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魔法少女物語~魔法の××× マジカル○○○~  作者: 庭野 ワニ
国文学者・東田 光秀先生 登場
36/54

第7新卒:『魔法少女はどこに消えたのか』その2




【緑川綾香】




「一体、何故、あなたはいつも現れるんですか?」


 呆れつつ、私は彼に言いました。

 とはいえ、そう言いつつも、透明のガラスケースのようなレジカウンターに詰め寄り、この盲目の老人と対話する心の準備をしていました。


「――ここは、私の店です。現れたのではなく、ただ、そこに居ただけに過ぎません」


「にしたって……」


 私の口からは、深いため息が漏れました。

 どんな偶然が引き合っているのかわかりませんが、何にせよ、今の乙女にとって偶然出会い続ける人物などというのは、得てして「ストーカー」と映るものです。

 都合の良い運命など、ありません。たとえ、こちらが後手だったとわかっていても、行動パターンを予測でもして先回りされているような気分です(わがままですかね)。


「どうやら、そこに、もうひとり……おそらく妖精がいるようですね。姿を現してください」


 この東田老人は、何やら私の鞄の中に隠れているワニワニンにも気づいているようです。

 私は周囲を見回し、他の客がいないかを確認しました。


「……心配なさるな。どうせこの時間に、客など来ません」


 古書マニアは意外と少なくはないので誰か来ないか少々心配ですが、まあ、見抜かれてしまった以上は仕方がないかもしれません。

 観念して、ワニワニンを、顔だけ鞄から出しました。


「――初めまして。ぼくは、ワニワニンという者です。

 異世界から、彼女たちに力を与えた、妖精……といって、まあ差し支えはないです。

 東田先生、えっと、あなたは魔法少女アニメ研究家だとか」


「いいえ、国文学者です」


「はぁ……」


 なんだかんだで、魔法少女アニメ研究家などと呼ばれるのは恥ずかしいんでしょうか。

 それならば、最初からあんな風に名乗らなければいいのに。


「それにしても、魔法の妖精、と呼ぶには随分とやつれている様子ですね」


「……わかります? ちょっと労働環境に音を上げている最中で」


「……余程の心労に見舞われなければ出て来ないような、出涸らしのような声が聞こえます。妖精らしくもない」


「それはまあ、これで一応ぼくも、人間と同じですから。

 厳密には魔法の妖精というよりは、異世界に魔法のような力を与えるべく押しかけたエージェントのようなものです……」


「――ほう。……と、いうとあなたが彼女たちに与えた力は魔法ではないのですか?」


「……ええ。

 ぼくらは、それに準じた精神エネルギー波の技術を、魔法のような発明だからと、『魔法マジカル』と呼んでいます。

 ぼくは、その管理みたいな事をしている機関から派遣されました」


 はぁ、と全身の空気が抜けたように強く溜め息を吐く東田先生。

 なんだか、とてつもなく失望された空気が漂っています。

 呆れられているようで非常に不愉快なんですが。





「悪しき風潮です。嘆かわしい。やはり、魔法は、死んだ」





 そこからはかつてない落胆ぶりです。

 まあ、東田先生とは昨日二度ほど会ったばかりなのですが、ここまでわかりやすく頭を抱えている人間を私は芝居の中ですら見た事がありません。

 ワニワニンさんは、かなり困惑している様子でした。


「あの、ぼくは何か、気に障る事を言いました……?」


「……いいえ。これについては、貴方が悪いわけではありません。世のことわりの方が狂っているのです」


「え?」


「だって、魔法少女作品の魔法に科学的な理屈はいらない――そう思いませんか?

 科学や理屈、社会やイデオロギーといったものから解放され、僅かな間だけでも夢や不条理ふじょうりひたる時を与える事こそが、かつての魔女っ子・魔法少女アニメの存在理由だった筈。

 しかし、そんな現実に則さない夢や理想のモチーフは、すべからく鼻で笑われ、パロディにされるようになっているのです」


「えっと、そうなんですか……?」


「ええ。私が生まれてから今日までの間に――魔法も、それを授ける妖精も、フィクションの中ですら、理屈抜きにこの世にいてはならない物になったのです。

 魔法は実現しうる科学、妖精は生態系と……そういう認識をさせなければ説得力を伴わない主体に変わり、魔法少女の物語には社会生活やイデオロギーを反映され始めました。

 私がかつて見た、あの魔法少女は、死んだのです。

 ……理屈や背景がなければ何かを信じられないほど、人は現実に追いつめられ、夢を追えなくなってしまったのでしょうか」


「――はぁ」


今日日きょうび、魔法少女アニメの魔法は、すべてその世界に永続する科学……そう、ファンタジーではなく、サイエンスフィクションの文脈で批評される物へと変わったと存じます。

 それゆえ、モモやマミやペルシャやエミが魔法を手放したのは反対に、もはや、今時誰もそれを手放さない。大半が、その力と共存したまま物語の終幕を迎えるのです。

 魔法を、夢のあるものではなく、現実にあって構わない科学の一部として受け入れ、人はその科学と添い遂げていくエンディングを実現可能にした。

 ――魔法は、“素敵な異物”ではなく、その世界にとって“当然あっていい技術”と受け入れられ、久しいのです。

 人々の夢の力を魔法に変えているミンキーモモも、それは、魔法を失うはずです……」


 ――何やら深そうな事を言いだしましたが、私は意地でも共感しませんよ。


 そもそも、彼の言いぶりでは、まったく私にとって意味がわからないじゃありませんか。

 悪いのですけど、私は東田先生が強い言葉で批判している作品くらいしか見た事がありませんし。


「――かつて、空から来たミンキーモモは魔法のプリンセスとしての力を失い、人間として生きる終焉しゅうえんを迎えた事はご存知かと思います」


「見てません」


「海モモの方だけですか?」


「それも見てません」


「そうですか……良い作品なのですが、世代が移っただけで若い人に見られなくなって、埋もれてしまうのは、非常に残念だ……。

 今の若者は、アニメは文化だ何だと言いながら、ただその時の軽薄な流行といやしいビジネスの為にその文化を消費してしまう。過去あった素晴らしい作品たちを見返す事もなく、その保全には――」


「――――でしたら、機会があれば、いずれ見ます」


 私もドラゴンボールや幽遊白書は好きですし、昔のセルアニメも、味があって、好みといえば好みです。

 とりあえず、本題から逸れたお説教は、今はご免です。


「……わかりました。続けましょう。

 マミは期限とともにフェザースターに魔法を返して、エミは『魔法ではなく自分の力でマジックを創造する』為に魔法を捨て、ララの魔法はある日突然に消えました。妖精たちとは別離する事になります。

 魔法使いサリーは火事から友達を助ける為に魔法を使い友達のいる人間界から離れ、ひみつのアッコちゃんは父を助ける為に最後の魔法を使い果たした。

 もっとも、昭和に魔女っ子メグとノンは魔法を持ったまま地球に戻ったように、平成にどれみたちが魔女にならなかったように、例外もたまにはありましたが――魔法を手放し、妖精と別れる終わりはある時から激減しました。

 今、さくらは中学生編になり、プリキュアの多くはその力を持ち続けて妖精と暮らし、なのはは異世界で魔導師まどうしとして過ごし続け、まどマギはよくわからない事になっています」


 視力を絶ってまで今の魔法少女アニメと決別したくせに、きっちり展開を知ってるじゃありませんか。好きなんじゃないですか。

 とりあえず、まあ理解している素振りの相槌あいづちだけは打ちます。


「……えっと、つまり、魔法や異世界の人間との、今生こんじょうの別れがないと?」


「ええ、魔法は本当に、一つの科学としてその世界にあっていいものへとちてしまったような気がするのです」


 ――それは単に、永久的な別離への説得力がないのでは。

 私もそうですが、気軽に連絡し合える状況が続いている限り、「今生の別れ」へのリアリティを持って過ごす事はできません。


「――勿論ですが、ネットワークの発展から、『友人との別離』にリアリティを失い、魔法のような力にリアリティが伴ったのも、物語からその展開が消えた事情の一つだとは思います」


 と、東田先生は、私の思っていた事をも告げました。どうやら、この人も同じ分析をしていたようです。


「便利な力との別離、友人との今生の別れ……そんな展開は、確かに今の人間には、携帯電話やネットワークの普及で共感を得られなくなったかもしれません。

 かつての文通、電話といった手段も便利とは言えませんでした。しかし、今ではテレビ電話、メールやSNSと……恒常的こうじょうてきに友人との繋がりを持ち得る手段に変わっています。

 この地球上のどこにいても、人は友や家族と、いつでも繋がるようになった。

 魔法だけではなく、ウルトラマンたちも、かつては最終回で悲壮に地球を去っていきましたが、ある時からまた会えると楽観的に別れ、そして、この頃、別れなくもなった。

 ……今生の別れは、あなたに覚えがありますか?」


「――死別、だけですね」


 私の脳裏に、飼い猫の死が浮かびました。

 それは本当に、天国なんていうものがもしなければ、永久的な別れです。――今はもう、飾ってある写真を見つめる事くらいしか、私にはできません。

 東田先生が言います。


「……ええ。だから、別離の展開が共感を得られなくなった事に代わり、普遍的な共感と感涙とを同時に与える為に、昨今の魔法少女はよく死ぬ、とも言えます」


「ただの別離にはもうリアリティはないけど、死別には普遍的なリアリティがありますからね」


「――それもまた、魔法を捨てない理由を端的に表しているように思います。受け手がリアリティを感じ、衝撃を受けるラインが変わっていった、と。

 しかし、きっと、魔法少女がかつて力を捨て、今は決して手放さない理由は、おそらくそれだけじゃないと、私は提起し続けているのです。

 それは、魔法少女たちが――厳密には魔法と呼べない力を持ちながら殆どその文法の中でシナリオを展開するポワトリンやセーラームーンやプリキュアたちも含め、当たり前に『戦い続けている』事が証明しているかと思います」


 ……もう一つの理由、一体なんでしょうね。

 私がアドリブで考えた一説がひっくり返された今、長年に渡って魔法少女を研究しているこの人の説は想像できようはずもありません。

 とにかく、大学の学者さんの話というだけあって、だんだん興味も膨らんできたので、共感するかは別として聞き続けて見ましょう。


「えっと、戦い続けるようになった……? と、いうと?」


「ええ。当たり前に認知されて存在し続けられる科学技術へと変わった時、その主体は、やがて『闘争』への力と……『武器』と扱われるのが、人の世の常だと、私は気づいてしまったのです。

 いま現在の世の中の魔法少女へのイメージは、戦闘を行う主体へと変わった。かつては、ほとんど戦いなどしなかったのに」


「――」


「科学も、優れた能力も、強い精神力も、便利な道具も、もはや戦いに利用できないものなど何もない。

 そして、魔法が一つの科学と理解された時、それは、そのままその枠の中に収まってしまいました。

 戦争だけではありません。今なら、競争、蹴落とし合い、ヒエラルキー……それもまた、余裕なき時代に人々が実感している戦いです。

 ……かつての作り手たちは、もしかすると、『魔法』が『戦い』とが強く結びつけられていくのを強く危惧したから、彼女たちの手から魔法を切り離したんじゃないでしょうか。

 少女が魔法に頼り切り成長や努力を放棄する事以上に、本当は、純粋な少女たちがそっと隠し持っていた力が誰かに見つけられ、利用される――その事の方がはるかに怖い事だったんじゃないでしょうか」


「――」


「だから、夢のある者だけが使える設定を作り出し、戦おうとする者たちと居場所を分けてきた。

 ……強いて言えばミンキーモモには戦争を取り扱った話がたびたびありましたが、それは稀に戦争の風刺の為に描かれるシナリオでしたし、当時もたまにスタッフのお遊びの作品では戦闘が描かれる事はありました。

 ――しかし、平成の時代、ほとんどの魔法少女は、ただただ、シナリオの軸として当たり前に戦い続けている。

 貴女のイメージもそうじゃありませんか? 魔法少女は、戦っていると。それに、貴女自身も、魔法少女として戦っている。

 ……これから先、魔法は、戦いを除いた魔法に戻るのでしょうか?

 私たちは何故、今の時代に魔法少女たちを戦わせてしまったのか? その力を戦いに転用してしまったのか……」


 その答えは、多分ですが、かっこいいからじゃないでしょうか……。

 国内での魔法の意味合いも、ドラクエの登場できっと変わったでしょうし……。

 まあ、熱弁の最中のようですし、それは一端、置いておきましょう。


「抽象的な力で人を助けたり、人に夢を与えたり、ただ不思議な力を放出しながら歌い続けたり、ただそれだけの事をする為に使用できた魔法はもうどこかへ消えました。

 日本人は、きっといつしか、魔法の在り方を、当たり前に闘争や競争に転用する事にリアリティを覚えてしまったのです。

 楽観的に描かれる軽いものから、陰鬱に戦い合うハードなものまで、さまざまではありますが――」


「はぁ。なるほど……」


「――私には、この事実がとても怖い。夢を与える為に使えるはずのものが全て、このまま多くの人にとって、ただの兵力と見なされていく事が……。

 今の戦う魔法少女アニメを見て憂い、そして……今、現実で戦争道具を魔法と呼ぶ貴女方を見て、私はひたすらに世の中に絶望を深めています。

 こうして本当に異世界から魔法が来てくれたというのに、それはすべて、『戦う為』の科学に過ぎなかったというのは……私の批評に王手をかける、残酷な現実でした。

 私はただずっと、魔法は夢の為に使うべきものであるべきと論じ、かつての時代を尊重し続けてきたのですが、それはすべて――ただの理想論に過ぎなかった。

 貴女たちを見ていると、そんな、気がするのです……」


 ……まあ、この辺りになると、現実にその魔法マジカルで戦う私も何となくわからなくもないところです。


 私たちはあくまで侵略者の防衛活動を行っているにすぎず、別に戦いたくて戦っているわけではありません。

 兵器にしろ、魔法マジカルにしろ、人を害する危険性が存在する以上、本来あるべきではないのです。しかしながら、誰かが持ち、使う事もあれば、害獣や猛獣が人を襲う事もある以上、命や身を守る為に、どこかに必ずなくてはならない。


 ただ――です。私たちは、何があっても、決して人を殺さない。


 だから、今ここで戦えるのです。

 もし、人を殺せと言われたのなら、ただ傷つける為に使えと言われたのなら、私たちは間違いなく、この力を捨て去るでしょう。

 戦う力や傷つける力として運用しているつもりは、どこにもありません。

 私たちは、もっと別の事の為に戦い続けているつもりです。




「……お嬢さん。貴女の名は敢えて問いません。

 しかしながら、今、私は貴女には別の事を問いかけなければならない。

 ――あなたは、この先も魔法の力を必要とするのか、と」




 東田先生は、ふと、私にそのように問いかけました。

 彼には期待する回答があり、おそらく私がその通りに回答しなければ、憂国ゆうこく懊悩おうのうの時間に差し掛かり、大変面倒臭い事になるのは明白です。


「貴女はいずれ、魔法を手放す覚悟があるのか――そうでないとするなら、これから何に使うのか、と問いたいのです。

 現実主義の為に戦うのか、人々に夢という安らぎを与える為に使うのか……」


 彼は、語調を強めて、再びそう訊いてきました。

 まあ、求める答えは、先ほどのやり取りから「手放す事」あるいは「戦わない事」であるのは、こちらもわかっているけど。

 それでも、私は嘘偽りをしません。




「……私からの答えは、しばらくは、『防衛利用』とさせていただきます」




 正直に、そう、答えました。


「――東田先生の仰る通り、魔法マジカルが争いに使われてはならないものだとするのなら、私は余計に、この力をしばらく争いの為に利用しなければなりません」


「それは何故です」


「簡単です。敵もすべからく、同様の力を――『魔法マジカル』を使って侵略するからです。

 もし、私たちが戦い敗れれば、この世界は極悪帝国に侵略される。

 そして、すべての地球人のもとに新たに『魔法マジカル』が浸透し、そのうえで兵役が課されるでしょう。

 この魔法は、その時、完全に――世界中で武器や戦いの道具に変わります」


「――」


「それを止めるとするなら、やはり当面はこの力で『戦う』以外の手段は選べないという事です」


 私はいずれにせよ、それしかないと感じています。

 何しろ、極悪帝国の軍国主義は意識に根付いたもので、到底、我々の対話ひとつで解消できるほど容易な物ではないと、呪武者ヒラギィの謝罪会見で認識しています。

 私も戦いたくないとは思っていますが、誰にとってもより大きな不本意から逃れるためには、当面は仕方がありません。



 この回答に、しばらく絶句した後で、東田先生は私に向けて、ひどく弱弱しい声を返しました。


「……私は、現世が、ひどくいやになりました」


「私もです。現実の戦いは好きじゃありませんから。

 ――ただ、多分そんな事ばかりでもないですし、苦悩の末に、いつもの刀で腹を切るのはやめてくださいね」


「――」


「私の言葉の影響力がどれほどあるかわかりませんけど、もしあなたがここで腹を切れば、魔法少女の言葉が人の死を促した事になります。

 本意じゃありませんよね?」


「……その通りです」


 少しは切腹も考えていたのか、弱弱しい声が漏れました。

 何しろ、魔法少女アニメの変遷に憤り続け、その両目の視力さえ絶った人なのですから、。下手に刺激して、どんな手法を選ぶかはわかりません。

 ……ただ、それなりに意思も強く、考えもある人なので、妙な考えを起こしそうな時は先回りです。


「――最後に一つだけ、貴女に、話しておきたい事があります」


 なんだか、東田先生にも観念したようなムードが漂っています。

 私に言葉をかけるのは最後だそうです。

 一体、何を訊かれるのかと思ったら――




「……私は、かつて、現実の中で、本当の魔法を一度だけ見た事があります」




 ――思い出話、でした。


 そう言う彼は、ゆっくりと瞳を開けようとしました。

 ハイライトのない眼球がほんの微かにだけ、こちらを覗いています。

 あまり開いているようには見えませんでしたが、確かに、ほんの少しだけ開きました。

 一体、何を見ているのでしょうね。


「信じていただけるかはわかりませんが……。

 ただ、私は小学校の頃、友達の……ちょっと背の小さな女の子が、こっそり遊びの輪を去っていくのを見たんです。

 気になってそっと追ってみたら、彼女は奇妙な装飾棒(ステッキ)を持って、まばゆい光の中で、別のかわいらしい姿に変身していた。

 これは、本当に……事実なのです」


「――」


「――私はその姿に魅入られて以来、ずっと待っていました。あの日の幻影をもう一度目の当たりにする事を。

 きっと、どこかで誰かが、私と似たような光景を見ていて、そんな人たちがあんなアニメを作っているのだと思って、信じて追っていました。

 そして、魔法少女アニメが描く郷愁的な世界と日常と、夢とが、私の中の思い出を強く刺激していった。

 ……虚構の世界を追って、批評に人生すべてを捧げるくらいには、私が見たその光景はトラウマと、大きな夢を残したのです」


 ……なるほど。

 この執念の起源は、そんな、彼だけの思い出の中にあったという事でしょうか。

 東田先生の小学校時代というと、どれほど前かは想像もつきませんが――その頃、魔法少女はいた、と。


「――しかし、今思えば、あれは……あなたたちの言う『科学的事象』だったのかもしれません。

 夢の力でも、希望の力でもなく、ただどこかの異世界にあった理屈に過ぎないものかもしれません。

 異世界とか、魔法とか、それが全部、当たり前にある物だったのなら……それは、とても、夢のない事ですが」


 彼にとっての小さな、しかし大事な思い出と、その象徴は、新しい時代のリアリティにかき消されようとしている。

 その中で、彼はきっと足掻くしかなかったのかもしれません。


 ただ、こう言われて、ワニワニンさんが、口を開きました。




「あの。東田先生、ぼくの方から一つだけ、告げておきたい事があります」




 東田先生も、私の鞄の方を向きました。

 丁度、ワニワニンさんと東田先生の目線は見事にぶつかっていました。


「……ぼくは確かに、この『魔法マジカル』という力は、科学的事象と言いました。起きている以上、そうとしか言いようがないから。

 元々、魔法のように自由な不可思議を可能としたり、それまでの科学の常識を無視できたりする物だったから、この力は『魔法マジカル』と呼ばれたんです。

 ……だけど、そういう風に呼ばれた理由は、実は、もう一つだけあるんです」


「ほう」


「――魔法マジカルの原理は、現在の科学ではその仕組みを完全に理解しきれていないし、解明する事もできないからです。

 魔法で動いているかのようだ、という意味合いもあります。

 そして、魔法マジカルの仕組みを解明するのは、おそらくどんな知能を以ても、永久に無理だろうと言われています」


「――」


「たとえば、魔法マジカルは、時として、優しさや感受性といった目に見えない物にさえ惹かれ、彼女たちのような少女を選びます。

 彼女たちは、そんな目に見えない不思議な理由で選ばれたんです。

 遺伝子のアルゴリズムで選ぶように設定したとはいえ、不確定性の方が強いにも関わらず、これまで一度の例外もなく、条件に一致する少女を選んでいます。

 少なくとも、ぼくは、そう信じてる。

 ――更に言えば、あの力は本来、他人を喜ばせる為に作られ、普及したものなんです。あなたの言うように、ぼくらの魔法は、結局は、悪いやつらに戦いに利用されてしまったけど……。

 それでも、これはきっと、戦争科学の中で使われて――だけど、どこか魔法と呼ぶべきもので動いているんじゃないかって、ぼくも思ってるんです。

 だとすれば、このシステムの根幹の魔法はいつか、役目を終えてぼくらの前から消えてしまうかもって」


 ワニワニンさん自身の哲学かもしれません。

 彼は、ただ技術としての魔法を携えて仕事をしている身ですが、それでも科学的に解明されていない部分が多くあるらしいのです。

 人間の脳だとか、円周率の行き着く桁だとか、数学の懸賞金問題だとか、そういった物と同じで、ただ人間の力では及ばない事というだけなのかもしれませんが――。


 私も、つい口を開いてしまいました。


「もしそうなら……いつか、それがもう一度、この魔法が夢の中に消える日まで。

 この世界で、ただの夢として心に残るまで、私は仲間たちと戦い続けたい……私は、そう思います」


 東田先生も、そんな私の言葉に、まるで優しい老人のように柔和に微笑みました。

 厳格なお年寄りというイメージがあったのですが、この時、彼はただの優しくて気の良い老人に戻ったような――いや、子供にさえ戻ったような気がしました。

 魔法に、かけられたように。


「――なんでしょう、私は、あなたたちを少し、誤解していたのかもしれません。

 テレビの中で戦う魔法少女たちの事も、もしかすると……。

 彼女たちは未来を見て、今を生きているから戦っているのかもしれない。

 ……貴女を見ていると、そう思えます」


「ご理解いただけて何よりです」


「――それに、私はかつて、本当に、どこかで魔法を見たのかもしれません。

 私と同じように、どこかで魔法を見た人たちがいたから……それは虚構の中にも投影され、この国で人の意識に根付いてきたのかもしれません」


「そう考えた方が、夢がありますからね」


 私もうなずいて、ワニワニンさんと帰る事にしました。


「――失礼しました、東田先生。貴重なご意見、ありがとうございました。

 私にとっても、かなり意味のある物だったと思います。……それではお仕事、頑張ってください」


 まあ、一魔法少女的な存在の私としてはこうして充実した会話を楽しめたわけですが、読んだり置いておいたりしたい本も特にありませんから……。


「私の本……二百円でも、買われないんですね」


 ……勿論ですが、彼の著書も買いません。

 文学批評本の棚の中央に、その本は、まだ置いてあると思います。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆


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