邂逅と炎と迷い
9階層は金属剥き出しの壁が目立つ。壁から何から金属製だった。
巨大な工作機。そんなふうに見える。
時折くるゾンビを先頭のヴェルが倒していく。
こないだの7階層よりは少ないが、ヴェルが苦労しているようにも見えない。
このヴェルもレンと同じか、それ以上に強いのか底が見えない。
「アッシュ、あれ」
ヴェルの呼びかけに、アッシュが足を止める。
その先には、重々しい扉がひとつ。閉じられたままなのに、俺にでもわかる。――この奥には、“何か”がいる。
モナの顔が凍りついている。「お父さんの匂いがするのに……死んでる匂いもする……」
ガタガタと震え出すモナ。
ヴェルが扉を開ける。人が入れそうなパイプが張り巡らされた部屋の奥にそれはいた。
モーナフェルム。モナとは違う黄色のそれは半分腐っているように見える。
「お父さん」モナは涙しながら近づくが、俺が止める。あれは、危険だ。
モナの力なら、俺程度は振り解ける。だが、それをしないのはモナもわかっているのだ。
あれは、かつての父親ではないと。
「お父さん……っ!」モナの声は震えていた。
その瞬間、ゾンビと化した父が顔を上げ、かすかにモナの名を口にしようとした――ように見えた。
だが次の瞬間、呻き声とともに暴れ出す。
レンとヴェルがゾンビの行手を塞ぐ。ヴェルのショートソードがゾンビの目を貫く。
並のゾンビなら、脳を壊されると止まる。だが、動きを止めるようには見えない。
二人が、ゾンビを遠ざけるが、決め手にかける。
ヴェルはともかく、レンに迷いがあるように見える。
モナは震えている。
何度かの交戦の後ゾンビがパイプへ隠れた。
張り巡らされたパイプのどこかを移動している。
出てくる先は、なんとなくわかる。俺たちの場所、いやモナのところだ。
意識が無いように見えるあれが、モナの声には反応した。
確証はない。
「……来るぞ」
パイプが邪魔してレンとヴェルは間に合わないだろう。
モナは覚悟を決める。兜割を構え。待ち構える。
パイプの裂け目から、腐敗した腕が突き出される。
ゾンビが、モナの目の前に姿を現した。
だが――
モナの刀がそれを止めた。
兜割の一撃。返す刃で喉元へ――
だが、倒れない。
「っ……!」
そのときだった。炎を纏うように現れたアッシュが、片手でゾンビの爪を掴んだ。
「少しだけ、別れの時間をあげます」
その声は静かで、しかし確かな強さがあった。
ゾンビと化した父は、アッシュの手の中でもがくが――それ以上、進めなかった。
「モナ。伝えたいことがあるなら、今です」
モナは震える唇を押さえ、恐る恐る一歩、また一歩と前へ進む。
目の前にいるのは、もはや父とは言えない姿だ。だが――それでも。
「お父さん。探したよ」
モナは刀を強く握る。
「お父さんみたいに強くないけど、私頑張るよ」
その背中を、追いついたヴェルとレンが黙って見つめている。
レンが前に出ようとするのを、ヴェルが手で制した。
「モナお前がやる必要はない」
俺は口に出してしまう。
刀を構えたモナは、目に涙を溜めている。
俺は、モナの手を握る。
「……お前は、頑張った」
モナの手は冷たく、固く震えていた。
その手を包み込むようにして、俺は刀を下げさせる。
「でもな、父親殺しまでしなくていい。たとえゾンビでも……お前は、あれを父親として見てる」
モナの瞳が揺れる。涙が溢れる。
「もう、よろしいですか」
振り返るアッシュの瞳は優しい。けれど、その奥には微塵も揺るがぬ決意がある。
その意味を、モナも理解していた。言葉にはできず、ただ黙って頷いた。
「……私のことを、恨んでくれて構わない」
その言葉とともに、アッシュの手が燃え上がる。
炎がゾンビを包み込んだ。




