暗躍と密談
また数日後、セラはフィーナとリザを迎えにくる。
そして、調印を済ませる。
「本人が来ると思ってたが……やっぱり、彼は来ないか」
「ええ、こっちが書類に印を押してる間も、砦の改築をしてるわ」
「魔王が改築ね……実に彼らしい」
「だからこそ、“私”がこうして動ける。持ちつ持たれつよ」
アレクは机を指先で軽く叩きながら、ふと漏らした。
「──旦那がいない方が、話しやすいこともあるしな」
セラは鼻で笑い、すぐに返す。
「不倫の会話みたいで嫌だわ」
「その心配はないだろう」
妙に立派な机の上には、いかにも権威をまとった羊皮紙が数枚、整然と並んでいる。
内容は──要約すれば、
セトの道具屋として国内拠点の没収
セトの国内行動への制限と、セトと嫁の国内滞在への制限。
砦とその他金品による補償
セト以外一部の国内での自由の補償
つまり、「魔王なら国の外で静かに暮らしてね。あと騒ぎは持ち込まないでね」という、極めて都合のいい“追放”だった。
セラは書面をひと通り確認すると、小さく息をついた。
──どうせ、あとで都合よく解釈を変えてくるつもりなのだろう。だが、今は特に問題はない。
「軍を使わず魔王を追い出せたんだから、上出来よね」セラは相変わらずの余裕顔。すでに“魔王夫人”として完全に馴染んでいた。
「こっちとしては、関わりたくないだけだからな」アレクは腕を組んで視線を落とす。
「本来なら、君ごと“処理”されてもおかしくなかった。だが結果的に、蓮華会も一歩引いた。……功績だと思うよ」
「ありがとう。褒められた気がしないけど」
セラが茶化すように笑う。
「個人的にはセトは好きだよ。だが、問題視する声も多くてね」
「それに応えたと?」
「表向きはね、実際は両者が暴れてくれた方が都合がいい」
「俺が王位に近づくためには、教会の力と国の力が弱まった方がいいんだが、ボロボロの国を引き継ぐのもいやだからね。加減が難しいんだ」
アレクは皮肉気に笑いながら、机上の書類を軽く指で叩いた。
「火種は多い方がいいが、炎上されると困るってわけ?」セラが揶揄するように聞く。
「そう。燃えてもいいのは“外”だけ。国内で炎上されたら困る」「だから、魔王は国外追放」
「そして、砦で好き勝手に暴れてもらう。国外だからね。国内じゃない」
「追い出す本人がクーデターさせようとしてるのね」
セラは唇を吊り上げる。まるで試すような笑みだった。
アレクはわずかに目を細めた。
「だからこそ、君が“セラフィム=タウロノア”でなく、“魔王夫人”なのは都合がいい。血統の責任も立場のしがらみも──全部脱ぎ捨てた女として扱えるから」
「都合のいい使い捨てってわけ?」「君が返り咲かないことを願ってるよ」
「この国の王族には興味ないわよ」
淡々とサインを終えるセラ。調印書は重々しく巻かれ、儀式は粛々と終了した。
それは**魔王セトの正式な“国外追放”**と、同時に──“新たな日常”のはじまりでもあった。
セラは巻物を抱えて廊下を歩きながら、ふと呟く。
「……ま、国が無くなったら意味をなさないけどね」




