23話 妹は旅行に行きたいようです
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
「あー……久々に疲れたな、今日は」
ぐでー、とソファーに座る。
だらしないと思うものの、やめられない。
明日香と遊ぶと、いつも全力で、体力がなくなるまで遊び倒すことになるから、楽しいけど疲れるんだよな。
まあ、毎日は勘弁してほしいが、たまには悪くない。
心地いい疲労感を覚えながら、ソファーの上でごろごろと……
「兄さん、あがりましたよ」
「あ、ああっ」
結衣が風呂から上がり、慌てて起き上がる。
危ない危ない。こんなところを見られたら、なんて言われるかわかったものじゃない。「兄さんだらしないですよ」と、冷たい視線を向けられるところだった。
「ねえ、兄さん」
「ん? どうし……た……」
振り返ると、湯上りの結衣の姿が。
パジャマ一枚で、濡れた髪をタオルで拭いている。
なんだろう。こう……湯上りの女の子って、色気があるよな。ほんのりと染まった頬や、シャンプーの良い匂いなどがして……
妹だってわかっているんだけど、ついつい、視線が向いてしまう。
「……兄さん、なにをじっと見つめているんですか?」
「あっ、いや! す、すまんっ」
「そんなに見つめられたら、ドキドキしてしまうじゃないですか……などということはありませんよ? 思い上がりはほどほどにしてくださいね?」
なにやら、結衣が小さくガッツポーズをしている。
なんだろう?
とりあえず、怒らせてしまったわけじゃなさそうなので、安心する。
「隣、いいですか?」
「ああ」
「失礼しますね」
隣に結衣が座る。
ほんのりと温かい体がぴたりとくっついて、濡れた視線が俺を見つめて……
やばいやばい。なにかよくわからないけど、やばい。
落ち着け、俺。
相手は結衣なんだぞ?
もっと冷静に、そう、深呼吸をして落ち着こう。
「……ふう」
「兄さん?」
「なんでもないぞ。それで、どうかしたか?」
「……これでもダメですか。パジャマ+湯上りのコンボ、最強だと思うのですが……むう。兄さん、自制心が強いんですね……もう、たまには枷を外してくれて構わないのですが……」
「枷? なんのことだ?」
「いえ、こちらの話です。兄さんは気にしないでください。それよりも、本題なのですが……」
なにか話があるらしい。
まあ、そうでもないと、結衣が隣に座るなんてありえないよな。
俺の隣に座るなんて、結衣はイヤだろうし。
「あの、ですね……なんていいますか、その……」
「ん? どうした?」
珍しく、結衣が言葉に迷っている。
なにか言いづらいことなんだろうか?
もしかして……『兄さん。私の後にお風呂に入る時は、お湯を入れ替えてくださいね? 一緒のお湯に入ると思うと、とても耐えられないので』……とか!?
「お、お湯を入れ替えないとダメなくらい、俺はいけないのか……?」
「はい?」
「あっ、違うのか。よかった……」
「なんの話をしているんですか、もう」
ぷくーっと、結衣は頬を膨らませる。
たまに見せる、こういう子供っぽい仕草がかわいいと思う。
「えっと、本題なんですが……その……こ、今度、旅行に行きませんか!?」
「旅行?」
「はい。その、もうすぐゴールデンウィークじゃないですか。せっかくの連休、家にこもっているなんてもったいないですし……兄さんも、どうせヒマをしているのでしょう? なら、たまには旅行なんていいかな、と思いまして」
「もしかして、それもフリの一貫か?」
「そうではなくてっ……いえ、もうそういうことでいいです。兄さんと旅行に行けるのならば、もうなんでも……と、いうわけで、どうでしょうか? 旅行、行きませんか?」
「うーん」
もしかして……結衣なりに、俺のことを気遣ってくれているのかな?
彼氏のフリをさせて、疲れているだろうから……それで、旅行に誘ってくれた、とか。
結衣は優しいから、そういう理由なのかもしれない。
嫌っている兄が相手でも、優しくしてくれる……ホント、良い妹だ。
「それは、父さんも一緒に?」
「えっと……そうですね。もちろん、お父さんも都合が合えば……兄さんと二人きりも捨てがたいですが、やはり、みんな一緒に……」
「うーん……でも、父さんは仕事が忙しいからな。たぶん、無理だろ」
「ですか……そうですよね」
微妙に複雑な顔を見せる。
寂しい?
いや、それだけじゃなくて、怯えてる?
「なので、仕方ないから、私と兄さんの二人で行きませんか?」
さきほどまでの表情はウソのように消えて、結衣は明るく言う。
結衣と二人……うまくいけば、兄妹の間の溝を埋めることができるかもしれない。
それに、旅行自体、とても魅力的な話だ。
ゴールデンウィークに、のんびりと過ごすのも悪くない。
悪くないんだけど……
「難しいな……ちょっと出かけるくらいならともかく、旅行となると、それなりの金が必要だからな」
「あっ……」
資金のことを忘れていたらしく、結衣は小さな声をあげた。
「父さんに金を無心するのも、ちょっと違うだろ? 今から金を用意するとなると、けっこうきついし……残念だけど、今回は諦めよう」
「そう、ですね……仕方ないですね」
結衣はとても残念そうに、深いため息をこぼした。
そんなに俺と旅行に行きたかったのかと、勘違いしてしまうほどの落ち込みようだった。
――――――――――
<結衣視点>
自室に戻り、ベッドに仰向けに寝ます。
そして、深いため息。
「兄さんと旅行……行きたかったです」
きっかけは、天道さん。
兄さんとたくさん遊んでいる天道さんがうらやましくて……
二人を見ていたら、私と兄さんだけの特別な思い出が欲しくなってしまい……
そして思いついた、ゴールデンウィークの旅行。
とても良い案だと思ったんですが……実現は難しそうです。
「……兄さん……それに、お父さん……」
あと、できることならば、お父さんも一緒に……
やはり、家族はみんなで。
そうやって、一緒に過ごすことができれば、私がどう思われているのか……わかりそうで。
「……ままならないものですね」
仕方ないとわかっているものの、簡単に諦めることができなくて……
私は、悶々とした時間を過ごすのでした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
旅行回の前フリです。前フリなので、旅行回が存在します。
もうしばらく後になりますが……
そこまでお付き合いいただけたらうれしいです。




