【レン挿絵】無言の剣戟、無言の視線
「ははっ、お嬢さんがたも面白いが……そっちの青年も、だいぶ面白いな」
老人が声を上げる。楽しげに笑いながら、ちらりと俺を見る。
「さすが、最強と伝説の花婿だな」
その言葉に、どきりとする。
「セラが楽しそうに言っていたよ。この目で見るまでは半信半疑だったがね」
老人は実に楽しそうだ。てか、見られてた。いや……聞かれてた!?恥ずか死ぬ。
「さて……レンさん、だったかな」老人はレンに目を向ける。
「君とは、あのダンジョン以来だな」
そう言いながら、壁際に歩み寄り、一本の武器を手に取る。
それは、**棍**と呼ばれる武具。
老人の背丈よりやや短い鉄の棒。重量は相当あるだろう。
だが、それを軽々と回転させ、腰の位置でぴたりと止めて見せた。
「……あの時の武器はこれだったかな。まあ、君は覚えていないかもしれんが」
レンは答えず、壁の武器棚へと視線を移す。そして――バトルアックスを見る。
長柄と短柄が上下に並んでいたが、彼女が手に取ったのは、持ち手の短い方。
振り返り、無言で老人へ向き直る。
「……偶然か、それとも覚えているのか?」
老人の目が細くなる。
「確かに、君はあの時、その武器を使っていたな」
嬉しそうに微笑みながら、軽く息を吸い込んだ。
「――あの時は、夢中で名乗ることもできなかった。改めて名乗ろう」
「ルナの祖父で、現役武道家のディグという。孫ともども、よろしく頼むよ」
その言葉と共に、場の空気が一変する。
棍が、ゆるやかに円を描き始める。レンの肩口、顔、胴体――順に狙いを定めるかのように、静かに回る。
レンは腰の位置でバトルアックスを構えた。刃がディグから見えないように角度を取る。
――そして、数度目の円を描いた、その瞬間。
ディグの肘が真っ直ぐに伸びる。閃光にも似た一閃――踏み込みも、腕の伸びも、放たれた棍の動きも、一筋の光のように。
速い。鋭い。レンの肩口を――貫いたように、見えた。
だが、次の瞬間にはレンが踏み込んでいた。滑るように、低く。
ディグの引き手はそれよりも早い。棍を腰位置で止め、横に一閃。
レンは、その動きと同じく身体を回転させる。開始地点と正反対の位置で――二人は止まる。
「ははっ……嬉しいね」ディグが笑う。懐かしむような声音。
「今回は一撃を出させなかった。そしてあの時は一撃で負けた」
口調は柔らかい。だが――目は、変わらない。鋭く、獲物を見定めるような目だ。
再び、棍がゆっくりと円を描く。だが今回は――一周する前に、棍がレンの胴へと走る。
レンは、踏み込む。ブラウスを貫かれながらも、バトルアックスでその一撃を受ける。
金属の音。火花。
「……しまった。見た目に、騙された」
ディグは楽しそうに言う。
「いや――言い訳だな。 背骨を砕くつもりで放ったが……僅かに交わされた」
「おじいちゃん、やりすぎです」
ルナが少し前に出て制止しようとするが――レンが、首を横に振る。そして、ふっと微笑んだ。
あの笑みは、あれだ。本気で楽しんでる顔だ。
「ルナ、大丈夫だ。レンは――まだやりたそうだよ」
俺がそう言うと、
「さすが婿殿だな」ディグがわざとらしくウィンクしてきた。
「アイコンタクトは、得意なようだ」
いや、老人のウィンクに価値はない。そしてさっきのアイコンタクト――完全に見られてた。
心を無にしよう。大丈夫。
レンは壁に戻って、バトルアックスを置く。
代わりに、自前のショートソードとバックラーを手に取った。
ショートソードは二本。セトの目に馴染んだ、いつもの“レンのスタイル”。
――これが、今の彼女にとって、最も“強い姿”なのだろう。
ディグもまた、トンファーを両手に構え直す。
さっきまでの殺気は、すでに消えていた。あるのはただ、技と技が交差する――。
音だけが響く。二人は、日が暮れるまで存分に打ち合った。
モナは途中で、静かに眠ってしまった。俺はその隣に座って、二人の戦いをただ眺めていた。
ルナがそっと毛布をモナにかける。その横顔が、少しだけ――笑っているように見えた。
そんな空気の中、ふと振り返ると。
……セラが、小部屋の外からこっちを覗いていた。
音もなく。気配すらない。まるで影のように。
視線が合った瞬間、
彼女は――ニヤリと笑った。
おい、やめろ。その顔。
怖い。いつからいた?
セラのヒロイン回楽しみにしているかたいたら、
リアクションボタンだけでも押していただけると捗ります。
壊れゆくセラと作者。 ではまた。