第84話 氷の才女、セシリア・ヴァイス
少し離れたところから、二人の様子を眺めていたエレノアは思わず目を細めた。
「……可愛らしいわね」
エレノアの隣に立つセシリアも、二人の姿を見つめていた。
「本当に。お二人とも、とても嬉しそうですね」
「リリアーナったら、マリーとお揃いにしたかったのね」
エレノアは懐かしそうに微笑んだ。
「私たちも、あんな感じだったわよね」
その言葉に、セシリアは頷く。
「……ええ。そうでしたね」
「私が髪飾りを買うたびに、あなたも同じものを欲しがっていたでしょう?」
「それは違います。エレノアが、いつも私に同じものを勧めていたんです」
「まあ、そうだったかしら?」
「そうでしたよ。『こちらのほうがあなたに似合うわ』とおっしゃって、結局自分と同じものを選ばせるのですから」
セシリアは少し呆れたように言った。けれど、その声には、普段の彼女からは想像できないほど柔らかな響きがあった。
「ふふっ、だって、お揃いのものを身につけていると嬉しかったのだもの」
エレノアは悪びれもせずに答えた。
「……それは、私も同じでしたけれど」
セシリアは小さく付け加えた。
エレノアは嬉しそうに微笑み、それから、そっと彼女の顔をのぞき込んだ。
「セシリアは覚えている? あの日、二人で髪飾りを選んだときのこと」
「ええ。覚えているわ。忘れるはずがないでしょう」
今度のセシリアの声には、先ほどまでの軽やかさとは違う響きがあった。
エレノアも、それ以上はすぐに言葉を続けなかった。
二人の間を、庭園を渡る風が静かに吹き抜けていく。花々が揺れ、陽の光がセシリアの銀白色の髪を淡く照らした。
「あの日も、今日みたいに花がたくさん咲いていたわね。あなたが深い紫の髪飾りを選んだときは、驚いたわ」
「『学院の紫薔薇』と呼ばれていた貴女の色を、私が選んだこと?」
セシリアはエレノアを見つめた。
「だって……もう、あのときには決めていたから」
その言葉に、エレノアの笑みがわずかに揺れた。
「セシリア……後悔はしていない? もし、あのときの選択を――」
「やめて」
セシリアは静かに遮った。
声を荒らげたわけではない。それでも、その一言には、これ以上先へ進ませない強さがあった。
「私が選んだの。誰かに決められたわけでもない。私自身が、そうしたかったのよ」
「……ええ」
「だから、何一つ後悔なんてしていないわ」
セシリアは一度目を伏せ、それから、いつもの落ち着いた表情に戻った。
「それに、今さらそんなことを聞くなんて、あなたらしくないわね」
「そうね。ごめんなさい」
エレノアは困ったように微笑んだ。
「それにしても、今の雰囲気は氷の才女と呼ばれていた頃のセシリア・ヴァイスだったわね……。 わたくしは、あなたに幸せでいてほしいのよ、セシリア」
その言葉を聞いたセシリアは、しばらく何も答えなかった。
やがて、彼女は小さく息をつくと、エレノアの髪にそっと手を伸ばした。長い紫色の髪に絡んでいた小さな花びらを、指先で取り除く。
「……本当に、あなたは昔から変わらないわね」
「それは褒めているのかしら?」
「さあ。どう受け取るかは、エレノア次第です」
いつもの冷静な口調だった。けれど、花びらを手のひらに載せたセシリアの目元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
エレノアはそれを見て、何も尋ねなかった。
代わりに、彼女の手をそっと取る。
「ねえ、セシリア。今度は私に選ばせてくれる?」
「何を、ですか?」
「あなたに贈る髪飾りよ。今度は、私があなたに似合うと思うものを選びたいの」
セシリアは一瞬だけ目を見開いた。
それから、困ったように眉を下げる。
「……また、お揃いにするつもりでしょう?」
「ふふっ。どうかしら?」
「まったく……」
呆れた声とは裏腹に、セシリアはその手を振りほどかなかった。
学院を卒業してから、二人の立場は変わった。
エレノアは侯爵家へ嫁ぎ、セシリアは彼女に仕える立場になった。主と侍女という関係になってからも、二人の間にある親しさが消えたわけではない。それでも、学院にいた頃のように、何も気にせず並んで歩く機会は少なくなっていた。
だからこそ、今日のような時間が、二人には嬉しかった。
「今日は、昔に戻ったつもりでお仕事のことは忘れて、好きな花を見て、好きなものを選びましょうね」
「……ありがとう、エレノア」
「それに、せっかくだもの。私たちも何か記念に買いましょうか?」
セシリアは驚いてエレノアを見た。
「リリアーナたちだけお揃いでは、少し羨ましいでしょう?」
「私は別に……」
言いかけたセシリアは、エレノアの楽しそうな笑顔を見て、言葉を止めた。
そして、小さく息をつく。
「……エレノアは、本当に変わりませんね」
「それは褒め言葉として受け取っておくわ」
二人は顔を見合わせ、昔のように笑いあった。
♢
「お母様、セシリア! 見てくださいませ!」
髪飾りをつけ終えたリリアーナが、マリーと並んで駆け寄ってきた。
「お揃いですわ!」
「本当ね。とてもよく似合っているわ」
エレノアは娘の髪にそっと触れ、それからマリーにも優しい笑顔を向けた。
「マリーも素敵よ」
「ありがとうございます。リリアーナ様が、お揃いのものをとおっしゃってくださったのです」
「本当に仲が良いわね」
エレノアは嬉しそうに頷いた。
「大切な人と一緒に選んだものは、きっと特別な思い出になるわ」
「はい!」
リリアーナは元気よく答えた。
「わたくし、今日のことは忘れませんわ。お花も綺麗でしたし、マリーと一緒にお買い物もできましたもの!」
「私もです、リリアーナ様」
マリーも微笑んだ。
そんな二人を見つめながら、エレノアはセシリアへ小さく囁いた。
「……本当に可愛いわ、わたくしの娘」
「その意見には同意するわ」
エレノアは嬉しそうに笑った。
「これからも、あの二人にはこういう楽しい思い出をたくさん作ってほしいわね」
「そうですね」
セシリアは頷き、リリアーナの髪に揺れる白い花を見つめた。花園を吹き抜ける風が、二人の髪飾りをそっと揺らす。
リリアーナはマリーの手を取り、エレノアとセシリアにも笑顔を向けた。
「さあ、皆様! まだ見ていないお花がたくさんありますわ。次はあちらへ参りましょう!」
「ええ、行きましょうか」
エレノアが答えると、セシリアも穏やかに微笑んだ。
アルベルトも、楽しそうな家族の姿を見て目を細めると、ゆっくりとその後を追った。
花園を吹き抜ける風に、四人の髪飾りが揺れる。
リリアーナとマリーの髪には、並んで咲く白い花。
そして、エレノアとセシリアの間にも、長い年月を越えて変わらない笑顔があった。
花々に囲まれた穏やかな午後。
アドラー家の人々は、それぞれの胸に新しい思い出を刻みながら、花園の小道を歩いていった。
いつかエレノアとセシリアの学院編も書けるといいな(˶'ᵕ'˶ )︎
それまでにもっと色んな人にこの作品が読まれることを信じて書き続けていきますので、ブックマークや☆1つでもいいので、応援よろしくお願いします!




