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庭園の少女と

「ごめんね、面倒ごとに巻き込んじゃって」

 珍しく、ヴェルが弱気な声を出す。


「家族が悩んでるなら、助けるのも家族だろ」


 ヴェルだけなら“夫”としての義務かもしれない。

だが今回はアッシュも関わっている。俺は、彼女のことも家族だと思っている。


 領主の館は閉ざされていると聞いていた。

 だが、夜にヴェルと共に訪れると、その扉は静かに開いた。

 現れたのは、痩せこけた男性――かつてこの村をまとめていた男。


「待たせたわね、トーマス」

 ヴェルがそう声をかける。


 この男――トーマスは、ヴェルとアッシュの古くからの知り合いだという。

まだ教会に属する前からの関係。そして、その娘もまた、知っている子だった。



「……ガイナスの言うとおり、トーマスの娘でなければ、私たちもすでに焼き払っていたかもしれない」


 アッシュの言葉に、ヴェルもうなずく。


「それくらい、私たちは“冷血”ではあるのです。……けれど、それでもやらなかった」


「ここが特別だったから……というより、たとえ別の場所でも――やらなかったかもしれない」


 そう言って、ヴェルはセトの方へと視線を向ける。


「……少なくとも、あなたに会ったから。 そんな“考え”が、生まれたのです」


「そしてあなたならどうするか、知りたくなったの」


窓から庭園が見える。月明かりで後ろから見る少女は、普通に見える。

だがその顔は土気色で、目が窪んでいる。


明らかに生きてはいない。白かったであろう衣服は血が渇き汚れている。

ただ、その少女はその庭園から出ようとはしなかった。


「あの子は、あそこがよほど好きなんだな」


「トーマスさん、二人ほど俺はあなたと娘さんをよく知らない。だから軽はずみなことを言うかもしれない」


「村人もあなた達をよほど慕っていたのでしょう。感染源と疑いながらも、ここを最後にするくらいに」


「弔う覚悟整える時間を与えていただいたんだと思います」


「最後は綺麗な娘さんの姿で見送りませんか」


泣き崩れるトーマス。まだ踏ん切りがつかないのだろう。

動く娘は死んでいない。いつか戻れるかもしれない。


そんな思いもありがならも、村人達が焼かれる様も隠れながら見てきただろう。

ここまで慕われる領主だ。彼の決断は尊重される。


「アッシュ。俺は父親として失格だ。領主の座を捨てることもできない」


 トーマスの嗚咽が続く中、アッシュがゆっくりと歩み寄った。

「……トーマス、それ以上は言わなくていいわ」

 その声音は柔らかく、けれど揺るぎない。


「古い友人として――私たちが勝手に動く。それだけのことよ」

 トーマスが顔を上げる。その目に涙がにじんでいた。


「アッシュ……」


「恨んでもらって構わない」

 そう言ったアッシュの目は、少しも揺れていなかった。

 そして隣に立ったヴェルもまた、静かに頷いた。

「……すまない、アッシュ。すまない、ヴェル……」


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