来る、きっと来る
1話抜かして投稿してました。失礼しました。
玄関のドアがガチリと鳴る。
鍵を開ける音だ。
この家の鍵を持っているのは、俺と――そして現在の大家、セラ。
……あいつ、来やがった。
だが開かない。そう簡単にはいかない。
椅子でロックし、タオルで隙間を埋め、布で目張りまでしてある。
人影が、ドアの隙間から覗こうとしてくる。
「……怖ぇよ。ホラーかよ」
情けない話だが、こんな対策を知人相手に取る羽目になるとは。
「セト君!つれないぞ!愛すべき私を締め出すなんて!
あの夜の言葉は……嘘だったのかい!?」
「どの夜のことだか知らねぇけど、帰れ」
人影は消えない。
……こいつ、しぶとい。
「なんか進展あったかと思ってさぁ。帰り早かったし~」
どこまで監視されてるんだ。
やだ怖い。暗闇のスケルトンの方がまだ愛らしい。
「レンが怪我というか、服も破れたから直し中だ。後にしてくれ」
「君に任せとくと、白虎剥製にしてそうで怖いんだよ」
モナの顔が青ざめる。
レンがそっと、彼女の頭を撫でている。
無言でいてくれるのはありがたいが――いや、モナ本気で怯えてるな。
あとレン、お前もだ。
剥製にしないから、そんな目で見るな。
……諦めたのか、人影がスッと消える。
だが――これしきでセラが諦めるはずがない。
静かなうちに話を戻そうと思ったが――二人とも、明らかに警戒してる。
「立て髪あげれば……剥製にされない?」
モナが涙声でつぶやいた。やだ、興奮しそう。いや違う、今のは違う。落ち着け俺。
「立て髪なくても、剥製にはしない」
その言葉に、レンは警戒を解いてくれたようだ。ショートソードをそっと置く。いや、いつ持ってたの?やめて、怖いし。心が傷つく。
「……モナ?」
黙り込んでいたモナがびくりと肩を揺らす。見ると――耳が真っ赤だった。人の方も、獣の方も。
「わかった。でも、立て髪はやる。負けを認めた獣人は、立て髪を切るし……それに――」
目が、うるうるしてる。やめろ、俺はレン一筋だ。でも、可愛いじゃないか。やめろほんとに。
モナはその後、何も言わなかったが――髪は切ってもいいらしい。
「……それはありがたいが、本当にいいのか?別に、手当が済んだら出て行っても大丈夫なんだぞ」
言いながら、自分でも気が引けた。無垢な少女を“騙してる”ような気持ちになる。
「大丈夫、もう決めた。……だけど、しばらくここに泊めてくれ」
傷の手当もあるし、構わない――そう言葉を告げる前に、モナは静かに、髪を上げた。
細い肩と、白いうなじが露わになる。長く、軽くウェーブのかかった銀髪が、揺れながら煌めいた。
魔法防護の加護などなくとも、この髪を欲しがる人間は多いだろう。俺は、思わず口にしていた。
「……綺麗だな。切るのが勿体ないよ」
それは、心からの素直な感想だった。
「……いいから早く切れ。 さっきの怪しいのが依頼主なんだろ。ぐずぐずしてるとまた来る」
モナは耳を真っ赤にしながら、早口でまくしたてた。
レンがそっと、ショートソードを差し出す。
俺は受け取り、モナが掲げた髪の根元――指で束ねられたその部分に、そっと刃先を滑らせた。
できるだけ散らからないように、ゆっくりと、丁寧に。
持ち主から離れてもなお、美しかった。
切り終えると、モナの目には涙が溜まっていた。
――すごい、罪悪感。胸が痛む。
そしてその直後、モナがふいに俺に抱きついてきた。
言葉にならない嗚咽が、耳元で震える。
レンは何も言わず、ただ静かに、モナの背を撫でていた。