第6新卒:『大変!ママが女番長!』その3
【夢咲いちご/ただの人】
……今日の戦いは終わった。
アタシは、ただ、御袋が来てくれて、終わるのを見てただけ。
二人のピンチに何もできず、ただ多くの人たちに溶け込んで、同じように心の中で応援するだけだった。
そう、ただの人間になったアタシには、出来る事なんてそれくらいしかなかった。
確かに今日はルミナスエッグやマジカルベルを御袋に渡して変身してもらったから、結果的に少しは役には立ったかもしれない。
でも、次からの戦いで出来る事を考えても、それからは何も浮かばなかった。
――今日、アタシは御袋にLINEで全部事情を説明して、パート帰りの御袋にこれまでずっと使ってきたルミナスエッグとマジカルベルを渡し、マジカル女番長に変身してもらった。
やっぱり、御袋はしっかりマジカル女番長に変身できていたし、アタシたちの魔法値は移っているみたいだった。
戦いが初めてだから、「大丈夫かな」と心配してはいたのだけど……見てみたら、予想以上の大活躍だ。
何しろ、ほとんど戦わずに圧勝してしまったくらいである。
アタシの出る幕なんて、どこにもない。――そう思い知らされた。
それどころか、これまでのどんな戦いでのアタシよりも、はるかに強くて頼もしい女番長がそこには、いた。
心配は杞憂だった。御袋を心配した事は、傲慢ですらあったのだ。
アタシには想像もつかないくらい――これからどんな敵が現れたって負けないくらい、強い女番長だった。
「……」
アタシは、それを見ていた。
勝利に湧く群衆の後ろで、ただ、小さな嫉妬と悔しさを胸に抱きながら。
ただの一人の人間として、たくさんの人の群れの中で、ヒーローインタビューを見つめていた。
……群衆に背を向け去った後、アタシはいつもの土手に向かった。
いつもなら、そこには、戦いから帰ってくるアタシたち三人がいたはずだった。
土手の辺りなら、戦いから去った後で誰にも見られずに変身解除できるから、いつもそこで変身を解除して、帰り道にしていたのだ。
「はぁ……」
――思った。
もしかすると、アタシはマジカル三姉妹にいらないのかもしれない。
御袋の方が強いし、やっぱり地球にとっても、このままの方がずっと良いのかもしれない。
きっと、最初からアタシではなく、御袋がマジカル女番長であった方が良かったのかもしれない。
……頭の中では、どうしても、そんな事ばかり考えるようになっていた。
何しろ、アタシは、ただの人……よりも運動ができない女子高生だったから。
「――あっ、番長! おつかれ」
ようやく三人が、この土手にやって来たらしい。やっぱり、三人とも、今日もここを通って帰るんだ。
魔法の箒を持つ彼女たちよりも、アタシの方が早く着く事が出来た理由は、何となく想像がつく。
「あら、いちごちゃん。待っててくれたの?」
……御袋。
なんだか、凄く二人と一緒に、随分楽しそうに話しながら歩いてきたように見えた。
アタシはここで一人、ずっと待っていた。その時間がとにかく長く、重かった。
だけど、二人とも……御袋の人柄を知って、そこに惹かれるようにして、もう笑い合えるようになっている。
「……」
もし、最初から、もっと強い別の誰かが選ばれていたなら……アタシはただ、こうして三人歩く光景を何となしに見ているひとりだったのだろうか。
そんな――そんな考えてもどうしようもない事が、頭をよぎる。
たとえアタシがいないとしても、きっとどこにでも代わりがいたという事実が――すべては偶然だったというはじまりが、今は胸の奥につっかえる。
嬉しかったはずの偶然は、別の偶然によって、遠ざかる。
アタシは何となく居心地の悪さを覚えながら、嬉しそうな御袋と言葉を交わす。
「いちごちゃん?」
「……あ、うん。帰る時はいつも……みんなで、ここに来てたから」
「ええ……でも、なんだかすごいわね、本当に……サインねだられちゃったわ」
「うん。ああいう時は、色んな人から、サインくれって言われるんだよ」
そう、それが、三人の方が遅れてきた理由だ。
いつもは最後にワープしてしまうから、今日のようにワープしない時は、チャンスとばかりに人が溢れてくる。
当然、初めて小さな子供にサインをねだられた時、少し気分は良かった。
御袋は困り顔をしつつも、少し満更でもなさそうな表情が隠せていない。
「いちごちゃんはいつも、どんなサインしてるのかしら?
……わたし、ちょっと適当に書いちゃったけど」
「ただ、縦書きで魔侍華流女番長
……って書いてるだけだよ。
ちょっと荒々しい字で暴走族っぽく。
まあ、今までも別にそんなにたくさん書いてはいないけど」
「そうなの。じゃあ大丈夫かしら」
「うん。大丈夫だと思う」
「……そう、良かった。
なんだか、魔法の暴走族って、やってみると、
案外楽しいところもあるのよね。
……今回はちょっと危なかったから、二人はちょっと心配になったけど……」
御袋は、そう言って、二人の方を見た。
この時は、本当に困った顔を見せて、二人に心配の眼差しを向けている。
ミウはちょっと恥ずかしそうに笑ってごまかしていた。委員長は、ただ、何か言いたそうに黙っている。
「……」
――さっきの戦いの光景を、アタシもいま思い返す。
今日は、マジカル委員長も、マジカルギャルも、とにかくひたすら押されて、敵に反撃できていなかった。
それどころか、一撃すら与えられていない状況だったのだ。
もし、今日、二人はアタシなら助けられたのか?
……そんなわけがない。
あの時、戦っていたのが、普段通りアタシを含めた三人だったら、どうなっていたのか、少し考えれば容易に想像がつく。
誰の攻撃も効かず、誰の技も当たらない。そのまま、ひたすら魔法値が切れるまで戦うか、撤退するしかなかったのだ。
だから、アタシは呟いた。
「――今日の戦い、もし、アタシがそこにいたら、絶対負けてた……」
「えっ」
「二人とも敵にやられてたし、
たぶんアタシのデータも分析されてる。
それに、元々、三人の中で、魔法値が一番弱かったのはアタシだ。
もし、いつも通り、アタシが戦っていたら、負けてたと思う……」
考えてみる。
マジカル女番長が二人のピンチを助けたのは、今日が初めてだ。
マスクド・チェーンソー・タカハシとの戦いでは、マジカル委員長がピンチの時に助けてくれた。
招かれモンキー・ヤマワラーとの戦いでは、マジカルギャルが助けてくれた。
だが、アタシは一度も、誰かのピンチを助けてなどいない。……そう、アタシだけが、二人を助ける功績を持っていなかった。
最初に二人を助けたのは、母だった。
「今日、マジカル女番長として戦ったのが御袋で、
本当に良かったよ……! アタシに出来たのは、見てる事だけ。
……やっぱり、あのままだったら、きっとみんなやられてたと思うんだ!
きっと地球は敵の手に渡って……侵略されてたかもしれない!
アタシたちじゃ、勝てなかったんだ!
――いや、『アタシ』じゃ勝てなかった……」
あそこにいたのがアタシなら、地球の負けだった。
こうして、偶然にも、力が入れ替わってくれて……それで勝てただけで、アタシたちはあの時、もし戦っていたら……負けていたのだ。アタシのままだったら、二人を助ける力はどこにもなかった。
その事が悔しい。
もしもの結果が、はっきりとわかるから。
「番長さん……」
「いちごくん……」
委員長とワニワニンは、心配そうな瞳でアタシを見つめる。
もしかすると、アタシは凄く、自分でもわからないくらいの悔しさを噛みしめる表情でこう言っていたのかもしれない。
二人がアタシを見るのは、そんな瞳だった。
「――だから、ごめん……。
アタシには出来る事なんて、もうこれ以上何もない。
……マジカル女番長は、これからずっと、
御袋がやるのが一番いいと思う!!
お願い、御袋……アタシの代わりに、
新しいマジカル女番長として戦って!!
御袋と、ミウと、委員長と、三人で……!!」
この言葉を、どこか自棄のように言い放った。
大事な使命を、自分の手から離して、誰かに託す。
アタシの時間は――この言葉とともに止まった気がした。
何かがひび割れる。何かが間違っている。何かが釈然としない。
そうだとしても、これが合理だった。
御袋は、まったく、それを飲み込めない様子でアタシを見ている。なんだか、嬉しそうだった表情は、もう完全に消えていた。
アタシの中にある、この気持ちを理解してくれたんだろう。
「――っ!」
――そんな時、アタシに、ミウの平手が冷たく響いた。
「ミウっ……!?」
……見れば、さっきまで穏やかに笑っていたはずのミウの表情が、崩れていた。滅多に見せる事のない、ミウの本気の怒り。
そんな表情を隠すように、ミウは俯く。
なんだか、いつもの明るさとは違う――しかし、いつか聞いたようなミウの声が、その後でアタシの耳に聞こえた。
「……ねえ、番長。……ずっと前さ、
ここでちょっと喧嘩になったよね。
番長は、嘘はつきたくないって。
憧れてるものがあるって……」
……。
……勿論、覚えてる
最初の、アタシたちが力を貰った日。目の前にあるあの橋の下。
色んな事があったけど、アタシたちの最初の言い合いと喧嘩があった時。
アタシがマジカル女番長として戦う決意をした時の事だ。
「ミウ……」
「でも……その時、ウチらに聞かせてくれた言葉と、
今の番長……真逆って感じ!
……あの時の事、ほんとに覚えてるの?」
「……」
「――なんで黙ってるの?
……確かに……確かに番長ママ、
すっげー心強いし、すっげー良いママだけど思うよ!
でもさ、ウチらが本当に戦う理由って、
地球の為とか、勝つ為とか……それも勿論あるかもしれないけど……
そんな小さな事だけじゃなかったじゃん!」
「……っ!」
「ウチら、ずっと三人だったよ!
委員長と、ギャルと……女番長と!
なのに、なんで今、また、そんな事言うの!?」
「そうだけど……!」
「一緒に戦ったし、言い合いもしたし、
戦って、友達だって言ったし、
それぞれプレゼントしたり、
遊んだり、隣で戦ったり、見直したり……
なんか、そういうの全部、こんなところで元に戻ったって……
なんかそれ……! ウチの言ってる事が、ワガママなのかもしんないけど……!
でも、やっぱり、おかしいよ!」
感情が高ぶると、考えがまとまらないまま、ただ湧き出る単語をぶつけられるような、いつものミウの言葉。
まとまっていなくても、感情に乗って、言いたい事がちゃんとわかった。
言い返した事もあるけど、今は言い返せない。言葉に詰まる。
最初に、すべてが始まった時と同じように……アタシは。
「――――行こう、委員長。……ウチ、番長の事はもう知らない!」
冷たい言葉を言って、去ってくミウ。
いつも、彼女は大抵、言ってから後悔する。
……だけど、絶対に本質を突いてきて、だから、お互いが強くなれたような気がしてきた、ミウの言葉の数々。
思い返せば、あの委員長の命がかかった戦いでも、委員長の本当の気持ちに近かったのは、ミウの方だった。
「――」
色んな事実や言葉が、全部、胸を締め付けてくる。
ミウの背中は遠ざかる。
「番長さん、番長さんのお母さん。
……ミウさんが、気を悪くさせてごめんなさい。
でも、正直、私も悩んでます……このままでいいのか。
――勘違いしないでください、
お母さんが嫌だって事じゃないんです。
……ただ、私たち三人は、ずっと一緒に戦ってきたから……」
「大事な三人なのね?」
「……ええ。私にとって、何よりも……」
委員長は、呆然とするアタシたちに、そう言葉をかける。
アタシ自身は、どう返して良いのか、わからなくなる。
とにかく、アタシは、自分で浮かんでくる反論の言葉を、言い訳みたいな言葉を、誰に向けるでもなく、ひたすらに口にする。
「――でも……これが地球やみんなの為だって、
それなら……御袋でも、って――」
「番長さん。
ミウさんは、そんな事を言ってるんじゃないんです。
……じゃあ、もし、選ばれたもう一人があなたじゃなかったら、
あの時の奇跡は起きたと思いますか?
私はここにいたと思いますか?
なんで、自分が何を成してきたのかを忘れるんですか?」
「……そんなの、他の誰でも、御袋でもできたかもしれない」
「!」
なんだか、今の一言が、委員長の声色を変えさせた。
「……番長さん。
そんな事言われたら、私だって、怒りますよ?
……私は、他の誰でもない、
あなたに……夢咲いちごに助けてもらったって、
ずっと、そう思ってるんです。
――本当に、世界すべてを敵に回しても私の命を助けようとしてくれた人が、
他のどこにいたんですか?
口で言うのは簡単だけど、それを実行に移せるのがあなただった……」
「――」
「この前の赤髭の三太さんの時にあなたが迷う事なく捨て身で戦わなかったら、
地球なんて、とっくにないわ。
汚れても、間違っているとしても、
弱いとしても、たとえどんな状況でも、何があっても、
友達を見捨てない――そんなあなたや、ミウさんの隣で戦える事が、
これまでずっと……私の誇りだった……」
そこまで言って、委員長は私から目をそらした。
私は、さっきまで委員長の前で、どんな目をしていたのだろう。
こんな言葉を聞いても、目の色が変わった気はしなかった。
「――……ごめんなさい。私も、もう行きます。また明日……」
委員長は去っていく。
別れの言葉。――それが一番、耳に来る。
アタシは、どうしたらいいんだろう……。
「アタシは……」
間違ってないはずだ。
地球を守る為なら、絶対、御袋が変身して戦うのが、一番良いんだと思う。
これまでの戦いを持ち出してるけど、御袋だったら勝てた。
御袋だったらピンチにすらならなかった。
だから、これが一番だって、本当にそう思う。
今も、ずっとそう思う。でも、何かが間違ってる。
「いちごちゃん……」
アタシは……。
「……ミウ、委員長……」
何が一番つらかったのかはわからない。
ただ、アタシは、溢れてくる涙を止められないまま、優しい母に連れられて、帰り道をとぼとぼと歩いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
【緑川綾香】
「……」
その日の夜、私とワニワニンさんは、既に自宅のベッドに寝転がっていました。
私はもはや、心が落ち着かない時は、勉強やら何やらよりも、ただこうしてぼーっと考え事をしたり、猫ちゃんと遊んだりするようになっています。
自慢ではないですが、多少さぼったところで、私の成績は下がりません。――というより、こうした心身のマネジメントの範疇と考えるようになったのです。
確かに、何もしないと少し焦る心もあるのですが、結果的には何の影響もなく、私は少しほっとしています。
……こういう時間も、やはり必要なのかもしれません。
「綾香くん。……二人とのLINEは?」
「ミウさんがメンバーを退会したそうです。
番長さんからも、メッセージは来ません」
「そう……」
ああして私たちのグループが崩れるのは、とても心が痛むものでした。
画面の中に、ミウさんが作り出した『マブダチ』という言葉が空しく残っています。
でも、今もきっと、やっぱりどこかでミウさんは後悔している。ああして言い合うのは、やはり全員が傷を抉り合うだけだったのではないかと思います。
それでも、私たちは、ああ言わなければならなかった。
自分たちの想いを伝えて、気づかせなければならなかった。――今は伝わらなかったとしても、いつかまた、かつてのように伝わると、私は信じています。
……ただ、今は少し、色々と他に考える事もあるようです。
「――ワニワニンさん。
番長さん自身の事も心配ですが、
番長さんのお母さんの力が強すぎるとなると、
先ほど危惧していた法律の面での問題も気になります。
……そちらについては、大丈夫なんですか?」
いま、ワニワニンさんは、猫ちゃんの枕となって、動けない状態で私と話しています。
私は、横になってそんなワニワニンさんの様子を見てみる事にしました。
「――うん、さっきその事について、
本部には報告したよ。
トラブルの魔法値を過少申告して、
うまくごまかしつつ対応策を聞いてみたんだ……
『聖なる光』の前例を超える異常な数値が出てますよって」
「ああ、良かったです」
「……ただね、これも、ちょっと愚痴っていい?」
「……どうぞ」
「じゃあ、ごめん。遠慮なく」
今度はどんな愚痴が飛び出てくるのか、内心怖い反面、不謹慎ですが少々楽しみになってくるところもありました。
……私としても、そう思わないとやっていられません。
ワニワニンさんは声を荒げます。
「――さっき連絡した瞬間、上司が出てさ!
『報告事項一覧表に報告の仕方書いてあるだろ、なんであの形式の通りに報告しないの!?』
とか怒られたんだよ!!
でも、なんだよ、報告事項一覧表って!!
ぼくはそんな表の存在自体初耳だし、
それがどこに保管されてるのかも一切話されてないし、
何も伝えられないまま当たり前のようにそんな事言われたって知るかよ!!」
「はぁ」
「一応マニュアルとか配布物にも全部目を通して、
社内メールも全部見てきたし、さっき改めて確認したけど、
そんな一覧表どこにもないし、名前が記されてもないんだよ!?
そもそもの話、マニュアル外の予期せぬトラブルを
マニュアル通りに報告して何の意味があるんだよ!?」
「……なんだか、私も世の中がちょっと恐ろしくなってきました」
要は、組織内の必須マニュアルのようなものを、研修で存在すら伝えずに現場に出され、現場で初めてその存在を知らされ怒られたという事でしょうか。
この件について彼に落ち度があるのかは客観的には判断しかねますけど、少なくとも研修や配布物など諸々でその情報が一切確認できない状態のままに怒られたというのなら、彼には落ち度がないと思います。
しかも、その必須マニュアルが必要であるかどうかという話で考えると、実務の上での意味はない、形式上の物だという事です。
なんだか、難しい組織ですね……。
それで、問題の対応策についてはどうなったんでしょうか。
「――挙句、対応策は、
『ほっとけば魔法値が基準値以下に下がるかもしれないからそんな感じでお願い、
一週間経って下がらなかったら後でまた連絡くれ』だって。
高圧的な説教を耐えたら、最後の最後で軽いノリでこれを伝えられた」
「ふざけてますね」
想像の斜め上の回答が来ました。
根本的な話ですが、彼の組織は魔法の危険性を踏まえて、魔法に対して基準値以上の使用方法をしている極悪帝国等の不正組織を取り締まる、公的機関だった筈です。
その手段として、それに対抗しうる「聖なる光」を法律の範囲で持ち込んで異世界の女の子に与え、魔法少女を育て、戦わせるのが仕事なのですが……今回は、特殊な作用によって自陣営が基準値超過の魔法値が継続的に使われ続けるリスクが出ています。
その対応に、こうした本末転倒な回答が返ってきてしまっているわけです。
……なんというか、話を聞くと杜撰としか言いようがないですね。
起きてはならない問題が起きている中、起きた場合の対処方法がマニュアルになく、そのうえ対処は適当で、問題をひた隠しと……。
そもそも、私たち、まったく関係ない少女三名が戦いに出されて、ワニワニンさん以外から挨拶もかかってこない時点で、異常な組織体系の片鱗は感じますけど。
「それで、結局、その一週間はどうすればいいんでしょうか?」
「……うん。考えてるんだけど……
でも、仮に上司の言う通り、今から下がったとしても、
一億とかある時点でもうたぶん基準値以下にならないし……
あー、でもこれぼくが過少報告したのが悪かったのかな……」
「それはもうどうしようもないんじゃないでしょうか……」
「神様、どうか彼女たちの魔法値を戻してください。
お願いします……! それが無理なら明日以降を永久に来ないようにしてください……!」
……なんだか、番長さんも心配ですけど、最近、ワニワニンさんも鬱病の気配が出てきましたんじゃないかと思います。
痩せたように見えますし、好物のパセリもあまり食べていません。
たまに部屋の隅に、うつろな目でちょこんと体育座りしている時なんて、本当に魂がそこにあるのか不安になってしまいます。
しかも、こうして事あるごとに自分の非を疑うようになりつつありますし、猫ちゃんとの戯れ方が異常ですし、そろそろ何か起きてしまわないか、色々と心配です……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
【夢咲いちご】
「――クリス、それ本当!?」
アタシは、帰ってきたクリスに、ジュースの真実を伝えられ、飲んでいたドクターペッパーを吹き出しそうになっていた。
心ここにあらずだったアタシの心が、その事実で撮り戻ってくる。
「ええ、まったく申し訳が立ちませんわ。
あのジュースが実験中の薬品だったなんて……」
そう。
あれはなんでも、マッドサイエンス研究所の実験薬だったらしく、本来意識や体が入れ替わる仕組みがあったらしい。
それで、結果的にこうなったわけだ。……本当に意識が入れ替わったり、子供になったり、死んだりしなくてよかった。
「あー、なんだよもう……そんな怪しい薬飲ませて……」
「本当にごめんなさい、ジュースとして渡されたものですから」
なんてひどい話だ。
誰がそんな怪しい薬をジュースなどと言って渡したのだろう。誰かの冗談だったのかもしれないが、クリスなら本当にそう勘違いして渡してしまうかもしれない。
まったく、世の中にはとんでもない奴がいるもんだ……。
……ただ、とにかく、クリスがこうして話してくれたお陰で、アタシは今回のトラブルの原因はわかったと思う。
おそらく、その薬は完全な失敗ではなく、アタシから御袋に、体か意識のどこかにあった聖なる光を入れ替えたのだ。どういう仕組みかわからないけど、そういうちょっとした間違いが起きたのだ。
だから、あの薬を飲んだ後、体が軽くなったように感じ、御袋に魔法値が出るようになった。
――多分、そういう事だと思う。
「これでやっと、原因はわかったかな……」
「原因? 何かありましたの?」
「あっ……いや、別に……えっと、あの後、ちょっと体調を崩したから……」
「見ていてもそんな様子ありませんでしたけど……」
「ああ、うん……まあ、ほんのちょっとだったから」
――でも、原因がわかったって、今更関係ないか。
あの薬のお陰で、地球は勝てた。
マッドサイエンス研究所が偶然そんなものを開発して失敗し、クリスが偶然それをアタシたちに飲ませた事で、御袋がマジカル女番長になって、結果的に地球は救われたわけだ。
どこかのマッドサイエンティストが、知らぬ間に地球を侵略から救っていたのである。本当に何の因果かわからないし、流石にその薬はどうかと思うけど。
「それで、大丈夫ですの? 体調は……」
「――う、うん。クリスこそ。
……すごく不安なんだけど、そのバイト先、大丈夫なのか?」
「大丈夫ですわ! ほら、これ……」
何が大丈夫なのか知らないけれど、クリスは凄く何かを期待するような顔で、持っていたビニール袋から、何かを取り出した。
それは、ビニールで包装されている衣類だ。
「何それ」
「今日は最初の御給料日でしたの。楽なわりに結構くれましたのよ。
だから、是非、このプレゼントを、いつもお世話になっているストロベリーさんにと思って」
「凄く惜しい、いちご」
「ああ、失礼」
「……でも、プレゼントって?」
「ええ。
いちごさんは、なんでも女番長を目指しているという事ですから、
この『スケバTシャツ』をぜひ――。
この前面接できなかったお店で買いましたのよ」
屈託のない笑顔でアタシの前に広げたのは、大きく前に「スケバン」と書いてあるTシャツだ。
よくヴィレヴァンや観光地にあるようなジョークグッズみたいなものだけど、今のアタシには、なんだかその言葉の意味が凄く圧し掛かる。
何しろ、アタシはいま、「女番長」じゃなくなった身だ。
こんなの、本当におふざけのヤンキーが着るようなものだと思ったけど……。
だけど、クリスは純粋にその意味をアタシに突き付ける為に、それを買ってきたのかもしれない。
でないと、こんなに屈託のない笑顔は見せられないから。
――アタシはそれを、快く受け取る事にした。
「……ありがとう。ほんとに嬉しいよ」
「いえいえ。
ワタクシなど、この家に泊めてもらって、本当に良くしてもらっていますから――」
「そっか……」
「――でも、いちごさん。このTシャツには、きっちりとした意味があるんですよ」
「え? 意味……?」
「そう! なりたい物になる第一歩は、
まずはこうして、己自身が何になるのかを周囲に示す事ですわ!!
だから、こうしてワタクシもホラッ!
――って、この野望は秘密でしたわ。見なかった事にしてくださいまし」
そう言いながら、もう一つ袋に入っていた「世界征服」と書いてあるTシャツを隠すクリス。たぶん、一緒に自分のTシャツも買ってきたのだと思う。
まあ、「世界征服」なんて言い出すのも、クリスらしいといえばクリスらしいんだけど、それを隠しているところまでクリスらしい。
でも、そうか。
なりたい物になる為には、まずはこうして、己自身が何になるのかを示す事、か……。
「……!」
……そうだ。
そうだよ、そうなんだよ、クリス。
クリスはいま、凄く大事な事を教えてくれた気がする。
なりたい物になるには、何になりたいのかを示さないとダメって……だから、アタシはずっと、スケバンの恰好なんてしてきたんだ。
それが好きで、それに憧れて、テレビの中の話でもかっこよくて、――そんな風に、「女番長」という肩書を思わせるモノを、まだアタシは持ってるんだ。
「どうしましたの?」
アタシは、ふと、体が勝手に動くようにして、クローゼットの引き出しを開けた。
不意に、どうしても開けたくなったのだ。
ここに大事なものがある。
「そうだ……」
――そうだ。そこには、前にもらった委員長からのプレゼントが保管されている。
ずっと、冬を待っていたあのプレゼントが、そこにはあった。
「これ、前に委員長から貰ったんだ……手編みのメリケンサック」
「手袋では?」
「うん、そう……手袋だ。でも、手作りの、手編みのメリケンサックなんだ」
アタシはそれが入った袋を取り出していた。
この中に、色んな貰い物が詰め込まれていて、その中に彼女たちからのプレゼントが、いつかの出番を待っていた。
下手に開けて使って、壊したり、傷つけたりしないように、本当の出番で使われるのを、ずっと待っているプレゼントだ。
「あら、あの人にこんなものを貰ってましたの」
「うん。それに、こっちは、……木製の肩たたき棒だ。
その後で、委員長に何か返そうって……
その時にお互いにもプレゼントを渡して……ミウから貰ったんだ」
「……もしかして肩こり、酷いんですの? このワタクシが特別にお揉みしましょうか?」
「ううん。そういう事じゃないんだって。
これは、なんか、木刀の代わりらしいんだよ……。
ただ、木刀が高くて買えなかったからって、これ、買ってきたんだ……」
前に委員長にプレゼントをもらって、それでアタシたちも何かを与え合った。
そのエピソードは極悪帝国も何もない日常の中で貰ったもので――だから、アタシたちがこの物語の中で語る事はないんだけど、凄く楽しい思い出がある。
肩たたき棒に、意味はないし、使わないし、多分ちょっと間違っているかもしれない。
だけど、それを貰う時に怒るとか、馬鹿にするとかじゃなくて、なんか楽しくて笑った覚えがあるんだ。
その時間が、アタシたちには大事で――アタシに「木刀」だと思ってこれを託してくれた事が凄く大事だった。
「クリス、ありがとう」
「え?」
「クリスのお陰で、思い出せた」
――そうだ。
アタシがなりたいものが、ここにある。
三人が、友達がくれた宝物は――確かに、アタシの何より強い想いの証だ。
誰かにそれを話して、誰かに尊重してもらえて……考えてみたら、そんな幸せな事ってない。それって、滅多に在り得ない事なんだ。
普通は、そんな憧れなんて誰にも話そうって思えなくて――アタシもそうだったし――、誰に話しても笑われるもので――これもそうだった――、だけど、今、アタシの周りにいる人間は馬鹿になんてしない。
なれるって、……限りなく近づいているって、知っているから。
二人とは、隣で一緒に戦ってきたから。
だから、この三つが、ミウと、委員長と、そしてクリスとの……友達の証だ。
そして、何よりアタシが何に憧れたのかを教えてくれて背中を押してくれた、信頼の証。
それで二人はあんな風に言ったんだ……。
「――ありがとう」
そう、悩んだ時は、たとえ……欲しかった力がなくても、これがアタシに何か……いつか、覚悟をくれるかもしれない。
アタシは、なんだか、凄く、そう思った。
全部、ここにいる、クリスのお陰で。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆




