新しい瞳と新しい名前
聖撃教会の地下墓地――その奥の静かな一室で、俺たちは作業にかかっていた。
「そういえばこの子の名前、どうするの?」
ヴェルが唐突に問いかける。
「生前の名前は、まずいか?」
「どこで聞かれるかわからないからね。万一がある」
なるほど。だが、名前を勝手に変えていいものか、少し迷う。
「決められないなら、私は勝手に“リザ”って呼ぶわ」
ヴェルには思うところがあるのだろう。
その響きは優しく、どこか祈りのようでもあった。
「……わかった。リザ、だな。リザ、よろしくな」
ゾンビになった娘に、新たな名が与えられた。
リザは無表情のままだが、ヴェルやアッシュ、レンに対しては、どこか反応が違うように見える。
いや、表情の変化ではない。目の奥、雰囲気のようなもの――確かに、何かがある。
目の下は深いクマが刻まれ、瞳は白く濁っている。
青白く変色した皮膚、露出した内臓の一部……その姿は、まさに生と死の狭間にある存在だ。
「まずはお腹部分の修復と目だな」
「目の方は……白濁がひどいな。完全に濁ってる」
ヴェルとアッシュがリザの顔を覗き込み、低く呟く。
――その時だった。
「それなら――持ってきました」
地下の重い扉が、静かに音を立てて開いた。
銀の箱を抱え、フィーナが姿を現す。
「再生聖石の結晶です。この子のために、その中でも高純度のものを、宝庫から持ってきました」
「……いいのか?貴重なんじゃないのか?」
「マグナス様の了承も得ています。“使いどき”だそうです」
フィーナは静かに笑った。
その笑顔に、レンが一瞬だけ目を見張る。
「フィーナもマグナスも、大教会にバレたらヤバいだろ」
「その時は独立宗派になるまでと言ってました」
フィーナが胸を張る。まぁここの筋肉祭りはすでに隔離されてるみたいなものだから。
独立しても変わらないだろうな。
「私たちも、あっちに義理立てがあるわけじゃないしね」
アッシュもヴェルも、協力してはいるが、教会の下についてるわけでもない。
「よし……じゃあ、始めよう」
目の手術は、濁りの除去と、再生聖石の薄片を挿入する作業だった。
フィーナの補助のもと、俺が器具を握る。
人の身体を治すのは初めてだ。美術品を修復するのとは訳が違う。
レンのときは、骨に肉をつける“創作”のようだった。だが今回は違う。命を感じる。
緊張で汗が止まらない。
だが――治せるなら、治したい。リザに、もう一度“未来”を渡したい。
フィーナの治癒魔法と、俺のワンドによる固定処理が進む。
小さなため息と共に、リザの瞳に、光が戻った。
「……見える?」
フィーナがそっと問いかける。
リザは、ゆっくりと瞬きをし――その目で、俺たちを見つめる。
そして――ほんのわずかに、笑ったように見えた。