恋は落ちるもの
落ちたのは体だけじゃなかった。心も、しっかり落ちていた。
あの時から俺の生活は一変した。
ダンジョンの穴で落下した。
俺はセト。道具屋をやってるが、戦闘力はほぼゼロ。
修理が得意で、壊れたモノを“いちばんいい状態”に戻すのが自慢。
小さな店も持ってたし、慎ましく好きなことをして生きていくはずだった。
――金をド派手に使いすぎるまでは、な。
少しでも稼ごうと、荷物持ち枠でダンジョン探索に参加したら――
まさか、あのスケルトンと出会って、運命がバグったってわけです。
「うおっ!?」
足場が崩れて、俺は盛大にダイブ。
落下の最中、仲間の声すら聞こえなくなった。どんだけ深いんだよこの縦穴!
そして――そこに、“いた”。
全身が骨。ショートソード二刀流に、黒光りするバックラー装備。
静かに、堂々と立っている。
――伝説の、最強スケルトン。
100年無敗とか、近場の流派をすべてマスターしてるとか、出会った冒険者が、その後なぜか廃業するとか――
とにかく、強い!以上!
(あ、詰んだ)
逃げ場ナシ。武器ナシ。あっても絶対勝てる相手じゃねぇ。俺はもう悟りの境地で、大の字になって寝転がった。
「戦っても無理。せめて苦しまない感じで頼むよ……」
……が、スケルトンは動かない。見下ろしてるだけ。武器も構えず、ただそこに立ってる。
緊張の糸が切れたのか、俺はそっと目を閉じて――
そのまま寝落ち。
我ながらメンタル強すぎ問題。
目を覚ますと、なんか体にふわっとした感触。
「……枯れ草?」
これスケルトンが? 布団のつもりか?
理由わからないが、ありがたい。
草があるならヒモが作れる。
細いヒモでも合わせれば丈夫な縄になる。
数時間、俺は黙々と枯れ草を編んでいた。
この穴、ガチで深すぎて登れない。なら作るしかない。めっちゃ長いやつ。
そんな俺を、スケルトンは黙って見ていた。微動だにせず、マジで“静かな監視”。
……で枯れ草も少なくなってきた頃。
スケルトンは、いきなりジャンプした。軽っ! そして、ひょいっと穴の外へ。
動揺する俺。残された穴の底。
でも――数分後。
スケルトンは、枯れ草の束を抱えて戻ってきた。
そして俺の前に置く。
(……え、協力してくれる系!?)
なんだコイツ。優しいんだけど!?
その夜、俺たちは無言のまま、奇妙な共同生活をスタートさせた。
いや、骨と人の二人暮らしって何事。
でもなんとなくわかってきた。
こいつ、戦いたくて戦ってたわけじゃない。
挑まれるから応じてただけ。
戦いに飽きたのか――
それとも、そもそも……優しい性格なのかもしれない。
腰にぶら下げたボロボロの剣の柄。
刃はもうなくて、飾りの彫刻もほとんど擦り切れてる。
でも、それをスケルトンは大事そうに腰に下げている。
ヒモを束ねた縄は、結構な長さになった――はず、だった。
おもりをつけて、えいやっと穴の外に投げてみたけど……届かない。
何度も試して、ダメだった。
そのとき。
スケルトンが、俺の縄を持って、上に登っていった。
そして、穴の外から俺を引っ張ってくれた。
少しずつ、少しずつ。
力はそれほどない。でも、必死だった。
ダンジョンの抜け道をスケルトンは教えてくれる。
やがてダンジョンの入り口が見え、朝日が差し込んでくる。
世界が少し明るくなる。
スケルトンは、背を向けて帰ろうとした。
「……待ってくれ!」
俺は声をかけた。思わず、伸ばした。
スケルトンは、ゆっくりと振り返る。
暗い中で共に過ごした彼を光の下で見てみたい。単純にそう思い彼を説得した。
言葉が通じてるかわからないが、彼は渋々歩く。
もう少しで光が届く場所で彼は立ち止まる。
骨の手が、前に伸びる。まだ光には届かない。
さらに指を伸ばす。
そのとき。
光に触れたスケルトンの指が――ポロリと、落ちた。
あまりに静かな“喪失”だった。
スケルトンは、明らかにがっかりしていた。
俺は、落ちた指を拾って、彼に返した。
スケルトンは、それを奥で、丁寧に付け直していた。
くっつくことに、俺は妙に安堵していた。
(……あれ?)
遠くから見た。
スケルトンは手をグーパーさせていた。
なんだか、それが……可愛く見えた。
(待て……俺、勘違いしてたんじゃないか?)
あの体格。
あの仕草。
(俺があれを修理した場合。完成形は…)
そして何より――あの腰。
(ちょっと……肉付けしたら……あれ、美少女じゃね……?)
道具鑑定の時よりも真剣に、修理の際は完成形を思い描く俺の心がざわついた。
(スケルトンは彼じゃない……女の子だ!)
それも、
(美少女で【希望】、ちょうどいい肉付きで【願望】、そして……おっぱい【欲望】)
修理の魂か恩返しか、欲望か、俺の恋が始まりそうだった。
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