スコーンと蓮華
ダンジョンから戻った俺は、顔を得た彼女と共に、かつての自分の店――いや、今や担保に取られた“元”自分の家へと向かった。
ドアを開けた瞬間、ふわりと上品な紅茶の香りが鼻をくすぐる。
テーブルには書類。そして――なぜかスコーン。
「……って、おい!」
思わず叫ぶ。そこには、我が物顔でソファに座り、紅茶を啜るセラの姿があった。
「やぁ、帰ってきたねセト君。まったく、空気がこもってて換気が大変だったよ」
「いやいや、なんで勝手に人ん家入ってんだよ!」
「管理者だからね。担保ってそういうもんさ。返済されてない間は、私の自由にしていいって話だったろ?」
「勝手が過ぎるだろ……! しかも深夜だぞ!」
「確かに、若い男女が深夜に戻ってきたら、いろいろ想像しちゃうよね」
軽口を飛ばすセラの視線が、少女の顔のスケルトンへと移る。
「……この子が、君の可愛いお人形さんか。思ったよりデカいな」
メガネの位置を直しながら、セラはじろじろと少女を見つめる。
その視線が、冷静すぎて逆に怖い。
まるで美術品でも査定するように、舐めるような視線で彼女を見回す。
「人工スキン……それに、宝玉の目。前回の材料でここまで仕上げるか。
なるほど。――“最強”を、こう仕立てたわけか」
セトの背筋が一瞬、ぞくりとする。
「……まさか、お前――」
「ふふん、君ってさ、本当に――黙って何かやらかす天才だよね」
セラは満足げに微笑む。
全部バレてる。完全に。
「で、ここに住むつもり?」
「ああ。他に行く場所もないしな」
観念した俺の声は力がない。無表情――だが、その指先が、ほんの少しだけセトの袖をつまんだ。
「――却下。却下だよ」
ぱん、と手を叩いてセラが言う。
「若い男女が一緒に暮らす? しかも、ほぼ素っ裸で? 倫理感が迷子すぎる」
少女が首を傾げる。セトが慌てて補足する。
「いや、マントもスカートも履かせてるから!」
「肉もないけどねぇ。けど、そういう問題じゃないんだよ」
セラはにこにこと言いながら、少女を観察していた。
「むしろその状態の方が、刺さる層がいるかもしれないね。私は違うけど」
「お前は何を見てるんだ……」
「で、名前は?」
「……あー」
「知らないのか?」
「……聞いてなかった」
沈黙。
そのとき、スケルトン――少女は、懐から一本の柄を取り出す。
刃の欠けた、古びた剣の柄。そこには、小さな花の紋様が刻まれていた。
「これは……蓮の花だね。レンゲ、か」
セラが目を細める。
「――レン、でいいのかな?」
その言葉に、少女はゆっくりとうなずいた。
「なるほど、レン。私はセラで、こっちはルナだ。よろしく頼むよ」
奥で控えていたルナも、軽く会釈する。やや睨んでるのは気のせいじゃない。
「それはそうと、もっと人工スキンを使いなよ。表情が硬いじゃないか」
「透けてないから問題ないと思ったが……量が増えると、表情も変わるのか?」
「うん。今回の人工スキンは、ある程度“筋肉”の役割もするからね。安物じゃ無理だけど」
セラはレンの前髪を軽く弾きながら、にやりと笑う。
「この髪……君のかい?どうりでスッキリしてると思った」
「売るために伸ばしてたから、ちょうどよかったんだ」
セトは少し照れながら答える。
「ちょっと短いね。長い方が隠せるし都合がいいけど――金がないなら仕方ない」
そして、ふいに話題が切り替わる。
「さて、本題だ。最近、東の通りで“白虎”が発見されたのは知ってる?」
「白虎……実在したのか?」
セラは椅子に体を預けて、ゆるく笑う。
「うん。雪みたいに白い毛並み、鋭い眼光――美しい獣だったそうだよ」
「討伐依頼が出てるのか?」
「そう。タテガミが高く売れるからね。君の家なら三軒は建てられる。
腕に覚えのある連中がこぞって挑んでるけど……誰も戻ってきてない」
セラの目が光る。
「どうだい、“最強”がいるなら挑戦してみないかい?」
セトはレンの方を見る。
レンは無表情――だが、ほんのわずかに首を傾けた。
「……いや待てよ。名前をつけたばっかだぞ? そのレンをいきなり白虎狩りに連れてくのは――」
「狩りじゃないさ、調査だよ。ついでにタテガミの一本でも拾えたら、ラッキーって話」
セラが軽く肩をすくめる。
「君はどう思う? 最強さん」
レンは静かに、しかしはっきりとうなずいた。
「決まりだね。調査代は前払いで人工スキンを追加しておくよ。
笑顔がぎこちないままじゃ、かわいそうだしね」
「もし何も得られなかったら?」
「無収穫でも状況がわかれば報酬は出すよ。拾得物があれば、追加報酬」
セラは優雅に紅茶を啜る。ルナは無言でテーブルを片付けている。
セトは早く帰れと言わんばかりに、スコーンをひとつ盗み取り、レンは剣の柄をそっと抱きしめていた。
ご指摘いただいたので立て髪をタテガミと表記し直しました。鬣だと文字が潰れて読めないのでカタカナ表記にしておきます。ご指摘ありがとうございます。虎のタテガミってなんぞやと思いますが、創作のモーナフェルムという獣にてご容赦ください。