えもさしたらしいレーレが戻って来て、お茶をすする。
沈黙。二人はなんとなく視線をうろうろとさせている。
「そ、そういえば、大将はどうやって帰還したんですか?大将が戻るころには、もうユノちゃんもかなりてんぱってたって聞きましたけど。」
「自殺した。」
正確に言うなら、自分の首を回したのだが、まあそこまで言う必要はないだろう。
二人もかなり引いているようだ。
「言っておくが、緊急事態でなければこんな真似はしない。ユノに問いかけても返事がなかったのでな。。」
「いや、まあはい。私が言うのもアレですけど、かなりぶっ飛んでますね。」
「あ、あの、よく話についていけないんだけど……。」
アキがおずおずと手を上げながら尋ねる。
「ああ、えーっと。私たちは召喚獣でってそれは知ってたか。それで、」
「おい。」
どこまで話す気なのか。
レーレの顔を見ると、似合わず元気の抜けた顔になった。
「……一応、アキちゃんとマモルさんは、ファクスパーナに亡命という形になるらしいです。私たちが出撃している間に決まったってトリに聞きました。」
なるほど。まあ恐らくは、あの中隊長との面会の時点からその予定だったのだろう。
「それで、アキちゃん。えっと、多分ほとんど知らない人だと思いますけど、私達の仲間の一人が昨日の戦闘で消えたんです。その時、命からがら大将だけは戻ってこれて。」
「ああ。」
アキはそれだけ言って目を伏せた。マモルと比べて、こちらはどうも人の生き死にに慣れていないのかもしれない。
「で、レリースの召喚士の様子は?」
まだ一日と経っていないが、こいつのことだ。見て回ってるんだろう。
「クアちゃんは起きてます。けどずっと虚ろで、ユノちゃんとどっちがいいかっていう状態ですね。」
「召喚獣を失うとそうなるのか?」
「あ、いえ。そういうわけでは。ただ、トリが言うにはあの子も結構複雑な子らしくて。」
「そうか。」
お茶を飲む。あまり味がしない。色は出ているから、俺の問題なのだろう。
「俺たちが消えたら、俺たちの召喚士もそうなるのか。」
「……どうですかね、私の召喚士はあのトリですから、私が消えたって『そうですか。代わりを用意しよう』なんて言いそうですけど。」
レーレは空笑いを出す。そして、また真顔に戻った。
「でも、ユノちゃんはきっと大将が消えちゃったら悲しみますよ。」
「そ、そうですよ!一昨日だって顔を真っ赤にして。」
と、レーレがアキの脇を肘で小突く。
「とにかく、大将はしっかり自分の命を守ること!いいですね。」
まあ、もとよりそのつもりだ。
「俺が死ねば、ユノを幸せにすることはできないからな。」
そう言うと、なぜか二人とも顔を真っ赤にした。レーレが俺の肩をバンと叩く。
「よっし!その意気ですよ!」
「が、頑張ってください!」
と、ベッドの方から物音がする。
「んー、何の音ですか……。」
「ユノちゃん!」
「起きた!?」
二人が駆け寄っていって、上体を起こしたユノに色々と話しかける。
その様子を見る限りだと、二人との会話は特に聞かれていないようだ。なんとなく、ほっとした。