21話 CRIMINAL×TRUTH
「位置が特定出来ました、岐阜です!」
車の中で、スピーカーから音がする。
「了解、すぐ向かう!」
車の中にいたのは、律帆の母親であるわたしと、友達の藍ちゃん。そして律帆の弟の羽矢だった。
「ねーちゃん見つかったのか!?」
「みたい、早く迎えに行かないと」
「律帆ちゃん・・・・・・」
運転席の咲也さんは急いで車を走らせ、最寄りの駅に到着する。
「岐阜にはモーターカーが通ってないので、新幹線での移動になります、1時間30分くらいかと」
「時間がかかるんだね・・・・・・」
「団員を向かわせているので、あとは晴人くんの働き次第、そして万が一ログアウトして逃げ出した時は母親であるあなたの勘が鍵になってくるでしょう」
「岐阜・・・・・・。一度だけ行ったことがある・・・・・・」
私はBMIを操作して、晴人くんに貰ったパンフレットの画像を見返す。
そのパンフレットは律帆と行った旅行の時に使ったものだった。ケーキ屋に落としていたらしいけど、これは間違いなく律帆のものだ。こんなに大切なものを落とすなんて、律帆らしいといえば律帆らしいんだけど。
私の文字で旅行プランが書いてある。このパンフレットを見て、もしかして岐阜にいるのかもしれないと思って泊まり込みで探したこともある。でも、見つからなかった。けれど、今はすごい、こうやって位置情報が分かるなんて、いい時代になった。
待ってて、律帆。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
ハルハルは言った。
『とにかく時間を稼いでくれ! そうすれば、全ては丸く収まるんだっ!!』
『おけ! 手貸してやるし!』
『上手くいった時は、とびっきり褒めてくださいよっ!!』
かりんさんはくまベアを繰り出す。周りのガラスの欠片を取り込んで、防火対策ある強固な姿になった。
『そうだっ! くまベアはVTuber本人じゃないから、ダメージを受けてもスキルは発動しないはずっ!』
『マジか! じゃああーしにレベル振ったほうが良かった説ある!?』
『いや、大丈夫だ! 相手がホリィなら、ハルハルが何か鍵になるはずっ! ハルハル! 頼んだよっ! 僕らはバックアップに回るよ!』
そう、倒してもいけないんだ。だったら、出来ることは限られてくる。
『くまベア! 抱きついちゃえ!!』
『べあぁぁー!!』
くまベアがツクヨミに抱きつくと、ツクヨミは振りほどこうと躍起になる。
『ちっ! レベルを上げても、パワーに欠けるかっ、それに、レベル3程度じゃあ!』
『今だよ! ハルハル!』
ハルハルが、ツクヨミの背後から腕を掴み、逃げられないようにする。
『ツクヨミサンドの出来あがり的な! これで動けないし自分でダウンすることも出来ないし!!』
『よし、これでどれくらい固定してれば大丈夫なの!?』
『分からない、が、とにかく長くだ!』
『・・・・・・ばぁか!』
そういうと、ツクヨミは靴のかかとから仕込み刀を取り出し、ハルハルの足を繰り返し斬りつける。
『くっ!』
『これでレベル4~!』
レベルが下がった瞬間を狙い、くまベアを蹴飛ばし、2人の拘束を解く。
『よぉーっし! これで自滅できるわねー! さよならっ!』
そういうと、短剣を自分の首に突き刺そうとする。
『その選択は間違いだぜ!』
『なに?』
『Sランクの報酬を忘れたのかっ!』
『報酬・・・・・・って、まさか!』
『そう! 願いを叶える権利を使えばホリィを探し出すことなんて簡単だ!』
『・・・・・・つまり、私に残された道は、見つかる前にお前達を倒すしかないってことね』
・・・・・・。
『やってやるわよ! 私は、1人で生きていくんだからっ!』
そして、僕はハルハルの嘘に気付いた。このバトルは、勝てば勝利じゃない、じゃなきゃ時間を稼ぐ必要はないんだから。
これはあくまで予想でしか無いけど、ハルハルは僕達が願いを叶えるまでの間に、現実世界で律帆ちゃんが自分の体を傷つけることを恐れているのではないだろうか。特に、彼女の精神状態なら自殺だってありえる。なんでも願いを叶えるとはいえ、死んだ人間を生き返らせるなんてさすがに無理だろうし、とにかくリスクを減らす戦いかたをしなくては。
『力で抑えられないなら、説得して時間を稼がないと』
『うどん』
真剣な眼差しで声をかけてきたのはりんすことかりんさんだった。
『いいですか、相手を説得させるのに必要なのは否定ではなく、肯定ですわよ』
肯定?
『それさえ分かれば、いけるっしょ!』
相変わらず僕の心を見透かしたようなアドバイスをする人だ。
肯定・・・・・・。
その言葉は僕の中で新しい力になった。
肯定論法、そう名付けて、僕は律帆に言葉で戦いを挑んだ。
『ツクヨミ! 君は、なんでこのバトルに参加したの?』
『簡単な話よ、私はただ、安定したいの! 幸せなんていらない、ただ、このぐらついた心の平衡を、ただ安定させたいだけ! そのためには、弱者を蹴散らすのが一番! 願いなんてくそほどどうでもいい! ただ、負けたくないだけよ!』
よし、動きが止まった。会話の交渉はかなり有効だ。
『確かに、自分より弱い人を見下せば、安心するよね』
僕にも少し心当たりがあった。ハルハルやふれあちゃんの中の人に年上マウントをとったこともあったし、他人をモブと呼んで、自分の価値を確かなものにしようとしていた。
『じゃあ、願いを叶えられるとしたら、一体何を叶えるの!? 願いを叶えることが目的じゃなかったとしても、叶えたい願いはあるはずだよね?』
『・・・・・・。知らない、知らないわよっ! 幸せのカタチだって、幸せの定義だって私には分からない!!』
『あの日やった誕生日パーティーのときの笑顔はなんだよ! 嘘だってのか!? そんなわけない、お前はあの時楽しんでたはずだ、それが幸せのはずだっ!!』
『あんなことで、私の負に勝てると思ってるの!? ほんの少しイイことがあったところで、私の幸せなんてどこにもない!』
『だったら! 負に勝てるだけ俺達で楽しめばいいだろ! なんでそれを言ってくれないんだよ!!』
『信じられるもんかっ! 他人なんてっ!! 何を考えてるか分からない、たとえ家族でも恋人でも夫婦でもっ! 相手の心を理解できることなんてありえない! 私に見せる笑顔が本物だって、だれにも証明できないのに、それを信じられる人間のほうがおかしいわよ! おめでたいわよ!』
『そのとおりだよ、他人の考えてることを理解することは出来ない、でも、だからこそ信じるって言葉があるんだっ!』
僕は、かりんさんのアドバイスと僕の力を合わせた肯定論法で外側から埋めていく。ハルハルとは違って文系で知識には乏しいし、律帆ちゃんの友達というわけじゃないけど。だからこそ、僕は言葉の矛で、相手の矛盾を貫く!
『世界の全ては信頼でなりたってる! 人が貨幣の価値を信用できなくなった時点で、お金の価値はなくなるし、自分の生きる世界への信頼がなくなれば、この世界に生きる価値だってなくなってしまうんだ! 君みたいに信頼をなくせば、やがて自分を信用できずに破滅の道に向かうよっ!!』
『私は私を信じるっ! 逆に、私以外の存在を信じないっ!』
『だめだっ!! そのままだと自分を疑ってしまった瞬間に何も信じられなくなる!』
僕は自分の放った言葉で、初試合に負けてかりんさんに言われたことを思い出す。
“「なにくよくよしてるんですのっ!! 貴方を選んだ私の目が節穴だとでも申しますの!? 貴方の謙遜は、わたくしへの侮辱でもありますのよ!!」”
僕は幸運だった。自分を信じられなくても、自分を信じてくれる誰かを信じることが出来たから。
『いいかっ! 信じるんだ! 信じる力で、世界はどんな解釈でも作り変えられる!』
その時だった、突然、ツクヨミの体が粒子のようになって消えていってしまった。
『なんだこれッ!! クソぉッ!!』
『ま、間に合わなかったのっ!?』
『いや、逆だ! 間に合ったんだ!』
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
「岐阜班! 律帆を無事レンタルFMショップ(フルダイブマシンレンタルの店)で確保しました!」
「了解! 僕達も今車で向かってる! そこで落ち合おう!!」
「良かった・・・・・・、本当に、良かった」
「いえ、ここからです。なぜ指を切り落としてまで逃げ出したのか、彼女を落ち着かせてあげられるのは母親のあなただけなんです」
「・・・・・・。とにかく、言いたいことはたくさんある」
「よかった・・・・・・よかったよぉぉぉぉ」
藍は安堵のあまりに涙を流す。
「なんで、家族の俺達より友達が泣くんだよ・・・・・・」
律帆の弟、羽矢の言葉を聞いて、藍は言った。
「友達だからだよっ」
レンタカーを用いて、なんとか律帆を確保した場所までたどり着く。
「ごめんだけど、ここから先は律帆ちゃんのお母さんだけだ。たくさんの人で押しかけると、律帆ちゃんも怖いからね」
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
信じる? 信じるって、他人を?
あいつ、最後に意味不明なことを言ってた。でも、悔しいけど、そのとおりな気もする。何も信じられなくなったら、私はどうなってしまうんだろう。なんだか、すごく深い谷底に落ちるような恐ろしさを感じる。
「律帆・・・・・・」
私は、こうなりたくなかったからずっと逃げてた。
みんなを捨てた私が、どんな顔をして会えばいいのか分からない。指を切り落としたのも、それが自分だけを信じていたから出来たことだ。他人に干渉されず、自分の決断でやったから、疑う必要はなかった、これが正しいんだと思っていた、だから怖くも痛くもなかった。でも、私の世界にこうしてたくさんの人間が入り込んでくる。私の正しいが、一気にみんなの正しいに飲み込まれて、私の全てを否定される。
母さんは、きっと私への侮蔑の気持ちと憤怒の気持ちでいっぱいだ。一体何を言われるのか、怖い、怖い、怖い。
「律帆、一緒に帰ろ」
「私、知ってるんだから。私がお母さんの本当の子供じゃないことくらい」
そう、世間でホリィ事件と呼ばれてるあの試合の前日、藍たちの逆探知をしたときだった。咲也から連絡があって、私とお母さんの血が繋がっていないことが分かった。そして、お母さんの言うお菓子修行に行ったお父さんなんていなかったことも。
もしかすると、それを知らなかったら、こんなことにはならなかったのかもしれない。ホリィ事件なんて、起こさなかったかもしれない。でも、今となってはそんなこと考えてところでなんの意味もない。
「・・・・・・本当は、私のことを疎ましく思ってるのよ」
「そんなことない」
「信じられるわけないでしょ」
「信じろ・・・・・・と言うと、胡散臭くなるから、言わない。でも、今は一緒に家に帰ってほしい。これは本心」
「なんのために、私を家に呼び戻すのよ」
「一緒にいたいから、大切だから」
嫌だ、私は1人になりたいんだ。
だれかを疑う必要がない、自分だけの世界に生きたいだけなんだ。
「律帆、最近寒くなってきたね」
寒い、確かにそうだ。少しずつ外の気温は下がってきて、帰れる家のない私はずっと寒さと戦っていた。でも、自分を信じて、胸の底にある温かさを頼りにここまで来れた。
「・・・・・・知ってる? 寒い時って、寂しくなるの。寂しい時に1人になっちゃうと、辛くなるの。辛くなったら、気分が落ち込んで、自分のことをキライになっちゃうの」
「私は、冬のほうが好きよ。暑くないから」
でも、思い返せば私が本格的におかしくなったのは、クリスマスだった気がする。私の誕生日パーティー、楽しかったのに、次の日からまた元通り。
「だから、悪いのは律帆じゃなくて、冬の寒さと、お日様のせい。太陽さんがサボってるから、心を照らしてくれなくて、辛くなるの」
冬のせい。そんな話を信じろっていうの?
でも、それなら、幸せかもしれない。誰も悪くない。
私は、これまでの自分の行いを考えて、辛くなった。親を心配させた、友達も、バイト先の人達にも、みんなも。それに、小指を切っちゃったし、私にとってはいいことでも、たくさんの人に。
「律帆が前にやってたVTuberの配信、見てみた。いろんなことを考えて、吐き出して。でも、それを誰かに聞いてもらった時、少し心が軽くならなかった? 1年、いや、今まで生きてきた中で、たくさん嫌なことがあったと思う、それを、お母さんにもっと話してほしい。血の繋がりとか関係ない」
「信じられないの! 誰も・・・・・・誰もっ!!」
人間が怖かった。特に、私は何をやっても下手くそで、普通できるようなことも出来なくって。だから薬を飲んで、なんとかやってきたのに・・・・・・。それでも、みんなが私のことをキライだと思ってる、そう思うと嫌だったの!
「お母さんも学生の頃は、変な人って、よく言われてた。血は繋がってなくても、お母さんに似てる。だから、私も少し愚痴りたい、だから、一緒にお話しよ」
「私だって! そりゃあ、話したいよ! 本心ではねっ!! でも、無理だよ! ここまでやっておいて、みんな、私のことキライだし、今更どの面下げてっ! って思ってるに決まってる!!」
「そこは、心配ない。律帆が悪いことをしたって知ってるのは、友達の藍ちゃんと晴人くん、そして私たちだけ。だれも、律帆を責めない」
「でも、バイト先でも、あんなことしちゃって!」
「大丈夫、みんな心配してた。怒るよりも。だって、律帆が一生懸命頑張ってたことはみんな知ってたから」
「う、うぅ・・・・・・」
嘘だ! 嘘だ嘘だ! みんな、私のことがキライなんだ! だから、私は1人で生きていくんだ!!
「じゃあ、お母さんだけでいいから信じて」
「・・・・・・え?」
「まだみんなを信じるのが難しいなら、お母さんだけを信じて欲しい。そしたら、お母さんが信じるものを一緒に見れるから」
“『いいかっ! 信じるんだ! 信じる力で、世界はどんな解釈でも作り変えられる!』”
そうだ、確か、あの締野うどんって人も言ってた。信じることの力。
「おいで」
そう言って、お母さんは両手を広げる。
行っていいの? 私にその権利があるの? 私が今更、許されるっていうの?
でも、お母さんが信じていいっていうなら。まだ全部を信じることは出来ないけど、今、お母さんを信じるだけなら・・・・・・。
私は、廊下の向こうにいるお母さんのもとに、足を引きずり、ゆっくり、ゆっくりと歩き出した。
お母さんは、私の元に近づくことはなく、まるで、歩く赤子を応援するように、ただ両手を広げて待っていた。
もう、抱きついてしまえ・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
『さ、私をダウンしてくださいっ! それでまるっと解決ですよ! 私はヒーローですっ!』
『本当にありがとう』
『茶化すつもりとかないよ、マジ感謝、心からね』
『・・・・・・』
ハルハルはランを抱きしめる。
『ちょっと!? えぇっ!?』
ハルハルがそういうことをするキャラだと思わなかっただけに、僕もあまりの衝撃で声を出してしまう。
『ありがとう、ラン』
『くーーっ!? ごっ、極上のホメコトバっ!!』
ハルハルが一歩ひくと、黒部ランは顔を真赤にしながら後退りする。顔が赤いまま、からっとした笑顔に戻って髪をなびかせて手を腰にあてる。
『ふっ、一生分の褒め褒めをもらっちゃった。さ! 私は満足しましたよっ!』
ハルハルは強く振りかぶると、ハンマーでランを空高くへふっとばした。
『思い残すことなぁぁぁーしっ・・・・・・!!』
黒部ラン ダウン。
『容赦はないんだね・・・・・・』
『でも、あんくらいしたほうがかえって気持ちいい的な! マジウケる!!』
そうして、僕らのSランク昇格戦は、無事大勝利で幕を閉じた。
『とー言うわけで! なんとなんと、この戦いを制したのはもざいぶ6期生っす!!』
『僕の活躍がなかったのがザンネンだけど、ま、無事ハッピーエンドでよかったよかった!』
『なに言ってるし、確かに覚醒のスキルは使わなかったけどんね、ツクヨミに信じることの強さを教えたのはあんたっしょ。マジファインプレー。みーんなMVPっしょ!』
『あぁ』
その時だった、ハルハルが突然笑い出した。
『どっ、どうしたのっ!?』
『いや、あいつが無事保護されたってよ。どーすんだ! 願い事の枠が空いちゃったぞ! はっはっはっは!!』
『は、ハルハルってこんな笑い方するんだ・・・・・・』
『緊張の糸がほぐれたってことっしょ!』
こうして、僕達はこの戦いで各々の幸せを掴んだ。




