23話 Utopia
「つまり、そういったほんとうの意味での最新技術の集大成が、これってことか」
「そうそう!」
「ちょっと待って!」
僕は、すぐさま会話を止めた。
「どうしたんだい?」
「これって、現実?」
「当然だよ、頬を引っ張っても痛かったろ?」
「僕は、ボケてたよ。VTuberやってる時だって、痛みは普通に感じていたじゃないか」
そう、これは全部!
「この世界は仮想現実だ! 現実の世界じゃない!!」
「ぴんぽんぴんぽーん! だいせいかーい!」
「仮想現実!? VTuberの時とは感度が段違いだぞ? 食べ物の味も、食感も完全に感じられる!」
「そうですわ! この世界が仮想現実なわけなくってよ!」
「あー、もういいや、一回消えてよ」
社長がそう言うと、2人は消えてしまった。
「ここは仮想現実だ。そして、さっきいた仲間の2人もあなたもただのNPCだ」
「そのとーり! どうせ嘘ついても、何でも願いを叶えられる君の特権があったら意味ないからねー! 全部正直に答えるよ!」
「そして、仮想現実に迷い込んだのは清掃マシン、いや、あれが最新型のフルダイブマシンだったんだよ! こんな初歩的なことに気づかなかったなんて・・・・・・無理もない、NPCの2人が信じるように誘導していたんだから!!」
「ふーん、全く、ここまで来るのに何周したんだか」
「何周?」
「この罠、初見じゃ多分気付けないと思うんだよ。だから、願いの力で時間を繰り返した人間が退屈しのぎに記憶を消してここまで戻るっていうのを何億回とやってたまに気付けるんだよ。全く、不幸な人だね。真相に気づいちゃうなんてさ」
「不幸なんかじゃない、むしろ幸運だよ。仮想現実での幸せなんて、僕には過ぎた願いだ!」
「君のシミュレーション、何度かモニタリングしたよ。いやぁ、君ほど思い切りのいい人は今まで見たことなかったよね! まさか1年間一緒にいた人を拷問して、片っ端から知ってる人を拷問して楽しんでるんだもん! 超びっくり!」
「え・・・・・・。僕は、そんなことを?」
「まぁ、そりゃあやってみたくなるよね、後先考えずに暮らせるならさ。後先考えないバカが万引きや薬物に手を染めて人生台無しにしたりするわけだけど、逆に言えば普通の人間が常識の箍を外せば、頑なになって規律を守る理由がないもの。生きる理由も、やりたいことも、全ては常識の中で生まれるものなのさ」
「だったら、仮想空間の世界を否定するの?」
「馬鹿だなぁ、頭が硬いよ! 仮想空間は何でも出来るんだ! 不都合な記憶を消せば良い! 消して、自分だけがちょっと特別な幸せを探せばいいだろ?」
そう言うと、たくさんの画面を見せられる。どれも、今までSランクに昇格して以降行方不明になった人達だ。
「彼女、高浜三奈木さんはね、すごく運が良いけど、他は普通の学生生活を送っているよ。自販機でジュースを買えば2本出てきて、VTuberのブラインドグッズは1発で推しを引き当てることが出来るんだ。そして、そっちは山本隼人くん。4人の可愛い子に毎日迫られる毎日を送っているんだ、で、時々スケベな展開もあったりするけど、大きな事件を解決するヒーローでもなければ、成績優秀なわけでもない、まさに男の子の理想って感じの世界だよね、現実では41歳だけど」
これが、幸せなのか?
「1つ聞くよ? 君の生きてた元の世界だって、本物なの?」
「え・・・・・・?」
「考えてもみなよ。大した努力もしてない、それなのにお嬢様口調の可愛い子に見初められて、大人気VTuberの世界に入れてもらえて、大きな事件を解決しながら、最後はどんな願いも叶えてくれる権利を手に入れる、なんて、少々出来すぎじゃない?」
「だったら、社長の存在がなかったことになるよ」
「僕だって、仮想世界のNPCだって可能性があるでしょ。まるで世界を牛耳っていて、他の世界をも征服するようなすごいヤツに見えるだけのNPC、君の言葉を借りるとモブ的な存在かも知れない」
「そんな・・・・・・」
「はーっはっはっは! それじゃ、そんな元の世界よりも、記憶を消して、不都合なことを忘れて、自分の思い通りに暮らせる世界のほうが圧倒的に上位互換だよね!?」
「そんなことないっ!」
「あるよ!」
「そんなことないっ!」
「あるってば」
・・・・・・。だめだ、もう、思いつかない・・・・・・。
これ以上、この世界、元の世界を構築する証拠が・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
その時だった、突然、僕の意識が途絶えた。
意識が戻った。
気づくと、僕の目の前にいたのは。
「か、かりんさん!!」
「こーんな胡散臭い話、信じるほうが馬鹿ですわっ!!」
なんと、あの機械を蹴り壊していたのだ。僕は壊れた機械の中にいた。
「こ、これは現実? それとも・・・・・・」
「現実ですわよっっ! なぁに寝ぼけてるんですのっ!」
「あーあ、壊しちゃった。ま、君の願いがそれなら否定はしないけどさ」
「晴人は取り込まれたままですわ!」
3つあった機械が2つになっていた。
「さっきまで斑鳩さんの機械を壊すのに躍起になっていたのですが、その間に地面が開いて晴人の機械だけ下に行ってしまいましたの!」
「そんなっ!? あれはダメな機械だ、中に入るとおかしくなるぞっ!」
「もっと早くに気づけていれば、大丈夫だったはずですのに・・・・・・私のばかっ!」
「あのさぁ、僕の機械を壊しておいて、その言い草はないんじゃないの?」
「早く、みんなを解放しろ!」
「ダメだよ! 僕のプライドが許さないよ!」
「願いをなんでも叶えるんだろ!」
「あのねぇ、飲食店だって、注文するには店員さんに伝えたり、タブレットに入力する手順があるだろ? 店の手順を踏まずに食いもん寄越せっ! て文句言うのは、おかしいと思わない? それと同じ、機械に入るのは願いを叶えるための必要な手順なんだよ」
くそっ! 僕はどうすればみんなを助けられるんだ!?
・・・・・・。
「落ち着いてくださいまし」
「かりんさん・・・・・・」
「先日の戦いで教えたレッスン、まだ覚えていますか?」
“『いいですか、相手を説得させるのに必要なのは否定ではなく、肯定ですわよ』”
「もちろん、覚えてるよ」
「でしたら、それで相手を論破するんですの! 強い相手を打ち破るには、相手の手を利用するのが最も美しい勝ち方ですのよ!」
「分かった、やってみるよ!」
「へぇ、力じゃ勝てないのが分かってるから、話術で僕を倒すってこと? それ、いいね! 面白いよ!」
「僕は、社長の言葉を肯定するっ! 肯定して肯定して、社長の矛盾を貫いてやる!」
まずは整理だ。
「社長の目的は、一体なんなんですか?」
「ん? 僕の目的はね、楽しいエンターテイメントを視聴者に届けて、新たなスポーツの創始者として、名前を轟かせること! そして、VTuber産業でみんなを笑顔にっ!! ってのが、表向きね。実際のところは、違うんだ。人間って主観の生き物だろ? だから、世界をハッピーにするには、仮想世界に住めばいいんだよ! 飽きるまでね!」
「でも、そんなことしたら、現実世界はいつか滅ぶはずだよ。そしたら、夢の世界はなくなる。仮想現実は、あくまで現実世界を捨てては存在出来ないはずだ!」
「まず、前提知識をあげないとね。昔、夢の中での5分は現実世界の1時間だって言われてたらしいけど、これは全くの俗説。実際は数式で簡単に求められるんだよ! これは、むやみに口に出すと政府に消されちゃうから黙っておくけど、寝てる時間が長ければ長いほど時間の圧縮力が高まるって言われててね? 人間は本来8時間も寝れば目が覚めちゃうけど、この機械は人間の脳をずーっと寝たままの状態に出来るんだ! そしたら、現実では1週間しか経ってなくても、仮想空間では8恒河沙年経ってるんだよ! 途方もないでしょ? 1週間でこれなら、もっと長ければもっと長いだろうね。いやぁ、SランクのVTuberたちも幸せだよ。繰り返し、輪廻転生を繰り返して、楽しみ尽くしてる。あくまでプログラムの中だけどね」
「つまり、私たちは死ぬ前に好きなだけ夢を見れるってことですわね、現実世界を捨てて、仮想空間の中で永遠に過ごせる」
「そのとおり! 流石に、輪廻転生を繰り返して無限に近い時間を生きておいて、不満が残ることはないだろー! 最高の人生体験をお送りする、それがこの夢のマシン、ユートピアメーカーなんだよっ!」
確かに、筋が通っている、だったら次!
「でも、その機械のエネルギーは!? 人間が全員仮想空間に行ったらどうするんだ?」
「だから、時間は指数関数的に増加するんだって。まあ、正確には何乗って感じの計算ではないんだけど、1秒で1年、1分で1億年、1日で3垓年、1週間で8恒河沙年、になるの。エネルギーが切れるだとか、壊される心配したって、それまでに人生は楽しみ尽くせてるよ」
「確かに、その通りだ。僕だって社長曰く何億回と時間を繰り返していたらしいのに、現実では数秒ほどしか経過していなかった」
「でしたら、ここは完璧ってことですわね」
なにか、なにかないのか? 社長の矛盾を貫ける言葉はっ!
「その機械は、人数分用意できるのか? 世界中の人間をこの機械に収容するのは無理な話だ!」
「やってみせるよ、発展途上国の赤ちゃんにだって、紛争中の軍人にだって広めてみせる。今はまだ数台しか用意できてないけれど、このプロジェクトが政府に認定されたら、世界中に機械を作ることなんて容易なことだよ! できの悪い弟とは違って、ちゃんと考えてるんだよ!」
「本当にっ!? 材料は? 仮想空間と違って、材料には限りがあるはずだ、レアメタルだって、枯渇寸前のはず!」
「はっはー! それも政府の陰謀ってやつだよ! 実際はすごい量の金や銅なんかを溜め込んでるんだ。今世に出回ってるのなんて1%にも満たないよ! これだから一般人は困るね! スケールが小さいよ! 材料ももちろん計算してる。バッテリー問題は正直まだ革命的な策は立ってないけど、人間の電気信号を燃料に動く超省エネ型の構想も進んでるよ!」
ダメだ、完璧な作戦すぎる。バッテリー問題を突こうにも、僕みたいな知識量じゃ叶うはずがない。
「落ち着いてくださいまし、完全に相手のペースに乗せられていますわよ。相手は今まで数々のプレゼンで偉い人を納得させてきた相手、機械への質問は逆効果ですわ」
だったら、何が弱点なんだ?
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
根源的なもの・・・・・・。肯定・・・・・・。
機械、時間の収縮率、恒河沙、バッテリー。こんなワード、いらない! 必要なのは、根源的なもの! 最も少ない手数で、相手の言葉で! 勝つには!
そうか、分かったぞ!!
「これで、全てを終わらせるっ!」
僕は、指をぴしっと社長に向けて立て、言い放った。
「社長! だったら、あなたがユートピアメーカーに入ればいいんだ!!」
「・・・・・・は?」
「そう、あなたは仮想空間こそ、この世界の完全上位互換だと言った、それなら、あなたが仮想空間に行けばいいんだ! 現実の在り方を、自分好みに変えようとするなっ!」
「何を言ってるんだい? 僕は、この世界を変えようとしてるんだよ? 僕が使命を果たさないと! みんなを幸せにしてあげようとしてるのにっ!」
「だったら! あなたが作った仮想空間の中でそれをやればいい!」
「いや、それを仮想空間のなかでやったところで・・・・・・意味・・・・・・は・・・・・・」
「どうしました!? 全てあなたの言った言葉どおりなはずです!」
仮想空間が全ての上位互換なら、現実世界の全てに意味はない。彼はこの世界でみんなにこの機械を広める必要はないんだ。
仮想空間でユートピアメーカーを普及させるのは意味がない。なら、仮想空間は現実の上位互換じゃない。つまり、このユートピアメーカーではこの現実世界を否定出来ない、「この機械は完全無欠で入らない理由がない」という論理は崩壊する。
僕は社長の言葉を利用して、ユートピアメーカーが完璧でないことを看破した。
「違うよっ! 僕はただ、この現実の世界をっ、あれっ? いや、でも、この世界じゃないと、いや、仮想空間でも・・・・・・」
「そう、社長は自分の主観が全て、仮想空間だって、それは同じだと言いました。ですが、それならあなたが仮想空間に行けば良い! なぜなら、あなたの主観は仮想空間に行っても現実世界と全く同じだから!」
「や、やめろ・・・・・・僕を仮想空間に連れて行くな・・・・・・僕は、この現実世界で使命を、みんなを、かりんを、律帆を幸せにしないといけないんだ・・・・・・」
「お兄様・・・・・・」
まるで、ロジックエラーを起こしたプログラムのように、社長はひたすら小さな声でつぶやき続けた。
「・・・・・・負―けた! もう無理だ! これに関してはなんの反論もできないよ!」
そう言うと、かりんさんが入るはずだった機械に乗り込む。
「待った!! まだ社長には聞きたいことが!」
「お兄様!」
「やだよ、この世界のことなんて、僕には関係ないことだからね」
そう言うと、機械がゆっくりと閉まっていく。
「・・・・・・でも、やられっぱなしっていうのも癪だからさ、呪いの言葉をプレゼント」
呪いの言葉、それは、知っているだけで心を操られる恐ろしいもの、彼は最後に、その呪縛を僕らにかけたのだ。
「この世界も、作り物だよ」




