戦いは静かに始まっている
家に戻ると、俺たちはすぐに一室に集まり、家族会議が始まった。
議題は多い。
フィーナのハーレム入りと、リザの保護。
それにアッシュとヴェル、そして蓮華会の過去。
雰囲気は重かったが──やはり、それを軽くするのはセラだ。
「すぐさま襲ってくるなら、もう来てるさ」
そう口にしたセラの一言に、誰かが小さくうなずいた。
「敵も、出方を伺っているのかもしれませんね」
アッシュが腕を組んで、窓の外を睨む。
「……それとも」
ヴェルがぽつりとつぶやいた。
「相手にもされてないのかも」
一瞬、空気が沈黙に包まれる。
「……それがいちばん、腹立たしいな」
俺はテーブルに手をつき、立ち上がった。
「リザを利用して、勝手に実験して、終わったら放置だなんて……」
「……蓮華会の存在は、現在確認されていません」
フィーナが静かに言葉を継ぐ。
「残党か、技術だけを継いだ者かもしれません」
「大教会は?」
「今のところ、それらしい動きはないようです」
ホッとしたような、納得できないような空気が広がる中、フィーナがぽつりと続けた。
「ただ……ガイナス様が、セトさんを呼び出したいと」
その言葉に、皆の視線が一斉にフィーナに向いた。
「……やっぱり、大教会が動いたのか」
俺は眉をひそめる。
「いえ、違います」
フィーナは困ったように眉を寄せた。
「“個人的に話したい”と」
「……それ、もしかして」
ヴェルが肘をつきながら、面白がるような声を出す。
「アッシュのこと、まだ諦めてないんじゃない?」
アッシュが、ほんのわずかに顔をしかめた。
「またそれか……」
俺も思わず頭を抱えた。
「……大教会の意図じゃないのかよ。紛らわしい呼び出しだな」
「でも、あの人なりに本気で心配してるんです」
フィーナがかばうように言う。
「“あなたがたの家が、魔王を育てることにならないか”って……」
「結局、私怨と妄想のかたまりってことよね」
ヴェルが呆れたように肩をすくめる。
「そんな暇ないのにな……」
俺はぼそっとこぼした。
「……でも、話を聞きに行く価値はあります」
アッシュが真面目な口調で続ける。
「今後の教会の動きを読む、貴重な機会かもしれません」
話が一区切りついたところで──パンッと軽い音が響いた。
セラが両手を打ち鳴らし、場の視線を集めた。
「難しい話が終わったなら、お風呂だよ」
セラが手を叩き、わざとらしいほど明るい声で場の空気を切り替えた。
「レンはリザを頼むよ」
静かに頷くレン。そっと隣に座るリザの頭を撫でながら、「ああ」と短く応じた。
「セトは、私たちとね」
ヴェルの声音が甘く響く──けれど、その目は笑っていない。
俺がなにか言う前に、アッシュが静かに立ち上がった。
「異議はありません」
それだけ言って、こちらをじっと見つめてくる。
セラもにっこりと微笑みながら肩をすくめた。
「大事な話がたくさんあるからね。逃げられると思わないことだよ」
……つまり、逃げ道はない。
「わかったよ。覚悟はする」
椅子から立ち上がると、ヴェルの笑みがさらに深くなった。
「ふふっ、いい子。じゃ、脱がせてあげるね」
「待て待て待て、そういう意味じゃ──」
「お風呂って、そういう場所よ?」
アッシュがさらりと言ってのける。
「違う意味で汗が出そうだな……」
俺は小さくため息をつきながら、洗面所へ向かう二人に続いた。
後ろからは、セラの明るすぎる口笛が聞こえてきた。
レンが、白板ボードを片手に俺の背中を見送る。
【セトがんばる】
思わず振り返ると、レンは無表情のまま、ほんのり口角だけ上げている。
「お風呂に入ってくるだけだよ?」
自分に言い聞かせるように呟いてみるけど──それで済むかどうか、俺にはわかっている。
「違う意味で体力削られるな……」