絆を結ぶもの
階段を降りるたびに、空気が変わっていく。
地下墓地は乾いていて冷たく、まるで空気自体が死んでいるようだった。
フィーナの案内で、俺たちは奥の隅にある一室へと向かう。
レンとモナが無言でついてくる。アッシュとヴェルはすでに中にいた。
ゾンビ娘は拘束されていない。ただ、ヴェルが手を繋いでいる。
そして、……なんだ、あの筋肉の塊は。
皮膚が裂けそうなほどの筋繊維。
俺が思わず立ち止まると、フィーナが横で小さく会釈した。
「ご紹介します。聖撃の長。ヤマ=ド=マグナス様です」
……聞いてた話と違う。
「おじさんでお姉さん」って聞いてたんだけど──どう見ても、おじさんだ。
そしてでかい。
“おっさん of おっさん”。
「……お姉さん要素は?」
「気持ちは女性らしいそうです」
それ説明になってないだろ、フィーナ。
「いちごちゃんの話は、また後でな」
おっさん──いや、聖撃の長が、何でもないような顔で言った。
俺はそっと言った。
「いえ、後でも結構です。できれば、封印でお願いします」
マグナスは「そうか、残念だ」とだけ微笑んだ。
──助かった。
そう返しながら、視線は自然と彼の背後へと向いていた。
……そこに、メイド服が、丁寧に畳まれて置かれていた。
んん。これはいけない。
レンが前に出て、ゾンビと向かい合う。
間に合わせの人工スキン。その奥の濁った目。それでも、ゾンビは微かにこちらを見ていた。
レンはゆっくりポーチから紙と鉛筆を取り出す。
ひとこと、そしてまたひとこと──迷いなく書いていく。
【まだ、心があります】
【でも、“見た目”に引っ張られてる】
俺が目を通すと、レンはそのまま紙を次にめくった。
【自分が、何なのか分からなくなってる】
【だから、暴れる。違うって言いたいのに、言えない】
俺は無言で紙を受け取り、そっとみんなに見えるように置く。
【わたしも、ずっとそうでした】
レンが筆談を終え、ゾンビの方を見つめたまま黙って立っていると、マグナスが一歩前に出た。
その声は、意外なほど穏やかだった。
「君は……ダンジョンの“最強スケルトン”らしいな」
その一言に、フィーナがわずかに目を見開く。
「……最強……?」
ああ、そういえば。フィーナには話してなかったんだった。
でも、マグナスは知っていた。ということは──聖撃の、いやマグナスの情報網、恐るべしってやつだ。
「……まさか……最強の……でも、レンさんは普通に……会話……」
言いながら、途中で言葉を詰まらせた。
「いや、筆談ですが、あれ……」
混乱しながらも状況を理解しようとするその声に、レンが静かに紙を差し出した。
【言い出せなくて、ごめんね】
その一枚を受け取ったフィーナは、しばらく無言で読み──そして、そっと微笑んだ。
「わかりました。私の混乱は、ひとまず置いておきます」
フィーナが姿勢を正し、レンに向き直る。
「『見た目に引っ張られる』
とは……どういう意味ですか?」
レンは少しだけ考え込んでから、紙に書いた。
【私がスケルトンの時は、人の心が薄かった】
【でも、セトが手を、顔をくれた時から──人の心が、増えた気がします】
そして、筆を止めると、少し首を傾げる。
【ごめんなさい、説明が下手です】
そのときだった。
「いや、わかるぞ」
マグナスが唐突に、深い声で割り込んできた。
「見た目が、その人間の心を増幅させる。そういうことだろう?」
そう言って彼は、無言で背後から──巨大なメイド服を取り出した。
「これを着た時、俺は“いちごちゃん”になる」
堂々と断言した。
「……そういうことだろ」
……誰も返せなかった。
一瞬の沈黙。誰もが理解した。いや、理解してしまった。
──わかる。
……でも、全部台無しだよ。
その時、アッシュが動いた。
トン、と軽く足音を鳴らしてマグナスに近づくと、静かに囁いた。
「マグナス、少し外の空気を吸いに行きましょうか」
「え、でも……今、いい例えを──」
「今すぐ、です」
わずか数秒。筋肉の塊は、音もなく連れていかれた。
あれ? ここで一番偉い人なんだよな?
いやアッシュの方が上なのか。
扉の外で説教でもされるのかな。
マグナスが連れ出されて空気が落ち着いたころ、俺はもう一度、ゾンビに目を向けた。
連れ出す時に最低限の人工スキンはした。レンは「心が残っている」と言った。
そして確かに、さっきからずっとこちらを見ている。
「外見に引っ張られる──それは、なんとなくわかった」
自分でも気づかないうちに、どこかで決めつけていたんだろう。
「なら……ダメ元でも、レンと同じ道を辿ろう」
言いながら、また無自覚に足を踏み入れた。
俺の言葉に、誰も笑わなかった。
レンはじっとゾンビを見つめ、モナは少し不安そうに俺の袖を引っ張ったが、離しはしなかった。
フィーナは、何かを呑み込むように、黙って頷いた。
そのとき、マグナスが戻ってきていた。……さっきとは別人のように静かだった。
「必要な人工スキンはこちらで用意しよう」
唐突に、そう言った。
「その子を、人として”修復する」
俺は目を瞬いた。
「……それって」
「君がそうしたいのだろう?なら、その任を君に託す。何より私もそれを見たいのだよ」
マグナスが静かに言った。
「死んでから戻ってくる聖職者を、“聖人”と呼ぶのだとしたら……」
視線は、セトとレン、ゾンビへと巡る。
「君達は──なんと呼ばれるのだろうな」
少しの間を置いて、セトが肩をすくめる。
「さあ……この二人はわからないが、俺は“最強のヒモ”らしいですよ」
セトが苦笑い交じりに言うと、モナが小さくつねってきた。
レンは【私はただの嫁】とだけ書いた。
その様子を見たヴェルとアッシュが、どこか安心したように微笑んでいた。
その様子を見ていたマグナスが、感慨深げに呟く。
「……“繋ぎ止めるヒモ”、か。絆を結ぶ……うむ。実に象徴的だ」
勝手に解釈が深まってる。
いやそれ、靴紐とかの意味じゃないんだけど。
セトは少し肩をすくめて言った。
「うん、まあ……そうしておこう」




