心を読む少年
永琳と出会ってから五年ほどが過ぎた。
五年という年月の間、俺の生活は何かと世話を焼いてくれる永琳のお陰で不自由なく暮らしていくことができている。まぁ永琳が世話を焼く理由は、俺が彼女にとってよくわからなくて好奇心を刺激されるものだというのが大きいだろう。
永琳はこの都市の中でもずいぶんと高い地位に有る。都市の中でその名前を聞かない日はないし、都市の中で出ている新聞のようなものではしょっちゅう何かの発見をしたとか、何かを発明したとかで名前が乗っている。しかも『様』なんて敬称まで付けられていたら誰だって分かるというものだ。
そんな永琳に世話を焼かれているのだ。生活に不自由はない。しかし、やることがないと暇なので二年ほど前から永琳に暇つぶしを工面してもらっている。内容は簡単、街の散歩だ。
散歩の何処が暇つぶしになるのかと最初は思ったが、この都市は広くて見たことのないものが多い。この二年で毎日のように歩いているが毎回発見があるので思ったよりも暇つぶしになる。そして、永琳曰くいろいろな刺激を受けることは記憶を戻すのにもいいはずだ、とのこと。まぁそんな彼女の言葉に乗せられて、おれは毎日散歩をしている。長い日はそれこそ夕刻まで。
「平和だね」
外には妖怪だの恐竜だのと危険なものがわんさかいるらしいが、この都市の中ではそんなものは関係がない。外との違いを危険を全く感じない日常に感じながら、のんきにそんなことを呟いた直後だった。
「あ……うぐっ……ぐッ……痛っ……」
耳に声が聞こえた。悶えるような苦しさを訴える声が、家と家の間、よく見なければ気づかないほどの細道から流れてきていた。
おい、さっきまで平和だと言っていた奴は誰だったのか。全くそんなことはないじゃないか。………という一人芝居をやっている時間はなさそうだ。苦しいと声を聞いてさっさと動かないなんて薄情さを俺は持ち合わせていないのだから。
「永琳に連絡も入れておかないとな」
永琳に渡してもらった通信用の携帯端末を手に持ちながら、俺は脇道に入っていった。
俺の後ろから、誰かがヒソヒソ話す声が聞こえた……気がした。
****
細い道は今まで俺が通ってきた道とは全く雰囲気が異なっていた。夜でも眩しくない程度には明かるく、いつも和やかながらも人の活気というものが感じられる向こうと違い、こちらは薄暗くどこか陰気で人の気配すら感じられない。
そして、そんな薄暗い道を言った先にあったボロ屋から、声は流れていた。
あまりにも周囲の雰囲気が雰囲気なために一瞬足を踏み入れるのをためらうが、ここまで来たのだ入らないなんて選択肢はないだろう。
一度、深呼吸して覚悟を決めた。
「誰か居るか?」
そんな風に言いながら家の扉を開ける。一見ボロいが特別変なものはない普通の廊下があった。声がするのは奥のほう。覚悟は決めたのだからと一気に声のする部屋まで進む。
ずんずん盗ろうかを進み扉に手をかけて一気に開ける。目の前に現れたのはベッドだった。声の主はそのベッドの上で布団にくるまって呻いている。
少し警戒しながらもゆっくり近づき声をかける。
「大丈夫か?」
俺の声に毛布がビクリと揺れる。警戒でもしているかのような間が少しあったあと、蚊の鳴くような声で答えが聞こえた。
「君は……誰?」
「俺は白夜という。ずいぶんな声で呻いてたが、何かあったのか?」
俺の問いかけに、毛布の中の人物はまた少し間を開けて答えた。
「僕は…心が読める」
答えを聞いて考える。おそらく彼はテレパシーの超能力でも持っているんだろう。そして、周囲の人間の思考が聞こえすぎて頭がパンクしそうになるというよくあるデメリットに襲われていたわけだ。
対処の方法は人のあまりにない所に連れて行くしか無いだろう。そう考えて通信端末の画面に目を移し、
「植物も、動物も、そして、眼に見えないものも」
それと同時に聞こえたこの台詞に、端末を取り落としかけた。
この毛布はなんて言った? 植物から動物、果ては目に見えない物の心が読めるだって? それはつまり言葉のとおりに考えるなら、そこら辺の雑草とか、地中にいるミミズとか、目にも写らないような微生物なんかも含まれているってことで、言葉のない彼等の思考がどんなものなのかは知らないが、人間と同じようなもんだとした場合、会話ができていることはかなり奇跡なんじゃないのか?
それなら、対処は早くしなければならない。俺は急いで端末のボタンを押した。
俺は毛布に元気づけるために言った。
「大丈夫、永琳ならなんとかしてくれるさ」
毛布はまた、間を開けて答えた。
「だと…いいね」
毛布の声はなんだか力なく聞こえた。
『どうかした?』
と、そんな内に永琳につながったようだ。俺は永琳に事情を話し、何とかできないか訪ねてみた。
『そう…まずはそっちの位置を特定するわ。…でたわ。……あら?』
「どうかした?」
永琳が疑問符を口にしたので聞いてみる。
『そこには一戸建ての住居なんてないことになっているの。その位置は周囲の住居が有るはずで空間なんて無いはずなのに……いえ、これは後にしましょう。まずはその毛布の人をこっちに運ばないとね。
白夜、その携帯端末を毛布の人に当てて。そのままこっちに空間輸送させるわ』
家のことは俺も少し疑問に思うが、永琳の言うとおり後回しでいいだろう。俺は永琳に言われたとおりに携帯端末を毛布の人の方に持っていく。
「いまから…」
「輸送する……いいよ」
毛布の人は俺の思考を読んでいたんだろう。俺の言葉にかぶせて来た。俺は頷いて端末を当てると、毛布の人と、俺が青い光りに包まれて、次の瞬間には真っ白な部屋と永琳が待っていた。
「待ってたわ。まずは、顔を見せてもらってもいいかしら?」
永琳の声に毛布がゆっくりとめくられる。中にいたのは、酷い隈を作った紫の目をした小さい少年だった。めくった彼はか細い声で言った。
「電磁波……ダメ……です」
「そう……人の放つ電磁波なんかから読み取ってるわけではないのね。植物の心も読めるって聞いたから効かないことは予想していたけど、ここで予想通りなのは対処に困るのよね」
少年は永琳の思考を呼んだんだろう。それで、永琳は困ったと。急に心を読んでの会話をするから一瞬少年の言葉の意味わからなかった。
「じゃあ……」
「うん、いいよ」
今度は何の注釈もなかった。何がいいのか。
意味のわかっていない俺を尻目に、永琳は少年を抱えて何処からともなく出した椅子に座らせた。
そして、彼の頭に何やらニット帽のようなものをかぶせたかと思うと、じゃあ始めるわねなんて言って少年の頭をなでる。すると、空中に何やら窓のようなものが出てきて、次々と俺にわからない文字が浮かんでは消え、浮かんでは消え、していく。
「これは……驚きね」
置いてけぼりとはこのことなんだろう。全く状況がわからない。
しばらく空気となっていると、永琳が俺を手招きした。
「彼の力だけどね、電磁波や霊力なんかの何らかの間に挟まるものを使って思考を読んでいるわけでは無いらしいわ」
「というと?」
「思考がそのまま彼に流れ込んでくるの。そうねぇ、この状況をわかりやすく説明するのは難しいけれど、起こっていることを完結に表したなら、実態がない故に防ぎようのないものを彼は受け取っているという状況よ」
「それはつまり」
「私に出来る対処法が、存在しないわ」
置いてけぼりを体験した後は、頭を抱えるを体験しないといけないらしい。
……苦笑が、漏れた。