聖撃、再訪。モナの匂いチェック
留守の間、屋敷は穏やかだったらしい。
だが玄関をくぐった途端、モナがすぐさま飛びかかってきた。
「……ん、帰ってきた」
それだけ言って、モナは顔をうずめる。胸元、脇、背中──念入りに、そして執拗に匂いを嗅ぎはじめる。
「おい、犬じゃないんだから……って、お前、ちょっと……」
すん、すん、すん。
「浮気でも疑ってる?……心配はないって。もう一人、嫁が同行してたんだから」
モナはぴくりと動きを止めた。
「……そう。じゃあ、アッシュとは何もなかったって、言えるわね?」
「ちょ、やめ、怖いからその目」
「アッシュなら問題ないだろ。ハーレムの一員だよ」
相変わらずセラがいる。いや、いてもいいんだが。
「君ならゾンビの花嫁くらい連れてきてもおかしくない」
相変わらずどこからか覗いてるんじゃないだろうか。
「とりあえずは、人様のお嫁さんだよ」
「そうか」
それだけで何かを悟ったのか。どこまで知ってるのか読めない。
だが深くは追求されなかった。
「帰ってきて早速だが、ちょっと聖撃に行くよ」
そう告げると、ルナの顔がぴくりと引き攣った。……あそこ、そんなに嫌か?
そんな中、レンだけが黙って俺を見ていた。琥珀色の瞳が、静かに俺を映す。
やがて、彼女は俺の手をとると──そっと自分の胸元に添えた。
「……ただいま」
その一言に、レンはほんの少しだけ目を細める。そして、すぐに手を離した。
セラとはまた違う意味で、レンには見透かされている気がする。
「ルナ、心配しなくていい。今回はレンとモナだけ、一緒に来てもらうつもりだ」
そう告げると、少し張り詰めていたルナの肩が、わずかに緩む。
「なんだい、仲間はずれはよくないな」
背後から聞こえたセラの声に、ルナがびくりと反応した。振り返ると、彼女は小さく首を振っていた。
「い、いえっ……わたしは」
そう言いながら、ルナの頬がぴくりと引きつった。何かを思い出したのか、その顔は明らかに引いている。
──やはり、“あの場所”には相当なトラウマがあるらしい。
「いや、稽古場の若者たちと大差ないと思うぞ。掛け声はちょっとアレだけど」
言い訳のつもりで付け加えたが、その「ちょっとアレ」が決定的にダメな気がしてきた。
◇■◇
「汝隣人の筋肉を超えよ!」
慣れてきたのか、一緒に「超えよ!」っていいたくなってくる。
俺も毒されたのかな、上半身の筋肉を見せびらかす若者達が、俺の顔を覚えているのか。
ポージングを決めながら道を開けてくれる。ポージングいるか?
モナも女性ファンが多いのか手を振られてるな。本人は俺の袖を離さない。
「モフられるだけだろ」
モナに言うと
「じゃぁセトはちょっと握らせてって言われたら嬉しいの?」
「どこを!?いやどこの問題じゃないな。ごめんなさい」
ポージングの若者たちを抜けた先、俺は周囲を見渡して──ようやく、あることに気づいた。
「……ヴェルとアッシュがいない」
先に来ているはずだった。あの二人がこの聖撃に来て、目立たないわけがない。
モナも気づいたのか、袖をつかんだ手に力がこもる。
「……遅れてるんじゃないの?」
モナがそう言ったが、俺はなんとなく違和感を覚えて周囲を見渡す。すると、人混みの隙間から見覚えのある緑の髪が揺れているのが見えた。
フィーナだった。
「ごめんなさい。先にはじめてました」
今回ここに来たのは、あくまで“挨拶”のためだ。教会と直接の繋がりがない俺の人間性を、聖撃のトップが見定めたい──そんな名目だった。
……片足どころか、嫁共々、もう思いっきり突っ込んでるんだが。
だが俺としても、レンとモナには、何が起きているのかを見ておいて欲しかった。