一 ユノとウェブギス・アッフェリア
アルフィール環島 中心島 森の中
手に持つほうきに力を込める。
お願い。届いて。誰か、私の声を聴いて。
足元にあった魔法陣が緑色に輝く。
「ゲートが開く。下がるがよい。」
『霧城王』の声を合図に二歩下がる。それでも、両手の力は抜けることはない。
どうか、開いて。私を救って。
三度目の正直っていうのは、どこの言葉だっけ。これに失敗すれば、私はもうこの場にはいられない。
あの『叡智』に認められたっていうのに、始めることすらできないなんて。
魔法陣から膜が浮かび上がる。不透明の、卵型の膜。この世界と別世界を繋ぐ、私達の頼みの綱。
その膜が、中心部から脈打つように波を立てる。この光景も三度目だ。
「お願い《qosciat》、誰か来て《qocongr suri miomo》。この膜が壊れる前に《sovirg qoxpano, nosoparat vantraramo》。」
願い、というかもはや祈りを込めて、ダメもとで魔法をかける。不規則だった波紋が多少安定した形になる。でも、その波はだんだんと大きくなっていく。
「魔法ではダメだ。陣を修正しろ。」
分かってる。でも、うまくいかない。焦れば焦るほど、ある場所を直しても別の場所が余計に歪んでいく。
その歪みに呼応するかのように、膜もだんだんと形を変えていく。
ダメ、もう弾ける。
お願い、誰でもいいから――。
そう思ったところで、急に風が起きた。
その風は膜を目とするように、渦巻に内側へと吹き荒れる。
「来るぞ。」
いよいよ風は強さを増し、押さえつけていないとローブが持っていかれそうになる。『霧城王』は、その大きな体でずっしりと構えているが、私なんかはすぐに飛んで行ってしまいそうになる。
もう足元もおぼつかないと思ったところで、急に風はないだ。しかし、ほっとするのも束の間、今度は全く逆向きに、つまり外側に向かって風が吹き荒れる。
そして膜が透明な輝きを見せる。澄んだ色としか言えないその光が一つ所に集まっていき、やがて人型となって大きな男の人の形をとった。
私よりも頭一つ分は大きいだろうその男の人は、二本の足でしっかりと立ち、きょろきょろしたと思ったら私を見下ろしてきた。
「助けを呼んだのは、お前か。」
見た目通りの低い声。その人は倒れもせずこちらをじっと見つめてくる。
「え、えと、はい。あの、多分。」
助けてって思っていたけど、声に出したつもりは無かった。
「そうか、なるほど。泣いてはいないんだな。良かった。」
それだけ言ってにっこりと笑ったと思ったら、その人はそのまま仰向けに倒れた。
「え、ええ?あの、」
その人は目をつぶったまま微動だにしない。慌てて駆け寄って体に触ろうとしたところで『霧城王』に止められた。
「落ち着け。召喚の影響による眩暈だ。」
そうだった。なんだかしっかり立っていたから忘れていた。異世界から召喚された人はこんな風にすぐに気を失ってしまうんだった。
一息ついたところで、へたりと座り込んだらそのまま腰が抜けてしまった。
そんな私を尻目に、『霧城王』は周囲の人に大男を運ぶよう指示を出していた。
そっか、成功したんだ。
何かを終えられた気分だけど、これは始まり、なんだよね。
*****
石造りの屋敷の一室で、『彼」が目覚めるのを待つ。終わりの見えない階段を上り続けるような気分。『彼』が目覚めても、首を縦に振らなければ、私はまたチャンスを逃す。濡れタオルを絞る手に自然と力が入る。これ以上は絞り過ぎか。
『霧城王』は私のことを「運がいい」と評した。でも、それはこの人がぎりぎりに現れたことに対してなのか、それともこの人が発した言葉についてなのか、はっきりしない。そもそも、ゲートをくぐった時は普通意識がもうろうとしていると聞いた。私のことも、誰かと勘違いしているのかもしれない。
そうか、きっと私の事を元の世界の誰か、たとえば、そう。好きな人と勘違いして、あんな顔を浮かべたんだ。だからこんな所にいる場合じゃないって言って元の世界に帰りたがるんだろう。
長いため息一つ。どうして私、やるなんて言ったんだろう。
そうこうしているうちに上半身を拭き終えた。はだけさせた服を戻し、下半身に目をやる。
やっぱり、ここもやらないとだよね。
またため息一つ。私がもっといろんなことに魔法を使えたら。というか、清めの魔術ぐらい用意するのは造作もないはずなのに。
「おい。」
声が聞こえた。入口の方を見ても誰もいない。きっと空耳だろう。低い声だったから本が落ちた音を聞き間違えたのかもしれない。
「こっちだ。」
聞き間違いじゃないようだ。目の前の男の顔を見ると、大きな目玉が二つ、こっちをしっかりと捉えていた。
「はははははい!」
思わず持っていた濡れタオルを落としそうになった。
「何をため息をつくことがあった。」
「へ?あ、いえ。ちょっと思うところが…。」
「そうか。」
『彼』はのそりと上半身を上げ、周りを見渡す。
「ここはどこだ。」
「ここは、休眠所です。」
「そうか。」
『彼』は服を整えなおし、のそりと立ち上がる。おっきい。見上げないと目を見れないほどだ。
「動くな。」
今度は入口の方から、聞いた声が聞こえてきた。『霧城王』だ。
「む、動かん。」
『彼』は微動だにしないまま、多分事実をそのまま口にした。
「この私が動くなと言ったのだ。当然のことだろう。さて、一羽飛雁。」
『霧城王』は自信満々といった表情でこちらに近づいてくる。が、すぐに眉間にしわを寄せた。
「お前のことだ、聞いてるのか。」
「へ?あ、はい。一羽飛雁です。」
忘れていた。私の二つ名はそんなだった。
「すみません。まだ慣れてなくて。」
「まあ、気持ちは分かる。何度目の改名だった。」
「二度目です。」
『霧城王』は納得したように何度もうなずく。
「しかし、それでも慣れてもらわねば困る。我々はこれからその名によって区別されるのだから。」
『霧城王』は、そのまま私と『彼』との間に立ち、『彼』を見上げる。
「名は。」
「ウェブギス。ウェブギス・アッフェリアだ。お前が彼女のため息の原因か。」
『霧城王』がこっちを見てくるので、慌てて首を振る。そんなわけはない。全く関係ないともいえないけど。
「違うらしい。私は『霧城王』。彼女はユノだ。」
「さっきは一羽飛雁と。」
「それは通称だ。あまり気にするな。」
「分かった。」
『彼』――ウェブギスは、なんというか、素直だった。
「それで、どうしたら俺は動けるようになる。」
「ああ、忘れていた。」
と、急に力を抜いたみたいにウェブギスの上半身が沈み込む。それをぎゅっと止めて姿勢を正して手をぐっぱと握る。
「さて。」
『霧城王』が声を出すと、ウェブギスも『霧城王』の方に視線を向ける。
「貴様には、一つの事実を告げねばならない。ここは、貴様の知る世界とは違う、いわゆる異世界だ。」
「そうか。」
ウェブギスの表情に変化はない。
「……もっと驚いてもいいのだぞ。」
「いや、大したことはない。異国のようなものだろう。」
なんと豪胆な。何も考えていないだけかもしれないけど。
「まあいい。そして、我々は今戦争を行っている。貴様にはぜひとも我々に助力して欲しい。見たところ、何かしらの武術をやっていたようだしな。」
すごい。いろいろと説明を端折った。私だからって、適当やってないだろうかこの人。
「我々が勝ったあかつきには、その功に応じて願いをかなえよう。富も人も、帰る道も。我々ができることであれば何でもやろう。」
「もし、断れば。」
「元の世界に帰そう。と、言いたいところだが。」
『霧城王』がこちらに視線を向ける。
「ユノの魔術が不完全だったゆえ、帰るにしても少し待ってもらう必要がある。」
うう、やっぱりゲートは閉じてしまっていたのか。
ウェブギスは顎に手を当てて考えている様子だ。
「ユノ。」
「は、はい。」
こっちの名前もまだ呼ばれ慣れてないけど、流石に紹介された後ならすぐに返事できる。
「俺を呼んだのはお前か。」
「えと、はい。」
「そうか。お前は、どう思う。」
「わ、私ですか?」
何でこの人は私なんかに聞くんだろう。まあ、でも、
「残って、欲しいです。」
当然の話だ。私は、私を選んでくれたあの方の為にも、私ができるってことを証明しなくちゃいけない。
「そうか。分かった。」
ウェブギスは『霧城王』の方に向き直り、宣言した。
「俺はお前らを手伝おう。」
この人、やっぱり何も考えてないんじゃないだろうか。
『霧城王』はその宣言に薄気味悪くニヤついた。
「そうか。歓迎しよう。ウェブギス・アッフェリア。」
「あ、あの。もっといろいろ確認しないでいいんですか?その、どうやって戦うかとか。」
口を挟むと、『霧城王』に顔をぐっと掴まれた。
「お前はこいつを返したいのか。大馬鹿者。」
「あ、いえ。そういうわけでは。」
でも、なんかだましている気分だ。
*****
私たちは、屋敷の地下室に移った。ここに移る理由は、「雰囲気が出るから」だそうだ。私もローブ姿に着替えている。
「さて、ウェブギス。貴様にはこれから召喚獣になってもらう。」
ウェブギスは顔をしかめた。
「それは、何だ?」
「人の形をした、人ならざるものだ。この女、ユノのものとなって、不死と魔法の力を得る。」
間違ってない。間違ってないけど、あまりにも端的に言い過ぎではないだろうか。
「魔法……さっきも魔術と言っていたが、お前たちは魔法を使えるのか。」
『霧城王』が少し驚いた顔をした。まあ、今更感のある質問だ。
「そうだ。私とユノ、そしてこれからお前が出逢う大半の味方は魔女であり、魔法や魔術を使う。そしてお前は召喚獣になることでその力の一端を得るのだ。」
ウェブギスは鼻を鳴らしたかと思ったら、何度もうなずいた。
「分かった。俺は何をすればいい。」
……なんというか、スムーズすぎてなんか怪しい気持ちになって来た。スパイか何かじゃないのか、この人。
「あの、ほんとに大丈夫ですかね……。」
私のつぶやきは全員に無視された。
「それでは、ユノに忠誠を示せ。お前がすべきことは、この女に自らを渡す決意と、その証だ。」
「なるほど。」
ウェブギスは私の前にひざまずいて、私の右手をとった。ごつごつした手。大きく、包み込むような両手。
そのまま、自分の額に私の手の甲を当てる。
「私はあなたの幸福のしもべとなろう。あなたの幸福のために命をも捧げ、その為のいかなる命令にも、私は従おう。」
呟くように、しかしはっきりとウェブギスの低い声が地下室に響く。
「始めろ、一羽飛雁。」
『霧城王』の声にうなずいて、微動だにもしないウェブギスに声をかける。
「これから、あなたの体を魔力体に再構成します。その過程で体が消えますが、驚かないでください。」
「問題ない。」
眉一つ動かさないでウェブギスが頷いた。
私は何度か深く呼吸をして、心を決める。
「汝、我が求めに応じよ。汝が魔、我と交わりて一つとなるべし。我は汝、汝は我なり。」
呪文を唱えると、ウェブギスの体がどんどん澄んだ光に変わっていく。
やっぱりネズミやウサギとは魔力量が段違いだ。気を抜けば、その瞬間に雲散霧消させてしまいそうだ。
「くぅ、ん。」
それでも、何とか一つにまとめる。こんなことで失敗してられない。失敗すれば、人が一人死んじゃうんだ。
「んん……。」
何とかウェブギスの体が全部消えるまでは耐えた。後は、カードにするだけだ。
大丈夫、練習では何度も成功したんだ。
そう考えても、思い出すのは失敗したときのことだった。
駄目だ、ダメだ、だめだ。
「おい。」
『霧城王』に声をかけられて、はっとした。見上げれば、大きな光球が落ちてきている。
そのまま、私は光の中に包まれた。
声が聞こえる。
誰かの声。助けを呼ぶ声。悲しみにくれる声。
――その中には、私の声も混じっていた。
そして一緒に流れてくる怒りの感情。何をそんなに怒っているの?
どうして、そこまで叫んでいるの?
まるで悲しい声をかき消そうとするように。
私はもう一度、私をつつむ光の玉に意識を集中させる。
考えてみれば、光なら、私の得意分野だ。
「動いて《vamov》。集まって《facongr》。私の手の中に姿を現して《fadic suri mioqogloro》。」
光を私の魔力で包み込み、閉じ込める。そしてそのまま光を固め、目の前に持ってくる。
その光を両手で受け止めると、光の玉は実体となって、カードになった。
「成功……した。」
そのままその場にへたり込んだ。なんか、こんなのばっかりだな。
「まさか儀式の途中に魔法を使うなんてな。」
『霧城王』が私の肩に手を置いた。
「あ、すみません。ダメ……でした?」
『霧城王』は首を振った。
「驚いただけだ。……奴を召喚したら集合だ。私は先に行っている。」
ひとまず私が頷くと、『霧城王』は部屋を出て行った
召喚できるようになる前に、ちゃんと立てるようになるのかな……。
*****
ウェブギスを召喚したときの第一声は「なるほど」だった。
「あまり感覚的には変わらないんだな。」
「はあ、らしいですね。……そういうのって、普通先に聞いておきません。」
ウェブギスは強引に私を引き挙げた。
「聞いてもやることは変わらなかったからな。」
「なんですか?」
「お前を助けることだ。」
ウェブギスと目が合った。まばたきを二回。
「何で?」
「何でって……助けを求めただろう。」
まあ、そうと言えばそうだけど。
「私とウェブギスって、どこかで知り合ってました?」
「ウェブでいい。みんなそう呼ぶ。」
「あ、はい。」
「それで、ユノと会ったのは初めてだ。」
まあ、それはそうだよね。なんせウェブギス――ウェブは異世界人なわけだし。
「じゃあ、何で助けてってだけでそんな風に。」
「それが俺だからだ。」
あ、うん。はい。この、目の前で胸を張っている男は、要するに馬鹿なんだな。
私はそれ以上気にしないことにした。
「それじゃあ、これから行くところがあるのでついてきてください。」
「分かった。」
ウェブは素直に私の後ろをついて来た。楽は楽なんだけど、うーん。
*****
アルフィール環島 中心島 アカデミア
屋敷を出て、しばらく歩くと鐘のついた大きな建物が突然現れる。
「うおっ、なんだあれは。」
「アカデミアです。私たちの、まあ総司令部兼詰所ですね。」
戦争にかかわっている魔女の大半はアカデミアで暮らしているのだ。おかげで中庭とか前庭は菜園だったり家畜小屋になったりしている。
「アカデミアというと、学校か。こんな森の中にわざわざ建てたのか。」
「あ、いえ。本当は街中に建てられていたんですけど、この戦争で街ごと逃げてきて、建物だけ取り出したんです。」
ウェブが三つくらいはてなマークを浮かべた顔をしている。まあ、私もあまりよく分かってない。
「そういう魔術らしいです。本当はもうちょっとややこしいらしいですけど。」
「そうか、分かった。」
いや、絶対分かってないよね。まあ詳しく聞かれても困るし、いっか。
森を抜けて、前庭に差し掛かったところで、私は慌てて仮面をつけた。
「どうした、ユノ。」
「あ、そうだ。ウェブもこれを付けてください。」
危ない危ない。忘れるところだった。
「私たちは秘密の部隊なので、正体を隠さないといけないんです。特に、ウェブはここでは珍しい魔女じゃない人なので、気を付けるようにと。」
「あの『霧城王』とやらにはいいのか?」
「あの人は私たちの隊長です。」
ウェブはなるほどといった感じでうんうん頷いて、仮面をつけた。
「そういえばユノは魔女と言っていたが、魔法を使うところを見たことがないな。」
私はぎくりとした。
「いや、その内たくさん見れると思いますし、それに私の魔法は目立ってしまうので。」
「む、そうか。」
あ、ちょっと残念そう。そういうところもあるんだ。
「ちなみにどんな魔法なんだ?」
「えーっと、光の魔法です。いろいろ光を操ったりするので、ここではちょっと。」
「そうか。」
顔を隠している身で目立つのも、というところも分かってくれたみたいだ。
でも、それ以外の魔法を求められなくてよかった。
渡り廊下をウェブを連れて歩く。
午後の木漏れ日を屋根が覆い隠している。
「しかし、学校……といった感じではないな、ここは。」
「大昔は王城だったらしいですよ。それを増改築して、畳んで広げてまた改築してって感じで、もう外身と廊下、あと一階部分くらいしか残ってないらしいですけど。」
この渡り廊下から見える景色も随分と自然的になってしまった。
「それで、俺たちはどこに向かってるんだ。」
「広間です。中隊のお披露目があるとかなんとか。」
「なるほど。」
ひょっとすると『霧城王』は、ウェブのこの色々聞くわりに深くは聞かない性格を読んで説明していたのだろうか。
「ところで中隊と言ったが、それほど広い広間なのか。」
「あ、いえ。中隊といっても……と、着きました。」
やたらと重いドアを押すと、ドアはゆっくりと開いた
広間には、もうすでに私以外が集まっているようだった。十八人が二列横隊で整列している。
隣を見ると、ウェブは不可解そうな顔をしている。
「これだけか?小隊規模にも至っていないように思うのだが。」
列の前に立っている『霧城王』が答える。
「お前の出身では人数だけで部隊構成を決めるのか。」
ウェブは言葉を続けず、列の方に行く。私もあわてて整列に向かった。
列の右端に立つと、隣の男が声をかけてくる。
「ずいぶんとお偉い到着ですね。」
「す、すみません。」
「いえいえ、いいんですよ、小隊長殿。必要なことだったんでしょう?」
『首長竜』にいやみを言われ、ただただ恐縮する。
「そろそろいいか。」
『霧城王』が咳をひとつつく。それで『首長竜』も押し黙った。
「ユノは――」
ウェブが話そうとしたところでもう一つ咳。それでウェブも一旦静かになった。
「各隊長。前へ。」
言われて、慌てて前に出る。左を見れば仮面の女性、『人形遣い』が立っている。落ち着いた雰囲気の人だ。私と違って。
そこでドアが開き、皺の深いお婆さんが現れる。いや、お婆さんなんて失礼千万なわけだけど。
その方、『叡智』たる私たちの学園長が『霧城王』の前に立ち、手に持った真っ黒な杖でコンと床を付いた。
そして杖に緑色の光の筋が入る。
「聞こえておるか。我が同胞、自由を愛する魔女たちよ。この苦しい戦線の中、よくぞこれまで殺さず、死なずを貫いてくれた。しかし、我はこれより一つの例外を作る。」
学園長の声は凛とよく通っている。ここは今、全ての魔女に向けて放送されているんだよね。
「魔女の百年の安寧の為、そなたらには無理難題を押し付けてきた。その無理を通すただ一つの方策。我らの、いや私の罪を受けるただ一つの部隊をここに作る。我らにおいて唯一殺しを行う部隊、召喚士特別編成中隊を。」
杖がもう一度カンと鳴る。それと同時に私たちに光が当たる。
「無理に会えば彼らを呼べ。仮面を見れば仲間と思え。しかしその中を見ようと思うな。見れば仮面に宿る穢れが移る。」
すごい言われようだ。と思ったら、ウェブが同じ言葉を漏らした。
静まり返る広間。しかし、学園長は気にせず話し出した。
「我がそなたらに渡す命は変わらぬ。魔女に殺しはさせぬ。すべてこの部隊の実働、不死身の召喚獣どもに任せることだ。以上。」
杖の光が消え、同時に私たちに当たる光も消えた。
「安心しろ。あの魔術は『叡智』以外の声を通さない。」
『霧城王』から声をかけられるなんて、よっぽど私は青い顔をしているんだろうか。まあ、緊張で倒れてしまいそうではあるけれど。
「さて、諸君。」
学園長がこちらを眺める。
「まずは異世界より来られた方々に感謝を伝える。縁も何もない我々に救いの手を差し伸べていただけるとは、まことにありがたい。もし途中でその意思を無くしたとしても、我々は引き止めないことを約束しよう。」
「それより、報酬の方お願いね。」
どこかから女性の声が上がる。その声に学園長は苦笑する。
「当然だ。我々につくせる限りの礼を尽くそう。」
「それじゃあ私は金塊お持ち帰りコースで。」
「デリア、止めなさい。」
『従妖精』が止める。どうもあの人の召喚獣らしい。
「良い。しかし、褒美に関してはいずれまた尋ねる。今は話を続けさせてもらおう。……今話した通り、諸君は我らにおいて唯一『戦争』を行う部隊だ。基本戦術としては召喚獣が前線にて戦い、召喚士は後列で指令を行う。不死身といえど、死ねばしばらく戦力とはならん。死ぬのは最後にするよう。」
事情が分かってないと支離滅裂なことを言ってる感じだけど、ウェブは大丈夫だろうか。ただ、流石に振り向けないし。
学園長は後を『霧城王』に任せて、去って行った。
学園長が去ると、少し空気が緩んだ。しかしながら『霧城王』が一つ咳をすると、その空気がまた引き締まる。
「改めて、召喚士特編中隊、あるいは顔無し中隊を指揮する『霧城王』だ。今この時をもって貴様ら全員は我が指揮下に入る。正確には、二人の小隊長を通して指示に従うことになる。小隊長、自己紹介を。」
促されて、振り返る。大小三十六個の目がこちらを向く。本当は『霧城王』も見てるだろうから三十八かもしれないけど。
「あの、第一小隊長となりました、『一羽飛雁』のユノです。正直こんな若輩でしかも『鳥』風情だというのにこんな大役なんて――。」
「第一小隊長。」
「はい!よろしくお願いします!」
『霧城王』からの声で思わず頭を下げた。
前の方からくすくす笑い声が聞こえる。うう。
頭を上げると、隣の『人形遣い』が一歩前に出た。
「第二小隊長、『人形遣い』のシエだ。よろしく頼む。」
シエは簡単にまとめて話を終えた。なるほど、こういうのも学ばないといけない。
「さて、まずは小隊ごとに訓練を行ってもらう。出撃は随時、必要に応じて。」
「要するに、遊撃隊というわけね。」
「そういうことだ。では今日は終わりだ。屋敷に戻るよう。」
『霧城王』の号令に、私たちは三々五々解散した。
*****
アルフィール環島 中心島 顔無し中隊休眠所周辺
目をつぶれば、ここではない風景が映る。
『聞こえますか?』
「ああ、聞こえる。」
耳からは、遠く離れたウェブの声。
「不思議なものだな、傍にいなくとも会話ができるとは。」
会話と言っても、魔力を通した念話と聴覚共有からの独り言の聞き耳だから変な感じだ。
「行きますよ、小隊長。」
『え、あはい。』
「どうした。」
『あれ?』
「返事はないんですか、小隊長。」
不機嫌そうな声が聞こえる。
目を開いたらこれまた不機嫌そうな顔をしている『首長竜』がいた。そうか、ウェブからでなくて隣から声が聞こえていたのか。
「す、すみません、ディー。各個前進。」
『首長竜』ことディーはうなずく。
『ウェブ、前進を。』
「了解。」
目をまた閉じると、視界が揺れながら段々と前に進み始める。これは、酔いそうだ。
『ごめんなさい、ウェブ。もう少しゆっくり。』
「む、そうか。」
ウェブは言葉の通りに少し歩調を緩めてくれた。視界の隅でディーの召喚獣、エケーが心配そうにこちらを見てくる。
「小隊長、遅い。」
「は、はい。『ウェブ、走って。』」
「む、分かった。」
「あ、馬鹿者。」
ウェブは走った。私の言葉通りに。エケーを抜き去り、どこへとも知れず、視界を思い切り揺らしながら。
自分が体を動かさず、視界だけがぶれるとどういう気持ちになるか。それを知るにはこれはいいものだろう。
結論だけ言おう。私は、吐かなかった。乙女としてそれだけは、なんとか防いだ。
まあ乙女という歳ではないけど、見た目だけはそんなもののはずだ。
目を覚ますと、エケーが仰いでくれていた。
「お目覚めですか、小隊長殿。」
「あ、ありがとうございます。それと、私のことはユノでいいです。」
「そうですか。」
身を起こして状況を確認する。どうも休眠所の寝室らしい。
「もう、大丈夫ですか。」
エケーからの声と同時に、ドアが荒々しく開けられる。
「大丈夫か。」
「ウェブ。二人とももう大丈夫です。心配かけてすみません。」
二人に礼をすると、ウェブの後ろからディーが現れた。
「全く、作戦行動中に倒れる小隊長など聞いたことがありませんね。」
「す、すみません。」
返す言葉もない。というか、本当にどうしよう。
「あの、ディー、質問しても?」
「何か。」
ディーは無愛想ながらも聞いてくれそうだ。
「あの、酔わないんですか?」
「は?」
ディーは眉間にしわを寄せている。
「視界がぐるぐるってなって、ぐちゃぐちゃってなりません?」
私は感じたままを言葉にしてみたのだが、ディーには通じなかったようだ。
「ご自身で何とかされるがいいでしょう。さあ、もう一度行きますよ。」
うう、困った。どうしよう。
*****
訓練を始めて数日。これまでと同じく、ウェブに指示を出して目的地に向かわせる。
それだけといえばそれだけだし、実際問題これくらいなら別に私が見ている必要もない気がする。
でも、その途中で敵に出会ったりしたら。たとえ人であったとしても、魔石を使って魔術を打ってくるらしいから、そんなときには私たちが応戦しないといけない。
のだけど、
『ウェブ、もう少し体を揺らさずに。』
「こうか?」
視界のブレはお願いすればある程度軽減されるけど、その分視界が固定的になって、
「発見!はっけーん!」
元気のいい声が聞こえる。と同時に視界が一回転する。思わず目を開けた。
「ユノ、敵一名を発見。だが別の者から攻撃を受けた。」
『えと、可能なら発見した方を制圧して』
「もうしている。」
早い。もう一度目を閉じてウェブの状況を確認する。腕の中で女の人が暴れている。
「ディー、敵一名確保。そちらはどうですか。」
「ウェブの指示を受けて襲撃者を探索中。それより注意を。」
「え?」
と、女の人が緑色に輝き出す。これは、まずい。急いでウェブに魔力を流す。と、途端に爆音と猛烈な光が私を襲う。
「――。」
耐えられずまた目を開けて目を覆う。耳が聞こえない。いや、錯覚だ。私の耳は正常なはず。
「小隊長!」
ほら、聞こえる。
「私は大丈夫です。」
「そんなことは分かってる!召喚獣は!?」
目を閉じると、焼けた腕で棍棒を防いでいる。目の前には細長い男。
『ウェブ、大丈夫ですか?』
「今は。だが、」
棍棒から青い光が出るとともに草が生え、ウェブの腕を掴もうとする。
「……まずいかもしれん。」
後ろからはさっきの女がウェブの足にタックルしてくる。どちらも避けれてはいるけど、段々体勢を崩しつつあるようだ。
「ディー!」
「今向かってます。小隊長は時間稼ぎを。」
時間稼ぎっていったって。まあ、やることをやろう。
『目を眩ませます。「光を《fadic》!」』
目の前が真っ暗になる。と、気付けば女の人の後ろに立って、持ち上げて盾にしている。
「ちょ、離しなさいよ!」
女の人が暴れていると、また緑色に光り出す。
今度は冷静に前に投げ飛ばすと、爆風の脇から男が飛び出してきた。
「むぅ。」
拳で応戦し、棍棒は折れたものの、そこから生えた草に絡めとられた。
ウェブはむしろ幸いと言わんばかりに捕まえられた腕を振り上げ、そのまま棍棒を持った男を殴ろうとするけど、その男は体巧みに攻撃を避け、逆にウェブにさらに草で縛り上げる。
「もらった。」
ついに身動きが取れなくなったところで、ウェブは後ろに飛び下がる。
棍棒男が追いかけようとするが、二人の間に一筋の斬撃。ウェブを縛っていた草がはらはらと落ちていく。
「お待たせしました。」
反った刀を持ったエケーが間に割って入って構えを取っている。
「いや、助かった。」
そうしてウェブも構えを取って相手二人をしっかと視界にとらえる。
と、男の方が首を振って棍棒を落とした。
「……降参だ。」
「えー!まだ行けるよ。」
女の方は不満たらたらみたいだけど、男が捻り上げた。
「お前が戦闘向きなら、そうだな。」
「あーっだだ、分かった、分かりましたー!サラウンドで説教しないでください!」
女の方もその場に倒れて両手を広げた。
と、急に肩を叩かれた。
「ははははい!」
変なとこから声が出たみたいになった。振り返ると、二班の召喚士二人がいた。
「いやあ、負けたよ。流石は小隊長率いる、といったところだね。」
『星見』ことトリがお世辞を言ってくる。
「私なんて、ほとんどウェブがやったようなものですよ。」
「まあ、確かにそうですね。小隊長は精々光を一発打っただけで。」
ディーの言葉に反論するところが無いのが残念だ。
「それでも成長はしてる。今日は倒れなかった。」
『種食い鳥』のクアが、召喚獣を手元に戻しながらフォローしてくれるけど……こんなちっちゃな女の子にフォローされるなんて……。
と、私もウェブを戻そう。
『ウェブ、お疲れ様。少し戻します。』
「ん?おう。」
声が聞こえたところでウェブをカードに戻す。どれだけ遠くても一瞬で戻せるのは便利なものだ。まあ戻してしまえば次に呼べるまで時間が空いてしまうけど。
ディーにトリもカードに戻したみたいだ。
「それじゃあ小隊長、これからみんなでお昼でもどうかな。」
「はい。あ、私のことはユノでお願いします。」
トリはにっこりとこっちを見て笑った。あ、これは希望が通らないやつだ。
そんなわけで、第一小隊全員でご飯を食べることになった。
*****
さっき戦ってた人とご飯を食べるというのもなんだか変な感じだけど、まあさっきのは訓練なわけだし、あまり気にしないでいいか。
「レーレはあんなに爆発して痛くはないのか?」
再召喚で両腕のやけどもすっかり治ったウェブが、トリの召喚獣であるレーレに尋ねる。
「あー、まあ不思議と。爆発の衝撃が来るくらいで。」
「当然。僕が防いでいるからね。それよりも発見したときのあの叫びは何とかならないのかい?周りに自分の位置を教えてどうするんだ。」
トリがお茶を飲みながらレーレにくぎを刺す。
「ま、まあまあ。どの道もうすぐ見つけられそうでしたし。」
「ほらー!ユノちゃんもこういってるんだし。」
ちゃ、ちゃんかぁ。まあ、見た目にはレーレより幼いわけだし、「小隊長」なんて言われるよりはましだけど。
しかしながらトリは疑わしそうにこっちを見ている。たしかに少なくとも私は見つけられそうにはなかったけど。
「それよりもクアの魔術もすごいですねっ。棍棒から草を生やすなんて、どうやってるんですか?あ、棍棒が木だからそこから伸ばしてるとか?」
「種を植えて、育ててる。」
なるほど。その方が色んな植物を利用できるわけなのか。
魔術といえば、そういえばディーが魔術を使ってるところを見ていない。
「あの、ディーは。」
「なんですか?」
ディーの眉間にしわが寄っている。な、何で?
「いえ、何でもないです。」
そんな感じで全員が食事を済ませたところで『霧城王 』から通信が入り、全員の顔が引き締まる。
『一小隊、出撃。五分後、正装の後作戦室まで。』
屋敷の中の窓のない部屋。薄暗い中、一人『霧城王 』が待ち構えていた。
私たちが座ったところで、仰々しく口を開いた。
「諸君、初陣である。」
壁に手を当て、魔法陣を発動させると中空にアルフィール環島が出る。その内の一つを指さす。
「第三島において我ら魔女が押されている。しかし、単に数で敵が優れているだけだ。厄介なことにどうも救護魔女部隊が付いているようだが、敵を殺す我々には関係がない。敵の全てを蹂躙し、我らの名を敵に知らしめろ。以上。何か質問は?」
物騒なことをまくし立てて、『霧城王 』は周りを見渡す。
トリが手を上げた。
「具体的な作戦などは?」
「今言ったとおりだ。目立て。敵の威を削げ。付け加えるなら、そうだな。」
『霧城王 』は顎に手を当てて、人の悪い笑みを浮かべた。
「魔女を狙え。ケガさえ治せなければ、殺さずの魔女でもこれまで通り追い返すことはできる。」
「それは、非戦闘員を狙え、ということか。」
ウェブが声を上げた。救護部隊ということは、確かにきっとあまり戦えないタイプに違いないのだろう。
「嫌か。」
『霧城王 』からの問いかけにウェブはこちらを見た。私は、目を伏せるだけしかできない。やがてまた『霧城王 』に視線を戻す。
「いや、必要ならそうしよう。」
「ではそうしろ。他には。」
あとは誰も話さなかった。それを見て『霧城王 』は去っていった。
*****
アルフィール環島 第三島 本陣
第三島の状況は、最悪だった。少なくとも、士気が落ち込みに落ち込んでいる。
まあそれも当たり前だろう。私たちは勝つことを許されていないんだから。
周りの人たちの目が厳しい。まあ、仮面を付けてることもあって胡散臭さはとんでもないだろう。
でも、だからこそ震えてちゃいけない。私たちは、頼られる存在にならないといけないんだから。
「召喚獣特変第一小隊、ただ今着任しました。小隊長の『一羽飛雁』です。」
第三島の司令官、『回廊の案内人』に挨拶をするが、その人は口ひげをいじりながら鼻で一笑してきた。
「良く来なすった。それで、たった四人ですか?」
「いえ、我らの兵はすでに前線に赴いていますので。ところで、出来れば椅子か何かが欲しいのですが。」
ディーがよどみなく答えると、『回廊の案内人』が顎で部下に指令を出し、出てきた椅子にディーが即座に座り、腕を組んで目を閉じた。
それを見て、周りの兵たちがくすくす笑い出す。「着任早々昼寝かよ」なんて声も聞こえる。
「それで、連携はいかに?」
私が口を開こうとしたところに、トリが間に入った。
「皆さんご存知のように、我々の主任務は特殊なので単独行動が適当かと。むろん、こちらの状況は逐一共有しますが。」
「…失礼ながら、戦闘経験は?」
「私には。加えて、それぞれの召喚獣にもそれぞれの世界で。」
そんな話は聞いたことがないけど、まあそういうことにしておいた方がいいということだろう。
トリは『回廊の案内人』と敵の陣に関して話をするということで、私とクアもそれぞれ椅子に座る。
「あ、片目は開くように。寝てるようには見えないだろうから。」
「はい。」
片眼を閉じ、ウェブの視界とつなぐ。どうやら今は森の中にいるらしい。遠目に魔力光が見える。
『ウェブ、聞こえますか?』
「聞こえている。現在四人固まって島の中心部に潜伏中。」
無声音。会話で位置がばれないようにということだろう。
『こちらも司令部と合流しました。指示があるまで待機をお願いします。』
視界が上下に動く。片目を開けていると、なんとなく酔いがマシな気がする。
左側から爆音と叫び声が聞こえる。腕を探す声が出る。下唇を噛んで、声を出すのを抑える。
『ウェブ、私たちの第一目標は敵の治療部隊です。でも、もし助けられる味方がいれば助けてあげてください。』
「了解だ。」
誰かに聞かれたら甘いなんて言われそうだけど、これくらいの事、お願いしてもいいよね。
しばらくして、一枚の紙を持ってトリが戻って来た。
「小隊長、目標の位置が分かりました。召喚獣の位置は?」
「島の中心部だそうです。」
トリは頷き、太陽を指す。
「その位置からですと、今の太陽に向かって左です。詳しくはレーレに道案内をさせましょう。」
「分かりました。お願いします。」
トリが座ったところでウェブにも指示を送る。
「了解。レーレに続く。」
そうして四人は動き出した。
トリが持ってきた紙に書いていある魔術を使って、レーレをナビゲートしている。とりあえず、私のやることはない。せいぜい黙って座って、周りに舐められないようにすることだけだ。
と、崖の下にテントが見えた。
「これか。」
トリを見ると頷いている。
『みたいです。』
ディーも目を開いてこっちを見ている。
「どう攻めますか。」
聞かれても、正直言って私にはあまりそういうアイディアを思いつくことはできない。経験もほぼないし。
というわけでトリを見ながら、ウェブにも尋ねる。
『どうやって攻めましょう。』
「俺なら正面衝突だ。」
……聞いた相手を間違えた。
「敵はどうやら油断しているようです。加えて、彼らが召喚獣であることをあまり知られたくない。何かしら大きな魔術……あるいは魔法を使い、混乱を生むのが良いかと。」
「植物あるなら……私は使える。」
「私も、光を出すくらいなら。」
トリはうんうん頷いている。
「しかし、大きな混乱は生めそうにないですね。一時的には可能でしょうが、長続きさせるにはもう少しインパクトが。」
と、黙っていたディーが口を開いた。
「周りが壁に囲まれたこの地形なら、私の水がよく溜まります。その上を滑り、トリの爆発とユノの発光を複数箇所で起こせば、混乱を引き起こせるかと。」
なるほど。トリもうなずいている。
「良さそうですね。通路はクアに塞いでもらいましょう。小隊長、よろしいですか。」
「あ、はい。いいと思います。よろしくお願いします。」
そうして、私たちの初めての作戦が始まった。
『いいですか、ウェブはとにかく動き回ってください。』
「出会った人は?」
ウェブの言葉にぐっと喉が詰まる。
『……殺してください。』
「分かった。」
私以外はみんな魔術師だから、魔術をかける時も静かなものだ。しかしながら、視界には光が溢れ始める。
「始める。」
クアが一言呟くと、視界の片隅、崖の崩れたところに木々の壁ができる。
「ウェブ、レーレに準備を。」
「了解。」
「はい、『ウェブ、行きます。』」
「分かった。」
エケーの足元に出ている魔法陣の前に、木板を持って低い姿勢を取る。
私の方もそろそろ詠唱を始めよう。目標は、私ではないもう一つの私の前。何発も広がる大きな光。
「響いて《sodic》、弾けて《faxpan》、誰の目にも止まるように《vaglor odi alsotunto》。私たちの助けとなるように《qonum, qosciat mioqocongro》。」
詠唱を止めて、発動を遅らせる。ついでに、魔力光を抑えないでウェブにまとわせる。わざとらしいけど、ウェブは詠唱しないから、魔術のように見せないと。
「三、二、一、今!」
ディーとエケーの声と共に、勢いよく体が飛び出ていく。そして、落ちる。
……しまった、今魔力をウェブに渡せば、魔法が掛けられなくなる。
『すみません、耐ショックに魔力を使えません。』
視界が上下に動く。そして一層体が低くなる。
そして、水とともに着地、そのまま敵のテントに突っ込んでいく。
「いやいやいやいやいあーーー!」
レーレが視界に飛び出していって、テントに触れるとともに爆発した。
「な、なんだ!」
「敵襲!?遠目にはいなかったってうわっ。」
水流とともにすれ違う人を殴り飛ばす。と同時に私も魔法を発動させる。
聞こえてくるのは悲鳴と爆発。見えるのは水流と爆炎、それに目のくらむような光。
「凍らせます。」
ディーの一言の後、足首くらいまでたまった水が一息に凍りついた。
混乱の中で手や足が凍った人たちに、魔術や魔法をかける余裕はない。
息を吸って、息を吐く。言わなければいけない。たった一言。言えば、私は後戻りができない。
それでも、言わなくちゃ。
「殲滅を。」
「了解。」
三人から声が帰る。
目を開けば、静かなテントの中。目を閉じれば、血と叫び声の世界。目を開きたくなるけど、状況がそれを許さない。
敵が氷を溶かし始めている。ウェブの腕に炎が来るので、守らなければいけない。
ウェブが魔女と対峙すれば、魔力の防壁を抜けられるように魔法をかけなければいけない。
動くのはウェブだけど、それを放って置けることはない。まるで、ウェブが殴った相手の肉の硬さが伝わってくる気分。
日が傾く前に、その場で動く人は四人だけになった。
「小隊長、敵救護部隊の全滅を確認しました。」
トリから報告が来る。
「……分かりました。これより前線に赴き、各隊の応援を。トリは司令に報告をお願いします。」
「了解。」
トリは立って『回廊の案内人』と話しをしている。私は、救護隊の崩壊を戦場に伝える。
ウェブから光の花を上げる。本来上がることのない光。これで敵が気づいてくれるといい。それで、異常を感じて引き上げてくれればもっと。
*****
その後私たちは敵の背中側から襲い掛かり、魔女も人も殺して、敵が逃げていくところを確認してから召喚獣を手元に戻した。彼らが私たちのことを広めてくれることだろう。
救護隊のいない今、ケガをした敵はこの島を出て行かなければいけない。一気に叩けば殺さずの魔女たちだけで押し戻せるだろう。
「いや、見事な手際でしたな。流石は『叡智』直属、といったところですな。」
「お褒めに預かり光栄です。では私たちはこれで。」
『回廊の案内人』からの歓待を固辞し、私たちは第三島を去った。
こうして、私たちの初陣は終わったのだった。
アルフィール環島 中心島 顔無し中隊休眠所
「……ウェブ、出て行くんですか?」
「ああ、少し散歩だ。」
「それなら仮面を。どこに誰がいるかも分かりませんから。」
「分かった。ユノも早く寝ろ。」
ユノに言われた通り、仮面を付けて夜の散歩に出る。
「お、大将。こんな夜更けにお散歩ですかい?」
出たところですぐに女に声をかけられる。この女は……確かレーレだったか。よく見ればエケーもいる。
「何かありましたか?」
「いや、ただの習慣だ。」
歩きながら考える。体を動かさないとうまく考えがまとまらない。
「……どうしてついてくるんだ?」
振り返らずに後ろの二人に声をかける。
「つれないなあ、大将。何か悩み事があるなら相談するのが仲間ってもんでしょ?」
レーレが顔を覗き込む。
「どうして俺が悩んでいると?」
尋ねると、レーレとエケーが顔を見合わせる。
「腕を組みながら歩いている人が何も考え事をしてなければただの怪しい人ですよ。」
自分を見れば確かに腕を組んでいる。
「なるほど。」
「それで、どうしたんですか?」
言うか言うまいか悩んだが、
「もう、水臭いじゃないですか。同じ召喚された身だってのに。」
まあ、いいか。
「実は、ユニの事なんだが。」
「……まあ、そうですよね。」
「あの人、わっかりやすいくらい落ち込んでますよねー。」
「やはりそうか。」
二人に言われて確信した。初陣から帰ってから、ユノの口数が少ない。元々口数の多いタイプではなさそうだったが、、それにしても少ない。
「まあ、あの人ってこういうの慣れてないって感じでしたしねぇ。仕方がないことだと思いますよ。」
「ユノは幸せではないんだろうか。」
また二人が顔を見合わせる。
「まあ、人を殺して幸せって人もあまりいないでしょうし。」
確かに。だが、それならなぜそれを望むのだろうか。
「……ウェブはもう少し話し合いをした方がいいのではないでしょうか。」
「なるほど。」
確かにそうだ。幸せの道は、本人にも見えていないことがあるはずだ。そこを見つけるところから始めなければ。