25話 妹の機嫌をとらないといけません
「ただいまー」
夜遅く、家に帰る。
携帯で時間を確かめると、23時を回っていた。
ちょっと遅くなりすぎたな……
でもまあ、おかげで、とある目的を達成することができた。
遅くなるのは今日までだから、よしとしよう。
……なんて自己完結しても、結衣が許してくれるかどうか、それはまた別の話だ。
「……兄さん」
出迎えてくれた結衣は、なんていうか、すごい顔をしていた。
ものすごい目で睨まれている。麻痺とか石化とか、そんな状態異常にかかってしまいそうなくらい、激しい視線だ。ウチの妹はメデューサ?
「今日も遅いですね……というか、最近、ずっとずっと帰りが遅いですね……?」
「わ、悪い。ちょっと、外せない用事があって……」
「なんですか、その用事って?」
「それは、なんていうか……えっと……」
「私に言えないことなんですか? 後ろめたいことなんですか? 悪いことなんですか?」
ぐいぐいと詰め寄られて、その迫力に、なにも言えなくなってしまう。
「なんですか、もうっ……兄さんは、兄さんは……!」
「結衣?」
「なにかあるんじゃないかと、私は、心配をして……あれこれ考えてしまって……それなのに、兄さんはなにも言ってくれなくて……!」
結衣に隠れてしていたことは、バイトだ。
旅行に行きたいという、結衣のお願いを叶えてあげたくて、そのためにバイトをしていた。短期のバイトを一気に詰め込んで、毎日、遅くまで働いていた。
結衣に黙っていたのは、サプライズで驚かせようと思っていたんだけど……失敗だったな。
怒られるならまだしも、不安にさせてしまうなんて……
ちゃんと話しておくべきだったと反省する。
「ごめん」
「ごめんじゃないですよ……なにをしているかわかりませんけど、私に黙ってコソコソと……そんなことをされたら、気になるじゃないですか……不安になるじゃないですか……兄さんのばかっ、ばかっ……ばか……」
「本当にごめん。考えが足りなかった。言い訳になるけど、結衣を不安にさせるつもりはなくて……むしろ、結衣のためにやっていたことなんだ」
「私の……?」
きょとんと、結衣が目を丸くした。
結衣の驚き顔、久しぶりに見たような気がする。
「誓ってもいい……って、この場合、なにに誓えばいいか……えっと、俺がウソをついてたら、漫画を全部捨てていい! ゲームもいいぞ。あと、CDも捨てていいし……とにかく、結衣を悲しませようなんて思ってしたことじゃないんだ! 俺の考えが足りなくて、不安にさせたのは悪いと思ってる……ただ、本当に後ろめたいことはなくて……ああもうっ、なんて言えばいいんだ、うまい言葉が出てこない」
「……くすっ」
ついついという感じで、結衣が小さく笑う。
「落ち着いてください、兄さん。そんなに慌てられたら、逆に私の方が落ち着いてしまいますよ」
「おう……す、すまん」
「一つだけ聞かせてください。まだ、遅くなるんですか? その用事は、これからも?」
「いや、今日で終わりだ。もう遅くなることはないし、結衣を一人にさせないよ」
「そ、そうですか。それは、私の傍にいてくれる、ということですね?」
「そうだな。って、俺が一緒にいても、迷惑かもしれないが……」
「そんなことありませんよ? 兄さんが一緒にいると、私はそれだけで……いえっ、なんでもありません。まあ、一人でいるよりは、兄さんもいた方が、多少は気が紛れますね。ホント、多少ですからね? すごく安心するとか、落ち着くとか、そういうことはありませんからね?」
そんなに念押ししないでほしいんだけど……
芸人の押せ押せみたいな感じで、逆に嫌いと言われているみたいで、凹んでしまう。
「まあ、もう終わりというのならば、いいです。許してあげます」
「サンキュー。で、帰りが遅かった理由なんだけど……」
本当のことを話そうとしたら、先を制するように、結衣の人差し指が俺の口元に置かれた。
「無理に言わなくてもいいですよ」
「いや、でも……」
「よくわかりませんけど……大事なことをしていたんですよね?」
「ああ。すごい大事なことだ」
「なら、聞かないことにします。強引に聞こうとしても、その……強引にしすぎて、兄さんに嫌われたくありませんし……いえ、なんでもありません。とにかく、今回は許してあげます」
なにをしていたか話す前に許されてしまった。
まあ、許してくれたことはうれしいんだけど、でも、話さなくていいと言われると……どうしたものか?
バイトでそこそこの収入を得たから、一泊二日くらいの旅行なら行けるようになったんだけど、いつ、打ち明けたらいいんだ?
……まあ、今すぐじゃなくてもいいか。
ゴールデンウィークまで、まだ時間はあるし、タイミングを見て話をしよう。
「とはいえ、今後は、このようなことはないようにお願いしますね」
「わかってるよ。もうない……と思う」
「なんですか、その曖昧な返事は」
「いや、まあ、ちゃんと約束したいとは思うんだけど、なにがあるかわからないし……」
「まったくもう。これだから兄さんは」
まずい。
妹さまは、とても不機嫌そうだ。
……どうにかした方がいいよなあ。
ただでさえ、バイトで遅くなって、心配をかけたみたいだし……
なにかしら、埋め合わせをしたいところだ。
なにがいいだろう?
考えて……打倒な結論にたどり着いた。
「なあ、結衣」
「なんですか。今日の夕飯は、麻婆豆腐ですよ」
「いや、夕飯のメニューが知りたいわけじゃないって。俺、どんだけ食いしん坊なんだよ」
「なら、もう食べてきたとか?」
「まだだよ。余計な出費は極力控えてたからな」
「余計な出費?」
「いや、それはなんていうか……って、少しは俺にしゃべらせてくれよ」
「すいません。兄さんと久しぶりにちゃんと話をしたような気がして、それがうれしくて……いえ、なんでもありません。うれしいなんて思っていませんからね? 勘違いしないでくださいね?」
「お、おう?」
「えっと……それで、兄さんの話っていうのは?」
「明日、土曜だろ?」
「はい、そうですね」
「時間あるか? ヒマなら、デートしないか」
「はい、そうですか。デートですか。いいですよ、デートくらい……デート? ………………、……、……ふぇっ!?」
結衣は顔を赤くして、間の抜けた声をこぼすのだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
最近、ちょっと甘い展開が少ないかも?
そんな気がしたので、次回は元通り、甘い展開を入れました。
またお付き合いいただけると、うれしいです。
よろしくお願いします。




