98話 妹の手作りお菓子は補正が入ります
昼になり、いつものように中庭に移動する。
「おまたせしました、兄さん」
結衣と合流して、ベンチに並んで座り、弁当を開く。
ちなみに、今日は俺と結衣だけだ。
日によって、明日香や凛ちゃんも加わるんだけど……
今日は、二人は別行動らしい。
「……」
ふと、結衣が弁当をじっと見つめていることに気がついた。
「どうしたんだ?」
「いえ……いつ見ても、兄さんのお弁当はおいしそうだなあ、と思いまして」
「そうか? 今日は大して手間はかけてないぞ」
昨日の夕飯の残りと、冷凍食品。
それに二つ三つ、簡単な料理を加えただけのものだ。
それなりに手を抜いた弁当だ。
一応、断っておくが、いつもこんなものを作るわけじゃない。
やっぱり、結衣にはおいしいものを食べてほしいし……
こだわる時はとことんこだわる。
ただ、今朝は結衣が起こしにくるという予想外の出来事に動揺して、時間をとられてしまったため、手早く簡単なもので済ませた……というわけだ。
「手間の問題じゃありません。見た目がいいですし、冷凍食品を使っていてもバランスが考えられていますし……あむっ」
ぱくりと、結衣はおかずを口にした。
「……やっぱり、兄さんの作るお弁当はおいしいです。昨夜の残りものでも冷凍食品でも、一手間加えてあって……兄さんの気持ちが込められているのがわかります」
「そ、そうか?」
家事を引き受けるようになって、料理が趣味になりつつあるから……
作ったものを褒められると、素直にうれしい。
あと、おいしいと食べてもらえると、作った甲斐があるっていうものだ。
「それに比べて、私は……はぁ」
箸が止まり、ため息をこぼす結衣。
落ち込んでるみたいだけど、なんでだ?
「どうかしたのか?」
「それは……」
「悩み事か? 俺で良ければ相談に乗るぞ。まあ、イヤかもしれないけどさ……結衣のことが心配なんだ」
「うっ……そんな風に言われたら、うれしいといいますか、断れないというか……」
結衣が赤くなる。
落ち着かない様子で、視線をあちこちに飛ばした。
「その……今日、調理実習があって、カップケーキを作ったんですけど……」
「あぁ、なるほど」
その言葉で、全て察した。
「な、なるほどってなんですか? 私、まだ調理実習があったことしか言ってませんよ!?」
「そうだけど、予想がつくというか……失敗したんだろ?」
「うっ……ど、どうしてそれを……?」
「結衣だから?」
「むぅううう、うぅううう……兄さん、きらいです!」
しまった!?
つい本音が……
っていうか、今のは、さすがにデリカリーがなさすぎた。
確かに、失敗したんだろうけど……
真正面から失敗を指摘するなんて、気遣いが足りなすぎる。
「わ、悪いっ! 今のはなんていうか、口が滑ったというか……とにかく悪かった!」
「むぅううう……」
結衣は頬を膨らませて……
やがて、肩を落として、深いため息をこぼした。
「いえ……兄さんの言う通りですね……図星をつかれて、ムッときてしまったといいますか……すみません、言い過ぎました」
「いや、悪いのは俺だから」
「そんなことありませんよ……調理実習で、カップケーキすら作れない私のせいですから……カップケーキすら作れませんでしたから……」
二度言ったぞ。
よほど気にしてるらしい。
「……ちなみに、どんな感じに失敗したんだ?」
「見てみますか?」
「え? 持ってきてるの?」
「捨てるのもなんですし、食後に食べようと思って……」
結衣は、ラッピングされたカップケーキを取り出した。
……黒い。
チョコレートケーキという色じゃない。
炭のように黒くて……形も歪だ。
「こんな出来です……」
「味見はしたのか?」
「はい、一応」
結衣が遠い目をした。
「……材料に申しわけない気持ちでいっぱいになりました」
「おおぅ……」
いったい、どんな味なんだろうか……?
「……俺も食べてみていいか?」
「えっ?」
「気になる、っていうか……結衣が作ったものだし、食べてみたいなあ……って」
「で、でも……自分で言うのもなんですけど、ひどいですよ?」
「それは想像ついてるから。覚悟しとけば大丈夫だ」
「むぅ……事実ですが、そう言われるとムッとしてしまいます」
「ごめんごめん」
「……本当に食べるんですか?」
「結衣がよければ」
「……はい、どうぞ」
結衣からカップケーキを受け取る。
手に取り、初めてわかったのだけど、固い。
炭化してるらしく、表面がカリカリだ。
「……あむっ」
「ど、どうですか……?」
「……なかなか難しい味だな」
結衣が作ったものだから、覚悟はしてたけど……
なんていうか、予想以上の味だ。
詳細なレポートについては、結衣の名誉のために控えておく。
「やっぱり、ひどい味ですよね……残りは私が食べるので、返してください」
「イヤだ」
「イヤ……って」
「これは、俺がもらったもんだからな。もう俺のものだ。それに、俺が口をつけたから、今食べると間接キスになるぞ?」
「間接、き、ききき、キス!? に、兄さんはそんなことを……あうあう……もうっ、もうっ! どうして、そういう……うぅ」
「それに……あむっ」
もう一口、結衣のお手製のカップケーキを食べる。
ぶっちゃけ、ひどい味だ。
それでも……
結衣が作ったと思うと、不思議と、全部食べたい、って思うんだよな。
「本当に、全部食べるんですか……?」
「もう返さないからな」
「……兄さんのばか」
唇を尖らせて……次いで、つぶやくように言う。
「でも……うれしいです」




