四 ファクスパーナとコビルガ
アルフィール環島 中心島 顔無し中隊休眠所
一つ、今更な話をしよう。
私たちの世界には、二つの大陸がある。
一つはファクスパーナ。その名の通り、『大きい』方の大陸で、私たちの住む――住んでいた大陸だ。
その大きさのせいか、いまだに統一されていなくて、複数の国が争ったりしていたり、そもそも人が支配していないような場所がまだまだある。それもあってソントララの人は、私たちを野蛮人だと思っているらしい。
もう一つの大陸が、ソントララ、つまり『小さい』大陸だ。どうしてかその名前を嫌がって向こうの人たちはコビルガと呼んでいるらしい。でも『こっちの』大陸なんてファクスパーナで言われたらどっちを指してるのか混乱しそう。
ともあれ、ソントララ、あるいはコビルガ全土は、共和国連邦という国家群が支配しているらしい。いくら小さいとはいえ、この小島とはわけが違うんだから、本当の所実は見つかってない国とかがあるんじゃないかという気になる。
なんにせよ、この共和国連邦という国、あるいはソントララと、私達ファクスパーナの魔女は戦争をしている。
こういうとなんだか大陸間戦争のように聞こえるが、実際は前の大陸間戦争に比べると、こちらの規模は十分の一程度らしい。というのも、私たちは大陸全部の魔女というわけではなく、学園長の掲げた自由の旗の元に集まっただけの、ある種の義勇軍のようなものでしかない。
*****
「なるほど。つまるところ、これは戦争ではないのだな。」
私の説明を静かに聞いていたウェブの一言目は、それだった。
「確かに……そうかもしれません。国同士の戦いではないですから。」
でも、戦争じゃないと言われて不思議と心が沈んだ。なんとなく、これまでの戦いを否定された気持ちになった。
「何を落ち込んでいるのだ。」
「あ、いえ。別に落ち込んでいるわけでは。」
いや、こういうのを「落ち込んでいる」というのか。まあいいや。別にウェブが悪いというわけでない話だ。
ウェブの方も「そうか」と言って気にしていない風だ。
「それにしても、外の霧、晴れませんね。」
自室の窓から外を見る。ミルクの中でおぼれたみたいな風景。
「これは、やっぱり魔術なんですかね。」
「そうなのか。」
この島に、こんな深い霧が出るなんて聞いたことがない。そんなわけで、いつもの休日のように外に出ようと思ったんだけど、予定を変えて部屋に引きこもることにしたんだった。
そうしたらウェブが尋ねてきて、というわけだ。そうしたらどういう風の吹き回しか、今更この『戦争』について聞かれた。
さて、私の部屋は、例えばクアのように、人をもてなすようにはできていない。そもそも私はあまり他人をもてなすタイプじゃない。さらに言えばウェブも話を膨らませるタイプではない。
結果として生まれるのは沈黙。しかも、かなり気まずい奴だ。
「そ、そうだ。外でも歩きましょう。魔術かどうか確かめに。」
「そんなことができるのか。」
「たぶん。魔術だとしたら結界の類だと思いますから。」
仮面の準備をして、外に出る。振り向けば、ウェブもついて来ている。
*****
外にでると空気は水っぽく、それに妙に明るい。そのくせ見えるのは白い霧に霞んだ木の幹だけ。こんな中で普通に歩くのは自殺行為に思える。
「うーん…。」
この辺は霧が流れてきているだけのようで、うまいこと魔力が読めない。
あるいは本当に単なる霧なのか。
「ウェブ、離れないでついてきてくださいね。」
「ああ。」
考えてみればウェブについてきてもらう意味もないのだけど、まあいいか。
霧に対しては、まあ相性がいい方だ。
「映せ《fadic》。光れ《sodic》。足音を残せ《sovirg socons》。」
軽く何歩か足踏みをしてみる。うん。大丈夫そうだ。
ちょっと何歩か前に出てみて振り返る。うん、見える見える。これなら帰ってこれそうだ。
「便利なもんだな。」
「それじゃあ行きましょう。」
ウェブがこくりと頷く。
しばらく歩いてみて、不思議なことに気付いた。なんとなく、自分の足元が曲がっている気がする。
「ここは頭が痛くなるな。」
痛いというほどではないけど、確かに頭がはっきりしない。つまるところ、やっぱりこれは魔術魔法の類なのだろう。
目を閉じてじっくり集中する。読めた魔力は、『霧城王』のものだった。
深く息を吐く。どうも魔力を読むのは苦手だ。
「どうもこの霧は『霧城王』によるものみたい。」
「なるほど。」
だからどうということはない。まあ、あえて言うなら「異常なし」ということだ。
「ともあれ、それじゃあ帰りましょうか。」
ウェブの方を見ると、ウェブは何かに気を取られているようだった。
「どうしたんですか?」
「誰かいる。」
ウェブは頭を抑えながら、あさっての方向を見ているようだった。
「誰が…?」
「分からん。が、知らん奴だ。」
その言葉を聞いてほうきを構える。まさか、その侵入者が原因で魔術が発動したとか…?
恐る恐るウェブの向いている方に足を向けると、やがて人影が見える。
影が見えたところでウェブが一気に距離をつめ取り押さえた。
「う、ウェ……。」
名前を出しかけて、やめた。危なかった。
暴れているが、どうも小柄な女性のようで、ウェブから逃げられそうにない。
「暴れる雄馬を抑えるように――。」
あ、魔法だ!
「うぇ……」
声をかけようとしたところで、ウェブが相手の頭を思い切り地面に打ち付けた。あ、そんな。
幸い、下は土だったからか、額は割れていないようだった。
と、いうか。
「『涙まじりの蛇女』!?」
その名前はよく知った名前だった。
が、
名前を呼ばれた『涙まじりの蛇女』は、やたらとこちらを睨みつけてきている。
「お前たちが……。」
「はい?」
「お前たちがデギンスを……。」
デギンス?誰?
そもそも彼女は私のことを分かってない?ってそれは当たり前か。その為に二つ名 だって変えてるんだし。
一応この仮面にもそういった魔術が掛けられているらしいし。
「そのデギンス?さんという方のことは知りませんが、これ以上近付くことは禁じられているはずです。」
「そうなのか?」
ウェブがすっとんきょうな声を上げるけど、本当のことだ。
「うるさい!知らないなんて言わせない!お前たちがあの人を殺したんだ!」
どうも興奮状態にあるようだ。このまま話していてもらちが明かない。
とはいえどうしようか。
このまま解放しても素直に帰るとは思えないし、だからといって屋敷に連れて帰るのもどうなんだろう。
いや、でもこの霧が『涙まじりの蛇女』のせいだったら、報告をしないわけにもいかないだろう。いや、報告だけなら本人はいらないか。
「その女は味方です。離しなさい。」
あえて毅然とした態度でウェブに命じる。ウェブは素直に彼女を離した。
「そちらも、何かの欺瞞にやられているようですね。一度戻って落ち着くことをお勧めします。」
そうして、元の足跡に沿って屋敷に戻ることにした。
*****
屋敷に戻るなり、ひとまず事の顛末を『霧城王』に伝える。
「ほう。ご苦労だった。」
「あの……『涙まじりの蛇女』は、やはり罰せられるのでしょうか。」
『霧城王』は背もたれに自分の身をどっさりと預ける。
「いや、霧の中でさまようだけならば、罰することもあるまい。」
「あの霧を発動させたのは……?」
「ん?ああ、あれは最近森の獣がここらにも出るようだから掛けただけで、その女は関係ない。ただ、もし仮にその女が霧を抜けこちら側に現れようものなら、その時はその時だな。」
そう。そうよね。でもあのまま帰ってくれていれば、特に何も起きないというのだから。彼女を信じよう。
「その女は知り合いなのか。」
「ええ、まあ。数少ない同年代の魔法使いでしたし。」
『霧城王』は鼻を鳴らした。
「まあ、そういうこともある。」
「ところで、彼女の話していたことなのですが、真実なのでしょうか。」
仮面の男が彼女の恐らく大事な人、ファクスパーナの魔女を殺したという話。気にならないわけがない。しかし、
「それがお前たちの任務に関係があるのか?」
「……いえ。すみません。」
後追いを許さないようなはっきりとした拒絶。というかもはや「聞くな」という命令に近い。
でも、それって裏を返せば、『涙まじりの蛇女』の話は本当ってこと……?
*****
部屋を出ると、ウェブが迎えてくれた。
「あの男は何と?」
「今のうちは問題ないと。ただ、こちらに来れば別の話だそうです。」
「そうか。良かったな。」
まあ、とりあえずはその通りだ。
しかしながら、いやな予感がする。
そう思ったとたん。
「いやあーーー!」
女の人の声が響いた。
「ウェブ、仮面を!」
今は第二小隊がいない。きっとレーレの声だ。そして、あんな声を出すんだから、外から人が。
と、自室に急ごうとしたところでウェブに腕を掴まれた。
「無意味だ。どの道レーレの顔は見られているはずだ。行くぞ!」
「え?きゃっ。」
そのまま担がれて声の聞こえた方に駆けて行った。
――分かってはいたけど、玄関ホールには『涙まじりの蛇女』がいた。赤い水たまりの中に倒れこみながら、片腕を無くしたレーレと取っ組み合っている。
「レーレ!『涙まじりの蛇女』!」
二人に声をかけてみたけど、反応したのはレーレだけだった。
眉間にしわを寄せながら、なんとか片手で『涙まじりの蛇女』を抑えつつもこちらに視線を向けた。
「あ、ユノちゃん。ごめん、あと、頼むね。結構痛くて。」
苦しそうにそうつぶやいたところで、レーレは水たまりとともに光の粒に消えた。
「ウェブ!」
声をかけるが先か、ウェブは取っ組み合いの相手がいなくなってよろけた『涙まじりの蛇女』を、思い切り蹴り飛ばす。
二転、三転、四回転したところで『涙まじりの蛇女』はうずくまり、ウェブがその背中にのしかかった。
「いざ燃え盛れ我が体――。」
『涙まじりの蛇女』が痛みに歪んだ顔のまま口を動かす。詠唱だ!
「口を!」
ウェブは『涙まじりの蛇女』の髪の付け根を掴み、そのまま床に叩き下ろす。
思わず顔をそむけてしまう。視線を戻すと、『涙まじりの蛇女』は糸が切れたように体から力が感じられなくなった。床にべったりこすりつけられた顔の辺りから、赤い血がゆっくりと浸食し始める。
「……生きて、ます?」
「そのはずだ。加減はした。」
……正直信じられない。が、確かによく見ると呼吸はしているように見える。
「それで、どうする。」
どうする、と言われても。
「報告するしかない、ですよね……。」
目を地面に向ける。
でも、『涙まじりの蛇女』は私に気付いていないようだった。
「ひょっとすると、興奮状態で私たちの顔を覚えるほど見てないかも。」
「そういえばあの男はこの女を許すのか?」
それはないだろう。屋敷に立ち入られ、召喚獣とはいえレーレがやられた。それでお咎めなしなわけがない。
と、仮面を付けたトリがやって来た。
もう、どうしようもないな。
*****
私達は念のため仮面を取りに一度自室に戻り、トリに魔力封印を施された『涙まじりの蛇女』を連れて『霧城王』の部屋に戻った。
「その女は。」
私たちが部屋に入るなり、『霧城王』が『涙まじりの蛇女』を睨みつける。
「侵入者です。魔力封印及び声奪は行っています。」
「何をされた。」
「私の召喚獣がやられました。玄関ホールで取り押さえたので、おそらくそれ以外には何も。」
トリが全部答えてくれて正直ありがたいが、あまりにも客観的だ。
『霧城王』は鼻を鳴らして答えた。
「お前の召喚獣は?」
「まだ召喚はできません。」
「それならコレから直接聞くしかあるまい。」
『涙まじりの蛇女』が『霧城王』をキッと睨みつけるが、『霧城王』に動じた様子はない。
「おい、どうやって霧を抜けた。」
『涙まじりの蛇女』はこちらを見て、馬鹿にするように笑った。
「あなたが部隊長?だったら部下の教育はちゃんとした方がいいわよ。」
「質問に答えろ。」
「霧の中であった仮面が足跡を残していたわ。それを追ってきた。」
え、それって。
「ご丁寧に光らせてまでくれたわ。まるで『私を追って』なんて言ってるみたいにね。」
足に感覚がない。思わずよろけて後ろに下がってしまう。
「黙らせろ。」
『涙まじりの蛇女』は何やらまだ話していたようだが、トリが手をかざすと、ただの風音のようになった。
私を責める、息づかい。
「おい。」
あなたのおかげで、こうなった。
「ユノ。」
わたしのせいで、この子は。
「おい!」
わき腹に刺激が走る。ウェブが肘でつついたようだ。
「ユノ、本日の状況を話せ。」
「あ、え、は、はい。」
今朝からの話を伝える。話を聞いた『霧城王』は、ため息を一つついた。
「『一羽飛雁』ユノ。」
「はい。」
「この者を処分しろ。」
口を開くが、声が出ない。処分って、つまり。
「聞こえなかったか。殺せと言ったのだ。」
『涙まじりの蛇女』はトリに抑えられながらも暴れているようだった。
「なんだ。お前は俺たちを殺しに来たのではないのか。その程度の覚悟でやって来たのか。」
それで、『涙まじりの蛇女』は睨むだけになった。
『霧城王』は今度はこちらを見た。
「やれ。」
「で、ですが。」
でも、その後の言葉が出ない。と、トリがそっと耳打ちしてくる。
「中隊長殿は貴女をお疑いだ。自らの意思で手引きをしたのだと。」
トリの方を見る。そんな。
でも。
私は仮面を抑える。呼吸が浅い。視界が歪んでいる。
目をつぶってウェブと視界を繋ぐ。私が見える。あまりに小さい、私。
口を動かすと、目の前の私の口もうごいた。
「ウェブ。」
視界が動き、私の代わりに『涙まじりの蛇女』が視界に映る。だんだんと『涙まじりの蛇女』が近づいていく。
トリの代わりに、視界の外から手が伸びる。そしてその手が『涙まじりの蛇女』の頭を掴む。
「お願い、します。」
視界が黒くなる。
鈍い、音が響いた。
*****
今日の残りは一日中自分のベッドの中にいた。
*****
翌日 アルフィール環島 中心島 顔無し中隊休眠所
頭が痛い。とはいえ、泣き言は言っていられない。
いつものパターンだと、休みは一日だけ。今日は出動があるはずだ。
寝起きで頭が痛いのは、水を飲めば何とかなるだろう。そう思って食堂に行くと、第二中隊の人たちが食事をとっていた。
「あら、ユノじゃないですか。どうしたのです?こんな時間に。」
いとこ弟子であるスィーが挨拶をしてくれる。頭頂部の耳が揺れている。
「スィー、おはようございます。あの、第一小隊のみんなは。」
「もう出撃されましたけど。」
え?
目をぱち、ぱちとしばたいた。スィーが怪訝そうな顔でこちらを見ている。
「あのあの、大丈夫ですか?」
あれ、あたまがうまくはたらかない。
「スィー、先に食事を済ませよう。」
スィーは第二小隊長の声に返事をして、こちらを見ながらも席に戻っていった。
水を飲んで心臓を落ち着かせる。そうだ、ウェブはどうだろう。
目をつぶって視界を繋ごうとする。……ダメだ、何も見えない。
それほど遠くにいるのか、実は単に寝ているだけだとか。
『ウェブ、ウェブ。聞こえますか。』
念を送ってみるけど、届いている気がしない。
どうしよう。ひとまずほうきをもって外に飛んでみようか。
「無駄だと思うぞ。」
食堂の外にでようとすると、シエが声をかけてきた。
「……何がですか。」
「この霧の外にでるには、中隊長の許可がいる。そうでなければ、霧の中をさまよい続けるだけだ。」
そうか。外を確認していなかったが、霧はまだ出ているのか。
そうなると、どうしよう。
中隊長のところに行くのがいいか。
「何度も来るとは、お前は俺が好きなのか。」
部屋に行くなり『霧城王 』はそんなことを言った。
もしかして、冗談?
『霧城王 』が咳ばらいをひとつ打つ。
「忘れろ。それで、何の用だ。」
「何故私を除いて第一小隊を出撃させたのですか。」
「特別休暇だ。」
口を動かすが、うまく言葉が出ない。一度長く息を吐いて落ち着かせる。
「ウェブは。召喚士無しで動かしているのですか?」
「そうだ。遅くないうちに手元に戻ってくるだろう。」
と、実際にウェブがカードに戻って来た。
『霧城王 』が懐から時計とやらを出し、ふたを開ける。
「ふん、やはり召喚士無しではまあこんなものか。」
そして時計をしまい、こちらを見る。
「それだけか。」
つばを飲み込んで、昨日もした質問を繰り返す。
「……『涙まじりの蛇女』の話は本当なのですか。」
『霧城王 』は息をついた。まるでまたかと言わんばかりだ。
「それがお前たちの任務に関係があるのか?」
そう言われれば、そうだ。でも、もう分かっている話じゃないか。
簡単な話、『涙まじりの蛇女』を殺させたんだ。彼女の言う男だって殺させてもおかしくないじゃないか。
「本当なのですね。」
『霧城王』はまたため息をひとつ。
「そうだ。これで満足か。」
ぐ、と言葉に詰まる。
「なぜ、ですか。」
「何故?おかしなことを聞くな。ここは軍隊だ。軍規を犯せば罰せられる。当然だろう。」
それは……そうだ。だから『涙まじりの蛇女』だって。でも。
「でも、味方なんじゃ。」
「味方だからなんだ。味方ならば作戦の邪魔をしていてもいいというのか。味方ならば、戦争を一年長引かせていたとしても、見逃すべきだとでもいうのか。」
『霧城王』は淡々と、しかしまくし立てるように話す。
もしかすると、怒らせたのかもしれない。
「理解したか。」
「……はい。」
「復唱しろ。理解したか。」
「理解しました。」
『霧城王』は、満足したように、椅子に深く座りなおした。
「あの、最後にもう一つだけよろしいでしょうか。」
「なんだ。」
「私たちの目的は何ですか。」
またため息をひとつついて、まっすぐにこちらを見る。
「魔女の安寧と平穏だ。」
*****
理解と納得が別物であることを、初めて知った。
戦争と戦闘の違いも、多分まだ分かってないかもしれない。
一番わからないのは、どうして私なのか。
何で私なんかが、こんな何もわかっていない私が小隊長なのだろう。
なんとなく自分の部屋にも帰れず、食堂の隅でお湯をすすりながら考える。
トリは当然としても、きっとディーの方が私よりもその辺りの線引きがうまい、と思う。そうでなくてもディーの方が頭も回ると思うし。
クアだって私とは知識も発想も違う。
私なんて、ただみんなが言ったことにうなずくくらいしかしてないと思う。
現に小隊長だというのにこうやって置いてけぼりにされているわけだし。
机に突っ伏していたら、ポンと肩に手が置かれた。
見ると、シエの土人形の仕業らしい。慰めてくれてる、のかな。
でも、この子達がいなかったら私たちの食事もないわけで。
「はぁ~。」
何たる無能。何たる力不足。
結局のところ私にはウェブがいないと何でもない、ってわけなのよね。
目の前にコップが置かれる。
顔をあげたら、クアが自分のコップをもって首をかしげている。
「……ありがとうございます。」
お茶を一口飲む。なんだか暖かいのに口がすっきりする。不思議だ。
「大丈夫?」
「あ、はい。もう大丈夫です。」
そういえば私はどういう名目でお休みになったんだろう。素直に体調不良なのだろうか。
「ところで、ディーとトリは?」
「二人は報告。」
報告とは珍しい。いや、報告が珍しいというか、ディーが報告、というのが。まあ、私がいないんだから、順を追ってディーが出ているんだろう。
勢いよく扉が開かれる。姿を現したのはレーレだった。
「ここかぁ、ユノちゃん、クアちゃん。」
レーレは息を切らした、といった風だ。
「どうしました?」
「あの、二人を呼ぶようにって、トリが。あ、仮面を付けてだそうです。」
トリが?クアと顔を見合わせて、首をひねる。
*****
この二日で四度目の中隊長室。『霧城王』の冗談じゃないけど、変な気分だ。
レーレに連れられたところ、ディーとトリ、それにエケー。あとは知らない男女。
「お前たちの召喚獣は。」
「あ、は、はい。」
慌てて召喚する。ウェブは召喚されると必ず周りを見渡す。
「何があった。」
「……さあ。」
そう。私は何も知らない。というかこの人たちは誰?なんだか、見てるといやな感じがする。
まあ、何はともあれクアの方もレリースを召喚して第一小隊集合。そうして『霧城王』が話し始めた。
「さて、今回の第一小隊の働きも見事だった。が、一つ、面倒ごとを抱え込んできたな。」
「申し訳ありません。」
トリが姿勢を変えずに謝る。
「ふん。まあいい。で?事を知らぬものが二人はいるだろう。もう一度話せ。」
「は。」
そうして話すトリの言葉によると、どうもこの二人は作戦中にとった捕虜らしい。
「片方は自称魔工学者、もう片方は魔女です。」
はっとして魔力を読む。『なき虫ヒヨドリ』。二つ名もなんだかやな感じだ。と、女の方がなんだかよく分からないけれど拘束されたまま暴れ出した。
「話させろ。」
トリが女に手を当てると、その名の通り甲高い声で鳴き出した。
「『自称』なんかじゃない!マモルはもう立派な――。」
「黙らせろ!」
苛立ち気味の『霧城王』の声に、再度トリが女に触れ、耳障りな音は無くなった。
「……おい、男の方は大丈夫だろうな。」
「ええ。連れてきたところでは、そのはずです。」
女の方は拘束がなければトリに食いつきそうな感じだ。鳥というか、狂犬みたいだ。
トリは男の方に触れた。
「話せ。」
「……何をお話ししましょう。ええと、あ、そうだ。僕はマキグサ。マキグサマモルと言います。こちらはアクェーミュン。」
*****
アルフィール環島 中心島 顔無し中隊休眠所 第一小隊長室
話によると、マモル(こちらが名前らしい)はコビルガの共和国連邦にある、何とかっていうところで働いている学者らしい。それで、奥さん?のアクエ……さんの出兵命令の付き添いで第三島に居たらしい。
「まあ、実際のところはメカニックです。魔術回路のメンテナンス補助や回路兵器――つまるところ、魔術回路を利用した兵器の点検が主な仕事でした。」
それで、なんで捕虜になったのか、というと。
「要は死にたくなかったんですよ。」
マモルはへらへらとそう言うが、私が聞きたいのはトリがなぜ捕虜なんて取ったのか、ということだ。
敵の全てを殺せと命じられていたはずなのに。
で、
私の殺風景な部屋に三人。一人はウェブ。これはまあいい。まあそろそろ帰ってもらってもいい時間だけど。
もう一人は例の『なき虫ヒヨドリ』。今は魔力封印が施されているだけ。幸いにも今は静かにしてくれている。というか、こうやって静かにしているところを見ると、ひょっとすると良い所で教育を受けた子なのかもしれない。
まあ、それまでがなんであれ今は「狂犬」だ。油断は出来まい。
私もウェブも仮面はもう外している。これはつまり、戦争が終わるまでこの子を外に出す気はない、ということなんだろう。しかしながらそれでいいんだろうか。
「なんですか。」
「あ、いえ。えーっと。」
「アキでいい。」
なるほど。正直助かる。というか、
「さっきマモル?さんがおっしゃってたのって本名ですか?」
「そうだけど。」
えーと、それって。
「大丈夫なんですか?」
私とアキは一緒に首をひねる。
なんだか話がかみ合っていない。
そんなところでウェブが立ち上がった。
「俺は戻る。何かあったら呼んでくれ。」
「あ、はい。」
そして、入口の所で立ち止まる。
「今日分かったが、俺にはお前が必要だ。」
ニ三、まばたきをする。は、え?
ウェブは何も付け加えずに出て行った。
沸騰するように頭が熱くなる。
え?何?どうした?
「あの人とどういう関係なの?恋人?」
「こっ。」
ダメだ。倒れそう。
水を飲んだら落ち着いた。
あれは、きっとあれだ。さっさと帰還することになっちゃったことを言ってるんだろう。
多分戦場で何かあったか。まあそんなところで、他意はない。無いったらない。
だってあのウェブだし。
「で、どういう関係?」
気づいたらアキが顔を覗き込んでいた。
「う、うわあ!」
慌てて数歩下がる。思わずコップを落としそうになる。
「あ、あなたの立場分かってるんですか!?」
と、アキの顔を見るとすごく落ち込んだような顔をしている。
「ご、ごめんなさい。あの、人の距離感とか分からなくて。」
……拍子抜けというか、さっきの中隊長室での元気はどこに行ったんだろう。
私はため息をついた。
「……どのような関係か、ということは伝えられませんよ。敵に情報を渡すほど馬鹿じゃありません。」
「あなたが話しちゃいけないことは多分知ってる。あの人、召喚獣なんでしょ。」
アキは椅子に座った。
アキの顔を見るけど、特別なことをしたつもりはないかのようだった。
「あれ?マモルが言ってたんだけど。違ったのかなぁ。異世界から人を呼んで召喚獣にしたって。」
「どうして!」
言ったところで慌てて口に手をやる。しまった。これじゃあ正しいって言ったのと同じじゃないか。
「やっぱり。流石マモル。」
なるほど。トリが殺さなかった理由がなんとなく分かった気がする。つまり、その頭脳を買われたというわけか。
「あ、えっと。実は私達も異世界人なの。」
少し、驚いた。でもまあ、あっちでは発展のための知識を異世界に頼ったという話も聞いたし、異世界人というのもあちらではそれほど珍しい話ではないのかもしれない。
「それで、ちょっと嫌な目にあってて……。でも、ここはそういうわけじゃなさそう。」
「そうでもない、と思う。」
と、ドアがバーンと開かれた。見るとレーレが立っていた。両手に何かを持っている。
「夕食持ってきましたよー!」
目をぱちくり。今日はなんだかこんなのばかりだ。
*****
ひとまず持ってきてもらったご飯を食べる。うん。ご飯は美味しい。
「そういえば、名前は何て言うの?」
アキが尋ねる。そういえば言ってなかった。けど言ってもいいのだろうか。
「私はレーレですー。こっちはユノちゃん。」
と思ったらもうレーレが言ってた。まあ、名前くらいはいいか。
「レーレさんにユノさん。私はアクェーミュン。アキって呼んで。」
「アキちゃんですね。了解です!」
レーレはまあいつもの通りといえばいつもの通りだけど。これで良いのだろうか。
レーレはさっと食事を済ませて、アキを質問攻めにしている。
「それで、そのマモル?とは、どうやってあったんですか?」
アキはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりにニッコリとしている。
「マモルはね。私を助けてくれたの。」
かいつまんで言うと、なんでもマモルはアキと同じ時期にこの世界に召喚され、アキと同じように実験体として利用されることになったとか。
「でも、そこからマモルは逃げ出したの。危険を犯して、私を連れて。」
「へー、なんだか物語の主人公みたいですね。」
「でしょー?」
しかし、正直ぱっとしない感じの人だと思ったし、まあ異世界人だとはいえ子供二人みたいに見えたけど、意外とやるらしい。
「でもなんというか、意外っすね。あの人そんなことできなさそうですし。」
レーレは、なんというか流石だ。
「ま、まあ確かに、ミルさんがいなかったら私もマモルもあそこにずっといることになってたと思うけど……。」
ミル……ミル。どこかで聞いたことがある気がする。
「ミルさんも魔女なんです?」
レーレの言葉にアキは頷きながらちょっと嫌な顔というか、でもやりきれないような顔になった。
「えっと、確かレミさんの弟子で、エレノラさんの妹?だったような。」
エレノラ?今エレノラって言った?
「エレノラって『|円卓の管理者《 バトレスオブラウンド》』のエレノラ?」
肩を掴んで尋ねる。
「え、と。たしか……。」
アキは自信なさげに頷いている。
力なく椅子に座る。あの人妹いたんだ……。じゃなくて。
「何で?」
「え?」
「何で『|円卓の管理者《 バトレスオブラウンド》』と知り合いなの?」
アキは困惑しているようだった。
「その、バトラララ?さんって誰なんです?」
レーレもよく分かっていない様子。まあ、そうか。
「『|円卓の管理者《 バトレスオブラウンド》』。ファクスパーナの、私たち側の魔女で、この顔無し中隊の生みの親ともいえる方です。この部隊の召喚士はその人に選ばれてるんですよ。……基本的には。」
私以外は。
「ん?でも、アキちゃんはソントララ……でしたっけ?の人なんですよね。」
アキはこくりと頷く。でも、
「ウソ、とか?」
「ウソじゃない!」
アキは立ち上がって首を振る。
そう。ウソとは思えない。聞いた話だけど、『|円卓の管理者《 バトレスオブラウンド》』はこの戦争が始まる前、一時期ソントララにいたと聞いた。自らの召喚士である魔法使いとともに。
その人の通称が、確かレミ。そして、その弟子として連れ帰ったのがミルだ。思い出した。
人物関係は合っているんだ。いや、そのミルが『|円卓の管理者《 バトレスオブラウンド》』の妹、というのはおかしいけれど。
でもそこの辺の齟齬具合が逆に真実味があるというか。
「ウソじゃ、無い。」
アキはなんだかプルプル震えて、ちょっと涙目だ。
「わ、分かりましたから。とりあえず落ち着いて?」
なだめて座らせる。
「ホントにほんとなんですか?」
レーレが耳打ちをしてくる。
「多分。」
これで嘘だったら大層な役者だ。
「あ、ありがとうございます。その、信じてもらえて。」
いやいやと手を振る。
「で、でも珍しいですよね。こっちの魔女と知り合いだなんて。」
「むしろ私お師匠様とその三人以外で、まともな魔女の知り合いはいないけど。」
「それ、本当なの?」
むしろそっちの方が疑わしい。だって、それじゃあ三人が帰った後は師匠以外の魔女を知らないということになっちゃう。
「あ、誰とも会ってないわけじゃないけど……。その、私たちの所、魔法使いはあまり良い扱いじゃなくて。私はお師匠様とマモルが守ってくれてるけど。」
分かるような話だけど、多分思っているのとは違うんだろう。
と、レーレがなぜか眉を下げてこっちを見ている。
「わ、私は大丈夫ですよ。」
「良かったぁ。わたしたちも、魔法使いって確かレミちゃんだけですよね。」
レーレは優しいんだなぁ。
「ま、まあ、そんなわけで私はあまりあの国に執着はないの。それに、仮に私が暴れたりしたら、多分マモルがひどい目に遭うと思うし。」
だから安心してというアキ。まあ、まあそうか。
「じゃあそのマモル?がここを出たいって言ったらどうするんです?」
「その時はここを出るけど……まあ、多分大丈夫。マモルも私と似たようなもんだし。」
いや、簡単に出るっていうけど。
この子、大丈夫かな。
三人で食後にお湯を飲む。うーん、お茶葉くらいは部屋に用意してもいいのかもしれないな。
「そういえば、向こうでいい扱いじゃないってどんな感じなんですか?」
ふと気になって聞いてみたけど、よく考えたらあまりいい質問じゃなかった。アキは微妙な顔つきになった。
「あ、えっと、答えたくなかったら答えなくていいから。」
アキは首を振った。
「さっきも言ったけど、私は守ってもらってるから。でも、言っていいのかな。」
う、そう言われると聞きたくなってしまう。ずるい。
というわけで聞いてしまった。
「簡単に言うと……魔力の供給源というか。魔術回路の維持にすっごい魔力が必要らしくて、その為に異世界の人を使ってたりもしてたんだけど、今はそれも出来なくて。だから魔術工学の役に立たなくて日常生活の役に持たたないような魔女はみんな魔力を魔術回路に供給する仕事をしているの。」
……なんというか、嫌な話だ。自由の欠片もない。
「まあ一応は仕事だから、お休みがあったり給料がもらえたりはするんだけど、あまり楽しくはないかな。」
「……でしょうね。」
「それって大変なんですか?なんだか楽ちんそうにも聞こえますけど。」
レーレはいつも無邪気だ。
「まあ、楽といえば楽だけど。うーん。」
私もなんと例えればいいものか。
「なんだろ。ずっと走るんだけど、一歩も進まないような感じというか。ただただ疲れるだけですぐに飽きるというか。」
「ふーん。」
これもあんまり伝わらない。
「でも、要するに私たちが負けたらユノちゃんはそんなことをしなきゃいけないわけなんだ。大変だね。」
う。他人事のように。まあ確かに他人事なわけだけど。
「そういえばレーレさんはどうしてこんなことやってるの?わざわざ好き好んで戦争なんかやらなくても。」
それは私も気になる。レーレは特に元々戦闘向きというわけでもなかったみたいだし。
レーレは顎に指をあてて考えている風。まさか何も考えてなかったわけじゃないよね。たぶんどこまで話せばいいかとか考えてるんだよね。
「うーん、なんでだっけ……。」
ん?
「あ、そうだそうだ。なんかなんでも願いを叶えてくれるっていうから。」
「その願いは?」
首をひねるレーレ。
本当ですか、レーレ。
「まあ、叶うころには決まってますよ。たぶん。」
私はアキと顔を見合わせて、そして笑った。
信じられない。レーレはどこか変わった人だと思ってたけど、ここまでとは。
「それ、どうなの?」
「でもまあ困ってたみたいでしたし、まあ死なないならいいかなーって。」
「ケガするのとか、人を殺すのとか怖くなかったんですか?」
「まあ生きていればそういうこともありますよね。ケガは痛みを消してもらえたりするんだから、むしろラッキーですよ。」
いや、その理屈はおかしい。普通の人は普通に生きてても人を殺したりはしない。はず。
あるいは、レーレのいた世界はそれが普通だったんだろうか。
ひょっとして、レーレは私の想像できる以上のすごい人生を生きていたのかもしれない。
*****
それから、私たちは他愛もない話をした。
味方だった『涙まじりの蛇女』を殺した次の日に、敵なはずの『なき虫ヒヨドリ』……アキとこんなにこやかに話すのはおかしいことかもしれない。
でも、おかげで少し心が和らいだのは確かだった・
「そういえば、アキちゃんはどこで休むんです?」
「ここの世話になるようにって言われたんだけど。」
そうだ。
「すみません、すぐにベッドを用意します。」
「えー、ずるい!私もここで寝ます!」
……そんなわけで、私達三人で寝ることになったのだった。まあ、狭い部屋ではないので構いはしないけど。
*****
アルフィール環島 中心島 顔無し中隊休眠所 作戦室
なんだかここに来るのも久しぶりな気がする。
久しぶり、といっても二日ぶりなんだけど。
今日はなんだか様子が違う。
捕虜の二人は別々に部屋に閉じ込め、作戦室には中隊の全員が集まっている。
そして何より。
目の前に立つ学園長、我らが『叡智』が口を開いた。
「皆の者、これまでの働き、良く耳に届いておる。」
誰も何も答えない。なんというか、そういう空気なのだ。
「そして今、千載一遇の好機を得た。我々は、この機を逃さず、この戦争に終焉を迎えんとする。」
戦争の終わり。『天と地を知る者』とまで言われる学園長がそれを口にするなら、正にそうなんだろう。
「この為に、貴様等には、初となる全体作戦を執り行う。詳しくは中隊長より説明があるだろう。」
学園長が、自らの持つ杖を地面に打ち立てる。
「この戦争を終える為、共和連邦の最高顧問、『希望』を討て。以上だ。」
おまけ
アルフィール環島 中心島 顔無し中隊休眠所 第二班長室前
ユノの部屋から出て少し歩くと、何やら扉に耳を当てているエケーとレリースがいた。
「どうしたのだ。」
「ああ、ウェブさん。」
レリースが口に指をあてて静かにというジェスチャーを行った。
どうもその扉は、トリの部屋の入口らしい。
「ここには例の捕虜がいるそうなので、何か話していないかと。」
「俺は入ればいいと思っているのだが、エケーが止める。」
「なるほど。」
俺としても、レリースと同感で中に入ればいいと思う。
ところで、こんな時に一番良そうなやつがいない。
「レーレはどうした。」
「彼女なら『女子会だ!』とか言ってユノさんのところに行ってましたよ。」
なるほど。単純にもう一方に行った、というだけか。
と、ドアが開いた。二人がよろける。
ドアからはトリが顔を出している。
「表で騒がれるのは難儀だね。中におはいりなさい。」
眉間にしわを寄せたトリに、レリースは舌打ちをして、エケーは苦笑いを浮かべた。
*****
アルフィール環島 中心島 顔無し中隊休眠所 第二班長室
部屋の中には、例の捕虜床に座っている。体つきを見るに、俺よりも若いように見えるが、これでもかなり年上だという。
ここに来てから、自分の年齢感覚が信じられなくなる。
「それで、私の召喚獣は?ああ、いや。分かった。」
よくよく見ると、捕虜は何やら陣の上に座っているようだった。
トリは、その場にあった椅子に座る。紙を巻いて指を鳴らすと、その他人数分も出てきた。
「どうぞ。」
「助かる。」
「すみません。」
「あ、僕もそろそろ椅子に座ってもいいですか?」
捕虜がトリに聞くと、トリがまた指を鳴らした。
「ああ、どうぞ。もう魔術も終わりました。」
「じゃあ失礼して。」
捕虜が座ったところで、トリがもう一つ指を鳴らすと、お茶が全員分出てきた。
便利な指だ。
捕虜……というか、マモルとやらは、実に落ち着いた様子でお茶を飲んでいる。
「それで、どうでしたか?」
「ええ、問題ないようですね。無駄に殺さずに済みそうで良かった。」
目の前で「殺す」などと言われても動揺をさほど見せないのは、このような場面に慣れているのか胆力があるのか。
あるいは単に現実のものとしてとらえていないか。
「私としてもいい話ですね。それで、よろしければお名前を伺いたいのですが。」
口を開こうとすると、エケーから肘を打たれた。
どうも軽々しく名のるな、ということらしい。
しかし、トリがさっと紹介していった。
「私はトリ、それで、こっちはウェブ、エケー、そしてレリースです。」
エケーの方を見ると、済まなさそうな顔をしている。まあ、構わないが、そもそも俺たちは顔も見せている。
「よろしくお願いします。それで、トリさん以外が異世界人、ということですか。」
「そうなりますね。そういえばマモルさんもそうだったんですよね。」
「だったというか、今もそうではありますけど。」
二人はどんどん話を進める。仕方がないからお茶を飲む。まあ俺は特に話したいことがあったわけではないから構わないが、二人は何かあったのではないのか。
「そういえば、あなたと共に来られた魔法使いですが、本当に奥方なのですか?」
と、マモルは急に顔を赤らめた。
「その様子ですと、新婚ですか。」
「ええ、まあ。まだ二年目で。」
何やらエケーの耳がぴくぴく反応している。
「トリさんは?失礼ですが、なかなかのお年に見えますが。」
「まあ、一応。ですがご存知の通り魔女は晩婚ですから。」
「ああ、そうでしたね。そちらのお三方は?」
レリースは軽く首を振った。エケーの方はなぜか過剰に否定している。
「えっと、ウェブさんは?」
「俺もいない。」
なぜかエケーとレリース、いやトリまでこっちを見る。
「なんだ。」
「いや、まあそうですね。奥さんですし。」
「うむ。」
「まあこれで奥方がいるという話になると非常にややこしいね。」
「何の話だ。」
そう聞くと、エケーとレリースがそっぽを向いた。なんだというんだ。
「いや、ここは私としてもはっきりと聞いておきたい。マモルさん、すみません。」
「え?ええ、お構いなく。」
トリは姿勢を正し、こちらに向きなおった。
なんとなくだが、身が引き締まる。
「ウェブギス。君は、小隊長のことをどう思っているんだ。」
「俺には必要な存在だ。」
ユノにも告げたことをそのまま告げる。
何やら周りが息を飲んでいる。
「それは、召喚獣として、ということか。」
「そうだ。今日分かった。おかしな話だが、ユノがいなければ、俺はユノを守れない。」
周りが息を吐いた。なんなのだ全く。
「そういうことではなく。そうですね。ユノに恋愛感情を持っているか、ということです。」
恋愛感情。要するに、ユノとつがいになる気があるか、ということか。
「何故そんなことを気に掛ける。」
「小隊のほぼ全員が気にかけているよ。」
なぜ、と聞いた答えになっていない気がする。まあいいか。
「考えたこともない。」
「では考えて。」
トリはなかなか引き下がらない。まあ考えてみよう。
ユノとつがいになる。ユノと共に、人助けに向かう。その後には、飯を共に食う。
あまり今と変わらない気もするが。
「まあ、悪くはない。」
またも周囲が息を飲んだ。
「そうか。なるほど。」
「それで、そうだとするとどうなのだ。」
「いえ、何も。」
周りを見るが、皆俺から顔をそむける。
唯一、マモルだけはこちらに目を向けた。
「えっと、おめでとうございます?」
……よく分からない。
その後、皆はマモルとの話に戻り、何やら小難しい話をしていた。
俺は何とも言いようのない心持になったのは、どうも質問の意図が分からなかったこと以外にもあるような気がするが、床についたところで気にせず寝た。