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君がわからなくても  作者: 爺誤
6/10

6 変わったものと変わらないもの

「どうしてそんなこと……」


「ルートの初恋はハーディンとかいう男なんだろ?」


 一段高い席は舞台というらしい。歌姫が扇情的に挑発してくるのを陛下は楽しそうに眺めている。なんでもないような言葉にどう答えたらいいかわからず、渡された酒杯に口をつけた。


「俺は女が好きだし男に興味はないが、同性が好きな奴も見てきたから害がなければ好きにすればいい」


「害……」


 初めて飲む酒は子供向けだと言われた通り、甘くさわやかな果実の果汁のようで飲みやすかった。あっという間に飲み干してしまうと、陛下が瓶を持って注いでくれる。嬉しくて、へらっと笑ってしまった。陛下もニヤニヤしている。ひたすら笑いたい楽しい気分だった。


「俺に惚れるなよ」


「ありえない」


 陛下は父のような存在だ。ハーディンとは違う。

 ハーディンは僕に優しかったけれど、あの頃の僕は小さかったし女装も無理がないような容姿だった。今の僕を見ても気付かないだろうし、興味を抱いてもらえるとは思えない。昔から女性にもてていたし。もしかしたら、今は結婚もしているかもしれない。


「誰がお父さんだ」


「えー?」


 心の声が聞こえるなんて王様は本当に何でもできるんだ。

 いつの間にかステージで歌っていた女性が陛下の膝に乗って、僕に酒を注いでくれていた。彼女の胸を隠している布は歪に膨らんで、中にコインが押し込まれているようだ。陛下もコインを入れながら胸を揉んで楽しそうにしている。コインの色に満足した様子の彼女が「またね」と明るく手を振って隣の席へ移動していく。


「尻もいい」


「あんなにたくさん女の人を集めてもまだ足りないの?」


「女はいくらいてもいいもんだ」


 陛下が通りすがりの給仕の女性の尻を撫でて、頭を叩かれている。ノジョウさんは政治的な配慮で後宮を作ったようなことを言っていたけど、半分ぐらいしか当たっていないんじゃないかな。

 後宮に王妃様はいない。王妃様だけが王宮に陛下と一緒に住んでいる。王妃様との間にも四人の王子様がいて、後宮の二十人の妃たちにも子供がいる。誰かが不幸になったという話は聞かないけれど、そんなにたくさんの自分だけのための女性がいるのに、まだ他にも目を向けられるのが不思議でしょうがない。


「僕は好きなひとがひとりいてくれたらいい……お酒もっとください」


「おいおい」


 今度は男性の給仕が酒瓶を持ってニコニコと寄ってきた。僕が男が好きだって話を聞いていたのだろうか。男なら誰でもいいわけじゃないってことは、はっきりさせておこう。


「貴方は好みじゃないんです。ごめんなさい。お金はここ?」


 陛下の真似をしてコインを給仕の胸元に淹れようとしたけれど、女性と違って服もぴったりじゃないから引っかからなくて落ちそうだ。仕方ないから腰ベルトのところに挟むと、あんがと、と笑いかけられた。


「メレ、何この面白いの」


「世間知らずなままでっかくなったから、勉強させてやろうと思って連れてきたんだよ」


「ここでシャカイベンキョーかよ」


 給仕の彼がそのまま空いている椅子に座ってしまう。


「おれもベンキョーさせてよ、メレ」


 僕の酒杯に酒を注ぎながら、彼が陛下に意味深な目配せをする。


「へ……メレは、男に興味ないんだよ」


「知ってる知ってる。おれも酒が欲しかっただけだって。これ美味いもんな!」


「うん。美味しい」


 楽しそうな給仕が、乾杯と言って杯を合わせてきた。後宮で見たような美しい細工物ではないけれど、金属でできた杯は鈍い音をたてて燭台の光を反射した。




 記憶をなくして目覚めると自分の部屋にいた。酔い潰れて寝てしまったのを運んでくれたようだった。部屋の小さな机に二日酔いの薬が置いてあって、多大な迷惑をかけたことを知った。

 翌日は休みだったから、自己嫌悪に浸りながら部屋で寝て過ごした。業務に復帰した先輩に様子がおかしいと問い詰められて、自分の失態を話すことになった。


「お世話になった人に酒場に連れて行かれて、酔い潰れたのを運ばれたことの何が悪いのかわからん」


 先輩は僕に、慣れてきたなら役割を交代するぞと言って裏方に引っ込んでしまった。適宜休憩を取っていいことになっているので、二人で外の水道近くで話をしている。以前陛下に見つかった場所だ。ここには人がほとんど来ないから、気楽に休憩が取れる。


「迷惑をかけちゃって」


「ルートが初めて酒を飲むのが分かってたんだから、想定の範囲内だったろ。気にすんな。それより、その酒場どこだよ。今度オレも連れてけ」


「え、どうしてですか」


「酒がうまくてぼったくらない酒場は結構貴重なんだ」


「へぇ……」


 抜け道を説明することはできないから、今度抜け道から出て正面から戻ってみよう。


 翌日が休みの日、身分証を忘れないように持って部屋を出た。記憶を頼りに抜け道から王宮を出た。まだ明るい時間だったから路地も歩けたけれど、完全に陽が落ちたら僕では歩けないだろう。陛下は慣れていたのかな。

 すぐに大通りに出られたから、この先の道順は大丈夫だろう。酒場まではいかずに、夕方の家路を急ぐ人たちと逆に王宮の門を目指した。途中で、これが売り切れないと家に帰れないという子供から果物を買った。家にいた頃は道端に生えていた木からよくハーディンがもいできてくれた果物だ。都会では、こんなものまで商品として売られるのか……。


「おい、あんた」


 ひと気がなくなってきた道で、耳に飛び込んできた声に驚いて振り返った。


「備品部の役人だろ?」


「ハ……あ、いえ」


 どうしてハーディンが僕を呼び止めるのだろう。思わず名前を呼びそうになって、()が知っていてはおかしいとごまかした。


「俺も王宮に戻るところだ。護衛代わりについて行ってやるよ」


「え、護衛って」


「さっき子供から果物買ってたろ。あんなもの、どこにでも生えてる木の実だぞ? それに金を払うなんて世間知らずにもほどがある」


 やっぱり都会でもあれはどこにでもあるらしい。恥ずかしくて穴があったら入りたい気分だ。何とかして騙されたわけじゃないことにしたい。


「僕はこれが食べたかったし、どこに生えているか知らなかったからいいんです!」


「へー」


 言いながら、ハーディンが道端の木からぶちっと実をもいだ。


「俺もこれは好きだけどな」


「…………」


 低いところには実はなく、ハーディンは長身だから高いところの実を取ることができた。この実じたいは、緑の葉の中にひっそりと緑の実をつけているから、街中の木がそれだとは気付かなかった。


「どうして僕が備品部の人間だと思うんですか?」


「裏で上司っぽい人間と話してるとこを見かけたんだよ。あんな辺鄙なところ、備品部の人間しか使わないだろ」


「その、僕がそこの人間ということは、あまり言わないで頂きたいんですけど」


「ああ、言わないから安心しろ」


 ハーディンは衛兵として、頼りなさそうな若い役人がフラフラしているのを心配してくれたようだ。変わらない性格が嬉しい。

 陛下が変わったから大丈夫だと言ってくれたけど、本当に全く気付かれないのも少し寂しい。僕は死んだことになっているから、気付かれても困るんだけど……。

 送るという言葉どおり、ハーディンは僕を部屋まで送ってくれた。


「ありがとうございました。ええと」


「ハーディンだ。警備隊の小隊長をしている」


 やっと、またハーディンの名を呼べる。所属の部署を聞いておけば、お礼をしに会いに行ってもいいかもしれない。それに、もしかしたらハーディンが気付いてくれるかもという気持ちで、名前を名乗った。


「僕はルートです」


「ルート?」


 ハーディンが僕を凝視した。

 珍しいことに、僕は後宮に入ってから徐々に瞳の色も変わってしまった。だから顔立ちが似ていても以前の僕とは違って見えるはずだ。普通はここまで色合いが変わったりしない。名前が同じでも絶対にバレないと陛下が言ったから、僕はそのままの名を名乗っている。

 以前の僕と重ねることなんて無理だという客観的な事実があるから。


「はい。何か?」


「……いや、知人と同じ名前だったから」


 彼が昔のルートを忘れてないと分かっただけで嬉しい。


「よくある名前ですから。覚えてもらえやすくてよかったです」


「ああ、それじゃ」


「さようなら、ハーディンさん」


 扉を閉じて、ずるずるとその場に座り込んだ。耳を扉に当てていると、遠ざかっていく足音が聞こえる。

 困ったな、僕はこんなになっても、まだハーディンのことが好きみたいだ。


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