安全対策という名のマーキング
今日は、筋肉じゃない方の教会にきた。
……いや、“大教会”というべきか。
荘厳で、重苦しく、どこか神聖な空気が満ちている。
その中を歩くヴェル。
人外狩り《ブラッドレイン》の名は、ここでも知られていた。
彼女が一歩進むだけで、周囲の空気が変わる。
偉そうな神官連中ですら、さりげなく道を空ける。
そんな中――ヴェルが手を握る相手、俺だ。
しかも、恋人繋ぎ。手汗がやばい。逃げ出したい。
けど、離さないでいてくれるのが嬉しい。
いや違う、そういうんじゃない。……たぶん。
視線が刺さる。俺に。
「……ヴェル、そろそろ離してもいいんじゃないか?」
「やだ。もっと見せつけたい」
それだけじゃない。ヴェルは、指を絡め直すように、何度も握り直す。
手のひらを撫でるように動かしてくるその指先が、異様に生々しい。
「おい……場所を考えろって」
「考えてるよ? だから、見せつけてるの」
耳元に囁く声すら、ぞくりとする。
教会の荘厳さが逆に背徳的に感じられて――やばい、俺の脳が完全にキャパオーバーだ。
「私が熱を上げてる様子を見せた方が、セトが安全なのよ」
「手を出すなってことか」
「そう、私を手なづけるのは無理でもセトを狙うのはいるわよ」
「その理屈はわかったが、楽しんでるよな」
「楽しんでるわよ」
ヴェルがそう言って笑うが、純粋にヴェルのファンも俺を睨んでるぞ。
その空気を切るように、すっと一人の女性が近づいてきた。
「――あの、聖職者の目の毒なので、控えめにお願いします」
声の主はフィーナだった。
今日は戦闘服姿じゃなく、白銀の縁取りが入った白い司祭服を纏っている。
どこか聖なる気配すら感じる、背筋の伸びた姿勢。
そういえばこの人、聖騎士様でそこそこ偉いんだった。
「おはよう、セト。それに……仲睦まじいのは結構だけれど、ここは大教会ですので」
さらっと注意しつつ、俺には優しく笑いかけてくる。
だが隣のヴェルは、悪びれる様子もない。
「ねぇ、フィーナ。司祭様のくせに、恋する女の邪魔をするのはどうなの?」
「名ばかりの司祭で、なんの権限もないですよ。いじめないでください。ヴェル様」
聖騎士で名誉司祭ということらしい。
任務を共にしてるヴェルとフィーナは顔見知りのようだ。
軽いじゃれあいなのだろう。そうだよね?
「それで、セトはヴェル様とはどう…」
「私の夫」
食い気味に宣言するヴェル。
フィーナだけでなくその場にいる全員に宣言するためでもあったのだろう。
聖職者たち全員が、一瞬沈黙した。
視線が痛い。背筋がむず痒い。
……俺の心がもたない。
落ち着かないので、フィーナに話す場所を用意してもらった。
せめて、扉の向こうで冷やかされるくらいの距離がほしい。
案内された部屋は、厚い扉で守られた静かな応接室だった。
ようやく落ち着いて座れた俺たちに、フィーナは手早く報告を始める。
「……ヴェルさん、そろそろ手を離してもいいと思いますよ」
「やだ」
ヴェルが即答するのを、フィーナが軽く溜息で受け流しつつ話を続けた。
「ダンジョンの第九階層より下は、構造が明らかに異なります。遺跡というより……研究施設のような作りです」
「研究施設?」
「はい。錬金術とも似て非なる、何か――高度な意図を感じます」
ヴェルは真剣な顔で聞いている。
「そして、ゾンビの大量発生が確認されています。偶発的なものではなく、意図的に制御されている可能性も」
「誰かが作って、放ってるってことか?」
「可能性はあります。発生源から近い村に被害が及び始めていると、報告もあります。救援部隊を手配していますが、手が足りないのが現状です」
ヴェルが小さく舌打ちをした。
「やっぱり、遊んでる暇なんかないわね。私たちも動くわよ」
「ヴェル様が動いてくれると心づよいです」
「今回は報酬も貰うわよ」
「珍しいですね。今までは用意しても受け取らなかったのに」
「新婚で色々必要なのよ。以前の分は寄付でいいわ。なんなら筋肉教会宛でもいいわ」
「聖撃教会です!」
そこだけは譲れないらしく、フィーナが少し声を張る
やはり二人は仲が良いのだろう。




